第3話
次でラストです!
「ここが遊園地…」
麦わら帽子に白いワンピース、手には弁当が入ってると思われるバスケット。ザ・お嬢様スタイルの姫が俺の隣で呆然と立ち尽くしている。
「…すげぇ人」
「ホントね…」
俺と雪ちゃんも、彼女同様、行き交う人に瞠目していた。
遊園地は三人とも初めて。
姫はともかく、俺と雪ちゃんは友達が居ないので…
―あとは察してください♪
因みに、雪ちゃんは訓練校の決まりだとかで、最初に出会った時に着ていた制服姿だ。
現在、入場してすぐの広場で三人、立ち尽くしています。
「…鳴神君、しっかりしてください」
耳に入れた小型イアホンからの声で、やっと正気に戻れた。
「…すみません。遊園地、俺も初めてだったんで…」
「はぁ~、以後気を付けてください」
「…了解」
「ま、正樹くん、あれはもらってもいいんですか?」
俺が花蓮さんからお叱りを受けていると、姫が一点を指してそんなことを聞いてくる。
「ん?」
姫が指差す先へと視線を移動させると、風船を配るトラのマスコットキャラをは発見。そして、それに群がる子ども…。
…姫はどうやら、あの風船に興味があるらしい。
しかし、アレはどう見ても小さなお子様をターゲットにした催し物。
あの餓鬼どもの中に交じって風船を着ぐるみにせがむのは、俺には些かハードルが高い。
…小さなお子様、か。
「…行って来い。お前ならセーフだ」
俺は雪ちゃんに指示を出す。
「何がよ!?私だってもう中学三年生だしアウトよ?」
「見た目的にはセーフだ」
俺の代わりに風船をもらって来い、お子様。
「ふ、普通に恥ずかしいわよ」
「ありがとうござます♪」
「「…え?」」
俺たちは揃ってマスコットキャラの方から聞こえてくる声に驚愕する。
まさか…
「正樹くーん♪正樹君もどうでーす?雪ちゃんも~」
...我らが姫様は、俺たちが言い争っている内に突撃していた。
「…お嬢様」
唖然とする雪ちゃんだったが、俺はむしろ、それを微笑ましく思った。
…遊園地ではしゃいでいる姫を見ているのは、とても楽しい。普段の凛とした姫も素敵だが、こうやって無邪気に笑う姿も負けていない。
そんなことを考えていると、着ぐるみから風船を貰うことに羞恥していた自分がアホらしく思えてくる。
「…んじゃ、俺ももらうか」
「へ?」
「ほら、行くぞ?」
「え、ちょ、マジ?恥ずか」
俺はブツブツと何か言っている雪ちゃんを引きずって行く。
結局、子供たちに交じって風船を貰う俺たち。
ピンクの風船片手に顔を真っ赤にしている雪ちゃんを完全にスル―し、姫は紫の風船を跳ねさせながら次の得物に目標を定める。
「正樹くん!雪ちゃん!あれ!あのグルグル回るカップに乗りましょう♪」
「お、お嬢様!?あまりお一人で前を歩かないでください!危ないです!」
ちょっと暴走気味の姫のあとを必死で追いかける雪ちゃん。
「…1時間待ち?」
姫がスタッフが掲げている看板を読み上げる。
「…どんだけ回りたいのよ?」
回るカップに並ぶ長蛇の列を見て雪ちゃんがゲンナリと一言。
俺も雪ちゃん一票…。
「ひ、姫、アレはどうだ?」
…カップに1時間は嫌だ。
俺は適当に高くそびえ立つ塔を指し、代案を提示。
あれなら大して並んでもないし、すぐに乗れる筈。
「そうですね♪カップはもう少し空いてからにしましょう♪」
俺の代案は、はしゃぐ女神のお眼鏡にかなったらしい。
そびえ立つ鉄骨に進路変更する姫。
「だからお嬢様!私が前を…」
大変そうな雪ちゃんにやや遅れ、後ろを歩く俺。
楽しそうで何より。
―だが。
「…花蓮さん」
「…はい。こちらでも確認できました」
…分かってはいたが、もう少し空気を呼んで欲しいものだ。
ラッキーなど絶対に起こらない、それは理解していたが、こうもあからさまだと流石に良い気分はしない…。
「…一人か?」
「今のところは」
―さっきから俺たちの周りをちょこまかしている奴がいる。
「仕掛けてくる様子は、ないな。…どう思います?」
俺はその気配を見失わぬように意識を集中しつつ、花蓮さんに意見を求める。
「…手練れであることはまず間違いありません。所作が素人のそれとはかけ離れています。足運びから気配の消し方まで、私以上ですね」
「…だよな」
その証拠に、姫と雪ちゃんは全く気付いていない。
…制圧するのは簡単。しかし目的は『普通に遊園地を楽しむ』なのだ。
…ここは、昨夜の会議で考えたプランの出番だな。
「…プランMだ。ポイントBで例の装備の受け渡しを頼む」
「…了解。でも鳴神くん?」
「はい?」
「私、この作戦、微妙だと思うのですか…。というか絶対バレ」
「では、指定の場所で。雪ちゃんにも伝えて置いてください」
そして、俺は一方的に通信を切る。
「正樹く~ん!乗りますよ~♪」
「ああ!今行く!」
姫が係員さんの前で俺を呼んでいた。
その隣で雪ちゃんが悲鳴ともに降りてくる椅子をジッと見つめている。
俺は急いでそんな二人に追いつき、いざ初アトラクションへ…。
「上がってます上がってます!高いです正樹くん!」
「…あ、ああ。そうだな」
隣の興奮状態の姫に答えながら、内心で思考する…。
…これ、楽しいか?これで楽しいなら父さんの手伝いでやった仕事の時の、高さ200メートルのビルからの降下、も楽しいのか?背中から銃弾の雨も降って来ないし、これではスリルと呼べるものは何もないような気がするのだが…。それでも、右隣りの姫はとても楽しそうである。
なので、俺は雪ちゃんにこのアトラクションの面白さについて尋ねようと左隣りを見る。
「…人間は簡単には死なない人間は簡単には死なない人間は簡単には死なない人間」
…ふむ。これは日ごろの鬱憤を晴らすチャンスだ。
自己暗示に必死な雪ちゃんの耳元に口を寄せ、俺は一言囁いてやった。
「…故に落ちても楽には死ねない」
「なんてこと言うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
どうやら、コイツはこういう系が苦手らしい。
てか、怖いなら乗るなよ?
「怖くないし!」
「…だから鍵括弧を無視するなとあれほど」
俺が彼女を諌めようと口を開くのとほぼ同時に、右隣りから鈴の声。
「正樹くん?止まりましたよ?故障でしょうか?」
「いや、こういうアトラクションなんだろ?あとは落ちるんじゃね?」
「ここから落ちるんですか!?スリル満点ですね~♪」
ご機嫌な姫に対して…
「…正樹ぃ~」
左隣りの少女は、精神的な限界を迎えていた。
「お、おう!?」
左隣りから伸びた手が俺の服の袖を掴んでくる。
「死にたくないよぉ~」
「あらあら」
そんな雪ちゃんのあられもない姿に、苦笑いの姫。
…雪ちゃんは、ガチ泣きしていた。
俺を見上げる潤んだ瞳からボロボロと零れる涙。
「怖いよぉ~」
俺の袖をチョコチョコと引いてくるのは、見た目は子ども、頭脳も子どもと成り果てた毒舌美少女。
毒舌美少女の頭脳が子どもになれば、毒舌が無くなってただの美少女に進化することを俺は知った。
…守りたいこの泣き顔!
