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正しい最強の使い方  作者: バルス
5/5

最終話

これでお終いです。

感想、指摘、心よりお待ちしております!

よろしくお願いたします!

―藤沢マリアview―

 どうしてこんなことになってしまったんだろう?

「それじゃあ、掃除、よろしくね♪藤沢さん♪」

「よろしく~☆」

「…」

「お?終わったか?」

「カラオケ行こうぜカラオケ!」

「良いわね♪行きましょうか?」

…そんな三階堂さんたちの声を聞きながら、私は唇を噛み締める。

「…痛いよ」

ボロボロと泣きながら、爪を剥がされた右手を痙攣させることしかできない。机の上を伝って、私の指から流れる血が床に滴り落ち、血だまりを作っていた。

「それ、ちゃんと片付けておきなさいよ?それじゃあ今度こそ、よろしく♪」

…三階堂さんは思い出したように私にそう声を掛けると、今度こそ去って行く。

それを確認すると、私は痛む右手を、自分の鞄から取り出したハンドタオルで包み込んで廊下に出る。そして、

「せ、先生!助けて下さい!」

職員室に駆け込み、助けを求めた。

「…どうした?」

「わ、私、三階堂さんたちに酷いことされて…それで」

知らない顔の教員だったけど、きっとこれで大丈夫。

「…それを三階堂さんたちがやった証拠はあるのか?」

「…え?」

「お前が自作自演でやっていることかもしれないだろ?掃除をサボるために」

…この人は一体、何を言っているのだろう。

私は他の先生に訴えようと周りに視線を向けるが、

「…そん、な」

―全員私に冷たい視線を向けていた。

そして、目の前の教員が、私から視線を逸らしながら口を開く。

「…俺たちにも生活が有るんだ。すまない。掃除は免除にしてやるから、早く帰ってキチンと怪我の治療をしなさい」

そう冷たく言い放ち、机に向かう教員。

―私は何も言わずに黙ってその場から駆け出す。

『私のお父様、この学校の理事長なの』

 そして、三階堂さんが言った言葉の意味を思い知る。

…この学校で彼女に目を付けられればどうなるか、その答えが私、である。…この分では、この学校の誰に助けを求めた所で同じなのだろう。

「…は、はは」

乾いた笑いしか出てこない。右手に巻いたハンドタオルはすっかり赤黒く染まっている。

「痛い、なぁ」

…頬を伝う涙。私は、間違っていたのか?間違ったことを言ったのだろうか?ルールを守らない彼女たちは正しくて、ルールを守る私は正しくない?中学校までの私の世界では、ルールを守るのは当たり前の事だった。…私の周りが特別だったのだろうか?だとしても…

「ルールを破るのがルールなんて、おかしいよ…」

私は右手の痛みと心の痛みを下唇を噛んで必死に堪え、トボトボと歩き出す。

「…鳴神君?私は間違ってる?」

…この学校に来て初めての友達の顔がふと浮かぶ。

「…こんなの私には、辛すぎるよ」

涙を零しながら、私は誰もいない廊下を歩く…。

―藤沢マリアview END―


 「…それで、アンタはこんな夜中にどこに行くのかしら?」

姫と観覧車を堪能したあと、俺たちは無事帰宅した。

そして姫の許可を取り、深夜に行動を起こすことになったのだが…。

面倒な奴に見つかった。

「少し、夜の散歩だ」

…良し、素晴らしい言い訳!これは決まった!

「…そう、それじゃあ、私が付いて行っても問題ないわね?」

「こ、この時間帯は冷えるからお前はさっさと布団に戻れ!」

…というかコイツ、隣のベッドで寝てたんじゃないのかよ?

「…ねえ?ホントのこと、言ってよ?」

…やはり、この子の前では俺のプライバシーなんてどこにも存在しないらしい。良く考えれば別に隠すことでもないし、雪ちゃんになら教えても大丈夫だろう。

「…ちょっと友達の仕返しに」

「こんな夜中に?」

「訳ありなんだよ」

「…私も付き合う」

「…はぁ?」

間抜けな声が俺の口から零れる。

しかし、そんな俺のリアクションなど、気にした風もなく雪ちゃんは続ける。

「…こんな夜中に抜け出してやることが、真面な仕返しじゃないことくらい私にだって分かる。…危ないんでしょ?」

「…それが分かってるなら、お前が俺の足手まといにしかならない、ってことも分かってるだろ?」

…コイツには少し荷が重い。

「…じゃあ、アンタが危なくなったら、誰がアンタを守るのよ?」

「だから俺に限ってそれは」

「どうしてそんなこと言いきれるのよ!」

…へ?なんでコイツ、怒ってんの?


―桜庭雪view―

 …何かがおかしい。確かにコイツは強い。規格外だ。でも…。

「ちょっと手の平、見せなさい」

「お、おい?」

私は彼の右手を取り、確認する。

…やっぱり、気のせいではなかった。

あの時のあの一撃を受けた時に…

「…中指、骨折してる」

「あ~、やっぱり着ぐるみで受けるのはちょっと無理があったみたいだな。でも、こんくらい何でもないから大丈夫だ」

「…痛いでしょ?」

「痛いは痛いが、もう慣れたから平気。」

…コイツにしてみたら大したことではないのだろう。本気で言っているのが分かってしまう。彼はちょっと膝を擦りむいた、そんな程度に笑ってそう言うのだから。普通なら、病院に行っても何ら不思議ではない程度の怪我なのに…。

―私はそんなコイツを見て、今回はたまたま骨折程度済んだ、と感じてしまうのだ。

「…アンタは強いからこんなの当たり前ってこと?」

…おかしい。

「い、いや、そんなこと言ってねぇだろ?痛いは痛いんだ。でも、これで姫が笑ってくれたならそれで俺は」

「強いアンタは他人のために傷つくのが当たり前?」

…そんなのは、おかしいのだ!

「これは俺が好きでやってることだから良いんだよ」

…力が有り過ぎる、というのも問題なのだと、私は知る。

「じゃあ、アンタが危ない時は、誰がアンタを助けてくれるの?アンタが助けた人が助けてくれるの?アンタの助けなしじゃあ何もできない奴が、アンタが危ない時に本当に助けてくれるの?」

「別に俺は誰かに助けて欲しいなんて言ってないぞ?」

…力を持ちすぎているが故に、コイツは。

「…調子に、乗るんじゃないわよ!」

「お、お前、何を!?」

…自分は絶対に大丈夫だと思いこんでいる。調子に乗っているのだ。

…分からせてやらなければ、コイツはドンドン危険に身をさらして、いずれ死んでしまう。それでも、結局コイツは、大したことじゃない、そう言って死ぬのだろう。

だから、私は彼から貰ったナイフとハンドガンを手に踏み込む!

「帰ったらいくらでも相手してやるから!なんで今」

「アンタだって人間なの!怪我だってするし、死ぬことだってあるのよ!?」

振るうナイフはカスりもせず、空を斬る。

「そんなこと分かってる!俺が死んでも、それは俺の力が足りなかったからだ。誰の所為でもない!」

私のハンドガンから放たれるペイント弾は、周囲にピンク色の染みを増やすだけ…。

「やっぱり分かってないじゃない!アンタの責任云々の話なんてどうでもいいわよ!アンタは自分のことばっかり!アンタが死んで、アンタのご両親が何とも思わないとでも思ってるの!?」

…精一杯攻撃しているつもりだが、届かない。斬撃も弾も全て躱される。

「そ、それは…」

「アンタがそれで満足でも、そんなアンタに満足しない奴もいることを知りなさい!」

―動揺した。今しかない。この一瞬を、逃さない!

 技量の差はどう考えても埋まらない。だから、姑息な手段を使う。それでも…―今、アイツに届かなければ、私は一生後悔する!

