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正しい最強の使い方  作者: バルス
3/5

第2話

まだ続きます

「なる…みま…起…ろ!」

頭の上から雑音がする。

「う~ん」

「う~ん、じゃ…い!」

随分とうるさい目覚まし時計だ。…ん?果たして俺はそんなものをセットしただろうか?というか、そもそも所持していただろうか?

「…ま、良いか」

「…い…度胸…ね!」

―攻撃?体が勝手に動き

「…!?」

俺はほぼ反射的に迎撃体勢に入る。

「うへ!?」

そんな間抜けな女の子の声をどこか遠くに感じながらも、迫り来る足を受け止め、即座に関節を決める。

「…誰だ?」

襲撃者の顔を確認。

「…なんか、釈然としないわね」

 長い黒髪の身長140㎝前後の女の子が、どこかの学校の制服姿で不満そうに俺に右足の関節を決められていた。

…勿論、知らない子である。

だが、襲撃者は襲撃者。いくら見た目が可憐な少女であったとしてもそれは変わらない。俺は、腕に力を込めて警告をする。

「大人しくしろ。…抵抗すればこのまま右足をへし折る」

「ちょ、ちょっと!?何で私がそんなことされなきゃいけないの!?」

ここにきて少女は慌てふためく。

足が力みのを確認。警告の無視と判断…。

「…抵抗したな?それじゃあ…」

「お、お嬢様の使いの者よ!」

必死の彼女叫びが、ストンッと音を立てて俺の腑に落ちる。

「…あ、そういうこと」

 そういえば如月さんがそんなこと言ってたな。

…いや、待て。

もしかしたら、コイツは俺が如月さんの護衛に付く、という情報を入手して事前に俺を処理しようとどこかの組織が派遣してきた工作員なんじゃないか?

「…待て。それを証明するものを提示しろ」

そう考え、俺は彼女に証拠の提示を求める。

少女が物凄くげんなりと俺を見て、一言。

「…殺す気なら踏んづける前に銃で頭を撃ち抜いてるわよ」

…それもそうか。銃を携帯しているようだが、抜く気配はない。

あれ?もしかしてこれは…

「…もしかして、俺、物凄く失礼なことしてる?」

「…そう思うならさっさと解放してくれない?」

瞬間、即座に俺は女の子を解放し、

「すいませんでした!」

―土下座。

「…それじゃあ、さっさと荷物を玄関先に出して。運ばせるから」

…ん?許してくれたのか?細かいことは気にしないサバサバ系女子なのかもしれない。俺はそう納得し、彼女の指示に従うことにする。

「わ、分かった!」

俺は部屋の中央に転がしておいたボストンバックを手に取る。

そんな俺をジトッと見つめる少女。

「あとは?」

「いや、これだけなんだが?」

「それだけ?あ、でも男だしそんなもんなの?」

彼女はブツブツと言いながらそれを俺の腕からぶん取る。俺は、ボストンバックを手に階段を下りて行く小さな背中を慌てて追いかける。

そして、その小さな背中に疑問をぶつける。

「でも話が違わないか?俺の登校と同時に警備を付けるって」

俺が言葉は、不機嫌そうな少女の声に遮られる。

「…アンタ、今何時だと思ってんの?」

「何時って…」

尋ねられて時計を確認。

「…9時!?」

もう1時間目の授業などとっくに始まっている時間である…。

「…そうね」

ジトッと俺を睨めつけてくる少女。

「…あの、マジですいません」

これには頭を下げるしかない…。

つまり、俺は寝坊して彼女を待たせた上に、起こしに来てくれた彼女に関節技を決めて足をへし折るぞ宣言をしたらしい…。

「…あの、マジですいません」

完全にこちらが悪い…。

それは分かっているのだが…。

…謝っているんだから、せめて何か言って欲しい。そんな俺の胸中などお構いなしに、ズンズンと階段を下りて行く女の子。

と彼女が階段を下りた所で口を開く。

「私は桜庭雪って言います。よろしくお願いしますね。はた迷惑な鳴神正樹さん♪」

そう皮肉たっぷりの笑顔を俺に向けてくる少女。

…どうやら、この子はドロドロネチネチ美少女だったらしい。

俺の謝罪は彼女の耳には届いていないらしい。

それでも…

「…すいませんでした」

こちらは彼女から許しを得るまで頭を下げ続けるしかないわけで…。

薄っすらとは分かってきたがこの女…、性格最悪だ。

確かに俺が一方的に悪いが、この対応はネチネチし過ぎだ。

…だが、だからと言って明らかに年下の女の子にムキになってどうする?

紳士たる者、女の子に対して優しくあるべきなのだ。 

「すいません、でした!」

―故に、時には頭を下げ続けることも必要だ。

「…本当に、悪いと思ってる?」

道端で倒れ込む酔っ払いを見るがごとく、俺を見る雪ちゃん。

「思ってます!」

…この女、偉そうにしやがって。

まあ?俺は紳士だから?これくらい許してやるけど?

「…ふ~ん。それじゃあ、5回の謝罪に免じて、今回は特別に許してあげる。」

「ありがとうございます!」

謝罪の回数数えてるとか…。ドン引きだ…。

俺が彼女を好き放題に評価していると、彼女が胸の前で腕を組み口を開く。

「それじゃあ、私はこの家の警備体制の準備とか、まだやることがあるから先に行きなさい」

やっと俺のストレスだけが溜まるだけの、非常に実りのないやり取りを終えることができるらしい。

「ああ!じゃあな!」

俺は嬉々として玄関へと向かう、のだが…。

「…ちょっと?何でそんなに嬉しそうなの?そんなに私と一緒に居るのが不満なわけ?」

…要らん所に鋭い。面倒臭い。

それでも紳士たる俺は笑顔を絶やさない。

「…そんなことは、ないぞ?」

「まあ、私も好きでアンタと一緒に居る訳じゃないから良いけどね」

…もう、嫌。

「そうそう!」

「…何でしょう?」

…無我の境地だ。何も考えるな、俺。俺は紳士という名のサンドバック、俺は紳士という名のサンドバック、俺は紳士と言う名のサン…

「これ、連絡用の携帯ね。ほい!」

俺は自己暗示を切り上げ、投げ渡されたそれを受け取る。

同時に、彼女が投げ渡した物に関する解説をしてくれる。

「その携帯で如月グループ専用回線での連絡ができるの」

つまり、これを使った連絡は傍受されない、ということらしい。

「以上よ。それじゃあ今度こそじゃあね~」

俺はドロドロネチネチ傲慢美少女に見送られ家を後にする。

…疲れた。これから授業とかマジで怠い。しかも遅刻扱い。

入学二日目で遅刻。クラスの好奇の視線を集めてしまう…。

「…はぁ~、嫌だなぁ~」

 せっかく如月さんのお陰で当初の偏見は取り払われたのに、こんなことでは全てが無駄になってしまう。…俺の高校生活は本当に大丈夫なのだろうか?

「ピリリ、ピリリ」

そうして校門の前で途方に暮れていると、先程のドロドロネチネチ傲慢美少女から貰った携帯が鳴る。

「…桜庭、花蓮?」

ディスプレイに表示された名前を見て既視感を覚える。

はて?誰だったか?

…待てよ。俺の知る『桜庭』はあのドロドロネチネチ傲慢美少女だけではない。なんちゃってボディガード兼変態メイドのあの人が…

「ヒュン」

俺を首を傾けて明らかに殺す気の弾丸を避ける…。

そして通話ボタンを押す。

「…俺、何かしましたっけ?」

今の弾丸で確信を得た俺は開口一番に文句を垂れる。

「何となくイラッとしたので撃ってみましたごめんなさい」

何となくで人を狙撃してんじゃねぇよ!?

そもそも…

「こんな人目に付くところでそれはどうかと」

もし、誰かに見られでもしたら大変だ。

俺は至極真っ当なことを言っている、正義は我にあり。

だが、桜庭さんは俺の発想の遥か彼方を行く人だったらしい…。

「周辺に人影は皆無。弾丸を目視できる化け物が一人。何か問題がおありで?」

そもそも俺は人として認識されてなかったわけですか?

…酷い。

「…いえ、無いです」

しかし、俺は紳士。こんなことで一々目くじらを立てたりはしないのだ。

それは良いのだが…。

―もしかしなくてもこれは…。

「つかぬ事をお尋ねしますが」

「つかぬ事なら聞かないでください」

この取り付く島も無い態度、間違いない。

…完全に黒だ。真面に相手していては話が進まないことは、先程、嫌と言うほど思い知らされたので、敢えて無視して続ける。

「雪ちゃんのお姉さんなんです?」

「はいそうです。というかなんで雪ちゃんなんて馴れ馴れしく呼びやがってんですか?」

「ヒュン」

…耳元を掠めるライフル弾。

「仕方がないじゃありませんか!?どっちも桜庭だし!?あと取りあえず気に食わないと引き金を引くのやめません!?」

因みに二発目は股間を狙ってきた…。

「…チッ!」

この人、今舌打ちしたよぉ!?

「…あの~、真剣に悔しがるのもどうかと思うんですが」

…ストレスから解放されたと思ったら、今度は命の危機を感じながらのコミュニケーション。ホントこの姉妹の親の顔を見てみたい。

…恐らくどっちも美形なんだろうけれども。

俺が一人で自らの身に起きる災難を憂いていると、桜庭さんが突如として真面なことを言ってくる。

「殺せなかったので要件を伝えます」

…もう突っ込まない。

「…殺せなかったので要件を伝え、ます」

「ちょっと寂しそうに言わないでくださいよ!?決意が揺らぐじゃあないですかぁぁぁ!」

「…勝った。」

…もう、嫌。

何なの?この姉妹…。

「それではそろそろ真面目に要件を伝えます」

最初からそうしろよ!