と、その時、一気に降下が始まる。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア♪」
右はこのように絶叫マシーンを満喫、対して左は…
「正樹ぃぃぃ!恨んでやるぅ呪ってやるぅ殺してやるぅぅぅっぅ!」
「なんで俺に対するヘイト高まってんのぉぉぉぉ!?てか、さっきの甘えん坊美少女はどこ行ったぁぁぁぁ!?」
…この後、俺と雪ちゃんは係員さんにメチャクチャ叱られました。
「可愛いですね♪正樹くん♪」
…俺のことじゃないからな?
「モフモフ~♪」
そんな誤解を生みかねないワードを口にした姫の隣で、ウサギに顔面を埋めるのは言うまでも無く雪ちゃん。
女性陣は、先程から大層ご満悦である。
係員からお叱りを受けた後、次のアトラクションを探している最中に、姫が動物触れ合い広場なるものを見つけ現在に至る。
「ほら~、人参ですよ~?おいちいでちゅよ~♪」
…俺がやられたいわ!姫の柔らかそうな胸に抱かれているウサギを睨みつける。すると…
「ハッ、ざまぁねな。この童貞野郎」
…ウサギがしゃべ
「…花蓮さん?勝手に動物に声をあてないでください」
るわけがない。
「CV桜庭花蓮」
「…真面目にやってます?」
全く、この人は…。
最先端の通信技術を使って何しているのだろうか?
「装備の配置、完了です」
しかし、仕事はきちんとしているらしい。
「了解。…すまん!少しトイレに行ってくる」
花蓮さんからのそんな連絡を受けて、俺は二人へと声を掛ける。
「は~い♪分かりました!」
ウサギに夢中な姫の返事を確認後、俺は雪ちゃんへと視線を移す。
「雪ちゃん、ちょっと頼んだ」
「了~解♪」
…ウサギに顔を埋めながら言うな。
と、雪ちゃんがチラッとウサギから顔を出し、こちらにアイコンタクト。
…すでにプランMの実行は伝わったようである。
俺はそれを確認し、桜庭さんが装備を隠しておいてくれているはずのポイント、触れ合い広場近くのトイレ裏林の奥、へ向う。
「…装備を確認」
俺は装備を無事発見、受け取ったことを花蓮さんに伝える。
「…了解。正樹くん?ここまでやっておいて何ですが、ホントにやるんですか?」
「はい」
「…分かりました。こちらの予想通り、不審人物がお嬢さまに接近中です。私はもしもの時に備えます。では、御武運を」
通話が切れる。そして、俺は装備を身に付けるべくトイレへ…。
―桜庭雪view―
「…お姉様。不審人物が」
アイツが装備を取りに行ってから5分、お姉様から事前通知があった不審人物が、私たちの方に歩いてくる。
「雪ちゃん、お嬢様を誘導して」
お姉様からの指示が出る。
「了解…。お嬢様、あちらで少し休憩しながらアイツを待ちましょう」
「そうですね。少し疲れました…。人混みって凄いです」
そう言って苦笑いともに胸に抱いたウサギを降ろし、私の後に付いてくるお嬢様。
「何だか、子どもが一杯ですね。…何かイベントでもやるのでしょうか?」
「そうなんですかね?」
適当にお嬢様の会話に対して相槌を打つ。
そして、目的のベンチに座らせることに成功。
「…座席に誘導完了」
「了解。…鳴神くん?準備はいいですか?」
短いノイズの後、オープン回線に切り替わる。
「準備、完了だ」
すっかり聞き慣れた声が通信に加わる。
「雪ちゃんも、スタンバイしてください」
「了解」
お姉さまの指示に従い、私はステージに移動。
「雪ちゃん?」
そんな私に、お嬢様が声を掛けてくる。
「お嬢様、私たちからのサプライズプレゼントです!」
「…へ?」
…そりゃそうだ。
私は、戸惑うお嬢様に微笑みで応える。
「では、ミッション、スタート」
お姉さまの号令とともに不審人物が近づいてくる。
同時に、近くのスピーカーからリズミカルなBGMが流れ出す。
私は深呼吸して、
「はーい♪、皆さん?こんにちは~♪」
―そう声を張り上げた。
「「「「「「「こ~んにちは~♪」」」」」」」
私のそんな声に答えてくれたのは、先程お嬢様が気にしていた家族連れの小さな子供たち。
「今日はトラ吉くんヒーロショーに来てくれてありがとう~」
お嬢様が、マイク片手にしゃべり出した私を見てポカンとしている。
そこへ、
「如月姫!周囲を巻き込みたくなければ黙って従え!」
…ついに不審人物がお嬢様に銃を向ける。体格から大体分かっていたが、その声質から敵の性別は男で決まり。
お嬢様は目を大きく見開き、やがて、諦めたように笑いながら立ち上がり、男の方へ歩き始める。
本当はここで、お姉様が不審人物を狙撃、が正しいのだが…。
私はお嬢様がステージに上がって来たのを確認し、声を張り上げる。
「お~と?ここで極悪紳士の登場だ~!怖い~」
一瞬、ただならぬ雰囲気に飲まれた会場だったが、何とか観衆はショーの一部だと思ってくれたらしい。
「きゃぁぁぁぁ♪」
「怖いぃぃぃぃ♪」
「助けてぇぇぇ♪」
「…ふざけて」
そんな、周囲のヒーローショーなリアクションに怒りをあらわにする極悪紳士。
…良し、予定通りだ。
私は作戦順調に進んでいることに安堵しながら、自らの役に準ずる。
「このままじゃ~、お姉ちゃんが怖い極悪紳士に攫われちゃう!皆~、トラ吉を呼んでお姉ちゃんを助けてあげよう~♪それじゃあ行くよ~?せ~の!」
私は不審者が余計なことを言う間に強引にショーを進行し、マイクを観衆に向ける。ポカンと私を見つめているお嬢様を置いてきぼりにして…。
「「「「「トラ吉~!助けて~!」」」」」
会場が私の呼びかけに応え、どこからともなくトラ吉が出てくる。
「ガオォォォォォ!」
「「「「わぁぁぁぁぁ♪トラ吉~♪」」」」
アニマルランドマスコットキャラ『トラ吉』。
先程は風船を配っていた愛らしいデザインの人型の虎が何処からともなく登場。
…勿論、中身は先程のトラ吉とは別、である。
「…なるほど。あくまで私を無視するか。いい度胸だ!見せしめに一人殺してやる!」
不審人物が私に向かって駆けてくる。
アイツの思惑通り挑発され、ステージ上に立たされる不審人物。
…実力は私より遥かに上。それは動きを見れば一目瞭然だ。そんな相手が私に銃口を向けながら接近してくる。でも、私は何の警戒もしない。
―トラ吉が私を守ってくれることを知っているからだ。
「キャャャァ♪司会のお姉さんに極悪紳士が~♪助けて~♪」
私はそう叫んだ瞬間、
「ガオォォォォォ!」
トラ吉が目にも止まらぬスピードで不審人物をぶっ飛ばす。
「何!?」
気持ちは良く分かる…。まさか、彼もたかだかマスコットに反撃されるとは思わなかったであろう。
「…貴様、何者だ?」
「「「「わぁぁぁぁぁぁ!今日のトラ吉すげぇぇぇ!?」」」」
トラ吉に完全に悪役な台詞を放つ不審人物と、トラ吉の着ぐるみらしからぬ動きに沸く観客…。
「鳴神くん、やり過ぎです。もう少し加減してください。あと銃は取り上げ」
「もう無力化した。やり過ぎの件は了解。少し遊ばせて昏倒させます。」
…もう取り上げた?
