公認記録師
「ガウェイン。公認記録師に会ってみるから、先にどこか宿を探しておいてくれないか」タルティウは、通りに出ると風にまけじと大声で弓を手にした女性に指図をした。
弓を持った女性は小柄で大きな鳶色の瞳、短いブロンドの髪に、バックッスキンで出来た上下の短い服、やはり皮製のバックパックを背負い、腰には矢筒を付けていた。
家屋から出た途端に、どこからか飛んできた小鳥がガウェインと呼ばれた女性の肩に止まっているが、小鳥は逃げる素振りさえない。
「どこでもいいの?」ガウェインは、甲高い声をタルティウ同様に風に負けじと張り上げた。
「任せる」タルティウは、そう言って隣の建物に向ってゆき、分かれたメンバーは、広い道路を進んで行った。
第一公舎と書かれたプレートの横にあるドアを開けると。一緒に風が吹き込んで来た。正面には廊下が一本奥に向って伸びており、その両わきにドアが並んでいた。タルティウは、さてどこにフェル・ディアが居るのやらと、暫く立っていると。彼女を非難するような声が横から響いた。「あんた、扉を早く閉めて。風が入る」
そこで慌てて扉を閉めると、出入り口の直ぐ左側に、小さい窓があり、そこから老女が顔を出していた。
「何の用だい?」老女は、不審者を見る目で彼女を見た。
「公認記録師のフェル・ディアさんに逢いにきました」彼女は、答えた。
「狩人かい?」
「はい、魔獣駆除依頼所でフェル・ディアさんを紹介されました」
「ふうん、そうかい。向かいの談話室で待ってな、今呼ぶから」
出入り口を入って直ぐの右側の扉には、談話室と書かれた札が打ち付けてあったので、彼女は、その部屋に入った。廊下からは、老婆がフェル・ディアを大声で呼ぶ声が聞こえた。
がらんとした、部屋からは窓を通して外を行き交う人々が見られた。しかし立て付けが悪いのだろう、強風で窓がガタガタと音を立てていた。
部屋の中には大きな机が真ん中に置いてあり、その周囲には背もたれがない椅子がバラバラに置いてあった。
彼女は、そんな椅子の一つに坐り、テーブルの上を眺めた。年期が経っているというより、あまり拭いていないと思われる上面は黒く、あちこちに落書きがされていた。
性格的に問題がありそうな住人ばかりが、この公舎に住んでいるように思え、彼女は
暗い気持ちに陥りそうだった。
じっと扉を見ていると、やがて、部屋の扉が開いて一人の青年が入ってきた。額には、公認記録師を示す入れ墨が彫られ、麻の粗末な上下を着ていた。古着屋で購入したのか、それとも長い間使用しているのか、全体が薄茶色の色合いになっているうえ、ほつれや汚れが目立つ。
体格も、公認記録師らしい痩せ型で、手足も細くとても戦いや長距離を歩いて移動できるように見えない。そして、存在感が非常に薄い。見ていなければ、彼がそこにいることを忘れてしまいそうだ。
「フェル・ディアです」と若い男は、彼女をみた瞬間に暗そうな表情をほころばせた。不安を隠そうとする仮面の笑みだと彼女は思った。
「近い内に君と、狩りに出ることになるタルティウだ」彼女は、椅子に座ったまま握手の手さえ差し出さない。
「事務所の方からまだ連絡が来ていませんけど?」フェルの声はか細く不安そうだ。
「受付に任せたら、公認記録師に君の名が書類に書かれていた」タルティウは、腕組みをして言った。「いずれ正式に連絡が来るだろう」
「そうですか、では何の用でしょうか?」フェルの声は不安を隠し平静を装うとしている。
「ひとつ、氷の青龍の情報があれば、知りたい。ふたつ、同行するにあたり、くれぐれも足をひっぱって欲しくない」
「氷の青龍に関しては、住処は分っていますが。未だ討伐に成功した例はなく、それに同行した公認記録師も報告をしておりません」フェルの声に、冷ややかな雰囲気が混じってきた。非常に事務的だ。「二つ目に関しては、職務上あなた方を監視するだけなので、指摘するような事はありません」
「報告がない?それは違反行為じゃないのか?」タルティウは、きつい目で彼をにらみつけた。
「いえ、氷の青龍の討伐に行って、帰ってきた公認記録師はおりませんので。」フェルは、感情を喪ったかのように話した。
「お前らが攻撃されるとは思えないがな、気配が全くないようなお前らに、魔獣が攻撃をしかけるだと」彼女は、じっと細いフェルの顔を見つめた。嘘はついていないようだった。
「一般的に、魔獣は記録師を見いだすことはできません、しかし大規模な破壊的攻撃に狩人と共に巻き込まれた場合は、被害を被ると思われます」フェルは、淡々と答えた。「特に氷の青龍の住処は洞窟内にあります。記録師が巻き込まれる可能性は、かなり高いでしょう」
「そうか、その可能性があるか。」タルティウは、腰を上げた。「不安かな、フェル・ディア」
フェルはこっくりと頷いた。「しかし、信頼はして居ます」
「任せろ、お前も私達も無事に帰還できる」タルティウは、フェルの肩をぽんと叩くと、扉から出て行った。
フェルは、その背を目で追い、しばらくその場で佇んだままタルティウが出て行った扉を見つめていた。素敵だなと思う。狩人の一員になれる人々は英雄だ。どこでも羨望の眼差しを受け、憧れの対象だ。しかし、自分は、その正反対の存在に過ぎない。
憧れの狩人からは敵視されたり疎まれたりするし。そうでない人々からでさえ、無視される事が多いのだ。
彼は、ふと自分の二つの掌を見つめた。生まれた時と場所で、彼の運命は決められた。天命師は、彼の両親に彼が記録師として生きるのが運命であると告げた。彼は、そのときの事は知らない、しかし、その言葉を聞いた両親はどれほど落胆したことだろう。二人とも、優秀な剣士であった。我が子もそうなると期待も大きかったに違いない。
そこへ、バタバタと廊下を駆け抜ける音がした、足音は奥まで行ったあとで、また戻ってくると、彼の居る部屋の前で止まり。扉が開いた。
「フェル・ディア。ここに居たのね」デヒティネだった。
「今度の狩りの依頼ですね」彼は、彼女の方に向き合い手を差し出した。「依頼書を」
「さっき、剣士の人が出て行ったけど、もう逢ったの?」デヒティネは、一枚の紙を彼に差し出した。細い指が、そっとそれを受け取り彼の大きな瞳が書かれている文字を追った。
「わかりました。」彼は、うなずくと、紙をテーブルに置き、胸ポケットに入っている小さいナイフを取り出した。
「待って、フェル。断っても良いのよ。」デヒティネは、あわてて彼を静止しようとした。「あの氷の青龍なのよ」
「でも、ガイオスさんは心を病んでいて、今この街で動ける記録師は私しかいないでしょ」彼は、ナイフで小さい傷を親指につけると、血判を依頼書に押した。「優秀そうな狩人さんだったから、きっと生きて帰ってこれる気がします」そうして、紙をデヒティネに差し出した。
「たしかに、最高レベルの人達が勢揃いだったけど、心配だわ」デヒティネは、それを受け取った。「無事に帰ってくるのを祈っているわ」