「トランプ!?」

彼が驚きの声を上げる。私は懐から彼と遊んだトランプを取りだし、目の前にぶちまける。丁度、彼の視界がカードで埋め尽くされるように。

そして、彼目がけてカードのカーテン越しにナイフを投擲。

ジョーカーを貫いたナイフは彼目がけて一直線。

「甘い!」

彼はそれすらも受け止めるが、その時点で…、私の勝ちだ。

あとは殺気に敏感なアイツの穴を突くだけだ。

―私がアンタを

「…え?」

「やっと、届いた」

―守ってあげる。

―桜庭雪view END―


 …油断をしたつもりなどなかった。

しかし、俺は雪ちゃんの殺気を見失った。

そして、

「やっと、届いた」

トランプが地面にパラパラと舞い落ちる中、俺は雪ちゃんに抱きしめられていた。

「…どうして、俺はお前の接近に気付けなかった?」

抱きしめられていることなど気にもならず、俺は唖然として呟く。

「私が殺気を消したからよ」

…そんな単純なことで?

呆気にとられ、ただ抱きしめられる俺に、雪ちゃんが続ける。

「…ただそれだけじゃアンタの目をごまかすなんてできないけど、殺気以外のもの、アンタが向けられるのに慣れていないものを向ければ、アンタは気付けなくなる。そう思ってやってみたんだけど…、どうやら正解みたいね♪」

「…殺気以外のもの?ソイツは一体、何だ?」

「そんなのは自分で考えなさい。…それが何か分かるまで、アンタの背中はアタシが守ってあげる♪」

「…くそ、認めるしか、ないか」

…コイツが俺を抜いて届いたのは事実だ。

これで、実力不足を理由にコイツを連れて行かない、という選択はできなくなくなってしまった。それでも、一応は止めるけど…。

「…いいか?本当に危ないんだぞ?お前に何かあったら花蓮さんに何を言われるか…」

「アンタに何かあったら、誰が私の暇つぶしの相手をするのかしら?」

「…暇つぶしのために命張るってか?」

「文句ある?…アンタは取りあえず、アンタが居なくなると困る人がいるってことから理解しなさい。いい?」

「はぁ?何でお前に今説教されなきゃいけないんだよ?」

「うっさい。ほら、行くわよ?ゆっくりしてもられないんでしょ?」

「…仕方ないか」

…まあ、俺が守ればいいだけの事ではある。

そして、俺たちは二人並んで三階堂家へと歩を進める。


―藤沢マリアview―

 「マリア?具合が悪いんでしょ?大丈夫?」

 あの後、私は何とか帰宅すると、ただいまも言わず二階に駆け上がり、ベッドの上で布団に閉じこもっていた。

今日までずっと…。

気付けば日曜日も終わり、また日付けが変わろうとしていた。

お母さんが私を心配そうな声で呼ぶが返答できない。

…涙が止まらないのだ。右手が、痛むのだ。このまま返答したら泣いていることがばれてしまう。いつかばれるにしても、もう少し時間が欲しい。まだ、お母さんたちに打ち明けるだけの勇気がない。…私が学校でこんな目に合ったことを知ったら、どんな顔をするのだろうか?…憐れまれるのだろうか?励まされるのだろうか?…泣かれるのだろうか?そんなことばかりが頭の中を埋め尽くす。そして、

『一々手間をかけるのも面倒だから、明日もちゃんと登校すること♪逆らえば、今度はアンタの家族を、やっちゃうよ?』

…携帯には知らないアドレスからのメールが一件。差出人が分からずとも、内容で三階堂さんだと分かってしまう。私のアドレスは葛西さんから聞いたんだろう…。

「こんなはずじゃ…」

ただ、泣くことしかできない。

「ピンポーン」

響くインターホン…。

…こんな深夜に来客?このタイミングで…。

まさか!?

私は最悪の可能性を考えてしまう。体が震える。

…二階へと足音が近づいてくる。そして、扉越しにお母さんが話かけてくる。

「マリア?お友達の如月さん?が来てくれたわよ?」

…なぜ、お母さんは如月さんここまで連れてきたのだろう?

私は家で如月さんの話をしたことがなかったし、不自然である。

「…マリア、如月さんから事情は聞いたわ。アナタ、学校で酷いこと、されたって…」

…どうして、如月さんが知っているの!?

―まさか、三階堂さんたちと繋がりが?

「藤沢さん、あなたの事情は独自に調べさせて頂いて把握しています。申し訳ないとも思いましたが、親御さんにもお話させて頂きました」

「どうして如月さんが知ってるの!?」

…私は声を荒げて如月さんに問う。

「独自に調べた、としかお答えできません。アナタの敵ではありませんので、お話しませんか?」

…ここまで来たらどうしようもない。如月さんを信じてみよう。もし、如月さんが三階堂さんたちと繋がっていたとしても、これ以上私が傷つくことはないだろう。

…これ以上ないくらい、既に傷ついたのだから…。私は布団から出て部屋の鍵を外す。

「マリア!」

瞬間、お母さんが部屋に入ってこようとするが、

「お母様、娘さんのことはひとまず、私に任せて下さい」

…事前に話でもしていたのだろう。如月さんがそう言うと、お母さんは迷う仕草を見せたが、如月さんに救急箱を渡すと一階へ降りて行った。

それを見届けると、如月さんが口を開く。

「…お邪魔しても?」

「…どうぞ」

「では、失礼します」

綺麗な黒髪をなびかせながら、如月さんが私の部屋に入ってくる。

そして、絨毯の上に正座する私の向かいに、同じように座る。

「右手を出してください」

優しく私にそう声を掛けてくる如月さん。

私はそんな如月さんを、睨みつける。

「…そのまま、何の処置もしないでいたら化膿してしまいます。さあ?」

如月さんは赤黒く染まったハンドタオルを見ながら、再度優しく言ってくる。

…そんなことより、話、だ。

「…話って?」

「右手を出してくれたら始めます」

…私は如月さんを睨みながら右手を差し出す。

すると、如月さんは私の手を優しく取り、処置を始める。

「…約束」

「そうですね。では…」

手を動かしながら如月さんは語り始める。

「私は、藤沢さんの敵ではありません。しかし、藤沢さんがこうなることを予想はしていました。こうなる前に助けることもできました。…アナタは、私を恨みますか?」

…予想とは全く違う内容に動揺してしまうが、私は正直に答える。

「…正直、助けてくれてもいいじゃない!、とは思いました。でも、恨みはしません」

 頭が少し冷えて物事を考えられるぐらいにはなったようだ。

…恐らく、私の住所を始めとする個人情報など如月グループご令嬢には筒抜けなのだろう。

 それで、私の事を偶然知ったから助けてくれ、というのも虫のいい話だ。…少し嫌な気分ではあるけど…。

「そう、ですか…。それでも、謝ります。…すいませんでした」

そう言って如月さんが手を止めて、突然頭を下げる。

「あ、頭を上げて!如月さんには何の責任も無いんだから!」

…こちらが悪いことをした気分になってしまう。如月さんはそれでも頭を下げながら続ける。

「…私は身勝手にアナタに私を重ねていました。私とアナタを重ねやすくするために、敢えて、私はアナタを助けませんでした…。私は、そうして、自身の醜い部分から目を逸らしていたんです…」

「…それは故意的に私を助けなかった、ってこと?」

「…はい」

話をまとめると、如月さんは自分の都合で/のために助けられる私を敢えてほっといた、ということらしい…。

「…最低の気分」

私は彼女に正直な気持ちをぶつける。

「…そうですよね。本当にすいません」

「償って」

「…何をすれば、いいですか?」

彼女は私を見つめて答えを待つ。そんな彼女に私は答える。

「…お友達に、なってくれませんか?」

「…へ?」

如月さんが間抜けな声を出す。

それがおかしくて、酷く悲しいのを一瞬忘れて、笑うことができた。

私は少し笑った後に続ける。

「…こんなことになったのは、何がどうあれ、私の責任です。それを勝手にアナタの責任されてしまっては困ります」

如月さんは目を見開くが、構わず私は続ける。

「でも、嫌な気分はしたので、一応罰として、面倒なことに巻き込まれた私の友達になってもらおうと思って。…ちょっとしばらくは人が怖くてどうしようもないから、その、弱い部分を私に晒してくれた如月さんなら信じられるかな、と思いまして…」