そんなお姉様とトラ吉の回線を聞いて、私は慌てて視線を彷徨わせる。
すると、トラ吉の足元に拳銃が落ちているのを確認…。
「…全く、随分腕が立つマスコットだ。あの一瞬で掌底を放ち、さらに私の武器をも叩き落としたか」
…着ぐるみを着て何てことをしているのだろう?、アイツは。
「お前を倒さねば何ともならんようだな。…行くぞ!」
極悪紳士がナイフを抜き、先程までと比べものにならないスピードでトラ吉に向かって行く。
「…雪ちゃん!仕事仕事!」
トラ吉からの無線で私は慌てて自分の役割に戻る。
「さ、さぁ~、皆~、トラ吉が負けないように応援しよう!せーの!頑張れ~トラ吉~!」
私の掛け声に呼応して、声を張り上げる観客たち。
「頑張れ~!」
「負けるな~!」
「さっきのもう一回やって~!」
「ちょ、トラ吉マジやばくね!?」
「…かっこいい♡」
…小さい子だけじゃなく、私たちと年齢が近い若者まで集まり出した。
それもそのはず…。
「…着ぐるみ相手に手も足も出ないだと!?」
蹴り、斬撃、組み技、投げ技…。極悪紳士こと不審人物の技は全て洗練されている。それをトラ吉は関節も動かせない肉球で受け流し、組み技にも入らせず、投げ技に至っては…。
「…馬鹿な」
…どうやったか知らないが投げ返していた。肉球で相手を掴むこともできないのに…。
「鳴神くん、そろそろお願いします」
「了解だ」
お姉様の声にそう答えると同時に、トラ吉は極悪紳士が放った拳を肉球で受け止める。
「…なんと!?私の拳を受けるか!?」
…あの拳は流すものではあっても、受けとめるべき攻撃ではないことは私にも辛うじて分かった。
もし私が同じことをすれば、間違いなく受け止めた手が壊される。
「ガォォォォォォォ!」
そんな雄叫び共に放たれる肉球。
「何のぉぉぉぉ!」
肉球から逃れようとすぐにバックステップを踏む極悪紳士だが…
「グハッ!」
…肉球ではなく蹴りが極悪紳士の腹にめり込んでいた。
…いつ蹴りに変えたのか、私には全く分からなかった。
「「「「「「「トラ吉ぃぃぃぃぃぃ!」」」」」」」
極悪紳士の昏倒と同時に、会場が一気に沸く。
「雪ちゃん、進行を」
お姉様からの指示で、私も我に返り、私の仕事をする。
「やった~♪皆の応援のお陰でトラ吉は勝てました!皆ありがとう~!そして、頑張ったトラ吉に拍手をお願いしま~す!」
会場が拍手と声援に包まれる。
「トラ吉ぃぃ、ありがとうぉぉぉぉ!」
「トラ吉凄かったよ!」
「トラ吉ハンパねぇぇぇぇ!」
「トラ吉様ぁぁぁぁぁ!結婚してぇぇぇぇぇ!」
「…すぐに中の人間の素性を調べろ!…ああ、そうだ!…すぐにスカウトだ!」
…大騒ぎになってしまっている。
―やり過ぎだ。
「正樹君はそのままお嬢様を連れて撤退してください。雪ちゃんはショーを締めて下さい。不審人物と拳銃の回収は私の方で済ませました」
気付けば、消えている極悪紳士。
「了解した」
「了解です、お姉様。」
お姉様の指示で、呆然としているお嬢様の隣で観客に手を振っていたトラ吉が動き始める。それを確認して私も進行を続ける。
「では皆さん!お別れの時間です!次の公演は17時からですのでよろしくね~♪それじゃあバイバイ~♪」
「「「「バイバイ~!」」」」
観客が私の声に答えてくれる。私はそれに手を振って応えながら、広場の片隅の職員用準備室、と書かれたドアに向かうトラ吉とお嬢様に続く。
―桜庭雪 view END―
―如月姫view―
「…それで、これは一体どういうことなんです?」
私たちの後に続いて入ってきた雪ちゃんに問う。
「ア、 アルバイトなんですよ♪ヒーロショーの!」
「…アルバイト、ですか?」
「そ、そうなんだ!」
…トラ吉の頭を脇に抱え、雪ちゃんに加勢してくる正樹くん。
「私との遊園地デートがあったのにアルバイト、ですか?そもそも正樹くんにアルバイトの必要なんてありますか?」
そんな刺々しい言い方をしてしまう…。
「お、俺は姫に少しでも楽しんでもらおうと思ってこれを企画したんだよ!ヒーロショーのヒロインなんてやったことないだろ?」
「それはそうですが…、確かに新鮮ではありましたし…」
…そう言われれば悪い気はしない、のだが
「私、最後に正樹くんと一緒に手を振っていただけですよ?」
「ひ、姫に危ないことはさせられないからな!」
「さっきのおじ様もアルバイトの方なんです?」
「そ、そうだ。今は別の所で休んでる」
…嘘だ。あの方は確かに私を狙っていた。遊びなどではなく本気で…。ずっと敵意を向けられて生きてきたのだ、…それぐらいは、分かる。
…正樹君は私を馬鹿にしているのだろうか?一言言ってやろうと口を開きかけたが、
「…周りには迷惑かけなかっただろ?だから、もう少し、遊んで行こうぜ?」
…彼が、必死の形相でそんなことを言ってくる。
別に、正樹君にそんな顔をさせたかった訳では無い。
―だた、私と一緒に笑っていて欲しい。
勿論、彼を笑顔にする方法を私は知っている。
…大変不本意ではあるが、仕方がない。
「…はぁ~、分かりました。取りあえずそういうことにしておきましょう。私ももう少し遊びたいですし」
…彼は単純に私に楽しんでもらおうと頑張っているだけなのだ。
危ないことをして。バレバレな嘘を吐いて…。
私なんかのために、そこまでしてくれることを本当に嬉しく思う。しかし、視線を合わせようともせずにオロオロ、抱える着ぐるみの頭は歪んでしまって、大変可哀そうなことになっている。…一体、どれだけ力を込めればあそこまで変形するのだろう?隣では、雪ちゃんが顔面に手をあて首を左右に振っている。
…もう少し、上手に嘘をついて欲しいものだ。…ちょっと可愛く思えてくるから質が悪い。
「ほ、ホントか!それじゃあ行こうぜ!バイトは一回の公演だけだからもう終わりだしな!」
…ほら、笑顔になったでしょ?
