美味しい焼き肉
その翌々日、朝から町でる一行があった。氷の青龍の狩りに向う彼らだった。太陽は厚い雲に隠され、小糠雨が降り続いていた。そのため不快な程に蒸し暑い空気が淀んでいた。最後尾には、フェル・ディアが影のようについていた。
新開拓地への道は途中までは、石畳で舗装されていたが、やがてぬかるみとなった。開拓が行われた居た頃は、多くの荷馬車が通ったのだろう。その時に刻まれた轍の跡がまだ残っていた。その轍には、水が溜まっていて、足を踏み入れる度に泥水が跳ねた。
「なんで、今日なのよう。」4人の中では最後尾を務めていたガウェインが、ぶつぶつと愚痴を言った。5人は、頭から合羽を着ていた、油を染みこませた布で出来ているため、水は通さないが、その分重く蒸し暑い。
「文句を言うな」ルギドは、ガウェインの前を歩いていたので、振り返って諫めた。その背には荷物と一緒に猪の子供が縛り付けられていた。「しばらくは雨が続くそうとのことだ。いまさら先に延ばしても、大差ない。それに出発を先に伸ばせば、青龍が川を氾濫させる可能性が出る」
「分っているわよ。分っているけど、この合羽蒸し暑いのよ」
「雨で濡れるよりはマシさ」
「雨でなくて、汗でびっしょりも気持ちわるいのよ」
「それは皆、同じだ」
「ほんとうにくそったれの雨だわ、お日様は何処に行ったのよ」
いくら天を仰ぎ、毒気付いても雨は止まない。濡れそぼった合羽を着て彼らは、泥の道を進んだ。
夕刻が近づいた頃、一つの廃屋にたどり着いた、木造だが大きな丸太で組み上げてあり、丸太の間には、かつて隙間を埋めるために押し込んだのだろう、コケが生えている。屋根には何層にも木の皮が張られていて、充分に休める場所の様だった。しかし家の扉は外側に倒れているので解放状態だった。
入り口前にある小さい階段を上がると、中には板間と土間があった。板間にはベッドもテーブルもない、土間を見れば、煉瓦で作られたかまどがまだ使えそうな状態で残されており、かつてここに泊まった者が調理や暖を取るために燃やした木の名残が積み上がっていた。こわれた陶器なども隅にまとめられていた。燃え残った木切れは、まだ充分に燃やす燃料として使えそうだった。燃えかすの形状からみれば、かつてテーブルやベッドだったもののようだった。
タルティウは剥き出しの板の床の上に荷を置くと。「今夜はここで休もう」と後ろからついてきた仲間に言った。
「雨がしのげるだけましね」ガウェインも荷を下ろした。クーも、ルギドも既に荷を下ろし、どしっと床に座っていた。フェルも荷を下ろしたが、さっさと部屋に隅に陣取って、まるで荷と一緒に置き物のようにじっとしていた。
「腹減ったぁ」ルギドは、坐った状態から仰向けに寝転がった。「道中で捕った猪を煮ようぜ」
「私が射止めたんだから、感謝してよね」ガウェインが、腰に両手をあて胸を張った。
「担いで来たのはおれだがね。」
「まずは、解体してからだろう」タルティウは、腰に差したナイフを鞘ごとルギドに放った。「だが、煮るには鍋がない、焼くしかないな」
「俺も、この蒸し暑さで煮物は勘弁願いたい」クーが首を横に振った。「火は俺が、担当しよう。燃え残った木が未だ残っているようだ」
「焼くなら、肉につける魔法の粉を持っているわよ」ガウェインが、嬉しそうに言った。「町で良い香辛料とハーブが混ざった、調味料が売っていたのよ」
「じゃあ、まずは捌くか」ルギドは、寝転がったまま床に落ちたナイフを取り上げると、ゆっくりと上半身を起こした。
「また、内蔵を傷つけないでね」ガウェインは、床においた荷物から、一つの瓶を取り出した。「肉がまずくなるから」
「あのときは、寒くて手がかじかんでいたんだ」ルギドはナイフを持って外に向ったが、玄関で足を止めると、振り向きざまに「タルティウ、串を持っていただろ?」と訊いた。
「串?」タルティウは、「なんでそんなものを」と直ぐに頭を横に振った。
「タルティウ、貴女の針みたいな手裏剣ってやつのことじゃない?東方から来た商人から買ったという・・・」ガウェインが、自分の腕を指して言った。
「これか?」とタルティウは腕にまいた布をはらりと落とすと、その中に仕込まれた、何本もの太い金属の針を手にした。
「それ、それ」ルギドは、笑みを浮かべた「どうみたって串だろ?」
「これ、そんなものに使うものじゃないのだがね」タルティウは、不満そうだった。「護身用になのだが」
「綺麗にして返すから」ルギドは、そそくさと戻ってきて、手を差しのばした。
「全く・・・」タルティウは、しかたないと、不承不承布を丸めて、差し出した。「綺麗にして返せよ」