「ヒュン」

瞬間、頬を掠めるのは鉛の塊…。

「…」

「…」

…もう何も言わない思わない。

俺が黙り込むと、桜庭さんが勝手に話始める。

「これからは私がお嬢様の近辺をこのような形で監視、鳴神様は私では監視し切れない学内での護衛、という形で行こうと思います」

「了解です。如月さんを常に知覚できるように立ち回ります」

「発言がストーカーのそれですね」

「…」

「…冗談です」

流石に少し反省したらしい。心なしか声のトーンがしょんぼりとしていた。

そろそろ俺のストレスゲージが破裂しそうなので、早々に話を切り上げに掛かる。

「以上ですか?」

「はい。では、お嬢様をよろしくお願いします」

「了解です」

最後だけ真面なことを言って通話が切れ…

「ヒュン」

俺の前髪を数本奪い去って虚空に消えるライフル弾…。

そして、俺は自己暗示を掛けながら校舎を目指す。

…この姉妹にとってのサンドバック、それが俺…。俺が今至るべきは無我の境地。俺は紳士という名の桜庭姉妹のサンドバック俺は紳士という名の桜庭姉妹のサンドバック俺は紳士という名の桜庭姉妹のサンドバック俺は紳士という名の桜庭姉妹のサンド…。


 「嫌なら嫌と彼女たちにキチンと言ったら良いのでは?言わなければ伝わるものも伝わりませんよ?」

「…返す言葉もございません」

場所は変わって校内中庭。昼休み。

そこには今朝のことを如月さんに愚痴り、諌められる俺がいた。

現在、如月さんとここで昼食中。それは大変喜ばしいことではあるのだが、さっきから周りの視線が痛い…。


 ―あの後、俺は授業が終わるのを待って自分の教室に入った。

すると、

「な、鳴神くん!お体は大丈夫なんですか?」

「ふ、藤沢さん?」

俺が教室に入るなり心配そうに俺にそう尋ねてくるのは藤沢さん。

俺は、状況が分からず俺の席の後ろに座る如月さんに視線を向ける。

「…お体の調子が悪くて午後からの登校とお聞きしておりましたが?」

…そういう事ね。如月さんの返しから状況を察する。

どうやら、如月さんが手を回してそういう風にしてくれたらしい。

「あ、ああ。取りあえずは大丈夫だから心配ないよ」

とりあえず、話しを合わせる。

「そうなんですね。良かったです!」

藤沢さんが安心したように微笑む。

と、如月さんの視線を感じるので急行することにする。

「き、如月さん迷惑を掛けてしまって」

「正樹君、お体は大丈夫なんですか?」

「…へ?」

ま、正樹君?これは一体?俺が呆然としているのと同様に、周囲も静まり返っていた…。

「正樹くん?ちょっと冷たいんじゃありません?『彼女』に対して」

「ピキッ!」

…そんな鈴の声と同時に、空間にヒビが入る音がした。

次いで、教室内は混沌に包まれる。

「なんだぁぁぁぁ!?それはぁぁぁ!?」

「あ、あの如月さんに…?」

「あの難攻不落の完璧超人に」

「「「「彼氏!?」」」」

え~と?これはどういうことなのかしら?

その真実は如月さんのみぞ知る。

ということで、直球で尋ねる。

「き、如月さん?これは」

「さあ、お昼ご飯に参りましょう?正樹君?」

 如月さんは悲鳴や怒声が飛び交う教室を背に、俺の腕を取り教室の外に連れて行く。

 

 そして二人で中庭のベンチに腰掛け昼食タイム、という訳である。

「…如月さんはこんなことになっちまって良かったのか?」

俺は如月さんの手作りだと言うお弁当を膝の上に置いたまま尋ねる。

「…正直、良い、という訳ではありませんが、仕方のないことです。正樹君が私を護衛するにあたって、これ程都合の良い関係はないでしょうから」

少し寂しそうに言う。

そんな如月さんを俺は黙って見つめることしかできない…。

すると、気を回した如さんがペラペラと言葉を紡ぎ始める。

「幸い意中の殿方も特におりませんし、悪い虫が付かない、と言う面ではメリットでさえあるかもしれませんしね。…だから、そんな顔なさらないでください」

俺は如月さんに気を使わせるほど酷い顔をしていたらしい。

「…ごめん」

そんなことしか言えない自分が情けない。

何が『ごめん』だ。…こん畜生。

俺が自責の念に駆られるていると、如月さんが更に言葉を重ねるくる。

「それに正樹君?お互い様、なんですよ?あなたの恋愛の自由も私と同様になくなってしまいました。…お互い様、というのは少し違いますか。私の護衛のためにこんな関係を強いてしまったのですからこれは私の方に原因がありますね…。ごめんなさ」

…そんな台詞を最後まで言って欲しくなくて、俺は強引に彼女の言葉を遮る。

「姫、そこまでだ」

如月さんが驚いたように目をまんまるにして両肩をビクッと震わせる。

「俺だってその分の報酬は貰う予定だからそんな気に病むな。だから、最初に姫が言った『お互い様』ってことで手打ちにしよう」

本当は、何とかしてあげたいが、彼女の言う通りこれが彼女を護衛するに当たって最善の環境であることは変わらない。

…彼女が常も命の危機に晒される以上は妥協せざるを得ない。

―恋愛なんかより、彼女の命の方が重いの自明の理なのだがら。

そんな風に、彼女の自由を制限させてしまわざるを得ない自分に嫌悪していると、聞こえるか聞こえないかな小さな声が俺に届く。

「…ズルいです」

「…へ?」

 俺は真っ正面を向いて発言していたので如月さんがどんな風にして話を聞いていたかは知らない。

…自分がとても臭いこと言っている自覚もあったので、如月さんの反応を見るのが恥ずかしかったのだ。

―だから、如月さんを見て赤面してしまった。

何故かって?

それは、顔は真っ赤、涙目の女神の美貌の持ち主が俺を上目遣いに見ていたからだ…。

「…きゅ、急に名前で呼ばないでください!びっくりするじゃないですか!」

頬も可愛らしくプクッと膨らむ。

…おーう、感無量。

しかし、いくら可愛くてもその言い分には納得できない!

「そ、それこそお互い様だろ!?ひ、姫だって朝からいきなり俺を名前で呼んできたじゃないか!?」

「そ、それはそうですが…。でも、それは皆さんに私たちの関係を認めさせるために仕方無くやったことであって…」

「それじゃあ、その一環として俺も名前で呼ばせてもらう。そ、そうじゃないとフェアじゃあないだろ?」

「…わ、分かりました」

もうお互い顔が真っ赤である。

…この手のことに免疫がないのもお互い様らしい。たかが名前の呼び方でこの有り様だ…。

 その後、俺たちは沈黙を恐れるように会話を持続させながら急いでお弁当を平らげて教室に戻り、滞り無く午後の授業を終え放課後を迎えた。

 …因みにお弁当の味は覚えていない。


    ―藤沢マリアview―

 「正樹くん?ちょっと冷たいんじゃありません?『彼女』に対して」

如月さんのその言葉に静まり返る教室。

それも一瞬のことで一気に大騒ぎし始めるクラスメイトたち。

「…え?」

そんな喧騒に、私の口から洩れたそんな音は容易く掻き消されてしまう。

…私は今もの凄く変な顔をしているに違いない。

どうしてこんなに動揺してるんだろう?

「ちょ、ヤバくない!?マリア!?あの如月さんに彼氏だってよ~!」

「え、あ、はい。そです、ね」

「マリア?ちょ、ちょっと大丈夫?」

 このクラスでできた二人目の友達、葛西昴さんが私を心配してくれるが、真面に返答できない。頷いて返すのが精一杯だ。

…鳴神君は私が初めてこのクラスでお話できた男の子、それだけ。そのはずなのになんだろうこの気持ちは。

…と、昨日の放課後の掃除の光景が頭の中を駆け巡る。

『…手伝うよ?』

『水拭きしてから乾拭きもすると綺麗に見えるようになるぞ?』

『あ、ああ。よ、喜んで。』

…家族以外の前であんなに素の自分で居られたことがあっただろうか。あんなに心地よい時間が今まで私にあっただろうか?

…鳴神君は私のお友達なのにどうして如月さんと。

「え?」

―今、私は何を思った?

別に如月さんが鳴神君と付き合ってもおかしくないではないか…。

 自問自答の繰り返しで頭の中がおかしくなる。

目の前で葛西さんが何か言っているが、それもどこか遠くに感じてしまって聞き取れない。

「…嘘?」

自分で自分の心を疑ってしまう…。

―私は確かに、如月さんに嫉妬している。私はこんな風なこと思ったりしない筈なのに。どうして…?

「マリア!」

「はい!」

突然、耳元で大声。

…びっくりした。お陰で現実に戻って来られたけど。

「ど、どうしました?葛西さん?」

その大声を発した人物は勿論葛西さんだ。

「それはこっちの台詞だよ?…マリア、大丈夫?」

…そっか、私のこと心配してくれたんだよね。

「う、うん。ごめん。ちょっと昨日あんまり寝てなくて。頭がぼーとしてたみたいです」

それなのに私は葛西さんの言葉をどこか上の空で聞いてしまってて…。

ホント、どうしちゃったんだろう?

「それなら良いんだけど。…もしかして、鳴神みたいなのが好みなん?」

葛西さんの言葉に一瞬ハッとする。

…好み。

私は、ああいう男の子が、好き?

「…そうなんでしょうか?」

「何それ?」

そんな要領を得ない私の返答に呆れ顔の葛西さん。

そりゃあ、そうだ。

でも…

「自分でも良く分からなくて…。如月さんが鳴神君の事を彼氏だって言った時、変な感じがして」

私は、胸の辺りを抑えながら今の気持ちを葛西さんに伝えようと四苦八苦する。

そんな私を見た葛西さんが溜め息を零し、

「マリア?アレはやめときなさい」

そう私を諭してきた。

「え?」

「何もあんな見るからに庶民ですオーラを出してる男なんかじゃ無くても、マリアならいくらでもいい男捕まえられるよ?あんな何の取り柄も無さそうな男」

…鳴神君が何の取り柄も無い?なんで彼と話したことも葛西さんがそんなこと言うの?

「そんな事無いです!お掃除も得意ですし優しいです!」

―気付けば、私は声を荒げていた。

そんな私を見て、一層深い溜め息を吐いた葛西さんは私を問い質してくる。

「あとは?」

「そ、それは…」

そう問われて、私は気付いてしまう。

―あれ?私、鳴神君のこと、全然知らない…。

それに気付くと同時に、急に胸が切なくなる。

「ハァ~」

この話を初めてからもう何度目かも分からない溜め息を吐き、葛西さんは続ける。

「掃除が得意で優しい、しか知らないんでしょ?それで気になってるとか、どんだけチョロいのよ?」

「…私、確かに鳴神君のこと何も知らないです」

そう。私は鳴神君のことを何にも知らないのだ…。

「そうそう、分かったらあんな男忘れて」

―だったら、どうすれば良い?

