青龍の洞窟
一行は、獣道を戻り、廃道までやってきた。既に日は落ちようとしている。彼らは、そこの草むらを刈り取り、野営をした。
山の奥からは、悲しげなホーホーという声が聞こえてきた。
「まだ生き残っているやつらがいたか」ルギドは、暗くなった山を見上げた。
「いや、あれは、猿だろう」クーが、耳を澄ましてからルギドに答えた。
翌朝から、一行は道を進んだ。いくつかの廃村や路傍で休み。そして朝から歩きづめとなる。しかし、だれも音を上げることなく、進み続けた。道は緩やかだが高度をあげて行くのが分る。長い長い上り坂に、誰もが足の疲労を感じていた。時々ガウェインが軽口を叩き、それにルギドが応じ、タルティウが窘める。
前へ前へ、彼らの意識はただそこにあった。
そしてゴブリンの子は、ぼんやりとした眼差しのまま、ルギドの荷の上に座り、フェルは沈黙を続けたまま、最後尾をつかず離れずという距離を保っていた。
やがて、一つの立派な建物の残骸が現れた。太い柱が何本も縦横に石の上に立ち、その柱の上に、太い梁が乗っているが、周りを囲む壁も雨露をしのぐための屋根もない。新開拓地がまだ活気づいて居た頃に、作られた寺院だろうとタルティウは言った。
「ガウェイン、この先の偵察をしてくれないか?」タルティウは、廃寺院の先に続く石畳でできた昇り坂を顎で指すようにして言った。「たぶん目的地はこの先だ」
「そうなの、フロイント。頼むね」と肩の小鳥に声をかけると、小鳥は鬱蒼としている森林に向って飛び立った。ガウェインは、静かに目を閉じた。
「なんでまた、龍の住処に向ってこんな立派な道が作られているんだ」ルギドは、小鳥が飛び立ってゆく様を目で追ってからタルティウに顔をむけた。
「かつて、龍は水の神としてあがめられていたものさ、新開拓地は水に恵まれているが、その分河が氾濫することも多い。龍は時としてそれを鎮めるとされていたのだろう」タルティウは、考え事をするように言った。
「それが今では、狩人に狩られる立場か・・・神から魔獣だものな。大人しくしていれば良かったものを」
「・・・」ルギドの言葉に、タルティウは何も答えなかった。
ガウェインは、ずっと目を閉じたままだった。彼女は、フロイントの視界を共有していたからだった。
他の面々は、休める場所で腰を下ろし、乾いた行動食を口にして、水で胃に流し込んでいた。
やがて、ガウェインは目を開いた。
「この先に、たしかに大きな洞窟の入り口があるわね。途中の道に、ローグがうろついているわ」
「縄張り意識の強い龍の住処に近くには他の魔獣は近づきたがらないものだが」クーが、ぼそっと言った。「青龍は弱っているのかもしれない」
「いずれにしろ、ここで一夜を明かして、早朝から狩りに向おう・・・」タルティウは、周りを見回し、できれば少しは屋根になりそうなものを探した。しかし朽ちたものばかりで、使えるものはなさそうだった。廃寺院の中を歩きまわると、以前ここで野営した者が使ったとみられるたき火の跡があった。ローグとかが居るとなれば、火は必要だなと考えた。そしてその周囲は周りが綺麗に片付けられ、木材が柵のように積んであった。
雨に遭わなければ、快適に過ごせるかもな・・・と思い、「ここにしよう」とメンバーを手招きした。
誰も、その場所で野営することに口を挟まなかった。各自緊張感の高まりを自身の中に感じているようで、無駄口も叩かない、ひたすら自身の武具の手入れを行った。
□
「来たよ」見張りで起きていた、ガウェインが浅い眠りを取っていた仲間に警告した。「ローグの群れだ」
彼らが寝ている場所では、小さいたき火が燃えていた。そのたき火に向って、ルギドが乾いた廃材を立て続けに投げ入れ、クーが杖をそれにむけると、大きな炎が立ち上り、火の粉が天を焦がした。
周囲には、炎に照らされて巨大なローグが集まっていたのが見えた。いきなり周囲が明るくなったことでひるんだらしく、狩人たちを囲む輪が後退して広くなった。
「うちらを食っても美味しくないわよ」とガウェインが、矢を放った。それは一匹のローグの眉間に突き刺さり、それはたちまち横に倒れてしまった。彼女は続けざまに、矢を放った。そのたびにローグが倒れてゆく。
「ちまちまやってんじゃねぇ」ルギドは、槍を握りしめると群れの中に飛び込んで行こう柵に登ったが、丁度そのとき死角からローグが彼に飛びかかった。
「あぶない」という叫びと伴に、タルティウの剣が煌めき、ローグは鼻先から尻尾まで、綺麗に2枚下ろしにされ、どす黒い血や内蔵にあったものをルギドは頭から浴びた。
「くっせぇ」ルギドは思わず叫んだ。