どっちの誕生日なのか分からなくなるくらい嬉しそうにする正樹君。
…不器用で、真っ直ぐな人だ。
「君たち、これ、今日のバイト代だ。もう一人の悪役の方の分も渡すからよろしく!」
そこで、係員の男性の方が奥から出てきて私たちに声を掛けてくる。手には4人分の給料袋。正樹くんと雪ちゃんと悪役の方と、私の分。
「あ、あの?私はただ立ってただけですし」
…これは受け取りにくい。
「いやいや良いんだよ。君、可愛かったからそれだけで十分。その証拠に奥じゃあ電話が鳴りっぱなしだよ?どこかのモデルか何かか?とかアイドルか何かか?とか。その気があるなら電話代わろうか?スカウトの話も来てるよ?そこの着ぐるみの彼も、だよ?スタントの仕事依頼がどっさり。どうだい?」
「「遠慮しておきます!」」
私たちは見事にハモった。
「そうかい?あ!そこの君は、…気を付けた方がいいよ?」
「え?私、ですか?」
雪ちゃんが自分を指しながら確認を取る。
「そう。変な電話がたくさん来てる…。年齢は?今後の仕事の予定は?ここまではまだ良い…。でも、あのロリはどこの小学生?お家はどこ?何色のパンツはいてるの?とかはヤバいだろ…。…気を付けるんだよ?」
「…は、はい」
頬を引き攣らせて辛うじて返事をする雪ちゃん。…可哀そうだ。
「はい、それじゃあ給料は確かに渡したからね!大盛況だったから少し色を付けさせてもらったよ。その代り、また頼むよ?」
そう言って意味ありげなウインクをして去って行く男性。
「…か、考えておきま~す」
正樹くんはそう言って男性にお辞儀をする。私と雪ちゃんもそれに続く。
男性が奥の部屋に消えるのを確認して私たちは外に出る。
…そろそろ、お弁当、かな?たった今あったことなど気にもせずにそんなことを考えてしまう自分に、私自身が驚きである。
しかし、それはそれ、である。
自信の意外な一面に驚きながらも、私は冷静に、二度と遊園地に来ないことも決めていた。
一歩間違えば周囲に大変な被害が出ていたことには変わりないのだから…。
たた今日だけは…、彼が私のためにプレゼントしくれた今日だけは楽しもうと思ってしまったのだ…。
そう思った瞬間、ただでさえ握りしめていたバスケットの持ち手にさらに力が入ってしまう。
―そうだ。せっかく彼のために作ったのだ。食べさせてあげたいのは当たり前。彼には色々迷惑もかけているし、これくらいはしてあげて当たり前。あの試食会で彼の好みは把握済み。自信はある、のだが…。
―美味しい、って言ってくれるかな?
―如月姫view END―
「で、ではお昼ご飯にしましょう!」
「お、おう」
職員用準備室を出るなり姫がそう言い出す。…もの凄く気合いの入った形相で。
「もしかして、とは思ってましたが、やっぱりそのバスケットの中身は…お弁当、なんです?」
雪ちゃんが、姫が先程から握りしめているバスケットに目をやりながらそう尋ねる。
「はい♪」
「お嬢様手作りの?」
「はい♪」
「…いつもコイツに作ってるんですよね?」
「そう、ですね。でも、今日はいつもよりも気合いを入れて作りましたので!では、あそこでお昼にしましょう!」
そう宣言しベンチやテーブルが密集している休憩スペースを指し、前を進んでいく姫。
その後ろ姿をジッと見つめる雪ちゃん。
俺はそんな彼女に声を掛ける。
「どうかしたか?」
「…お嬢様、なんか女の子してるな、って思ってさ」
「…はい?」
この子は急に何を言い出すのだろうか?
「お前は女の子、してないん?」
「…アンタに言っても無駄だった。ほら、行くわよ!」
俺をキッと一瞥すると、姫の後をスタスタと追って行く雪ちゃん。
「おい!?ちょっと待てよ!?」
…女性陣の考えていることが微塵も分からん。俺はそれでも二人の背中を追いかける。
―桜庭花蓮view―
「それで、犯人の目的は?」
「現金目当て、のようです」
私は休憩スペースに移動するお嬢様方の周囲に目を光らせながら、部下と通話をしていた。
「何のために現金が必要だったのですか?」
…現金目当てにお嬢様を狙う輩は腐るほどいた。普段なら気にすることなく独房にぶち込むのだが、今回はそうもいかない。何故なら…
「…葛西さんほどの方がどうしてこんな真似をしたのですか?」
…私は襲撃者の身元データが携帯に送られてきた時、本当に驚いた。
―葛西浩二、訓練校出身の私の同期で、その名を知らない人は恐らく居ない。彼は私たちの代の格闘技術専門の教官であったからだ。私は狙撃手コースだったので直接の面識はない。それでも、私が彼の名を知っていたのはその実力故である。
テロリストグループに占拠された豪華客船で、役50名のテロリストを一人で無力化した、という非現実的な彼の功績は全国なボディーガードを震撼させた。これ高く評価した旦那様が、如月グループが出資する訓練校の教官に抜擢なさったとか…。
「奥様の治療費のため、だそうです」
「…その程度、三階堂家が負担してくれるのでは?」
彼の家、葛西家は三階堂専属の護衛を代々勤める家系である。
「それが…」
部下の声に戸惑いの感情が付加される。
…話はこうだ。三階堂家が葛西さんの奥さんの治療を盾に、護衛以上の仕事を強要してくるようになった。
その仕事とは、三階堂家にとって都合の悪い者の暗殺。
奥さんの病は最新鋭の医療技術でなければ命を繋ぐも難しい病気だそうで、他に選択肢も無く、葛西さんは暗殺業務に身を投じた。
しかし、それだけでは飽き足らず、三階堂家は葛西さんの一人娘を三階堂家の娘に使えさせることを強要してきた。いずれ仕えることになるのだから、と葛西さんは了承したが、ある日娘が泣いて帰ってきたという。
『私は友達を傷つけるために辛い訓練に耐えてきたの?』
そうボロボロと泣きながら娘が葛西さんに訴えてきたらしい。そこで、初めて葛西さんは自分の娘が三階堂の娘から酷い扱いを受けていることを知り、ついに三階堂家を離れる覚悟をした。そして、離れてからの奥さんの治療費の確保のためにお嬢様を襲った、ということらしい。
「…大体分かりました。引き続き葛西さんの拘束及び監視をお願いします」
「了解しました」
部下との通話を切る。
…葛西さんに娘さんがいたことなど、私は知らなかった。しかも、部下から送られてきた情報を見る限り、その娘はお嬢様と同じクラスらしい。
思考を重ねている間に、ドンドン追加の情報が送られてくる。
葛西昴の友人関係、三階堂家の娘が現在していること、その結果、実害を受けたと思われる人物…。
「藤沢、マリア?」
この名前は確か、鳴神君の個人情報資料の、交友関係蘭を埋める数少ない名前の一つだ…。
―桜庭花蓮view END―
「これは…!?」
「ど、どうです?」
完全に俺好みの味付けに驚く。
「美味いよ!あの時の俺の感想だけで?」
「ええ♪お口に合ったようで何よりです♪」
不安そうに俺を見つていた顔が一転、女神の微笑みが俺を捉える。
…姫のスペックの高さを改めて思い知った。俺はあの時これはおいしいとか、好みじゃないとか、大変好き勝手に姫の料理に対する感想を言っていただけだ。
それでコレ、である…。
「…アンタ、こういう感じの味付け、好みなの?」
姫の料理を絶賛する俺に、雪ちゃんが、テーブルの上に広げられた姫のお弁当を見つめながらそう聞いてくる。
「ん?あ、ああ。こんな感じの全体的に濃いめの味付けが好きだな」
「…ふ~ん」
…ふ~んってお前、質問の意図は教えてくれないんですかね?