「…知りたいです」

そうだ。知らないなら、知る努力をすれば良い。

簡単なことじゃないか。

「…はぁ!?」

私は視線を、教室を去りゆく二人に向けながら続ける。

目の前の葛西さんは未知の生物でも発見したような反応をしているが気にしない。

「私、鳴神君の事、もっと知りたいです」

どんな食べ物が好きなのか、何色が好きなのか、どんな本を読むのか…。

―彼のことを、もっと知りたいのだ。

「…これはもう駄目ね」

「鳴神君は駄目なんかじゃないですよ!」

「誰もそんなこと言ってないでしょうが…。とりあえずアンタに気持ちは良~く分かったから、…続きはご飯食べながらにしようね~?」

…そう言えばそうだった。

「…葛西さん、二人でご飯、て言うのは駄目なんですよね?」

「どして?絵里奈も岬もマリアと食べたがったるし、大丈夫だよ?」

…葛西さんのお友達の三階堂絵里奈さんと沢村岬さん。休み時間に少しお話したけど…。

正直、少し苦手だ。明らかに校則違反のアクセサリーに過剰なお化粧。どうして葛西さんとお友達なのか分からないくらいだ。…葛西さんは全然そんなことしてないのに。

「私もいるし、心配要らないよ?行こ?」

「う、うん」

…こんなことで葛西さんを困らせてはいけない。ここは私が少し我慢すれば済むことなのだ。私が我慢すれば…。

―藤沢マリアview END―

 

 「何?アンタ、今日がお嬢様の誕生日だって知らなかったの?」

「ヒュン」

現在、桜庭姉妹から精神と身体両方からダメージを浴びせられながら、姫、俺、校門の前で待っていたドロドロネチネチ傲慢美少女の三人で下校中。

「何?首を傾げたりして?そんなんで誤魔化されるとでも思ってるの?」

…まあ、端から見たらそう見えるかもだが。それで大丈夫か桜庭雪。

「どうして私をそんな顔で見てんの?今おかしいのはアンタの頭よ?」

止むことのない罵倒の嵐…。

俺がそれに打たれるままになっていると、女神が俺に救済の手を指しのべる。

「まあまあ。落ち着いてください。雪ちゃんは知っていて当たり前のことかもしれませんが、正樹君が私と知り合ったのは昨日の事ですし」

因みに、この二人は前々から結構顔を合わせていたらしく、普通に仲が良かった。

そんな女神に刃向うのは、堕天使雪。

「でも、お嬢様、コイツはお嬢様の護衛なんですよ?護衛対象のプロフィールぐらい頭に入れて置いておかなきゃダメだと思います!コイツには自覚が足りないんです!」

こ、これからやろうと思ってたんだからね!

なんて、言える訳も無く…

「…すみませんでした」

現実の俺は、心象世界の俺の1%の勇気も持ち合わせていないのだ…。

そんな俺の味方をしてくれるのはやはり女神様。

「昨晩正樹くんは色々あって忙しかったのです。仕方ありません」

そうだそうだ!

「…何か言った?」

…ちょっとこの子マジでエスパーなんじゃない?俺の心の声が聞こえているかのように睨みつけてきてるんですけど!?

…いや、落ち着くんだ正樹。人が考えていることを正確に読み取ることなど不可能だ。そう、大丈夫。

…桜庭姉妹マジでゴミカスだなぁぁぁ!

「「ヒュン」」

…俺の頭の横を弾丸が、俺の手の平は蹴りを受け止めていた。

そんな光景を見ていた我が女神が声を荒げる。

「雪ちゃん!?何をしてるんですか!?」

「何故か物凄くコイツを蹴りたくなって…。すみません」

そう言って不満そうに足を下げる雪ちゃん。

「ブーブー」

と、俺の携帯にメールが着信。…表示は桜庭花蓮。メールを開く。内容はたった三文字。

『チッ! 』

…閉じる。俺のプライバシーはこの姉妹には筒抜けなことが新たに明らかになった。さらばマイプライバシー…。

俺が心象世界で麗しのプライバシーと別れを済ませていると、そんな暇など与えてやらんとばかりに、堕天使が俺を責め立てる。

「お嬢様に免じて知らなかったことは許してあげる。だから、ちゃんとお嬢様が喜ぶようなプレゼントを用意しなさい!」

ハードル高!?

同年代の友達にプレゼントもしたことのないぼっちにはキツ過ぎる要求に、若干涙目になる俺。

そんな哀れなぼっちを守るように堕天使を迎撃してくれるのはやっぱり俺の女神。

「雪ちゃん!そんな、私はもう正樹君に護衛してもらっているのです!その上、プレゼントなんて…」

「…お嬢様。それとこれとは話が別なのです。極論、プレゼントするもしないもコイツの気持ち次第!つまり、仕事とは別に、コイツが勝手にお嬢様のこと思ってすることなので何の遠慮も要らないのです!」

おのれ堕天使!俺の女神を惑わすか!?

「私の気持ちの問題なんです。仕事上の関係とは言っても、私はもう正樹君に多大な無理を強要しているのです。理屈ではそうかもしれませんが、感情がそれを許しません」

…何だか、俺、めっちゃ情けなくない?こんなんで俺は紳士を名乗れるのか?

こんな俺に女神の信者を名乗る資格があるのか?

…ダメだ。こんなことでは行けないぞ鳴神正樹!

「だ~か~ら~、気にしなくて」

このままでは女神も堕天使も引き下がらないし、行くしかない!

「ダァー!もう分かったから!プレゼントするから!」

「でも、正樹君!」

「姫の気持ちは嬉しいけど、俺も人の誕生日を聞いておいて何もしないでいられる人間じゃないからな。俺が個人的に姫にプレゼントするよ!」

わぁ!俺カッコイイ!

…もう、どうしようね?

肩叩き券じゃあダメ?

俺の内心の葛藤など周囲に聞こえる訳も無く、話は解決の方向へと向かって行く。

「…正樹君がそのように言って下さるならお断りする方が失礼ですね。…楽しみにしてます♪」

そう言って俺に微笑む如月さんの可愛いこと…。

この笑顔に釣り合うプレゼントとは一体?

どんどん俺は精神的に追い詰められていく…。

そんな俺に、追い打ちをかけるのはやはり堕天使。

「…任務上仕方ないとは言え、アンタがお嬢様を名前で呼ぶとか…。キモ」

―瞬間、俺のストレスゲージは遂に決壊した。

「いい加減言い過ぎだよ!?君!?俺だって傷つくんだよ?分かってる?分かってねぇよなぁ?分かってくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「そうです!正樹君!言わなければ伝わらないんです!良くできました!」

如月さんが傍らでガッツポーズをしながら俺を称えてくれる。

…半泣きの俺を。

「うわぁ~、マジで傷ついたとか、マジでドン引き…」

「お前は鬼かぁぁぁぁ!?」

もうコイツ、堕天使から悪魔にクラスチェンジしてるんじゃね?

あまりの言いように、頬を涙が伝う。

すると、

「…へ?」

全く予期せぬことが起きた。

…雪ちゃんが俺を抱きしめていた。細やかだが、確かな胸の膨らみが俺の顔面を受け止めていた。…温かい。

「…もう、ガチ泣きしないでよね。私も言い過ぎたわよ。…ちょっと反省、したから。悪かったわよ。だから、泣かないで」

そう言って俺の背中を擦ってくれる。如月さんはその光景を微笑ましく見ている。

…い、いや何これ?メチャクチャ恥ずかしんですけどぉぉぉぉ!?

「お、俺こそガチで泣いたりしてすまん」

なんて、叫ぶことはできないので、俺は顔を羞恥に染めながらそんな風に謝るしかできない。

ゆっくりとそんな俺を解放すると雪ちゃんは優しく微笑み、

「泣き虫なのね♪」

なんて言ってくる。

次いで、俺のおでこに軽くデコピンをかましてくるのは果たして悪魔なのだろうか?…小悪魔、かな?

そんなこと考えながら、俺は更に顔を真っ赤にしてしまう。

…ドロドロネチネチ傲慢美少女でも綺麗なところが…

「「ヒュン」」

「あれ?なんか足が勝手に?」

「ブーブー」

見事な回し蹴りを受け止めると同時に振動する携帯。

…今回は許されても良かったのでは?顔の横をすり抜ける弾丸と蹴りをやり過ごし、俺は何とも微妙な心境になっていた。

「ほら、お二人とも?もうお家ですからそのくらいにしてください」

「はーい」

「…はい」

こうして、馬鹿騒ぎをしながら下校していると、いつの間にか如月邸が目の前にそびえ立っていた。

「…デケー」

「うふふ♪良いリアクションですが帰ってくるたびにそれでは疲れてしまいますよ?追々、慣れてくださいね?」

俺が口を間抜けに開けて、如月邸を見上げていると姫がそんなことを言ってくる。

「…了解」

確かにこの豪邸を目の前にするたびにこれでは参ってしまいそうだ…。

「それでは雪ちゃん。正樹君をお部屋に案内してさしあげて?」

「…かしこまりました。お嬢様」

雪ちゃんのことだから、『誰がこんな奴を!』とか言ってくるかと思ったら、普通に案内はしてくれるらしい。

どんなに俺が気にくわなくても仕事はきちんとこなす姿に少し感心。

「ほら!さっさとして!」

…でも、嫌なものは嫌、らしい。

だが、いくらお前が早く用事を済ませて俺とバイバイしたいからと言っても俺にも仕事がある。

「お、おい姫はどうす…、ああ、大丈夫そうだな」

と思ったのだが、どうやら心配はなさそうだ。

俺の言葉を待ってましたと言わんばかりに例の三人組みメイド隊が姫を囲んでいた。

…任せて、大丈夫か?