…私、こんな汚い子だったんだ。

嫌われる覚悟での提案だったが…

「…私で良ければ喜んで」

如月さんはそんな汚い私の期待に応えてくれた。

「…ありがとうございます」

お互いに微笑み合う。

如月さんは手を動かしながら続ける。

「…藤沢さんは私とは違いますね。弱い自分をきちんと認めてらっしゃる」

「認めたくて認めてるわけじゃないけどね…」

…褒められているのか、貶されているのか、微妙な心境である。

私は苦笑いでそう答える。そして、疑問に思ったことを聞いてみる。

「ところで、如月さんはこの話をするためだけにここまでいらしたんですか?」

…失礼かもしれないが、深夜に他人の家に上がり込んでまで話すことでもないような気がする。

「いえ、本題は別にあります。恐らく、そろそろだと思うのですが…」

そう言われても私にはさっぱりである。

とそこで、

「ブーブー」

如月さんの携帯が振動する音が聞こえる。

「…本題は、これからです」

―藤沢マリアview END―


 「…強引についてきた私が言うのも微妙だけど、アンタ、正気?」

「これくらいなら正面突破で余裕だ。こそこそ隠れて行くのも良いんだが、今はストレスを発散したい気分なんでな」

雪ちゃんが、三階堂邸正門前の屈強な黒服オッサンを見ながら俺に聞いてくる。

「…見るからにヤバそうな人がこっち見てるんだけど?」

「当たり前だ。何のためにあの人達があそこにいると思ってんの?不審人物の侵入を防ぐために決まってんだろ?」

「…そ、そりゃあそうだけど」

全く、この子は一体何を言ってるんだ?

「んじゃ、俺の傍を離れるなよ?」

「う、うん」

雪ちゃんはそう応えるとハンドガンとナイフを構える。

それを見た見張りは顔をしかめて警告してくる。

「餓鬼ども、ごっこ遊びなら余所でやれ」

雪ちゃんがビクッと肩を跳ね上げ、俺の後ろに下がる。

「…おい?」

「わ、私の仕事はアンタの背中を守ることだから、いいの!」

…コイツの専門は要人警護だし、こういう経験は別に必要ないか。

俺は一人でそう納得し、オッサンに答える。

「ちょっとお宅の娘さんに用事がございまして」

「アポは?私たちはお嬢様の関係者がこんな時間に尋ねてくるなど聞いては」

「…あ~、もう、いいです♪」

「グハ!」

俺はしゃべる黒服の腹に拳を叩き込み、黙らせる。

「この餓鬼舐めんじゃ!」

殴りかかってくるもう片方の黒服のパンチと同時に、相手に踏み込む。

「!?」

「…すみません。俺、今、機嫌悪いんで♪」

俺は黒服に一応謝罪し、カウンターの要領で厳つい顔に拳を叩き込む。

鼻から血を流し、失神する黒服。

「…容赦ないわね」

雪ちゃんが失神する黒服二人を見て一言。

「このレベルだと心配なさそうだ。お前でも一人二人なら相手できるぞ?」

「無理に決まってんでしょ!?コイツらプロなのよ?私なんかが」

…この子は本当にさっきからどうしてしまったんだろうか?

いつもの強気が完全に消え失せてしまっている。

…丁度いいし、後々、少し自信をつけさせるか…。

俺は雪ちゃんを見ながら思考を巡らせる。

「な、何よ?こんなでもアンタの背中を守るくらいならできるわよ!…多分」

…自信がないならついてくるなよ?

まあ、幸い雑魚しかいないみたいだから構わんが。

「んじゃ、背中、頼んだぞ?」

すると、雪ちゃん一瞬目をまん丸にして、

「う、うん!」

満面の笑みでそう答える。

…全く、意味が分からん。

「侵入者だ!」

「武器をその場に置いて投降しろ!」

俺たちが入口に入った瞬間、あちこちから人が溢れてくる。

「よくもこうゾロゾロと…」

「止まれと言っている!撃つぞ!」

「ちょ!?やっぱり正面からは流石にヤバいって!」

「とりあえず、お前、俺の背中から離れるな。いいな?」

「わ、分かった」

沢山の銃を向けられ焦る雪ちゃんを黙らせて、

「これ、借りるぞ?」

「え?」

先日、雪ちゃんに渡したナイフを雪ちゃんの腰のホルダーから抜く。

…待て。

「…まさか、お前、実戦に模擬戦用の装備しか持ってきてない、とか言わんよな?」

「…こ、これが私の実戦用装備よ!」

「…ペイント弾でどうやって敵を倒すんだ?」

「…め、目つぶし!とか?」

…周りが雑魚で本当に良かった。

「何をごちゃごちゃ言っている!?止まれ!」

俺は構わず歩を進める。

続いて、恐る恐る俺の後ろについてくる雪ちゃんの体を、きちんと俺の背中で覆えているかを確認…。

良し。大丈夫そうだ。

「チッ!仕方ない!発砲を許可する。急所は狙うな!死人は都合が悪い」

そう声が響き渡ると同時に、発砲が始まる。

「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!?、アンタこれどうすんのよ!?」

「こうするんだ」

俺は良く手に馴染んだナイフの感覚を懐かしく思いつつ、構える。

「…何よそれぇぇぇぇ!?」

 今日はいつに増してうるさいな…。

雪ちゃんが後ろで絶叫する。

…俺は中学校時代の修行の日々を思い出しながらナイフを振るう。

想起されるのは、とある日、自宅の庭に響いた野太い声。

『正樹!予測するんじゃ時間が掛かり過ぎるんだ!何度言えば分かる!?弾は避けられるようになったんだ!弾けない訳がないだろ!?』

…うん。今思い返してもちょっと何言ってるか分からない。それでも俺は、

『…モテたいんだろぉ!?』

『うん!』

そうやってこのナイフを振るい続けた。刃がボロボロになって、切れなくなっても延々と…。

―『モテる』、ただそれだけのために。

「な、なんなんだ!?アイツは!?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

「あ、あんなの、化け物じゃねぇか!」

俺がナイフで弾く弾丸が地面に散らばる中、三階堂家護衛隊が焦り始める。

…これはもしかして

「こ、コラァ!?お前ら持ち場を勝手に離れるな!」

…本当にただの雑魚の集まりだったようだ。

その場に銃を放り出し逃亡する護衛隊。

 ―父さんと相手にしたあの密林の兵士たちは、こんな俺たちにも果敢に向かってきたというのに…。

「くそ!くそ!」

いつしか目の前には、弾切れになったアサルトライフルの引き金を引く隊長さんだけ…。そんな隊長さんに雪ちゃんが声を掛ける。

「…正直、アンタ、凄いと思うわ。こんなの目の前にして逃げなかっただけ勇敢だったと、私は思う」

「…だよな。俺、頑張った方、だよな?」

俺越しに雪ちゃんと一言二言話した後、失神する隊長さん。

俺はそれを見て不安になる…。

「…なあ、俺、おかしいか?」

「…個性だと思えば、きっと大丈夫!うん!」

その後、自分の異常性を自覚して落ち込む俺を、雪ちゃんが励ましながら進むという、殴り込みとは思えない雰囲気を醸し出しながら、俺達は三階堂邸を進む。そして、俺はそんな雰囲気に完全に飲まれ雪ちゃんに愚痴をこぼし始めていた。