モヤモヤするんですけど?
そんな俺のモヤモヤは、姫が口を開いたことで放置される。
「雪ちゃんもお料理するんです?」
「は、はい。人並みには…」
今度はお弁当から目をそらしながら姫の質問に答える雪ちゃん
。…流石にこれに肩を並べる勇気はないのだろう…。
卵焼き一つ取っても何かが違う。
「これ、どうやったんだ?」
「卵を巻く時に一緒に具を巻いただけですよ?」
「…コロッケの中にゆで卵は?」
「ゆで卵に小麦粉をふって、その上から具で包んで衣をつけて揚げるだけですよ♪」
「…私もここまで頑張らないといけないのかしら?」
雪ちゃんがコロッケの断面を見ながらブツブツと言っているが、とりあえず、今は目の前の御馳走が優先だ。
俺は卵焼きに手を伸ばし…
「しかし、ひたすら美味い」
「ふふ♪ありがとうございます!ドンドン食べて下さい♪」
ドンドンと箸を進める。
そんな俺に対して、雪ちゃんは箸でオカズを掴むたびに、掴んだものを睨めつけるように観察している…。
「お、おい?」
「…何?」
「もう少し、美味しそうに食えよ」
「わ、私の勝手でしょ!」
キッとこっちを見てくるが、すぐに箸先に視線を戻し、
「お嬢様、卵焼きの巻き方なんですが…」
「え~とですね…」
卵焼きトークが始まる。
味の話ならともかく、卵焼きの作り方なんてカテゴリエラーもいいところだ…。
…そして俺はドンドンと蚊帳の外へ。まあ、おいしいから良いけど…。
寂しくなんてないんだからね!
俺は、ガールズトークに口を挟めるだけのコミュニケーションスキルを持ち合わせていないので、黙々と箸を進める。そうしていると必然的に…
「あら?もう食べてしまわれましたか?」
…食い尽くしてしまった。
「す、すまん。箸が止まらなくて…」
それしかできることが無い上に、美味しいとなれば、当然の結果である。
「いえいえ、いいんですよ!とっても嬉しいです♪」
驚愕に目を見開いた姫の瞳が空になったお弁当箱を捉えると、たちまち笑顔の花が咲き乱れる。
「…私も頑張るか」
そんな俺たちを見ていた雪ちゃんがそう呟く。
「何をだ?」
勇気を持って発言してみた。
「さ、さ~ね?」
「何だよそりゃ?俺も少しくらい会話に混ぜでくれよ~」
雪ちゃんが俺と話してくれない…。
俺がその事実に地味に心を痛みていると、姫が俺に苦笑いを向け、尋ねてくる。
「…正樹君は何のために雪ちゃんが私にあれこれ聞いていたか、心辺りありません?」
「いや、別に普通のことじゃないのか?」
あれこれって言うと…、料理のことだよな?
雪ちゃんが料理のこと知りたがる…。
…いや、女の子だし料理に興味があることは何も特別なことじゃないだろ?
「お、お嬢様!?」
…いや、なんでそこでお前が慌てるんだよ?
姫は、急に慌て始めた雪ちゃんに微笑みながら言葉を掛ける。
「うふふ♪ごめんなさい。要らないこと言いましたね。雪ちゃん♪」
そんな姫の言葉に、何故か顔を真っ赤にしてそっぽを向く雪ちゃん。
「お、おい?大丈夫なのかよ?」
これでお前らの仲が気まずい感じになって、一番気まずいのは俺なんだが!?
「大丈夫です♪それよりも食べ終わったなら次、行きましょう♪時間が惜しいですしね」
「そ、そうか?」
俺がハラハラとしていると、突然雪ちゃんが立ち上がり、前を歩き出す。
「行きましょう!さっさと行きましょう!遊び倒しましょう!」
「…ほらね?」
「あ、ああ」
俺と姫は苦笑いすると、前を行く雪ちゃんの背中を追う。
俺はそんな雪ちゃんの背中に声を掛ける。
「おい!護衛が護衛対象ほっぽりだすとはいい度胸だな?」
「うっさい!遊ぶの!」
「ふふ♪」
雪ちゃんに罵られる俺を見て、コロコロと笑う姫。
そんな感じで、俺たちはまた人混みの中へと身を投じる。
回るカップにメリーゴーランド、ジェットコースターなど、目ぼしいアトラクションを回り終えると…
「すーすー」
「お前…」
「うふふ♪良いじゃありませんか。少し寝かせてあげましょう?」
…ベンチで寝息を立てる職務放棄者が輩出されていた。
あんだけ叫べばそりゃこうなる。
…怖いなら乗らなきゃいいのに。
「…まあ、いいか。それじゃあ起きるのを待つのか?」
「う~ん。どうしましょう?」
「鳴神君」
「はい!?」
俺が姫と職務放棄者への対応を相談していると、背後にいきなり花蓮さん。
「…驚かせないでくださいよ…。それで、警備の方は大丈夫なんです?」
「すいません。一刻も早く鳴神君にお知らせした方が良いと思ったので、独断で部下に交代して参りました」
…ただ事ではなさそうだ。しかし、
「携帯に情報を転送してくれれば」
「もうしてます。それでも鳴神君が携帯を見てくれないので出しゃばってきた次第です」
…確かに見てませんでした。
でも、
「そりゃあ、護衛してたんだからそんなことしてる暇が」
「だから、来たんです。ご理解いただけたら私が周辺を警戒しているうちに、確認してください」
そこで、花蓮さんは何故か、声のボリュームを落とし耳元で囁く。
「…お嬢様に悟られないように、確認してください」
…また姫を狙う奴が現れたのか?