そんな俺の内心を見事にくみ取った姫が俺にニコやかに告げる。

「ご心配には及びません。正樹君ほどではないにしろ。彼女たちも腕が立ちますので」

ふむ。なら大丈夫か。

「ほら!分かったなら早くしなさい!」

「あ、ああ」

…何か妙にイライラしてないか?コイツ?

なんて思いながらも前を歩き始めた小さな背中を追う俺。

「では、また後ほど~」

そう言って手を振る姫に俺も手を振り返し、ドロドロネチネチ傲慢美少女に続くことにする。


「ここよ」

「お? 案外早く着いたな。もう少し歩かされるかと思った」

5分も歩いていない。

「お嬢様のお部屋の近く、ていうか隣よ。お嬢様のお部屋はすぐに脱出できるような位置に配置されてるの。だから、入り口からそう歩かされないのも当然ってわけ?分かった?」

「…なるほどね」

 一瞬、姫の隣の部屋だと聞いて心が躍ったが、その理由を聞くと一気に頭が冷えた。…家の中でさえ安心できない、これが今の姫の現実なのだ…。

「荷物は運んでおいたから、もう部屋に届いてるはずよ」

「了解だ。それじゃあ、また後で、かな?」

「そ、そうね!」

…ん?なんだ?この変なリアクション。

「どうかしたのか?」

「な、なんでもないわよ?」

「そうか?」

「そ、そうよ!さっさと部屋に入りなさいよ!」

「…そうさせてもらう」

俺はドアノブに手を掛けて回す。ドアを開けて入室。

…それはいいのだが。

「…まだ何か用か?」

「…」

問題が一つ。それは部屋の中に二人居ることである。

「用がないなら自分の部屋に帰れよ」

「…ここよ」

「そうか」

「…そうよ」

「「…」」

ふ~ん。コイツもこの部屋なのか…。

「っておいぃぃぃ!?」

いやいやいや!?何納得しかけてんの俺!?

「もう、急に大声あげないでよ!」

「お前何言ってんの?俺、まだお前に好かれるようなこと何もしてないよ!?」

「何変な感違いしてんのよぉぉぉ!?別にアンタの事が好きとかじゃないわよぉぉぉぉ!」

「お、おう」

 これは、本気の叫びだ。茶化す気が微塵も起きない程度に気迫が感じられる。…必死なのだ。発言はツンデレそのものなのにそれを感じない不思議。

「私だって好きでアンタと同室になったわけじゃないわよ!…上の命令なの」

「…はい?」

上って…、コイツの上司か?

「私、上からアンタの部下に任命されてるの!」

「姫はこのこと知ってたのか?」

「知らないわけないでしょ?」

後日、姫に俺に何故それを言わなかったか尋ねた。すると、『忘れてました♪』と良い笑顔で言われただけで終わった…。

諦めたように一息吐いて雪ちゃんは続ける。

「…アンタと衣食住を共にして有用なものは全部盗め、これが上の意向なのよ」

…随分強引な上司だな。

「…お前も大変だな」

いくらコイツが堕天使でも、流石にこれには同情する。

「…ホントよ」

…う~ん、これではコイツがあんまりだ。

何か俺にしてやれることは…

―ある。

「…良し!分かった」

「…何がよ?」

 頬を少し赤く染めて俺をジトッと見る雪ちゃん。…そりゃあ年齢が近い異性とほぼ同棲とか普通に恥ずかしいし無理もない。

いくら相手がパッとしない俺、でもだ。

…コイツ無駄に見た目は可愛いもんだから俺も手汗ヤバいし。

そんな思春期の葛藤かなぐり捨て、俺は宣言する。

「こうなったら、自棄だ。俺がお前をガッツリ鍛えてやる!お前のライバルなんて相手にならない位までな!」

俺にしてやれるのはこのくらい。

父さんが俺にしてくれたこととほぼ一緒なのが少し引っかかるが、これしか無いと思ったのだ。

そんな思いからの俺の宣言に、雪ちゃんが目をパチクリさせている。

まさかコイツ…、

「…さてはお前、また気持ち悪いとか思ってんだろ?…んなこと言ったって、ひ、開き直ってやるしかないだろ!?」

…しかし、これは勝手な俺の被害妄想だった。

「お、思わないし」

…へ?俺は言われたことの意味が一瞬理解できず、雪ちゃんの表情を確認しようとしたが、下を向いて俯いているので結局何も分からない。

そうして、小さな女の子の扱いに俺が困っていると、バッと顔上げて彼女は俺に言った。

「そんな風に、思わない。…ありがと。よろしくお願いします!」

…え~と?この子、誰?

「…お前、変なもんでも食ったのか?」

「何よ!?こっちが真剣にお願いしたんだから茶化さないでよ!」

「お、おう?悪かった」

「そ、それでいいのよ!」

何かおかしいと思い、彼女の顔を見つめていると、あることに気付く。

―雪ちゃんの頬には…、涙が流れていた。

「お、おい?泣くほどかよ?」

おいおい?そんなに茶化されたのが嫌だったのかよ!?

「え?あ?そ、そうよ!」

…そうなのか。うん。これは俺が悪いな。

「そ、そうか!すまん!俺が軽率だった!この通りだ!」

いつかの朝のように再び土下座。…数秒後、

「あはは♪年下の女の子に二回も土下座させられてやんの!ねぇ?今どんな気分?」

…おい?

「お、お前俺をからかったのか!?」

「さあ~ね~♪」

いい度胸だ。コイツの腐った性根を叩き直してやろうではないか?

「良し!お前がそういう態度ならこっちも容赦しない!表に出ろ!組手の練習だ!」

「望むところよ!こっちが稽古つけてあげるわよ!」

「上等だぁゴラァ!」

…そして、如月さんが夕飯を知らせに来てくれるまで、俺たちは永遠と組手を続けたのだった。


     ―桜庭雪view―

…正直効いた。良い意味で。

 ―私の成績は自分でも言うのも何だが…、優秀だ。しかし、それはあくまで「優秀な部類」、という話。…「一番」、という意味ではないのだ。それでも、私は必至になってその位置に喰らいついた。お勉強も戦闘訓練も人一倍努力しているつもりだ。友達と遊ぶ時間など考えもしなかった。

 …お姉さまのような立派なボディーガイドになりたくて必死だったのだ。

お姉さまの訓練生時代の成績は常にトップ、文字通りの「一番」だ。

…私とは違って。

そして、お姉さまを目指して努力する私に対する周囲の反応は、

「…ホントにあの花蓮さんの妹なのか?」

「優秀、かもだけどあれだけやっててコレとか…」

「…能無し」

―嘲笑、だった。

…悔しかった。見返してやりたかった。…目標に向かって努力する私がどうして馬鹿にされなければならないのか?…お姉さまが優秀だったから?そんなことは理由になりさえしないはず。

私は私、姉さまは姉さまだからだ。同じ血を引いているからと言って勝手に期待して、勝手に失望して…。身勝手にも程がある。ふざけるな!

…なんて思っていたが、私は誰にこの気持ちを打ち明けることもできず、部屋で一人悔し涙を流していた。家族に、特にお姉さまに打ち明けてしまったら余計な心配をさせてしまう。…これは私が我慢すれば済むこと。私がもっと努力すれば…。

―そんなときだった。

「え~『伝説の殺し屋の息子』の元で研修を行う生徒を募集する。興味があるものは教官室まで~」

やる気の全く感じられない教官の定期連絡。

…大分急な話だ。締切りが今日の日付が変わる直前、というのも胡散臭さを際立たせる。

これに対する周囲の反応は、概ね私と同じ。

「…胡散臭い二つ名」

「伝説の殺し屋、はははは!意味わかんねぇ~。」

「しかも息子とか!」

―なんて馬鹿らしい。そう思った。

…しかし、

「…お姉さま?どうかなされたのですか?」

「あ、ああ。雪ちゃんか。今日も可愛くて何よりね」

 その夜、お姉さまはすっかり疲れた様子でお仕事から帰ってきた。…これは非常に珍しいことだ。時々お嬢様の罰、とやらで少し疲れた様子で帰ってくることはあっても、これ程ヘトヘトになって帰って来ることはほぼ無い。

…他にも何かあったに違いない。

だから私は、興味本位で何かあったのか、と聞いたのだ。

すると、

「『伝説の殺し屋の息子』なんてふざけた経歴の奴にしてやられたのよ~」

「…!?」

私は驚きを隠せなかった。今日訓練所で話が上がった『伝説の殺し屋の息子』がお姉さまの口から出てきたからだ。それだけに留まらず、

「…してやられた、とは?」

 私の問いを境に、ベラベラと愚痴るように『伝説の殺し屋の息子』の武勇伝が語られる。

1キロ離れた場所からの狙撃を避け続ける、あの並のテロリスト集団なら素手で制圧してしまうという噂の大悟様を赤子のようにあしらった…。

とても信じられなかったが他でもないお姉様が言う事だ。…嘘であるはずがない。それを聞いた私は、すぐに家を出て、教官室を訪れていた。

「まあ。立候補者もいないだろうしお前の成績ならまず大丈夫だろ。トップ連中はこんな研修の話なんて気にもしてないだろうしな…」

そう言って教官は私を訝しげに見る。言外に、真意が分からない、と言っているのだろう。

しかし、そんなことは心底どうでも良い。

「…私には必要なことだと思ったんです」

「まあ、そこまで言うなら止めはしないが…。お姉さんの名前に傷をつけるようなことだけはするなよ~?」

「…失礼します」

 私はそれには答えず、立候補に必要な書類を提出して教官室を後にした。

教官の言う通り、上は書類提出から一時間もしないうちに私を選出した。

 ―そして、あの朝、私はワクワクしながらその家の前に立っていた。

…どんな人なのだろう?そのことで頭が一杯だった。時刻は朝7時。

…少し早過ぎ、かな?私はそうして時間を気にしながら扉が開かれるのを待った。…しかし、なかなか開かれない。準備に手間取っているのかな?