「…おかしいと思ったことはあったんだ。でも、俺にはどうしても叶えたい夢があってだな?」

「それを叶えるために必要だったのが、力なの?」

シリアスに聞いてくる雪ちゃんから俺は目を逸らす。

「…そ、そうだ」

「…」

ジトーと俺を見る雪ちゃん。

「…くだらないこと、なんだ?」

「そ、そんな事誰も言ってねぇよ!?」

必死に否定する俺を見て、クスクスと笑いながら雪ちゃんが続ける。

「それじゃあ、気を遣う必要もないわね♪言いなさい?」

…非常に恥ずかしい。

「わ、笑わないか?」

「うん。笑わない。」

雪ちゃんが優しい声音でそう答えてくれるので、俺は気を許してしまった。

「…も、モテたかったんだよ」

「…は?」

「だ、だから!女の子にモテたかったんだよ!」

雪ちゃんはポカンと俺を見つめる。数秒後…

「きゃはははははは♪モテたいって、アンタ!それ何?」

…この女を信用した俺が馬鹿でした。

「…」

今度は俺がジトーと笑う雪ちゃんを見つめる。

「あ~、笑った!ごめんごめん!その強さの裏の悲惨な過去とか想像しちゃってたからさ~。おかしくておかしくて~」

「お、男なんだから可愛い女の子にモテたいと思うのなんて普通だろ!それを馬鹿にしやがって!俺を含む全国の青少年に謝れ!」

開き直ってキレる俺。

…我ながら無様な光景だと思う。そして、俺の文句を聞き流し、笑っていた雪ちゃんが突然、俺の前を歩き始める。

「…お前、警備が残ってたらどうすんだよ?」

…残ってないと思うけど。あちこちに落ちている無線から

「化け物が侵入した!ヤツは人間じゃない!死にたくなければ撤退しろ!」

…そんな声が聞こえてくる。

それに、さっきの連中の同類なのだ。残ってたとしても障害にもならないだろう…。

俺のあまり意味のない警告を聞き流し、雪ちゃんが口を開く。

「…それで、夢は、叶ったの?」

中庭を抜け、建物の中に入ったので、雪ちゃんの声が広いエントランスに反響する。

「あ、ああ~、ボチボチだな」

「…お嬢様のこと、好き?」

「お、お前いきなり何を!」

雪ちゃんのその問いを聞いた瞬間、あの観覧車での告白を思い出す。

俺は、必死に熱を持つ頭を冷やして答える。

「…分からないんだ」

「…」

雪ちゃんは黙って前を歩く。構わず、俺は続けることにした。

「見た目は可愛いし、性格だって文句のつけようがない。…でも、それだけじゃ好きって言えない気がするんだよ」

「ふ~ん。それじゃあ、まだ付き合ってる訳じゃないんだ…」

…待て。

「…おい?お前、俺と姫の間にあったこと、知ってんだろ?」

「ま、夢は一応叶ったみたいで良かったじゃない?『モテた』んだから」

…もしかしなくても花蓮さんか。覗き見とは悪趣味な…。

「…私にも…ま…チャン…ある…けね」

「あぁ?」

俺はボソボソと何事かを呟く雪ちゃんに、その内容を問い質す。

「独り言よ♪ほら、行くわよ!」

「待てって!前は俺が行くから!」

…繰り返すつもりは無いらしい。

釈然としないものを抱えつつも、俺を無視してまた先行しようとする雪ちゃんを慌てて追いかける。

「ふふ♪アンタには私の背中を追いかけるのがお似合いよ♪」

「…敵陣に来てまでからかうか?普通?」

いくらからかわれようとも、雪ちゃんに怪我をさせる訳に行かないので俺はその背中を追いかけ、追い越して前に出る。そこで、

「…止まりなさい」

 何者かの声が暗い廊下に響き渡る。若い女性の声…。

…藤沢さんの資料に目を通していたので、声の主が誰なのかは大体察しがついている。雪ちゃんも先程までのおちゃらけた空気を取り払い、前方を睨みつける。

「…葛西昴さん、だっけ?藤沢さんの友達の」

俺は暗闇に向かってそう問いかける。

「…私にマリアの友達を名乗る資格はもうない」

「葛西昴って…あの葛西浩二の一人娘の?」

「何だ?知り合いか?」

「…私の訓練校で成績トップの生徒よ。父親は訓練校の元格闘技術専門教官」

前を睨みつけながらそう答える雪ちゃん。

「…悪いことは言わないから帰りなさい」

葛西さんの姿が、廊下の窓から差し込む月の光に照らし出される。

その佇まいから、俺はある程度の実力を推し量る。

…少しはできるようだ。少なくとも、最初の黒服二人では相手にならないレベルだろう。

「どう?帰ってくれる?」

「それはできない。こっちは友達の仕返しに来てるもんで」

怪訝な顔をする葛西さん。そして俺の顔を見つめて言う。

「…アンタ、鳴神?」

「どうも」

「…アンタがどうやってここまで入り込んだかは知らないけど、さっさと逃げなさい。今この屋敷には危ない奴がウロウロしてんの」

…どうやら、その危ない奴が俺だとは思ってないらしい。

「…友達の仕返し、って言ったろ?」

葛西さんが目をまん丸にする。

「まさか!アンタが侵入者!?」

「そうだ」

瞬間、葛西さんの拳が俺に迫る。

…ふむ。拳の速度、威力ともにそこそこである。

―これなら、丁度いいか。

「あ、当たらない?馬鹿な!」

葛西さんが焦って拳速を上げるが、俺にしてみれば大した差はない。その拳を掴み、腹に掌底を打ち込む。…衝撃だけを与える一撃で。

「な、に?」

訳も分からず吹っ飛ばされた葛西さんだが、すぐに体勢を立て直し、こちらを再度警戒する。そこで俺は雪ちゃんに声をかける。

「雪ちゃん?やってみ?」

「…へ?」

後ろで俺たちの戦いを見ていた雪ちゃんから、間抜けな答えが返ってくる。

「ほら!行け!」

俺は間抜け顔を晒した雪ちゃんの後ろに回り、背中を押す。

「ちょ、ちょっと!?私には無理だって!相手は訓練校のトップなのよ!?」

「はぁぁぁぁぁ!」

そうしている間に、葛西さんが雪ちゃんに突っ込んでくる。

「…え?」

―俺は雪ちゃんの予想通りのリアクションに満足して口元を歪める。

「…なるほど。鳴神くんもただものじゃないのは分かったけど、連れの方もってわけね…」

葛西さんが何やら言っている。


―桜庭雪view―

 「…え?」

私は、おかしくなってしまったのか?相手は訓練校トップの葛西昴。私なんかが相手になるはずなんてないのに…。

「…遅、い?」

葛西昴の拳を、遅く感じるのだ。私は容易くそれを避ける。当たれば間違いなく大きなダメージになる拳ではあるが…

―当たる気がしない。

「くっ!」

苦悶の声を上げて葛西昴がなおも私に迫る。けど、

「…手加減、してます?」

全く当たる気がしないので、思わず聞いてしまった。

「…舐めるな!」

…怒らせてしまった。激昂してさらに苛烈な拳や蹴りを放ってくるが…

「そんな…」

私は全部躱す。

…見える。拳と蹴りの嵐の中の隙間が。私は何となくそこへと踏込み、理解する。

「…私、強くなったみたいです。先輩」

急に目の前に接近してきた私に驚く葛西昴。そして、私は、

「私、訓練校辞めます。彼の隣にいる方が強くなれますし。何より、そうしなきゃ、彼にいつまでたっても追いつけないので」

何を言っているかさっぱり分からないであろう葛西昴は目を見開いて私を見ているだけ。

…別に構わない。

ただ、私がそう宣言しておきたかったからそうしただけだ。

相手は訓練校のトップだし、私の決意をぶつける相手としては申し分ない。

…この人を超えた、ということは私はもうアイツら全員を超えた、と言う事なのだから。

私の大きな壁だった人は、私の回し蹴りを視認できてない…。

「あう!」

 クリーンヒット。私の回し蹴りを顔面に受け、倒れ伏す葛西昴。

…一瞬で終わってしまった。たった数日、彼と稽古しただけでコレ…。少し前の私だったら、この結果に涙を流して喜んだだろう。実際嬉しい。

 ―私の目標はいとも簡単に成し遂げられてしまった。

しかし、ゴールしたと同時に気付いたことがある。

―私のゴールは、もうここではない。

私は後ろを振り返る。

「余裕、だろ?」

―すると、そこでは私の「護衛対象」が私に向かって微笑んでいた。

―桜庭雪view END―


 「余裕、だろ?」

 予想通りの結果に俺は満足。数えるほどしかまだ稽古してないとは言え、雪ちゃんがその期間で成長したのを俺は良く知っていた。あまりに雪ちゃんが葛西さんに怯えるもんだから、一応、軽く受けて確認したが、やはり、大したことはない。以前の雪ちゃんならともかく、今の雪ちゃんの敵ではない、それが俺の判断だった。結果はご覧の通り。