「美味い串刺し肉を食わせるからよ」とルギドは、合羽を羽織ると意気揚々と家から出て行った。
「では、わたしは火を点けるとしよう」クーは、エルピテオではなく、今まで愛用していた杖を手にして、土間に向った。
「猪を解体するとなると、血の匂いに誘われて来るやつらも居るかもしれない。私は見張りに立つね」ガウェインは、弓と矢筒を手にして立ち上がると、小鳥が可愛い声をさえずりながら彼女の肩に止まった。彼女は、軒下まで出ると「フロイント、周りを偵察してね」と小鳥に話しかけた。
小鳥は、さえずりながら雨の中を飛び立った。すこし離れた軒先では、ルギドがナイフを猪に突き立て、内蔵の取り出しに掛かろうとしていた。血が雨と共に周りに広がってゆく。その様子を暫くみてから、彼女はじっと雨の向こう側に視線を移した。
タルティウは、床に座って、荒く書かれた地図を見ていた。
フェルは、部屋の隅で膝を抱えるようにしているだけだった。
やがて、ルギドが肉を針手裏剣に刺したものを持ってきて戻ってきた。「おい、クーさんや、外に内蔵とか残ったものがあるから、始末してくれないかい」
「分った、もう火は熾っているから、調理を始めるといい」クーは、かまどの前から離れて外に出、入れ替わりにルギドがかまどの前に陣取って、肉を刺した鉄の棒をかまどの上に並べ始めた。
クーは、雨がしとしとふりしきるなか、解体した猪の皮や臓物が山と積まれている場所に向って杖を向けると、杖の先から、炎が激しく吹き出し、あっというまにそれらは、灰となった。あとには嫌な匂いがしばらくそこに残っていたがやがて、ゆっくりと湿った空気に中に散っていった。
そんなクーをガウェインは、感心した様子で見ていたが、クーはガウェインをちらっと見ただけで、家の中にさっさと入ってしまった。
ルギドは大きな手を器用に動かしながら、串の代わりの金属をくるくると回しては、焼き具合を見ていた。串にさされた大きな固まりの肉は、肉汁を垂らし、垂れた肉汁が炎の中に落ちるたびにじゅうじゅうという音を立てた。
肉が焼ける匂いが、部屋の中にいる面々の鼻腔をくすぐったが、フェルだけは我関せずという表情で、一度立ち上がり家の外に出てゆくと、ハンカチで手を拭きながら戻ってきて、再び元の場所に坐った。
そして荷物入れから堅いパンの様なものを取り出して、ゆっくりとそれを噛みくだきながら食べた。
やがて肉の匂いに、香辛料の香りが加わると、ガウェインが急いで部屋に入ってきた。
「出来た?」と大声でルギドに声をかけた。
「おうよ」ルギドが、土間から板間に向って返事をした。「取りに来てくれ」
すると、各自土間に行っては、ハンカチや服の裾で串の端を掴んで板間に戻ってきた。
「あんたもどう?」とガウェインは、一口食べてからフェルに声をかけたが、タルティウは、「よせ」と彼女を窘めた。「なんであれ、記録師に物を与えるな。賄賂と見なされる」
「でも、あいつ、あんなものでこれから先の旅、体力が持つのかしら」ガウェインは、不安そうにフェルが食べる姿をみた。
「大丈夫です、これには充分な栄養がありますので」フェルは、小さい声で返事をした。
「まったく、融通が利かないのだから、あんたを見ていると、食事がまずくなりそう」そういってガウェインは、ガツガツを肉を口に入れ、さらに自分の袋から、保存できるパンを取り出すと、それに肉を挟んでたべた。そして、それをたべきると、ルギドを見て、
「肉はまだあったよね?」と訊いた
「ああ、ひとり二串はある。火は消してあるから、冷めてきていると思うぞ」
「やったあ、食うぞぉ」ガウェインは、肉の無くなった針手裏剣を、突然壁に向って投げた。すると、一匹のヤモリが見事に射貫かれて壁に貼り付けられてしまった。
「人の暗器を・・・」タルティウは、壁に貼付けられまだじたばたしているヤモリを見ながらため息をついた。
「ごめん、ごめん、フロイントの餌にいいかなと思ってね」ガウェインは、立ち上がって針を抜くと、ヤモリをつまんで上に掲げた、すると小鳥が飛んできて、それを足で掴むとまた、天井の方に飛んでいった。
「フロイントは、肉も食うのか?」ルギドが、鳥の止まったところを眺めた。
「あげれば、なんでも食べるよ。いつも穀物ばかりあげると太るから、旅の途中では、特に虫とか小動物をあげるんだよね。晴れていれば、自分で勝手に何か捕まえて食べているしね」
「ふうん、そういうものなのかぁ」ルギドは、鳥から目を離し、針を床に置いた。針には、焼き付いた肉片がこびりついていた。
「綺麗にしろよ」タルティウは、それを見てから自分の串を見て、ため息をついた。