 現在時刻8時。…もう少し待ってみよう。さらに待つこと20分。

…もしや何かあったのか?一瞬躊躇ったが、家に強行に侵入することに決めた。そうして、玄関のドアノブに手を伸ばすと、

「…?」

鍵が開いている。…迷っている暇はない。伝説の殺し屋の息子、鳴神正樹の安否を確認しなければ!一気にドアを開いて侵入。腰のホルダーからハンドガンを抜き取り即座に警戒。…異常無し。確か、事前情報として渡された資料には、鳴神正樹の私室は二階と書かれていた。一応玄関で靴を脱ぎ、侵入してすぐに視界に入った階段を上る。上り切るとすぐ目の前に壁があり、両側にドアを確認できた。

「…正樹、の部屋?」

 ドアの一方にご丁寧にそんなドアプレートが下げてあった。…ゆっくりと深呼吸。ハンドガンのマガジンを確認。…良し!一気にドアを開けハンドガンを構えて…絶句。

「…寝てるし」

 少し年上だろうか?私とそう年齢が変わらないであろう少年が気持ちよさそうに寝ていた。

―これが、私がコイツと出会うまでの経緯だ。

 この後、あんまりイラッときたから踏んづけてやろうと思ったんだけど…。何をされたかも分からずに足の関節を決められたんだっけ。別格だと思わされたのはこの時だけでそれ以降はただの同年代の少年だった。

…そうなのだが

「ほらほら~、雪ちゃん~、こっちでちゅよ~?」

「この!」

 私の周りをちょこまかと五月蠅い奴に回し蹴りをお見舞い。…自慢じゃないが私の格闘術は訓練所でもトップクラス。少なくとも…

「…嘘」

「弱いでちゅね~」

 指先一本で止められる代物ではない。…今一度コイツとの格の違いを思い知らされていた。…強い。

「おら!止まってんじゃねぇぞ!」

「!?」

蹴りをそのまま鷲掴みにされ、体重を支えていた足を払われる。

「きゃ!」

「止まるなって言ってんだろ?力でもスピードでも劣るなら手数と戦略で勝負しろ。あと、あんまりこんなことは言いたくねぇがお前は女の子だ。武装前提とした戦闘スタイルを勧める。お前の動き方はスピード重視だからやっぱりハンドガンとか小型ナイフだな。…取りあえず、やってみろ」

「え?こ、これは組手でしょ?殺傷能力のある武器なんて危険」

「コイツを使え」

「?」

彼に渡されたのはボロボロのハンドガンとナイフ。

「これは?」

「弾はペイント弾、ナイフは刃がボロボロで切れない鈍だ。ソイツらを使って俺に攻め込んでこい」

ペイント弾はともかく…

「い、いくら鈍でも全く殺傷能力がないわけじゃ」

「んな心配は俺に一発でも当ててからしやがれ!」

「…上等!」

私は彼に与えられた武器を手に再び彼に攻め込む。

『俺がお前をガッツリ鍛えてやる!お前のライバルなんて相手にならない位までな!』

…ああ言われた時、私の中で破裂寸前だった何かが一気に暴発した。

―私はこの時、理解者を得たように感じてしまった。勿論、コイツは私の事情なんてこれポッチも知らない。だから、私が勝手にそう感じてしまっただけだ。しかし、偶然とはいえこの人は『私の目的に協力してくれる』そう言ったのだ。それがどうしようもなく嬉しくて、涙してしまった。

…ずっと、一人だったから。

「ほらほら~?、武器を使っても当てられないのか?」

「うっさい!舌噛むわよ!」

「ほ~、誰が舌を噛むって?」

「い、いひゃい…」

顎を下から軽く指先で突かれて、こちらが舌を噛まされてしまった…。

「こ、このぉぉぉ!馬鹿にしてぇぇぇ!」

「お~、怖い怖い」

…ちょっとムカツクけど実力は確かだ。…コイツに決めた。私はコイツの下で強くなってやる。そして絶対にアイツらを見返してやる!

―桜庭雪view END―


「それで、相談って?」

「あ、ああ」

ゴージャスな晩御飯を俺、姫、雪ちゃんでご馳走になり、現在私室。

俺は年下の女の子に相談を持ちかけていた。

「姫って、何か欲しいものとかあったりするの?」

「…お嬢様~!鳴神正樹がお嬢様に聞きたい…んん!?」

…速攻で口を押さえつける。

「コンコン」

数秒後、俺達の部屋がノックされる。

「正樹くん?どうかなさいましたか?今雪ちゃんの声がして、私に聞きたいことがあるとか何とか…」

扉越しに姫の声が聞こえる。

「あ、ああ。姫って好きな食べ物とかあんのかな~?って思って」

「好きな食べ物、ですか?…強いて言うならドナーツ、とかでしょうか?甘くて大好きですよ♪」

「そ、そうか!参考になったよ!」

「はい♪では、失礼しますね。」

「あ、ああ。また明日な!」

「はい、お休みなさい、正樹君♪」

扉の前から遠ざかる足音を確認。そして、扉を開いて、閉じる音も確認。

「ふぅぅ~」

「…んぅ!」

「さて姫の好きなものはドーナツらしいな。それじゃあ明日こっそりドーナツでも買っ」

「んんん!」

「…あ、すまん」

俺は雪ちゃんの口から手を放してやる。

「ぷはぁ~、…ちょっと!何で私が口を塞がれなきゃいけなかったの!?」

「…それもそうだな」

…口を挟まれては面倒だから、とは言わな

「…危ないだろ?」

「…何かむしゃくしゃしたんだもん」

「…お前は未成年犯罪者か」

俺は目つぶしを放とうとしていた雪ちゃんの手首を拘束した。

すると、そのままの状態で雪ちゃんが口を開く。

「…ドーナツなんて貰い飽きてるわよ?」

「え?」

「お嬢様の好物なんて誰もが調べてることだし、お嬢様は如月グループの令嬢なのよ?生半可なドーナツじゃ話にもならない」

…少し考えれば分かることだった。姫はお金持ちのお嬢様、つまり、誕生日のプレゼントの規模は、一般庶民の比ではない…。

「去年は別荘とか高級車とか、プライベートビーチ、なんてのも貰ってたわね。ドーナツも貰ってたみたいだけど世界でも有名なパティシエに作らせた超一級品だったわよ?」

「…おーう」

蓄えが無いわけではないが、そんな規模のプレゼントを用意できるほどは無い。…そんなプレゼントと肩を並べるようなものなんてとても

「…どうしよう?」

「…仕方ないわね。ちょっと待ちなさい」

そう言って雪ちゃんは携帯を取り出す。

「誰に電話するんだ?」

「いいから黙って見てなさい」

頼みごとをしているのはこちらなのだ。

「…はい」

黙って見てろと言われればそうするより他ない。

俺はベッドの上に正座で待機。

「…もしもし?お姉さま?…はい、元気です。…その点は心配ありません。鳴神正樹は自称紳士ですし、もし何かされそうになったら悲鳴を上げて隣の部屋のお嬢様に助けて頂きますので。…はい。それでですね、お嬢様がして欲しいこととか…」

…本題に入るまでの会話に物騒なものが含まれていた気がするが気にしない。

第一、こんなドロドロネチネチ傲慢美少女に俺が発情するわけが…

「パシッ」

「…」

華麗な回し蹴りを腕でガード。…はぁ。

「…はい、ありがとうございました!」

通話を切って俺に視線を合わせる。

「分かったわよ?」

「何がだ?」

「お嬢様が貰って喜ぶ、アンタみたいな甲斐性無しでも用意できるプレゼントよ」

…何も言うまい。今回は助けてもらっているわけだからな。

「殊勝な心がけね♪」

「…ちょっと待て。今何に答えた?」

「あら?ホントね?私、今何に答えたのかしら?」

…もうコイツと話す時、鍵括弧とか要らないんじゃねーの?

「そんなことはどうでもいいわよ。それよりお嬢様のプレゼント、の話でしょ?」

「あ、ああ。そうだな。で、それは何なんだ?」

「…教えてあげてもいいけど~」

何てワザとらしいあざとい態度!

汚らわしい!…なんて言えない俺は素直にネゴシエイトに突入。

「…はぁ~、何だよ?言ってみろ?」

俺が要求を言うように促すとホントに嬉しそうに笑う雪ちゃん。

そして…


「…なぁ?」

「何~?」

「…何でもない」

…コレ、楽しいか、と聞こうとしてやめた。足を上機嫌にパタパタさせているのだから、聞くまでも無い。

現在、俺たちは二つ並べてあるベッドの片方に二人して腰かけ、

…ババ抜きをしていた。二人で…。

「ババ抜きって一回やってみたかったのよね~♪」

「あのな?ババ抜きってのはな、もう少し大人数でやるトランプゲームなんだぞ?」

「あら?二人じゃできないの?」

「…んなことは無いが」

「じゃあ、いいじゃない♪」

…まあ、いいか。コイツ、メチャクチャ楽しそうだしな。

交換条件としてコイツが提示してきたのが…

「それじゃあ私とトランプゲームで遊んで!」

―だった。聞くところによるとコイツはババ抜きを始めとずるトランプゲームを一度もやったことがないらしい。

「…お前、友達いないの?」

俺も人の事言えた質ではないが…。

「う、うっさい!やるの?やらないの?どっち!?」

「やるやる」

…友達、いないらしい。こんな所にも俺の同士が居たとは…。

という訳で現在20戦目。…戦績は俺の圧勝。

こんなことで目的が達成できるなら安い物だ。

俺は彼女がこちらに向ける手札から、クローバーのJを抜き取りながら質問する。

「お前、忘れてないよな?」

「何を?」

雪ちゃんは俺の手札を凝視。そして、ジョーカーに手を掛け、引き抜く。

続いて、俺は彼女の手札からスペードのAを引き、お?揃った。

「何をって、姫のプレゼントの件だよ」

「あ~、…もう!、あんた私の手札見てんでしょ?」

「見てねーよ」

…コイツ馬鹿だ。二人でババ抜きやったら相手の手札なんて丸分かりなのにも関わらず、互いのカードの動きにいちいちリアクションしている。…アホ可愛い。

おっと、今はそれ所ではなかった。

「いい加減教えろよ!」

「…5月6日」

「…はぁ?」

何?姫は5月6日が欲しいのか?

…もしかしてアレか?5月6日アイツが誰か大切な人を失ってその日ひ帰りたい、とかいう訳か?

俺に、BACK TO THE FUTURE しろって?

それとも Hacking to the Gateか?

いずれにしろ、無理だわ!