「私、勝ったぁぁぁぁ♪」

俺の方へ駆け出し、抱きついてくる雪ちゃん。

俺は体勢を崩しつつも、何とかそれを受け止めることに成功する。

「お、おい?嬉しいのは分かるが、まだ終わってない。全部終わったら何かゲーム教えてやるから少し落ち着け」

「ホント!?約束だからね!」

そう言って俺から離れる雪ちゃん。

…ご褒美を上げたい、と自然に思うくらいには俺は雪ちゃんを大切に思っているらしい。

「ほら、さっさと済ませて遊ぶわよ?」

また、先頭を行く雪ちゃんの後ろ姿を見ながら俺は苦笑い。

そして、

「…さて、これからが本番だ」

―スイッチを、切り替える。

…雪ちゃんが来てくれて良かった、と俺はふと思う。

 もし、彼女がいなかったら、俺は怒りのままにここを蹂躙しただろう。

三階堂家護衛隊や、葛西さんを俺は、

―殺してしまっていたかもしれない。

それはきっと、良くないことだ。

いよいよ本題というところで、俺は自身がそれくらい怒っていたことを知る。

彼女が俺を明るい気持ちにさせてくれて、本当に良かった。

…しかし、この先にいる人物にだけは一切の容赦をしない。

そして、一枚の扉の前に立つ俺。情報通りなら、ここが彼女の部屋だ。

「…やり過ぎないでね」

後ろからそう声を掛けてくれる雪ちゃん。

「…善処する」

俺はそう答えて扉を開ける。

「な、何なのよ!?これは一体なんの騒ぎなの!?」

そこにはキャーキャーと騒ぐ少女が一人。

「…三階堂絵里奈、で間違いないか?」

「え、ええ。そうよ?」

俺は名前を確認すると、

「な、何すんのよ!?」

三階堂絵里奈を突き倒す。

「あ、アンタ一体何なのよ!?」

喚き散らす制服姿の三階堂。雪ちゃんは黙って後ろに控え、その光景を見ている。

「一応聞いておこう、こんなことされる原因に心当りは?」

「無いわよ!」

「そうか…」

俺はそれきり黙って、

「ちょ、アンタ何す」

三階堂絵里奈が何やら騒ぎ始めるが、俺はそれに構わず彼女の右足に手をかけ…

「痛たぁぁぁぁぁい!」

へし折る。

「痛い痛い痛い!こんなことしてただで済むと思ってんのぉ!?私は三階堂の一人娘よ!?分かってんの?」

「どうでもいい」

俺はそう答え、携帯を取り出し、かける。すぐに電話は取られる。

「…如月です。準備はできましたか?」

「ああ。動けなくして転がしてる。…そっちはどうだ?」

「ええ、予定通りです」

…俺は姫に藤沢さんの家に行ってもらうように頼んだのだ。

「そうか、じゃあ、藤沢さんに代わってもらえるか?」

「…分かりました」

「…もしもし、え~と、お電話代わりました。藤沢です」

…俺個人の判断でコイツをどうのこうのするのは正しくない。コイツをどうするかを決めるのは俺ではなく、藤沢さんだ。

「こんばんは。藤沢さん」

「な、鳴神く」

「君は今、三階堂絵里奈を好きにできる、どうする?」

…今はあまりゆっくりしている時間はない。要件だけを伝える。

「…好きに、できる?」

「そうだ。…どうする?」

こちらの状況を分からないなりに察してくれたらしい藤沢さんは、俺が誰であるか、は置いといてくれるらしい。

「…どうも、しません。でも、もし叶うのなら、もうそっとしておいて欲しい、かな」

「…それで、いいのか?コイツは藤沢さんに酷いことを」

「私の所為でも、あるの。私が三階堂さんたちに合わせられれば、こんなことにはならなかった。私、頭固いので、そういう風にできなかったというか…。だから、もういいんだ。私が、悪いんです」

「…そんなことないから」

…自分は弱者だから淘汰されて当たり前、彼女は今そう言っている。

 彼女は今回のことで諦めてしまったのだ。悪いことが起きるのは全部自分が弱い所為、そう自分を責め続けることで完結してしまった…。

誰もが同じではないのに。能力も好みも、皆違っていて、できることとできないことも一人一人違って当たり前なのに。

 ―彼女は周囲から認められずに淘汰された。…正しい訳が、ない。

「…藤沢さん、諦めないでくれ。頼むから」

「…いいえ。私が我慢できればこんな風にはならなかったんです。それを三階堂さんたちの所為にするのは間違っています。だから、いいんです。お気持ちは嬉しいですがやっぱり…」

俺は黙って通話を切る。

そして、藤沢さんをここまで追い詰めた人間を睨みつける。

「…おい?」

「な、何よ?」

 右足が痛むのか、涙を流しながらこちらを睨みつける三階堂。…容姿だけ見れば美少女である。化粧は過度だが、恐らくそんなものに頼らずとも可愛いのだろう。

「…藤沢さん、お前を許すってさ。お前だけが悪い訳じゃないそうだ。自分にも原因がある。藤沢さんがお前らに馴染めなかったのも悪いんだそうだ」

「分かってんじゃない!あの子が悪いのよ!あの子が私に生意気なこと言うから!大人しく、言う事聞いてればあんなことしなかったのに!ほら!分かったらさっさと謝りなさい!今なら、特別に奴隷にするくらいで許してあげるから!」

…こんなクソ野郎でも、権力があれば好き勝手できる。『力』を弱者に振りかざし、支配欲を満たし、それに溺れていることに気づきさえしない。

「…さぞ気持ち良いだろ?自分より力がない人間を支配するってのは?」

「ええ♪とっても楽しいわ。私が権力を振りかざせば誰も彼も皆ペコペコ!皆私に嫌われたくないから、私の機嫌を必死に取ろうとするの。私は皆から大切に思われてる、偉大だと、凄いと崇拝されてるの!気持ち良くない訳がないじゃない!」

「…俺にも多少分かるんだ。その感覚。力を振りかざしてねじ伏せれば相手はもう思うがまま…。確かに、あれは、気持ち良い」

「分かってんじゃない!気が合いそうね♪私たち。そうだ!アンタ私の彼氏になりなさいよ!この騒ぎ、アンタが引き起こしたんでしょ?強いみたいだし、価値観も私に似てるわ!うまくやって行けると思うの!」

雪ちゃんがゴミを見るような目で三階堂を見る。何か言おうと口を開きかける雪ちゃんを、俺は手で制して答える。

「…俺さ、モテたくて強くなったんだよね」

「あら、良かったじゃない♪希望が叶って♪それに、私もそうだもの。分かるわ、その気持ち。皆にチヤホヤされたくて、愛されたくて権力を振りかざしたの。やっぱり、私たちお似合いよ♪ますます気に入ったわ!」

…悔しいが、俺はコイツとどこか似ているのかもしれない。コイツは他人に好かれたくて力を振るったのだ。

…モテたいと願って暴力を手に入れた俺と…、何が違う?

「ほら、アナタを抱きしめたいからこっちに来てくれないかしら?」

…俺は黙って三階堂に歩み寄る。

「正樹!?」

雪ちゃんが慌てて後ろから俺の名前を呼ぶ。手を広げて俺を待つ三階堂。俺はそこに歩み寄り、

「…え?」

三階堂の右手を取り、人指し指の爪に、親指を添え、

「じょ、冗談はよし」

―コイントスをするようにその爪を、弾き飛ばした。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

痛みに再び悶絶する三階堂。俺は構わず右手の爪を次々弾いて行く。

「痛い痛い痛い!やめてよ!どうしてよ!私たちは」

「…俺、お前見てて気づいたんだわ。モテれば誰でも良いってのはちょっと違う、ってな」

「何よ!それ!自分を崇拝してくれるなら誰だっていいじゃない!」

俺の頭の中をよぎるのは、姫や雪ちゃん、花蓮さん、藤沢さんの顔…。

「…俺は、俺が素敵だと思う女の子にモテたい。やっぱり、お前とは違う」

「痛い痛い痛い!」

「…少し間違えれば俺はお前みたくなってかもな。大きすぎる力を振りかざして、一方的に相手を従わせて、無理やり好きになってもらう。そんな風に、してたかもしれない」

「何よ何よ何よ!アンタだって今私と同じことしてんじゃない!力で私をねじ伏せて」

「いや?俺はお前を従わせようとしてやってるわけじゃないからな」

「…はぁ?」

「これは、自己満足だ♪」

「何よ!?それ!?あの子はそんなこと望んでないって」

俺は小指の爪を弾く。

「うあぁぁぁぁぁぁ!」

「…確かに、藤沢さんはこんなこと望んでない。でも、俺は違う。藤沢さんを傷つけたお前を許すことは、どうやら俺には難しいらしい。…俺は彼女ほど優しくない」

「何よぉぉぉぉ!これはぁぁぁぁ!こんなの理不尽過ぎる!」

「…やっと分かったか?藤沢さんも同じだったんだ。今のお前と同じように痛くて、怖くて、悲しかったんだ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」