俺は事の真意を花蓮さんに確かめようと口を開こうとしたが…
「お嬢様、鳴神正樹がお飲み物を買ってきてくださるそうです。ウチの妹もその有様ですし、少しの間、私が護衛いたします」
「そうですか。では、正樹君、メロンソーダ的なものをよろしくお願いします♪」
俺がジュースを買いに行くことがすんなりと決まってしまった。
…まあ、見れば分かるだろう。
そう判断を下し、俺は花蓮さんが作り出してくれた流れに乗ることを決める。
「姫は随分と男の子っぽいもの飲みたがるんだな?」
「飲んだことが有りませんので」
「なるほどね、了解。…では、花蓮さん、少しお願いします」
「了解です」
自然な流れで一人になることに成功。
そして、姫たちから見えなくなる位置まで移動して携帯を確認する。
―そして、
「…おい、どういう、ことだよ?」
花蓮さんが、姫がいない所で見ることを促した意味を知る…。
もし、目の前に姫がいたら、俺は冷静さを失って姫を感情のままに責め立ててしまっただろう。
携帯を握っている手が震える。
そこに書かれていたのは…。
『NO.21 藤沢マリア
藤沢マリアの人間関係が悪化。結果、藤沢マリアは暴力を受けて負傷。同時に、過度な精神的ストレスがかかり、部屋から一歩も外出していない模様。』
…これ自体は予想されたことである。
「情報更新日が、金曜日…」
今日は日曜日。つまり、先週最後の登校日にこれが起きたことになる。
…このことを姫が知らない、とういうのは考えられない。あの姫が、更新されたクラスメイトの情報に目を通していない訳がない。つまり…
「…知っていて敢えて、無視している?」
姫がそんなことをするわけが、
『今ここで私が彼女を助けてしまったら、彼女は一生他人の力を借りなければ生きられないことになってしまいますよ?』
…否定しようとして俺は失敗する。
姫は確かにそう言っていたではないか。
誰も、危なくなったら助ける、とは言ってはいない…。
「…姫」
俺は、先程購入したメロンソーダのカップを呆然と見つめて、彼女の名前を呟く。
「はい」
…気付けば、目の前には俺の頭の中を占領している人物が立っていた。
俺はその人物をジッと見つめ、尋ねる。
「…どうしてだ?」
姫は一瞬驚いた風にしたが、俺が携帯を握りしめているのを見て察したらしく、返答してくる。
「…あれに乗りながらお話しませんか?」
姫が指したのは観覧車。もう周りは暗くなっているので、あそこから見下ろす景色はきっと素晴らしいだろう。
…しかし、今はそんな気分ではない。
「真剣なお話をするのでしたら静かな場所で、が良いのでは?」
…近場で静かに話せそうな場所は、確かにあそこくらいだ。
「…分かった」
そうして、俺たちは二人で観覧車の列に並ぶ。順番が来るまではお互いメロンソーダを飲みながら終始無言だった。雪ちゃんは恐らく、花蓮さんが気を利かせて回収してくれたのだろう。一応、列に並ぶ前に雪ちゃんが寝息を立てていたベンチに戻ったのだが、二人の姿はすでに無かった。
「では、次の方~」
俺たちの順番が来て、係員の指示に従い、ゴンドラ内の座席に二人で向かい合うように座る。
「では、行ってらっしゃいませ~」
係員の声と同時に扉が閉まり、機械音を響かせ動き出すゴンドラ。
瞬間、俺は即座に口を開く。
「…さっきの質問に答えてくれるか?」
「そう焦らなくてもいいじゃないですか。ほら景色が綺麗」
「姫」
今の俺に景色を楽しむ余裕は皆無である。姫と世間話をする余裕も…。
俺が姫の言葉を遮ると姫は一転、表情から笑顔を消し、黙って俺を見つめ、口を開く。
「確認するまでも無く、藤沢さんのこと、ですよね?」
「…ああ」
ホントにスペックの高い人だ。俺が考えてることなんて何でもお見通し。
だというのに…
「どうして、藤沢さんを助けてあげないんだ?」
「先日、申し上げたはずですが?」
『今ここで私が彼女を助けてしまったら、彼女は一生他人の力を借りなければ生きられないことになってしまいますよ?』
…確かに、そう言っていていた。しかし、
「…やっぱりアレは言い過ぎだ。藤沢さんに助けが必要なのは誰の目から見ても明らかじゃねぇか?今、彼女を助けたら今後も彼女が誰かの助けを借りなければ生きられない、とも限らない」
「とも限らない、などという可能性の話をしても無意味です。逆に、そうなる可能性もあるのですから」
…いかん、このままではただの平行線だ。やはり、姫に助けを請うのは無理、か…。
―俺単独で藤沢さんを助ける。…向こうは藤沢さんに手を上げた、そうなれば、最早、これは俺の管轄だ。
皮肉にも、事態が酷くなってしまってからやっとやれることができた…。
…報復は何も生まない。頭では良く分かっている。しかし、今の俺は感情が理性を大きく凌駕してしまっている。
「…どうして、ですか?」
俺が黙してそう考えていると、今度は姫が俺に問いかけてくる。俺は顔を上げて姫の顔を見る。何が?、と確認しようとして、できなかった…。
「…どうして、正樹君は、今まで私の傍に居なかったんですか?どうして、藤沢さんにはアナタがいるんですか?アナタみたいな人がいるのに、どうして私は…」
「ひ、姫!?どうして泣くんだよ!?」
…姫は俺を睨みつけて、膝の上で拳を握りしめ、泣いていた。
「…どうして、でしょう?」
姫は自分の頬を伝う水滴を指先で掬い、そこで初めて、自分が泣いていることに気付いたらしい。
「あれ?おかしいですね…。どうして、止まらないんでしょう?」
俺は目の前で、起きていることに関して、必死に考える。
どうして、今姫は泣いている?悲しいとか、寂しいとかそんな類の感情はその涙には感じられない。…ずっと、溜めこんでいたものが暴発したような、そんな印象を受ける。でも、どうしてこのタイミングで?俺が藤沢さんの話をした瞬間、こうなった。つまり、藤沢さんが何らかの形で関係している?
…ここでまで考えて、俺の頭に浮かぶのは姫のあの言葉。
『今ここで私が彼女を助けてしまったら、彼女は一生他人の力を借りなければ生きられないことになってしまいますよ?』
…なぜ、姫はこんな考え方をするのだろうか?
姫の事だ。何か絶対的な根拠があっての発言だったに違いない。では、その根拠とは…?分からない…。
ならば、俺は何故、藤沢さんを助けたいと思った?それは、人間関係がうまく行かないと孤立してしまうことを知っていたからだ。小・中と所謂『ぼっち』だった俺はその『ぼっち』が、頑張る必要があるくらい辛い立場であることを知っていた。だから、藤沢さんを助けたいと思った…。つまり、俺は経験を根拠に…。
―ああ、なるほど。そういう、ことなのか。
「…姫、お前、藤沢さんと自分を、重ねちまってるんだな?」
姫がビクッと肩を震わせる。そして、
「何を言ってるんですか!?そんなことして私に何のメリットがあるんですか?意味が分かりません!」
急に怒り出す姫。これは、当り、か…。
あの言葉は、自分に向けて言った言葉でもあった、ということだ。自分自身が『他人に助けられ続けた結果、人の力を借りなければ生きられない』人間になってしまったから、これがあの発言の根拠となっていたらしい。
そんなことをするメリット…、それは俺にも分からないが、少なくとも…、
「…姫、藤沢さんは、姫じゃない」
「そんなことは分かっています!そんなことは…」
自分の何かを藤沢さんに見ている。その何か、とはなんだ?俺はひたすら考える。
―如月姫、成績優秀で料理が上手で、良く笑い感情豊かで優しい。大きな力を持っており、そして力に怯える女の子…。
大きな「力」を持っており、「力」に怯える…。この二つに因果関係があるのか?「力」が恐ろしいから、大きな「力」を持つ必要があった。
…自分を守る術が必要だったんだ。
そうして出来上がったのが今の姫。権力という名の「力」を振りかざせるだけの知恵を身に付け、人を動かし自衛する。…きっと血の滲むような努力の末に辿り着いた場所。理不尽に強いられて身に付けた「力」…。
藤沢さんも今、抗いようのない「力」に怯えている。姫は彼女に、自分のようになって欲しくないから、彼女自身の力で乗り越えて欲しいと思っている…。
―つまり、姫の中では人は強くなければならない、ということになっているのではないだろうか?