「私の、誕生日…。覚えておきなさいよね!」

…はぁ?

「お前の誕生日なんて聞いてねーよ?」

「ふん!今教えたもんね~、期待してるわよ♪」

あぁぁぁ!?コイツ!?

「あぁ!お前汚ねぇぇ!8月31日俺の誕生」

「あーあーあー、何か声の調子おかしいわね?風邪かしら?」

「おま…!?」

クソッ、コイツ人に誕生日を教えることの意義を完全に把握してやがる。

人に誕生日を教える=誕生日プレゼント期待してるからね♪ の公式を用いてくるとは…。

「やったぁぁぁぁ!あがったぁぁぁ!」

「…あ」

なんて、くだらないことに気を取られているうちに、決して負けるはずのない戦いに負けてしまった…。

「ふ、不覚!」

「ふふん♪…お嬢様、遊園地に行ったことがないんだって。」

やっと本題か…、長かった。

「へぇ~、ソイツは意外。遊園地を貸し切る勢いだと思ってたからな」

そこで珍しく雪ちゃんは悲しそうに顔を歪める。

「…お嬢様にはいつでもどこでも危険が付きまとうの。遊園地なんて行ったら、お嬢様を狙う連中の良い的じゃない」

「だから、遊園地を貸し切って行けば」

「それがアンタにとっての『普通に遊園地で遊ぶ』ってこと?」

「…」

…なるほど。遊園地を貸し切って、護衛を侍らせて通園地に行くのを一般的には『普通』とは言わないだろう。つまる所、

「…姫は普通に遊園地を楽しんでみたい、ってことか?」

「…察しがよろしいことで。普通の人が普通にできること、たったこれだけのことができないのが今のお嬢様の状況なの。…でも」

「俺なら、させてあげられるかもしれない」

雪ちゃんが黙って俺の言葉に頷いて続ける。

「最小限の護衛でお嬢様の通園地訪問をサポートするのよ」

…ふむ。となれば、その護衛は姫とある程度親しい奴が良いな。

「…三人だ」

俺は一瞬で三人の該当者を選出する。

「はぁ?三人は流石に少なすぎるわよ!手が足りな」

「俺が、何とかする。その三人は俺とお前とお前の姉さんだ」

外敵からの攻撃は俺に一人で対処できる自信がある。

後は、万が一の時の連絡要員と、もしもの時の保険があれば十分だろう。

俺の中では完璧な布陣なのだが、どうも雪ちゃんは納得できないらしい。

「…アンタの実力は今日一日で分かった、それでもそれは無謀過ぎるわ。何百何千の人の群れの中でお嬢様を守れるわけがない。…ラッキーは絶対にないわよ?」

…ラッキー、それはつまり、誰も姫を襲ってこない、ということ。

―そんなことは百も処置。

「何があっても守るさ。俺を誰だと思ってる?」

俺は『最強の殺し屋の息子』、それが荒事である限り、大抵なことは成し遂げる自信がある。

「…はぁ~」

物凄く長い溜息を吐く雪ちゃん。

やがて、諦めたように口を開く。

「…分かったわよ。協力してあげる。お姉さまには私から言っといおくわ」

「恩に着る」

「でも、私がその三人の内の一人って言うのは納得できないわ。…悔しいけど今の私じゃアンタとお姉さまの足手まといにしかならない」

お前は連絡要員だから別に気張る必要は無いのだが…。

それに…

「変更はない。目的は『普通に遊園地で遊ぶ』ことだからな」

雪ちゃんならきっと、姫の友達として姫と一緒に遊園地を楽しんでくれるはずだ。

「…何言ってんの?」

まあ、それをコイツに話したら、『私居る意味ないじゃん!やっぱり他の人を』とか言い出しそうだら黙っておこう。

…単純に俺が、このメンバーで遊園地に行きたい、と思ったのは絶対に秘密だ。

と、一瞬金髪の俺の人生で最初の友達の笑顔が脳裏を過ぎる…。

…まあ、今回は危険が付きまとうから、また次の機会にでも誘えばいいか。

とにかく…

「姫の身近な人間が護衛じゃなきゃ今回の目的は達成できん」

―要はそういう事だ。

俺が自信満々で雪ちゃんを見つめる。

すると、

「…どうなっても知らないわよ?」

やっと折れてくれた。

「どうもならんから大丈夫だ」

「それは分かったけど、お嬢様は自分の立場を嫌と言うほど自覚なさってるから、そもそも一緒に行ってくれるかもどうかも怪しいんだけど、そこは大丈夫?」

「…何とか?多分…、恐らく…、大丈夫だ?」

「…急に自身消失しないでよ」

最大の難関とも言えるかもしれんが、これには有効な手段がある。

…適応範囲内だと良いんだが…。


 翌朝、朝食の席で昨日雪ちゃんと話した計画を姫に申し出てみた。

「お気持ちは嬉しいのですがそれはお断りさせていただきます。私がそんな人の集まる所に行ってしまっては、もしものことがあった時に、一般の方々に多大なご迷惑を掛けてしまうことになります」

…予想通りの解答。

雪ちゃんが視線で、どうすんの?、と訴えてくる。

…できれば使いたくはないが仕方無い。

「…俺は如月姫との遊園地デートを報酬として望む」

「…私ができる範囲で、という条件をお付けしたつもりでしたけど?」

「…」

 これで、条件に合わないからダメ、と言われれば終了である。

しかし、如月さんは本当に真面目な人だ。この程度のことを断ることは恐らく…

「…はぁ。それを持ち出されては仕方ないです。特に、え、エッチなお願い、という訳ではございませんし…。それに、正樹君が命を賭けている時点で私もそれに見合ったものは与えてあげたい、というのもあります」

「よっしゃ!」

思わず、そんな本音が口から零れてしまう。

雪ちゃんは心底意外そうに、瞳を見開いて姫を見つめていた。

そんな俺達を見つめ、姫は神妙な顔付きで告げる。

「ただし、もし周囲に多大な迷惑を掛けてしまうことになれば、申し訳ありませんが今後はこの手の報酬はお断りさせていただくことにします。よろしいですね?」

「…ああ」

失敗したら姫は身も心も籠の鳥、ってわけだ。…気張って行こう。

「では、いつにしましょうか?」

…お?案外乗り気?

「姫の都合に合わせるが?」

しかし、表情からは楽しみにしている、という感情は読み取れない。

飽くまで事務的な調子だ。

「それでは二日後、今週の日曜日にしましょう」

「了解だ」

…通園地に遊び行く約束をしているのに、少しも楽しそうなオーラを発することができない俺たち。仕事の話をしている、と思われても仕方のないテンションだ。

「はぁ~」

そんな俺たちを見て、隣の席で雪ちゃんが溜め息を吐いてトーストを口に放り込んだ。


 その後、俺たちは登校。道中これといった危険はなく、無事に学校に辿り着いた。午前中の授業をこなし、迎えた昼食タイム。

同時に後ろの席から鈴の声。

「では、参りましょうか?正樹君?」

「あ、ああ、ひ、姫」

…こんなカップルな感じに慣れろと?

高校に入るまで友達もいなかった俺が、彼氏?

…当分、慣れる気はしない。

そんな張りぼて彼氏な俺だが、周囲はすっかり姫の彼氏だと認識したようで…、

「…アツアツだな?」

「どうして鳴神なんだよ!?」

「…滅びろ」

…と一応は公認カップルとして受け入れられたらしい俺達。

 クラスの野郎共の怨嗟の声を浴び、俺は姫にぎこちなく笑いかける。

すると、姫もニッコリと微笑み、立ち上がった俺の腕に自分のそれを絡めてくる。

「…お、おい?やり過ぎなんじゃ?」

…色々と柔らかい感触が腕を刺激してるんです。

絡んでくる腕だけでもイケない気分になるのに、女の子の体で一番柔らかいであろう究極の存在も確かに押し付けられていて…。

もうどうにかなってしまいそうです。

「…これくらいでいいんです♪」

そんな俺の気も知らず、語尾を撥ねさせながら俺の腕を引っ張る姫。

―今のやり取りから分かったこと、それは姫が上機嫌、ということだ。

…遊園地、楽しみなんじゃん。

「ふふ、ふーん♪」

鼻歌まで口ずさみながら俺の腕を引く姫は、年相応のどこにでもいる可愛い女の子でしかなかった。腕を引かれるまま、教室を後にしようとすると、見知った声が混ざる会話が耳に入る。


「…今日は二人で、という訳には行きませんか?」

「うーん。確かに昨日の今日でマリアがあの二人と同席するのは不味いかもだね…。でも、私はいつもアイツらと食べてるから、急に断ったら面倒くさくなるんだよね…。」

「…分かりました。今日は一人で食べます」

「…ホントにごめん」

「ううん。葛西さんには葛西さんの事情があるのは当然です。お気になさらないでください」

「…うん、でも、ホントごめん。明日は一緒に食べようね!」

「はい」


…藤沢さん、大丈夫か?