俺は最後の親指に手を掛け、弾く。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

…痛みのあまりに失神する三階堂。俺はそれを見届けると、黙って三階堂の応急手当を始める。

「…やり過ぎ」

雪ちゃんが後ろから俺に声を掛けてくる。

「藤沢さんだって同じ目にあったんだ。これぐらいは当たり前だ」

「…」

雪ちゃんはそれきり黙って俺の応急処置を見守る。俺は静寂の中で処置を終え、立ち上がる。

そんな俺に雪ちゃんは顔を曇らせながら話かけてくる。

「…まだ、何かするの?」

「…ラスボスが残ってるからな。お前は」

「帰らない。…アンタがこれからすること、最後まで見届ける」

「…これをしたら俺はもう引き返せない。お前はまだ」

「じゃあ、一緒に帰ろうよ!そんなことする必要なんて」

「…藤沢さんが笑って生きる世界にするためには、必要なことだ」

「…私も背負う」

「お前にそんなことさせるわけには」

「アンタだけがそれを背負うのは間違ってる!おかしいよ!?アンタが強いから!?たったそれだけでアンタは誰かを助けなくちゃいけないの!?」

「違う。俺が藤沢さんを助けたいからやるんだ」

「違う!それはもっと他の人がやる事よ!学生のアンタが」

「…俺がやるよ。そうじゃなきゃ、意味が無いんだ」

俺は笑ってそう告げ、雪ちゃんの意識を首筋に手刀を入れて刈り取る。

意識を失った雪ちゃんを抱きとめ、

「…花蓮さん、雪ちゃん、お願いできますか?」

―シスコン気味のお姉さんに声を掛ける。

「…本当に可愛げがないですね」

そう言って後ろから、花蓮さんが現れる。

「参考までに…。いつから。お気づきに?」

「中庭でドンパチやっている所から、ですね」

「…では、最初から、と言いなさい」

「すいません」

俺はそう言いながら雪ちゃんを引き渡す。

「ついでに、そこで眠っているお嬢様と、廊下のサラブレットちゃんも回収してくれません?」

「…構いませんが。正樹君、何をするおつもりで?」

「…ちょっとお仕事を、と思いまして」

「…『最強の殺し屋』、としての、ですか?」

「そうです」

 父さんから受け継いだその恥ずかしい二つ名。実際のところ、殺しのライセンスのような公式な証書が発行されたわけでもない。父さんの戦闘技術を継承した、父さんがそう判断した、ただそれだけのこと。

 そもそも、父さんも公式の殺し屋ではない。今でこそ依頼はあるが、最初はそうではなかった。

 では、『最強の殺し屋』なんて恥ずかしい二つ名がどうして広まったのか?

その答えを花蓮さんが語り始める…。

「…旧姓、神谷美咲、現鳴神美咲。元神谷グループ令嬢にして最高技術顧問。…人工人体製造の第一人者。そんな彼女がなぜ、現在のような暮らしをしているのか?…息子であるアナタはご存知ですね。…同じ道を、歩むのですか?」

…父さんが母さんをどのようにしてそこから連れ出したか…、その一連の騒動が父さんの名を裏世界に浸透させる原因となった。

「三階堂グループを、皆殺しにするんですか?」

…父さんは、神谷グループ幹部を皆殺しにすることで母さんを連れ出したのだ。俺も詳しくは知らないが、当時の母さんは感情を投薬により抑制され、技術を生み出す道具として扱われていたらしい。

「…それが必要なら」

「…お嬢様を悲しませるようなことは、やめてください。本当なら力づくで止めるのが私の役目ですが、残念ながらそれは今の私の実力では叶いません。ですから、無駄を承知の上で言葉で説得します。…アナタのお父さんは間違っています。力でねじ伏せてしまったら、ねじ伏せられた側から恨みを買います。人と人はアナタが思う以上に繋がっているのです。アナタが三階堂グループを根絶やしにすれば、三階堂グループに依存してきた人々からの恨みを買い、最悪その人々から命を狙われます。これが子どもの喧嘩なら私は止めません。しかし、今回の相手は名のある資産家、権力者なのですよ?分かりますか?」

「…花蓮さん、俺、モテるために強くなったんです」

「正樹君、私は真面目な話をしているんです」

怪訝な顔を俺に向けてくる花蓮さん。

しかし、俺だってふざけているわけではない。

「俺だってそのつもりですよ?…俺が彼女たちにモテるためには、こんくらいしないと駄目だと思うんです」

「そんなことしなくてもお嬢様はアナタをお慕いしているではありませんか!?」

…やはり、覗き見されていたらしい。まあ、今はそこを突っ込む場面ではないのでスルーする。そして、俺はありのままを花蓮さんに伝える。

「…確かに姫は、こんな俺を好きだと言ってくれたけど、俺は彼女にそう言ってもらえるだけのことをした自覚がないんです。これは傲慢かもしれないですけど、俺は俺自身が、姫みたいな素晴らしい女の子に釣り合うだけの証が欲しいんですよ」

「…では、アナタは藤沢さんにモテるために事を起こすのですか?お嬢様の気持ちを蔑ろにして、他の子にモテるために命を張るんですか?」

…これは手厳しい。自分で自分に苦笑いだ。

「…最低ですね」

そこに間違いはない。

「はい。俺は、最低です」

 でも、健全な男だし、これくらいは許してもらいたい。でも、そんな最低な俺でも、今回は藤沢さんにモテたくてこんなことをするわけではない…。

「でも、これは藤沢さんにモテるため、じゃないですよ?先程、そこのお嬢様に言った通りです。…これは俺のただの、自己満足です」

「アナタは自己満足のために人を殺めるのですか?間違っています」

「…それでも、これが藤沢さんの置かれた環境を打開するために、俺にできる最善の一手です。…三階堂家を潰せば、藤沢さんは泣かないで済む」

 三階堂の中核を成すメンバーを一掃すれば、権力を動かせる人間は消える。そうすれば、三階堂家からの権力が学校に働かなくなり、それによって動けずにいた教員たちも、このことに関して相応の対応をするはずだ。新たな学校のスポンサーは姫に頼んであるので、如月グループが担ってくれる。…もし消しきれなかったら、また消しに行けばいいだけの事。

「…馬鹿で幼稚な人ですね」

「…俺、一度自分の力を持て余して何の罪もない人間を殺しかけてるんです。それ以来ずっとこんな力持ちたくなかった、そう思ってたんですけど…」

「…」

花蓮さんは黙って俺の言葉に耳を傾けている。

「でも、姫の護衛についてからはそうでもない、って思うようになりました。この力のお陰で馬鹿で幼稚な俺を貫き通せる、それが分かりましたから」

俺はそう一言花蓮さんに告げ、背中を向ける。

「…ご武運を」

「ありがとうございます」

 俺は花蓮さんの言葉にそう返して駆け出す。

頭にたたき込んである三階堂邸の地図を頼りに進み、扉の前で止まる。

 …コイツは、逃げない。俺の殺し屋としての勘がそう俺に告げている。

最悪、幹部連中は逃がしても問題はない。絶対逃がしてはならないのは、三階堂の全権力を保持している人物…。

「ふむ。予想よりも遅い到着だな。うちの娘に苦労する訳は、ないか」

扉を開けると、そこには見た目50代の黒いスーツを着込んだ紳士が、窓から外を見ていた。

「…三階堂信三、だな?」

「ああ、そうだよ。私が現三階堂当主、信三だ。『伝説の殺し屋』のご子息の鳴神正樹君、で合っているかね?」

俺はその問いには答えず、黙ってナイフを構える。

「いや~、うちの娘も馬鹿なことをしたもんだ。よりにもよって、殺し屋のフィアンセに手を掛けるとはね。まあでも、あの子は少し愛に飢えていてね?母親を生まれると同時に亡くしているから、どうもね…。人から愛されたいと思う欲求が人一倍強いんだよ。だから、権力を与えて少しでも寂しさを緩和させてやろうと思ったんだが…。やはや、あの子も運がなかった」