「油断するな」タルティウが、大声を出すと、更に一匹が火の上を飛び越えた。その瞬間更に火柱が高くあがり、そのローグは火まみれになって着地して、悲鳴をあげながら地面で転がり続けた。クーが、お前も油断するなという目で、タルティウを見ながら、杖を振った。すると、炎が更に上空へと闇を切り裂きながら伸び、Uターンをするとローグ達の中に突っ込んだ。一瞬で焼け焦げるローグや逃げ出すローグで混乱が広がった。
「やった!」ガウェインが、ちりぢりになって逃げるローグ達に向って矢を射た。しかし、錯乱したローグ達の一部には彼らに向ってくるのもあった。
タルティウは剣を横になぎ払い空気を切り裂いた。ルギドは、その間隙を突いてさらに接近してくるローグ達を、目にも止まらぬ早さで槍を繰り出しては急所を突き刺し、引っこ抜いてはまた繰り出す。
一行の奮戦によりローグ達は去ったが、今度は山奥から別な一段が大挙して下ってきた。月明かりに白く照らされたそれらは、色々な動物や人の姿をしていた。動物に見えるそれらは、毛が一切無く、人に見えるものも、服は着ていない。それらは、ただゆらゆらと揺らめくように彼らの方に前進してきた。
そして、ローグの死体に気がつくと、それにわらわらと集まってそこに白い者達の山が出来た。
「きもち悪い」ガウェインが思わず目をそらした。「屍肉食いがこんなに沢山いるのは初めてみるわ」
「ローグの屍を柵の外に放らないと、ここにまで来るぞ」ルギドは、タルティウに目配せをした。
「いくらルギドでも、このデカイのを全部持ち上げて放るってのも大変だ」タルティウは、首を横に振った。「クーに燃やしてもらうか・・・」とクーを見ると、クーはこっくりと頷いた。
「それもいやぁ、焼いたあと臭くて、眠れないわよ」ガウェインが、文句を言った。
「なら、場所を変えよう」タルティウは、ため息をついた。
「そうしよう・・・」ガウェインが、手を上げ、賛成の意を示した。
「しかし、場所があるか?」ルギドは廃墟となっている周りを見回した。「深夜に探したところで、休むのに適した場所が見つかると思えないぞ」
「そうこうして居る間に、屍肉食いが近くまできたぞ」クーが、杖で近くにいる白いものを指した。あちこちには、屍肉食いの小さい山が点在している。
「やはり燃やそう」タルティウは、クーに言った。「頼む」
「分った、皆一度柵の外に出ろ」クーの言葉に、皆は急いで柵を乗り越えた。そこもローグの死骸が沢山あった。
クーは、杖を柵の外から中に向けて指すと、「灰となれ」と叫んだ。すると、柵の中で炎が渦巻き、嫌な匂いも辺り一面に漂った。
「くっさ」思わずガウェインが鼻を摘まんだ。
しかし、猪を処分したときより長く、強くクーは炎を出し続けたために、ローグは一気に灰と化してしまった。
「これでいいだろう」とクーは、杖を下ろした。
「すごい」ガウェインは、思わず唾を飲み込んだ。
「その代わり、明日の朝までぐっすりと眠らせてくれ」クーは、柵を越え灰の中に降りると、さっさと横になってしまった。
「熱くないの?」ガウェインも柵に中に戻り、そっと掌を地面につけた。「ほんのり暖かいだけだわ」
「クーの能力は、底が知れないな」タルティウは、既に寝息を立てているクーを見た。フードに隠されていない部分には、多くの皺が刻まれていた。
彼らは、クーとフェル以外の者で朝まで一度づつの見張りに立った。
ガウェインは、見張りの間、屍肉食いの食事風景を見過ぎて、数回胃の中のものを戻してしまっていた。
そうして、早朝から彼らは出発をすると、石畳の道を昇り続けた。襲うものはいない、しかし怪しい声はどこからとなく、木の陰から遠くまで響き渡った。
湿った石の道は、ところどころでは滑り易く。そして高度を上げるために、厳しいつづら折りの昇り道ともなった。
洞窟の前では、さすがの流石の一行も、倒木に腰掛けたり、木に寄りかかって息を荒げていた。ただ、一番ひ弱そうなフェルだけは、平然と今までの道中と同じく、つかず離れずを繰り返し、木にももたれず、一人少しだけ距離を取ったところで棒のようにつっ立っていた。
「一休みをしてから突入をしよう」タルティウは、周りをみて指示をした。
「その間に青龍が出てこないでしょうね」ガウェインは、じっと洞窟の奥の暗闇を見つめた。
「さあ、どうだか。いずれにしろ、我々には休憩が必要だ。その間に猿を中に送り込む」タルティウは、ルギドに向って言った。
「さて、この大人しい子ともお別れか」ルギドは、荷物の上でぼんやりしている、ゴブリンの子を大事そうに持つと、クーの前に置いた。
クーは、それの片手を持つと、一緒に洞窟の前まで歩いた。そうして、ゴブリンの子の尻をちいさくぽんと叩いた。
「さぁ行っておいで」
ゴブリンの子は、よちよちと洞窟の中に入って行った。