「…姫が助けたら、藤沢さんが姫のように、誰かの力添えが無ければ生きられなくなる、そう思ったんだな?」
それは、優しい姫らしいと言えば姫らしい。
…しかし、正しくはない。
「でも、姫の価値観を藤沢さんに押し付けるのは乱暴だ」
「そんな言い方ないです!私は藤沢さんの今後の事を思って」
「違う。姫は、ただ認めたくないだけだ」
姫の再び肩がビクッと跳ね上がる。
「…やめて」
涙をボロボロと流しながら俺にその先を言わせまいと懇願してくる姫。
―しかし、ここで止まるわけにはいかない。
…藤沢さんに自分を重ねて、姫は何をしたかったのか?
自分の代わりに、藤沢さんに証明して欲しかったのだ。自分の考えが正しいということを。人は他人に頼らなくても強くいられる、ということを。
何故、こんな回りくどいことをする必要があったのか?
それは、自分がそれに失敗したからだ。
結局、今の姫は誰かに頼る、以外の方法で自分の身を守ることができていない。その現実から必死に逃げているのだ…。
「…姫、お前は弱いんだ」
…人に頼らなければ生きて行けない、という「弱い自分」を認めることができない姫は、藤沢さんの成功を姫の成功だと思い込むために、自分と藤沢さんを重ねた。そして、必要に藤沢さんに苦難を与え、強くなれなかった自分の代わりに、それを乗り越えさせようとしたのだ。
自分の考えは正しいのだと、そう思いたかったのだろう…。
…そんなことをしても、自分が弱い、という事実からは永遠に逃げられないというのに…。
これが人に守られ続けてきた15歳の少女の成れの果て。
思えば、姫は俺との契約の際、必要に俺に考え直すよう促してきた。
それはきっと、俺に傷付いて欲しくないからだ。正確には、自分のために誰かに傷付いて欲しくなかったのだろう。そんな優しい女の子が、自分を守ってくれる人が傷つくのを見続け、何を思っただろう?
…ひたすら罪悪感に苛まれたに違いない。それでもなお続く恐怖。それから身を守るために他人を犠牲にする毎日…。そんな中で、心優しい少女はひたすら傷つけられ、歪んでしまった…。
「…違う。私は一人でも」
「一人じゃ、生きていけないんだよ」
姫の生きる世界は、優しい彼女が一人で生きるには、あまりに容赦がない…。
「違います!私は一人で生きていけます!藤沢さんとは違います!一杯本を読んで、他人の顔色を必死に窺って、そうやってきたんです!…彼女だけが何の苦労もせずに救われるなんておかしいじゃないですか!私みたいに強くならなきゃ救われる訳が」
「姫!お前もまだ救われてないんだよ!…もし、救われているなら、どうしてそんなに、泣くんだよ!?」
「…え?」
―瞬間、俺は姫を…
「…大丈夫だから。もう何も怖くない。強くなくても、大丈夫なんだよ。俺は絶対に傷付かないし、負けない。だって最強の殺し屋の息子、なんだぜ?…遅くなってすまなかった。でも、これからはずっと、姫を守るよ」
―抱きしめる。
…これぐらいしか、思いつかないから。恋人はおろか、友人との関係すら持ったことのない俺が知っているのは、父さんと母さんが俺にくれたもの。
…何度あの温もりに助けられただろうか。
だから、俺は傷つき過ぎた少女を、ただ抱きしめる。
「う、ひくっ、ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
…俺の背中に腕を回し、力一杯胸の中で泣き叫ぶ姫。
…こんな小さな体で本当に良く頑張ってきたと思う。
そうして一頻り泣き叫ぶとポツポツと語り始める。
「…私、怖くて。私の所為で桜庭さんやパパ、メイドさんたちが傷ついて、私がいなければこんなに傷つくこともない、って思うようにもなって…。それでも、何度も死ぬような目にあってたから、それがとても怖いことだというのも、嫌というほど知ってしまってて!…自分で命を絶つ度胸も無くて!…だから、自分の身を自分で守れるように強くなろうとしたけど、私にはその力もなくて!それなら頭で勝負だと思って知恵をつけたけど、結局、パパたちに頼る現状は変えられなくて!」
「…ああ」
「あなたに分かりますか!?」
「…すまん。分からん」
…申し訳ないが、俺にそれを理解できるだけの人生経験はない。
どうしよう?、と冷や汗をかいていると…
「…冗談ですよ。だから、そんな顔、しないでください」
「…おい?」
…からかったの?このタイミングで!?
「分かるはずがない、ってくらい開き直って格好つけるのが、男の子ですよ?」
そ、そういうものなのかもしれない。
何かそっちの方がカッコイイ気がするぞ…。
「そ、そうなのか?それじゃあ言い直す…じゃない!大体お前」
この雰囲気で冗談とか、本当にこのお嬢様は底が知れない…。
文句の一つでも言ってやろうと口を開くが…
「!?」
開こうとして、できなかった…。
―俺の唇に、柔らかい感触が押し付けられたからだ。
その感触は彼女が身を引くことによって霧散してしまったが、それが俺にもたらした熱は確かに今も唇に残っていて…。
「…でも、そんなあなただから、私はこんなにも惹かれるのでしょうね?何の打算もできずに真っ直ぐで不器用で…、優しいあなただから、信じられる」
「…へ?」
俺はあまりのことに何も反応できない。
いや、ちょっと待て!今何が!?
「ご、誤解のないように申し上げます!い、今のは正樹君を一人の殿方として、す、好きだという意味です!」
「お、おう!?」
「こ、ここまで踏み込まれて惚れない方がどうかしてます!少なくとも、私には無理です!」
自棄になったように俺に言い放つ姫。
そんな姫の顔は真っ赤である…。
…多分、俺もだけど。
「お、お返事はいりません!ただ、ご迷惑でなければ好きでいさせて頂いてもよ、よろしいですか?」
そう潤んだ瞳で、上目遣いに尋ねてくる天下の如月グループご令嬢…。
勿論、こんな優しくて可愛い女の子が俺の彼女になってくれたら嬉しいのだが…。そうなのだが!?