「…そんなことはどうでも良い。悪いけどお前には死んでもらう」

「ふむ。実に合理的な判断だ。君の好きにしたまえ。しかし、私を殺す前に少し話をしないか?どうせ死にゆく身だ。どうだね?」

俺は沈黙で肯定の意を示す。

何故か?…分からない。しかし、コイツの話は聞くに値する、そう思ったのだ。

「ありがとう。では、君は正義とは何だと思う?」

「俺が信じるものだ」

「流石に最強の殺し屋は言う事が実に傲慢だ。しかし、それは君がそれを貫けるだけの力を持っているからこその答えだ。そうではなくて一般的な人間…、そうだな。例えば君のフィアンセの藤沢さん。彼女にとっての正義とは何だと思う?」

…藤沢さんには失礼かもしれないが、今は一々フィアンセ云々には突っ込まない。

「…彼女にとっての正義は、友達だ」

「そう!彼女にとっての正義は友達。つまり、他者だ。彼女は周囲の友人たちと自分の違いに苦しみ、結果、周囲と違う自分が悪い、そう結論を出した」

「だから俺は」

「しかし、君はそれとは逆の答えを出した。君は彼女は正しくて、周囲が間違っていると判断し、周囲を変えることを選んだ。そうだね?」

「…そうだ」

気味が悪い。…全てを、見透かされているようだ。

「ふむ。やはり、君と私は似ているね?」

「…何だと?」

…俺とこの屑が、似ている、だって?

「娘を助けたくて、私は権力を振るってあの子のための箱庭を作った。力を振るって愛する娘を否定する社会から娘を守った。…違うかね?」

「アンタの箱庭が無くても、彼女は大丈夫だったかもしれない」

「ん~、残念ながらそれはない。人から愛されることだけしか頭にないあの子が、他人に受け入れられるとは思えないからね。誕生日プレゼントを上げて、自分の誕生日にはその相手からのプレゼントはない…、君はそんな人間を好ましくは思わないだろ?まあ、見た目は良いから、体目当ての雄猿は寄ってくるかな?」

…違わないのか?俺とコイツが同類?藤沢さんをこんな目に合わせた奴と、俺が…?

「違う!俺は藤沢さんを苦しめたお前とは、違う…はずだ」

焦る俺をみてニヤリと笑い、信三は続ける。

「…君は私を嫌悪しているね?それが何より君と私が似ている証拠だ。本当に君が私との線引きをしているのならば、君は私に無関心であるべきなのだよ?人が人を嫌うのは、他人に自分が嫌悪する自分を見るからだ。つまり、君が嫌悪する私は、確かに君の中にもあるということなのだよ。では、私の何が気に要らないのか?…そうだな、他人を傷つけて自分の娘を助けた所かな?しかし、君だってフィアンセを助けるために私を殺そうしているじゃないか?おっと?これはもしかすると君の方が質が悪いのではないかな?」

…なるほど。確かに、その通りだ。

―俺とコイツは、変わらないのだ。

「…ふむ。いい顔になった。メンタルも良く鍛えられている。開き直りは精神を安定させる上で有効な手段だよ。流石は『伝説の殺し屋』の息子だ。ウチの無能な娘とは大違いだ」

「…開き直りじゃねぇ。理解だ。…そろそろいいか?」

…これ以上は、危ない。本能がコイツを黙らせろと訴えてくる。

「もう少しだけ待ってくれたまえ。損はさせない…。私を殺せば三階堂は瓦解する。裏切り対策で三階堂は私無しでは機能しないようになっているからね。私が消えれば、残るのは無能だけだ。朗報だろ?」

「それは、確かに朗報だ」

手間が省けた。

「それは良かった♪…では、この弱肉強食の世界で君ほどの強者が、どこまで上り詰めるのか、地獄から見守らせてもらうよ」

「…俺も最後に一つ、聞きたいことがある」

「何だね?」

「どうして逃げなかった?」

「逃げても意味がない。君ほどの強者から一時的に逃げても、どうせいつかは殺されるだけだからね?…それに、正直、私も少々疲れてしまったのだよ。この辺で死んでおくよ。あ~、すまん。一つ未練があった。いいかね?」

「なんだ?」

…これほどの人間が最後に望むこととは一体、何なのか?

「…娘を、生かしてやってくれないかね?あれはただの無能だから、私が消えれば何もできない。これでも、私は一応、父親なのでね。娘を愛してはいたのだよ。故に、私はあの子の箱庭の終わりを本当に残念に思う。私の死さえなければ、ずっと囲ってやれたのにな…」

何とも人間染みた未練だ。…話しているうちにコイツとなら話し合いという選択もあったのではないか、とも思わせられたが、やはり、無理らしい。コイツはコイツの娘のために、一切譲る気はない。

「…分かった。約束しよう」

俺は、ナイフを構え直す…。

「長々とすまなかったね。君が私と同じ末路を辿らないように祈っているよ。では、さらばだ」

彼が台詞を言い終えるのを待ち、俺は信三の首筋を一閃…。

傷口から鮮血が飛び散る。

「…」

 血を流しながら横たわる信三の死骸を俺は黙って見つめる。

…俺もいつか、こんな風に殺されるのだろう。

 ―俺はいつまで俺の意志を貫けるだろうか?

 そんなことを思いながら、持参してきた携帯用ボトルを取り出し、部屋中に中身をぶちまける。中身は、ガソリン。さらに、俺はライターを点火し、それをガソリンの上に掘り投げる。

瞬く間に燃え上がる炎。

「…またな、三階堂信三」

いつか地獄で再会するであろう人物に別れを告げ、俺は部屋を後にする。


          

―エピローグー

 空が白んできた頃、俺は如月邸へと帰宅する。すると、

「お、おい!?」

「…」

玄関に入るといきなり俺に飛びついてくる小柄な体。

「…すまんな。手荒な真似して」

「…怪我は?」

「あるわけないだろ?」

「そ」

…いや、離せよ。悪い気はしないが…、普通に照れる。

「正樹君、ですよね?」

俺は雪ちゃんをくっつけたまま声の主を確認する。

「…藤沢さん」

視線の先には藤沢さん、その隣には姫の姿。

「お帰りなさい。正樹君」

「ああ、ただいま、姫」

…雪ちゃんや花蓮さんは言うまでも無く、姫も俺のしたことを知っている。事前に話していたのだから当たり前だ。

 しかし、姫は止めなかった。『アナタを信じます』ただ一言そう言って、俺を送り出してくれたのだ。しかし、

「…何を、してたんです?こんな時間まで?」

―藤沢さんはその限りではない。

俺を見つめる瞳は不安げに揺れている…。チラッと姫に視線を向けると…、

「…正樹君にお任せします」

そう俺に微笑みかけてくれる。

「藤沢さんは、知る必要ないことだ」

…俺は、藤沢さんを蚊帳の外に置くことにした。

すると、藤沢さんは俺にズカズカと歩みより、

「パチンッ!」

思い切り俺の頬に平手打ち…。ヒリヒリと痛む頬…。

「ちょ、ちょっと?」

続いて、藤沢さんは戸惑う雪ちゃんを押しのけ、

「…そんなこと、あるわけないじゃないですか!あんな夜中に電話してきてあんなこと聞いてきて!私には関係ないって!そう言うの!?」

そう怒鳴り散らし…、

―俺を抱きしめる。柔らかくて温かい感触が俺を包む。頬の痛みも忘れて、女の子特有の柔らかい感触にドギマギしながらも俺は告げる。

「…すまん」

…俺の勝手でしたことだ。藤沢さんにまで背負わせるわけにはいかない。

真面目なこの女の子は、俺がしたことを知ったらきっと責任を感じてしまう。

…その責任は恐らく、一般人である藤沢さんには、背負い切れない。

「勝手だよ!そんなの!」

…あ~、これは嫌われたたな。仕方ない。俺は叱責を一方的に浴びる決意をして目を閉じる。すると、温かい感触が俺から離れる。…これはもう一発かな?