「正樹くん?」

教室を出る直前で足を止めていた俺を、心配そうに見上げてくる姫。

「…姫?今日はもう一人誘っていいか?」

「え?あ、はい。別に構いませんがどなたです?」

「藤沢さん」

そう答えると姫は教室に目を走らせ、溜め息を吐いて一人机の上にお弁当を広げる藤沢さんを見つける。

そして、俺に視線を戻し苦笑い。

「お優しいですね♪」

「まあ、一応友達、ってことになってるからな。気になっちまって…」

「分かりました。では、声を掛けに参りましょうか?」

姫はニッコリと微笑んで了承してくれた。

「ああ」

俺たちは踵を返し、藤沢さんの席へ。

「藤沢さん、一緒に飯食おうぜ?」

そう声を掛けると、俯き気味だった藤沢さんの視線が俺たちを捉えて、その瞳が驚きに見開かれる。

「鳴神くんと如月さん!?」

…そんな驚かんでも。

「ああ」

「はい♪」

「どうして!?」

「飯、今日は一人なんだろ?たまには俺たちとどうだ?」

藤沢さんはそう俺が声を掛けると、ぱぁと花が咲いたように嬉しそうにしてくれたが、それも一瞬。

すぐに、顔を俯かせてしまう。

そして、ボソボソと呟く。

「…嬉しい申し出ですが、お二人のお邪魔になってしまいます」

「そんなことないですよ?藤沢さんは正樹君とお友達なんでしょう?だったら私とも仲良くして頂けたら嬉しいです」

遠慮する藤沢さんをやや強引に誘う姫。

俺もそれに便乗することにする。

「寂しいこと言うなよ?二人で教室を綺麗にした仲だろ?」

それでも、藤沢さんはやはり悩む素振りを見せたが…

「で、ではご一緒してもよろしいですか?」

何とか、一緒に食べてくれ気になってくれたらしい。

「良し!それじゃあ中庭に行こうぜ!」

俺は藤沢さんに手を差し伸べる。

「はい!」

嬉しそうに俺の手を取る藤沢さん。

…とりあえず、彼女に一人ぼっちの寂しい食事をさせることは回避できたらしい。俺はそのまま彼女の手を引いて中庭を目指そうと歩き出す…。

「…あんまり彼女の前で他の女の子とイチャツクのはどうかと思いますよ?正樹君?…あんまりそういう事してると、去勢しますよ♪」

その時、ジャッジメントプリンセンス再臨…。

俺は慌てて藤沢さんの手を放す。

「「す、すいませんでした!」」

俺と藤沢さんが見事にハモった。

「うふふ♪冗談ですよ、…冗談♪」

…冗談だった、そう思った方が精神衛生上、都合がよろしいのでそういう事にしておこう。

そんな彼女を見た藤沢さんが小声で俺に尋ねてくる。

「…如月さんって怖い人なの?」

「…そ、そんなことはないぞ!?逆らわなければな…」

「ほら、中庭に行きますよ?正樹くん?藤沢さん?」

「は、はい!」

 先頭を歩き始める姫に、慌てたように付いていく藤沢さん。俺もそれに続こうと一歩を踏み出そうとすると、また話声が聞こえてくる。


「…何?あの娘?」

「…付き合い悪くない?」

「たまにはいいじゃん!マリア、あの二人とも仲良いみたいでさ~。今日はあの二人にお昼誘われてたんだってさ!」

「…ふ~ん」


それは藤沢さんと良く話をしてる女子と、その友達の計三人のただの雑談なのだが…。

「藤沢さんがあんな連中と?…雲行き良くね~な」

俺は一人そう呟き彼女らの後を追うことにする。

「何かあったんです?」

「どうかしたんです?鳴神くん?」

教室から出てすぐの所で、二人から同時に質問をぶつけられる。

俺は思わず藤沢さんを見てしまう…。

「…藤沢さん?」

余計なお節介、なのだろうが…。

「は、はい?」

「何か困ってることとかない?」

―言わずには居られなかった。

「大丈夫です」

ほぼ間をおかずに即答してくる藤沢さんに俺は違和感を覚える。

「…そうか」

「はい」

真っ直ぐに藤沢さんの目を見つめたが、すぐに逸らされてしまう...。

「どうしたんですか?突然?」

俺から視線を逸らしたまま、藤沢さんは問い返してくる。

…まあ、俺にできることもないだろうしな。…友達経験値0ですもん。今の俺にできることは悔しいが、ない。

―そして何より彼女がそれを望んでいないようだった。

だから、俺は取り繕う。

「いや~、またクラス委員の仕事とかで困ってないかな~、とか思って」

「今は大きな行事も無いですし大丈夫ですよ。でも…、必要になったら声を掛けさせていただきますね!」

「…ああ」

少し悔しいが、これは俺の入り込めるようなことではないようだ。

「お腹減っちゃいました~、急ぎましょ♪」

そう言って、今度は藤沢さんが前を行く。

「…正樹くん、藤沢さんが何か?」

気付けば、藤沢さんの背中を見つめる俺の隣に、姫が立っていた。

「…いや、俺の気のせい、だ」

「そうですか♪」

笑顔でそう答える姫に、俺は少しイラッとしてしまう…。

「…何で嬉しそうなん?」

俺が姫にそう言うと笑顔が一転、真面目な顔で姫が言う。

「…いくら正樹くんが『最強』でもそれは単純な暴力の面でのみです。それしか持たない正樹くんが彼女にしてあげられることは何もありません。それを自覚なさっていたようでしたので…。正樹君がただの偽善者でなくて良かったです♪」

 …姫は恐らく藤沢さんの事情を知っている。別段、それを不思議に思うことはない。何と言っても如月グループご令嬢、なのだ。一個人の情報など容易く入手できるのだろう。クラスメイトの好きな食べ物から人間関係程度など全て把握済み、ということなのだろう。

それは良いのだが…

「偽善者て…、言う事厳しくないか?」

姫らしからぬキツイ物言いに、俺は内心の動揺を隠せない。

「褒めてるんです♪ほら、行きますよ?」

「…いい加減腹も空いたしな」

意外な姫の一面を目の当たりにしたものの、彼女がまたいつもの調子に戻ったので俺もその流れに乗って、話を合わせる。

そして、二人で前を行く藤沢さんの後を追う。

藤沢さんはに追いつくと、彼女は中庭のあちこちに向けて視線をキョロキョロとさせていた。

「え~と、どこで食べる?」

「普通にそこのベンチで良いんじゃないか?」

「いつもの定位置ですね♪」

そんな藤沢さんの問いかけに俺と姫が答え、三人で昨日姫と二人で昼食を食べたベンチを目指す。

「良し!飯にしよう!今日の弁当はなんだ?」

俺はそう勇んでドカッとベンチに腰掛ける。続いて俺の右に姫、左に藤沢さんが座る。

「今日は和風ハンバーグにチャレンジしてみました♪」

同時に、カップルになって二日目とは思えない自然な動作で俺に弁当箱を差し出してくる姫。

「ほーう。頂こう」

我が物顔でそれを受け取る俺…。

…いや?これは周囲に俺達をカップル認定してもらうための偽装工作だからね?

だとしても、嬉しいことには変わりはないのだが…。

なにせ、姫のお弁当は全て手作り。冷凍食品や前の日の晩御飯が入っていたり、ということは一切ない

…それがそこはかとなく嬉しい。

そんな俺達を見ていた藤沢さんが何を思ったのか…

「あ、あの!私のお弁当には卵焼きが入ってるの!」

なんてことを言ってくる。

「ほーう。頂こ、じゃない。そ、そうなの?」

…危うく、受け取ってしまう所だった。

「は、はい!そう、なの…」

藤沢さんが何故か俺に自分のお弁当の中身を暴露し、顔を真っ赤にして俯く。

「ふ、藤沢さん!?」

…ホント、どうしたんだろう?

「う、ううん!何でもないの!」

そこで、鈴の声が会話に混ざる。

「卵焼き、ですか。良かったら今後の参考のために一口頂いてもいいですか?」

「え?あ、はい!どうぞ!」

「では、遠慮なく頂きますね♪」

そう言って藤沢さんのお弁当から卵焼きを頂戴する姫。

その間、綺麗な所作で口元まで運ばれる卵焼きを呆然と俺は眺めていた。

「うん!おいしいですね!藤沢さんは甘い派なんですね!私はしょっぱい派なので甘い卵焼きは食べたことがないんです。ですから、とても参考になりました。正樹くんもどうです?」

…正直、物凄く興味がある。

「甘い、のか?」

「そ、そうだよ!甘いんだよ!」

そんな俺の素朴な疑問に答えてくれた藤沢さんが、俺に弁当箱を掲げてくる。

ポテトサラダに蛸さんウインナー、プチトマトにブロッコリー、そして卵焼きというこれぞお弁当!、といったラインナップである。俺は姫から箸を貰うと、藤沢さんの卵焼きにそれを向ける。

因みに、我が家もしょっぱい派だ。故に、これはプチ未知の遭遇…。

俺はまだ見ぬ新大陸を目指すパイオニアになった気分で藤沢さんの卵焼きを口に放る。

「それじゃあお言葉に甘えて、頂きます!」

「はい!どうぞ!」

卵焼きを口に含んだ途端の違和感。

普段しょっぱい卵焼きしか食べないので一瞬驚いたが、それも一瞬。

…これは、普通においしい。

「ど、どう?」

藤沢さんが不安そうな顔で恐る恐る俺に感想を求めてくる。

だから、俺は堂々と答えてやった。

「美味い!おかずと言うよりもお菓子みたいだな!」

「良かったです♪もう一つどうです?」

不安に曇っていた顔は一瞬にして晴れ渡り、俺の目の前には笑顔の花が咲いていた。

「お、おう?でも藤沢さんの分をこれ以上」

「いいの!私ダイエット中だから!」

「そ、そう?それじゃあ」

…お言葉に甘えて頂こうかな?

「正樹くん?調子に乗ってませんか?」

とここで、俺と藤沢さんのやり取りを黙って見ていた姫がここで口を挟む。

ちょっと拗ねたように頬を膨らませてこちらを睨みつけている。

「…正樹くんは誰の彼氏なんです?」

「姫の彼氏です!」

仮初カップルの信憑性を高めるための演技なのは分かっているが…。

嫉妬してくれる姫さんマジ女神。

俺が胸にこみ上げてくる男の本能的な感情を噛み締めていると、藤沢さんが俺に助け舟を出してくれる。

「正樹君を怒らないであげて!私の配慮が足りてませんでした…。ごめんなさい、如月さん!」

これには流石の姫もタジタジ…。

「い、いえ!藤沢さんは、悪くないないのでお気になさらないでください!」

俺が悪いということで終結を迎えた…。

まあ、それは良しとして、だ…。

「…おいおい。あの庶民、女の子を二人も侍らせてるぜ?」

「ホントだ~。あれ?片方の子って如月さんじゃない!?」

「何だよ?お前そんなことも知らなかったのか。あの二人付き合ってるらしいぜ?」

「え~?あんなパッとしない奴のどこがいいのかしら?」

「てか、如月さんを袖にしてアイツ、他の女の子にも手出してんじゃね?」

「うわぁ~、最低~」

「…もう一人もレベル高くね?」

…先日、姫と二人で昼食を食べてる時も周囲は騒がしかったが、それの比じゃないほど騒々しいことになっている。

「…ちょっと騒ぎ過ぎた」

これは些か目立ち過ぎでは?