「…返事はきちんとする!」
姫は緊張した面持ちで俺の次の発言を待っている。
「したいんだが、正直、今の俺には、その、なんだ?男女の好きとか嫌いが、良く分かってなくてだな…」
「…」
ジトーっと俺を見る姫。
…分かっているさ。俺は今、さぞ見苦しいのだろう。
「…別に期待していた訳ではありませんが、それは要らない台詞です。だから返事は要らないと申し上げたのに…」
「…すまん。でも、半端な気持ちで姫と付き合う訳には行かない。そ、そりゃあ見た目は文句なしに可愛いし、や、優しくて好みのタイプではあるが!」
「そ、そんなこと言って誤魔化そうとしてもダメです!」
…そんなことを言う姫は視線を彷徨わせて、手で自分の顔を仰ぐというリアクション。俺は俺で結構恥ずかしいことを言っているので、もう顔中熱くて死にそう…。
「お、おう!すまん!でも、ホントのことだ。…俺は姫の上辺だけを好きなのかもしれない」
そう言う俺に真剣さを帯びた瞳を向けてくる姫。そんな姫を真っ直ぐに見つめ、俺は続ける。
「逆に姫も俺の上辺だけを見て、俺の事を好きだって思ったかもしれないだろ?」
「それは絶対にありません♪私は馬鹿ではありませんので♪」
…顔は真っ赤でも例のスマイル。
というか今、俺のこと遠回しに馬鹿って…。
ま、まあそれはおいておこう。
「す、少なくとも俺は姫の見た目が、か、可愛いからっていうのが大きい気がするんだよ!」
「そ、そうですか。私はそれだけでも満足ですが…」
モジモジと手遊びを始める姫。
…ダメだ。このままでは骨抜きにされてしまう。
ちゃんとしろ正樹!
「と、とにかくだ!時間はたくさんある!だから、お互いのことをゆっくり知って行くべきだと思う。…その結果、もし仮に姫が俺のことを嫌いになっても俺は絶対」
「有り得ませんのでご心配なく♪」
…一体その自信はどこから湧いてくるのだろうか…。
「と、とりあえずそう言うことだ!」
「正樹君がそうしたいのでしたら私は止めませんし、そもそも私が勝手に正樹くんを、す、好きでいるだけですし!勿論、受け入れてくだされば嬉しいですが!」
…もう、いいんじゃね?むしろ、ちゃんとするってそう言うことじゃね?
なんて、紳士らしからぬ自分を抑え込むのに必死になっいると、更なる衝撃が俺を襲う…。
「…それに、正樹君の周りにはたくさん素敵な子がいらっしゃいますし、まだ私も彼女たちを相手にする準備もできてませんし…」
「へ?」
あっ!しまった!という風に口元を手で覆う姫。
「な、なんでもありません!と、取りあえず、正樹君の言う通りでいいです!」
何か物凄く興味のある発言が聞こえたが…、そろそろ本題に入らなければならない。思わぬ騒動で長くなってしまった…。
「よ、良し!この話は以上だ。…それでだな」
「藤沢さんを助けるから力を貸して欲しい、ですか?」
「…ああ」
単独で事を成し遂げることもできるが、それでは二度と堂々と日の光を浴びられなくなるし、それは姫を守る上での障害になりかねないので避けたい。
…でも、このタイミングで姫にお願い事は…
「…卑怯です」
俺を不満そうに見る姫。…ですよね~。
「…私は、正樹君を勝手に好きでいますが、嫌われたくはないんですよ?」
「…す、すみません」
…ただ謝るしかできません。
「はぁ~、悪気が無いのは知っています。だからと言って、許されることではないような気もします!」
…この流れを俺は知っている。というか、体が覚えているというか…。
同居人に刷り込まれたというか…。
「そ、それじゃあ、また遊園地に来よう!」
姫は一瞬目を見開いたが。何を思ったのか、首を横に振る。
「…嬉しいお話ですが、それはできません」
「…どうしてだ?」
あんなに楽しそうにしていたのに…。
「今日の事は正樹君や雪ちゃん、桜庭さんたちのお陰で大事には至りませんでした。…しかし、私が狙われ、周りに被害が出そうになったことには変わりないのです。ですから、遊園地は今日で…」
「…分かった。それじゃあ、安心して姫が遊園地に来られるようにできれば、また一緒に来てくれるんだな?」
「…それはいくら正樹君でも」
「どうなんだ?行ってくれるのか?」
姫は呆れたように苦笑いすると、答えてくれる。
「…分かりました。では、そんな風な日が来たなら、またご一緒しましょう」
「約束だ。」
「…はい♪」
俺は、姫を再び遊園地に連れてくることを、心に強く刻んだ。
まあ、それはそれとして…
「そ、それでだな?藤沢さんを助ける件は」
「…分かっています。程度は違えど、彼女もまた私と同じ弱者であることに変わりはありません。だからこそ、私は彼女に『無力な私』を映したのですから…。助けてあげてください。何なりとお手伝いいたします」
…どうやら、少しは自分を認められるようになったらしい。
「あなたが私を守ってくれるのなら…、弱い私でも良いと気づかせてくれた正樹君が側にいてくれるなら、私は本当の意味で人に優しくなれそうです。お友達を助けたいと、今は、心から思えます」
「…ありがとう。それじゃあ姫には、俺のやることの事後処理を頼みたい」
「揉み消せばいいんですね♪」
…いや、そういうことなんだけれども。人がわざわざ言葉を選んだのに…。
そんな俺の胸中などお構いなしに姫は続ける。
「どこを抑えれば良いですか?政府ですか?警察ですか?それとも軍、ですか?」
…恐るべし如月グループ。
しかし、今回に限ってはそこに感謝しなければならない。
「…警察と政府、だ。三階堂ってのは政界にも顔が利くんだろ?」
「そうですね。もし、三階堂の家の者が襲われたとなれば、警察は抱えている案件を放り出してでも駆けつけるでしょう」
「…でも、姫ならそれを阻止できる」
「はい♪私たちが国に提供する資金援助、及び最新技術を餌にすれば造作もないことです。三階堂とはそもそも格が違いますので♪」
頼もしい限りだ。
「…でも、三階堂家が個人で抱える戦力まで抑制するのは、残念ながら難しいです」
「それは俺が自分で何とかするさ」
そこで、姫は俺を心配そうに見つめてくる。
「…私を残して死ぬことなんて許しませんよ?」
「ちょっと友達の仕返しに行くだけだ。心配ない」
「…これはそこらの小競り合いとは一線を画することです。三階堂の戦力は人間一人に遅れを取るほど矮小のものではないんですよ?…それでも行くんですね?」
「俺にとっては、千人の軍勢よりも、初めての友達の方が重いんだよ」
そう答えると、何故か姫は不機嫌になる。
…あれ?何で?
「…最初に声を掛けたのは私で、お友達になったのも私が先のはずなのに…」
ああ、そういうことね…。
しかし、残念ながらあの時の俺は姫を友達だと思ってなかった。
人生で初めての友達、それだけは誰が何と言おうと、藤沢さんである。
「すまん…」
「…はぁ~、まあいいです。初めてのキスは貰いましたし♪」
「…何故、決めつける?」
「え?違うんですか!?私は、その、初めて、だったんですが…」
反射的に変な意地を張ってしまったが、彼女のファーストキスを貰ったという事実の前にあっけなく陥落。
「お、俺も初めてでした…」
「そ、そうですか。…良かったです♪」
そう言って俺に微笑みかけてくれる姫。
…ああ、もう付き合って、いいんじゃね?
そんなやり取りをしていると、窓から見える景色がいつもと変わらない平凡なものになっていることに気付く。
姫もそれに気づいたらしく、寂しそうに呟く。
「…景色、楽しめなかったですね」
「もう一周、するか?今度は純粋に観覧車を楽しもう」
すると、寂しそうにしていた姫の表情に笑顔の花が咲く。
「はい♪」
俺たちはもう一度列に並び直し、再び景色を楽しむべく観覧車に乗る。