「あ」

雪ちゃんの間の抜けた声が早朝の如月邸に響く。

…どうして、こうなった?

―顔が熱くなる。原因は、唇に触れるだけの軽いキス…。

「…それでも、アナタが私を助けてくれた、ってことだけは嫌でも分かる。だから、これは、お、お礼の気持ちです!」

藤沢さんは首筋を真っ赤にして俯き、

「でも、アナタが私のために危険を冒したことも、分かるんだよ!?」

涙を流していた。

「優しいアナタだから、きっと教えてはくれないんでしょうね、一生」

…俺はその問いに答えない。答えてはならないからだ。

何か答えれば、それは藤沢さんのために俺が何かをした事を認めたことになってしまう。

だから、ただ黙して彼女を見つめる。

「…分かりました。では、私にも考えがあります」

…今度は何だ?俺は黙って藤沢さんの次の台詞を待つ。

「アナタの、愛人になります!」

「「「はい?」」」

…耳を疑ったのは俺だけではないらしい。姫と雪ちゃんも唖然として藤沢さんを見つめている。三人の声が見事にハモる。

そんな俺たちの反応だどお構いなしとばかりに、藤沢さんは止まらない…。

「きっと、私はそれくらいしなければ、アナタに恩を返すことができない、と思うの!」

「い、いや?何かおかしくないか?」

「そ、そうですよ?マリア?そもそもどうして愛人なんです?」

俺に加勢してくれる鈴の声。

…知らない間に姫と藤沢さんの仲が進展したらしいが、今はそれどころではない。

「誠心誠意、鳴神君に尽くします!言われたことはなんでもやる!今日から私は鳴神くんの愛人奴隷です!」

「…おかしなこと言い出した」

雪ちゃんが呆気にとられながらも、きちんと突っ込んでくれている。

…俺も加勢せねば。

「お、落ち着いて藤沢さん。俺は藤沢さんに何もしてない。だから、藤沢さんはそんなことする必要はないんだ。分かる?」

「…まだ、そんなこと言うんですね。…意地悪ですね、鳴神君は」

…ん?間違えた?

「分かりました。では…。わ、私は鳴神君が好きです!」

「「「へ?」」」

…「では」の意味が分からない。

「な、鳴神君を好きな私が勝手に私のために、鳴神くんの愛人になります!」

「…この人、頭おかしい」

雪ちゃん?いくらなんでも、初対面の人に対してそんなことを言ってはいけません!

「マリア、頭、大丈夫ですか?」

…二人は友達だから良いんです!

「はい平気です!」

そう元気よく答える藤沢さんを見て、姫が意を決したように告げる。

「…マリア?アナタ、愛人がどうゆうものか知ってるんですか?」

「どうゆうって…」

「正樹君の、し、下の世話もしなくちゃいけないんですよ!?」

…言った姫は真っ赤、藤沢さんもさらに赤面する。藤沢さんはしばらく口をパクパクさせていたがいきなりキッと俺を見る。

そして、

「鳴神君がそれを望むんだったら!」

「お、おい!?そんなこと軽々しく言うもんじゃないぞ!?」

「そうそう。アンタみたいな盆暗に触られるのなんて、この人も嫌に決まってん」

「嫌じゃありません!」

雪ちゃんがいつもの調子で俺をからかおうとすると、まさかの自体に…。

「「「…」」」

俺たちが唖然として藤沢さんを見つめていると、藤沢さんは今度は俺に熱に籠った視線を向けてくる。

「…い、言ってしまいましたので、潔く白状します!あの放課後から私、アナタのことが知りたくて知りたくてしょうがなくなって。気付いたらアナタの顔が頭の中に浮かぶ回数が自然と増えてて…。本当に好き、なの。だ、だから!し、下の世話もご、ご褒美なんです!」

…ジト―とした視線が突き刺さる。

「正樹く~ん♪何です?これは?」

「モテモテね♪随分と…」

「あ、あはは…」

…乾いた笑いしか出て来ない。

その後の、姫と雪ちゃんによる尋問はその日の晩御飯の直前まで続いた…。


―桜庭花蓮view―

 「正樹君!次、回るカップ、行きましょう!」

「もう~、お嬢様、だから前を歩かないでって言ってるじゃないですか!」

「…姫ちゃん、元気良いですね~。あと、雪ちゃん、とっても大変そう…」

「前来た時もこうだったからな」

「そうなんですか~。学校での姫とは別人みたいですね?」

「藤沢さんは」

「…正樹く~ん?」

「あ、ああ。そうだったな。ま、マリアは」

「はい♪」

「マリアは遊園地、来たことあるのか?」

「家族で何度か、でも、お友達と来るのはこれが初めてなのでワクワクです♪」

「そうか。それは良かった」

「…そ、それに!…、正樹君もいますし♪」

「お、おう。ありがとう?」

「ふふ♪どういたしまして♪」

…全く。あの女垂らしの少年は本当に節操がない。

お嬢様の心を奪い、さらにそのお友達まで…、そして更に問題なのが

「ちょっと!何やってんのよ!アンタはお嬢様の護衛でしょ!イチャイチャしてないでちゃんと仕事しなさいよ!」

そう言って正樹君の腕を取り、藤沢さんから彼を必死に引き離そうとする我が麗しの妹…。

「…解せぬ」

私はそう呟き、引き金を引く。

「…花蓮さん、危ないです」

「失礼しました、指が勝手に」

溜め息を零し通話を切る正樹君。

…全く、未だに一発も当たらないとは。

あの騒動の後、藤沢さんの一件に対して、然るべき対応が取られたらしい。

結果、葛西さんの娘と三階堂家の一人娘、その学友たちは退学処分となった。

当主の死亡により、三階堂家は瓦解。同時に、スポンサーを失った学校側に如月グループから出資の申し出。予定通り、如月グループが新たなスポンサーとなった。

「隊長、護衛対象が移動します」

「了解しました。昴」

 退学を言い渡された者のうち、二人は如月家で面倒を見ることになった。葛西さんの娘である昴は私の部下に。葛西さん本人はあの後、警察に引き渡したので服役中。そして、三階堂家の一人娘、三階堂絵里奈は屋敷のメイドとして働いている。昴によると、以前の三階堂絵里奈とは別人ではないかと思うほどに大人しくなってしまったと言う。

「お前、いい加減学習しろ!…苦手なら乗るなよ」

「に、苦手じゃないし!あ、あ~、回りたくなってきちゃった~」

「私もです♪」

「姫ちゃん、こういうの好きなんだね?」

「はい♪とっても!」

スコープ越しに騒ぐお嬢様達。本当に楽しそうだ。

―あれから半年ほど経った。

私は、その期間中、この光景を実現するために正樹君がしたことを知っている…。


「…正気とは思えません」

「それでも、やります」

 あんな事をしでかした次の日、彼はいきなり私を呼びつけて言ったのだ。『お嬢様を狙う組織を根絶やしにする』と。

その結果がこの光景…。勿論、全てを根絶やしにできた訳ではない。しかし、今この時、この遊園地でお嬢様が狙われる可能性は、限りなく0に近い。

 そうなるまで、彼が多くの組織を潰したからだ。単独で…。

情報提供はしたが、実働は彼一人。

…一体、この美しい光景は何人の屍の上に成り立っているのだろう?

 因みに、お嬢様はこのことを知らない。お嬢様にバレずに事を運べるのは私ぐらいしかいない、彼はそう言って私を頼ってきた。

…お嬢様がこれを知ってしまったら、どんな顔をなされるか…。

 それでも、彼はその身が滅びるまで戦うのだろう。お嬢様や雪ちゃん、藤沢さんがいくら彼を心配しても、彼は止まらない。彼女たちにモテてるのに相応しいと、彼が思えるようになるその日まで…。

 私にできることは、彼がその幼稚な理想をどこまで『最強』によって突き通せるのかを見守ること、それだけである…。


―END―



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