と俺は思うのだが…

「これくらいで丁度いいんですよ♪」

我が麗しの女神にしてみれば大したことではないらしい…。

「お二人とも?何のお話ですか?」

俺達の話題に付いてこられずに、置いてきぼりをくらっていた藤沢さんがそんな質問をしてくる。

…これはどう答えたもんか?というか、藤沢さんになら俺たちが偽装カップルである事を伝えても良い気が…。

なんて俺が思考していると、先に姫が口を開く。

「正樹くんが私との関係を知られるのが恥ずかしいとおっしゃるので諌めていたんです」

…あれ?そういう話でしたっけ?

しかし、それを信じ込んだ藤沢さんは整った眉を怒りに歪め、俺を叱りに掛かる。

「鳴神くん?そんなこと言ったら如月さんが可哀そうじゃないですか!きちんと彼氏としての自覚を持って堂々と胸を張ってください!」

「りょ、了解であります!」

「よろしい!」

まあ、良いっか…。

藤沢さんがムッと眉を寄せたしかめ面から、優しい微笑みへと表情を変え、今度は姫に話しかける。

「如月さん?彼氏として鳴神くんはどうです?ちゃんとしてますか?」

「藤沢さんはいつから俺のお母さんになったの?」

「私のお友達が人様にご迷惑を掛けてないか心配で」

「それ友達としての発言ではないよね?」

「それでどうなの!?」

…無視ですか。

どうやら、俺に藤沢さんを止めることはできないらしい…。

彼女の問いかけに、嬉々として答え始めてしまう姫…。

「そうですね~。これと言って不満はありませんが…。強いて言うなら、やはり女の心をもう少し配慮した言動を心がけて欲しいですね。あと、ちょっと歩くペースを落としてくれると助かりますね。それと、お弁当の感想がいつもおいしいばかりではこちらとしても食べさせ甲斐がないですね~。きちんと感想を言ってくれれば今後の参考になりますし。正樹くんの好みの味にしてあげたいですから♪あと…」

「ちょっと強いて言い過ぎじゃない!?」

堪らず突っ込みを入れてしまう俺。

そんな俺を諌めるのは藤沢さん…。

「ダメだよ~、鳴神くん?こうやって自分に対する不満を聞かせてもらえる機会なんて貴重なんだから!ちゃんと全部聞いてあげて!大丈夫だから!」

何が大丈夫なのだろうか?

「…俺のライフはもう0なんだが?」

「それ以上減らないというのはむしろプラスだと思う♪」

…藤沢さん、絶対楽しんでるよね?

「では、私は屍に話しかけるように正樹くんに対する不満を上げて行けばいいんですね?」

姫も便乗しないで!?

「そうですね♪」

「では…」

…こうして俺の公開処刑が開廷し、それは弁当を食べ終え教室に帰るまで続いた。


 色々と疲れたが、お弁当のお陰で残りの午後の授業を乗り切ることはできた。携帯を確認するとメールが一件。

『早くしなさい。』

…せめてエクスクラメーションマークぐらい使ってください。まあ、待たせるのも申し訳ないのでさっさと姫を連れて校門へ向かうことにする。

「姫、もう帰れるか?」

早速、後ろの席の姫に声を掛ける。

「今日は私も正樹くんも掃除当番じゃありませんしね。帰りましょうか?」

「雪姫がご立腹みたいだからな。んじゃ、さっさと行こう」

「あらあら、そうなんです?」

クスクスと笑いながら鞄を持ち、席を立ち上がる姫。

「これではどちらがお嬢様なのか分かりませんね?」

「全くだ」

俺と姫は互いに呆れたように笑いながら教室の出口へと向かう。

途中、黒板に書かれた数式を消す藤沢さんを見つける。

俺は掃除に勤しむ友達を労うべく話し掛ける。

「お疲れ。藤沢さん」

「お疲れさまです。今日は掃除当番なんです?」

姫も俺に習い藤沢さんに声を掛ける。

「お疲れです!今日は葛西さんと三皆堂さんと遠山君と漆原君と」

藤沢さんは笑顔で俺達にそう答え、姫の質問に答え始めるが…

「…あ~、それ以上言わなくていいや。名前言われても全然分からん」

遠山?漆原?…ダレ?

「まあ、そうですよね~。私もまだ全員は覚えられていませんし…」

と藤沢さんも苦笑い。

とそこで姫が俺にジト目を向けながら口を開く。

「藤沢さん?正樹君は恐らく、私と藤沢さんぐらいしかきちんと認識してないですよ?」

「え!?」

…そんな大げさな。

「ろくに話もしないのに顔なんて覚えられるか?」

そんな驚くことか?俺が内心で面倒くさそうにしているのを読み取ったのか、

姫が呆れたように俺を見て言う。

「最初に自己紹介の時間が設けられたじゃないですか?」

「たったあれだけで覚えられるか?」

「はい♪」

…ハイスペック如月グループご令嬢にとっては、余裕らしい。

「姫にはできるだろうけど俺には…」

「…俺には、何です?」

…とても素敵な笑顔をしてらっしゃった。

「…善処します」

…正解だったようだ。

「よろしい♪」

「…お二人とも、本当に仲良しですね?」

そんな俺たちのやり取りを見ていた藤沢さんがポツリで呟く。

「そうか?普通だ、と思うぞ?」

自信無さ気なのは勘弁してもらいたい。

…だって比較できる経験が無いんですもの。

「ありがとうございます♪」

姫の方は普通に褒め言葉として処理したようだ。

「…羨ま…い…す」

「ん?」

あまりに小さな声だったので聞き取れなかった。

だから聞き返したのだが…

「い、いえ!何でもないです!では、私は掃除があるのでこれで失礼します!」

そう捲くし立てるように俺たちに言うと、藤沢さんは教室の隅の掃除用具ロッカーの方へ走って行ってしまった。

「…どうしたんだ?」

姫に意見を仰ごうと隣へ視線を向けると、彼女は掃除用具を漁る藤沢さんの背中をジッと見つめていた。

「…姫。もしかしなくても何かあるのは知ってるんだな?」

「はい」

何でもない事のように彼女は答える。

「…教えてはくれない、よな?」

「一応彼女のプライバシーに関わることですからね。簡単には教えられません」

「藤沢さんと大して話もしてないのに藤沢さんの事情を知ってる姫がプライバシーの重用性を訴えても説得力が無いが…」

「私はいいんです♪」

…良い笑顔である。

一転、真剣な眼差しを俺に向け姫は続ける。

「…それに正樹くんにできることは何もない、と先程も申し上げたはずですが?」

「…そう、だったな」

…それでも、友達が困っているのなら助けたい、そう思ってしまうのだ。

「まあ、まだそこまで深刻、という訳ではありませんから心配ないと思います。…それでは、ここで彼女の背中ばかりを見ていても仕方がないのでそろそろ帰りましょうか?」

話はこれでお終い、と言わんばかりにそう締めくくり前を歩き始める姫。

「…ああ」

俺はそんな姫にそう答えることしかできず、彼女の後を追って教室の出口へと向かう。

そうして、二人で生徒昇降口へ向かう道中、俺は自分なりに今の姫の発言の中で気になった部分について考えを巡らせる。

…姫はさっき『まだ』と言った。それは今後、藤沢さんが深刻な状況に陥る可能性がある、ということではないのだろうか?

「…なあ、姫?」

…そう考えると、ますますほっとけない。

「藤沢さんを助けてやってくれないか?、ですか?」

「…ああ」

俺がそう言ってくることはお見通しだったらしい。

「勿論、不可能ではありません。しかし、それが本当に彼女を救う、ということになるのでしょうか?」

…俺は今とても変な顔をしているのだろう。

彼女が言ってることの意味が分からない。

「藤沢さんは今困ってるんだからそりゃあ助けてあげた方がいいんじゃないのか?」

困っている友達を助けるのが間違ってるって、そう言いたいのか?姫は?

「では、今後、同じように藤沢さんが今の状況に陥った時、また私は彼女を助けてあげれば良いのでしょうか?」

「そ、それは…」

答えに窮する俺を一瞥し、姫は続ける。

「誤解しないでいただきたいのですが、私は藤沢さんが嫌い、という訳ではありません。むしろ好感を持てるほどです」

「だったら!」

助けてやればいいじゃないか、と続ける前に姫がそれを遮り続ける。

「なればこそ、です。彼女がこんな程度のことで折れる、とは思いたくはないのです。そしてたとえ、折れてしまったとしても彼女なら自分の足で立ち上がれる、私はそう信じています」

「…藤沢さんが姫の期待に応えられないことだって十分考えられる」

「たとえそうであっても、今ここで私が彼女を助けてしまったら、彼女は一生他人の力を借りなければ生きられないことになってしまいますよ?」

…そう、なのだろうか?

しかし、俺には、姫が言っているように、彼女の強さを信じて助けないが正解である、とはどうしても思えなかった。

「もう!いつまで待たせんのよ!」

…いつの間にか昇降口に到着していたようだ。

俺は雪ちゃんの怒りの回し蹴りを受け止める。

「…では、この話はこれでお終いです。良くお考えになって下さい」

つま先立ちになって俺の耳元で俺だけに聞こえるように姫はそう囁いた。

いつもなら女神の囁きだと思えただろうが、今は死神の囁きにしか聞こえなかった…。

「…ああ」

そう答えるのが、精一杯だった…。

「お嬢様?そんなキモ男にそんな接近なされては鳴神病に感染してしまいます!離れて下さい!」

俺のそんなシリアスな悩みを色んな意味で台無しにするのが雪ちゃんクオリティ…。

…っていうか鳴神病って。

「…俺の名前を冠するその病気はさぞ素晴らしい病気なんだろうな?」

しかし、ここで突っ込んでは奴の思うツボ。

…ここはボケさせてもらう!

「…え?何?もしかしてそれボケたの?それ、私が突っ込まなかったらアンタ、ただのナルシストになるわよ?…面白いからそれでもいいか」

「うぉぉぉぉぉい!?俺はボケる権利まで剥奪されなきゃいかんのか!?なぁ!?」

「そうそう。アンタにはそういう三流の突っ込みがお似合いよ♪」

このぉぉぉぉ!ドロォドロォネェチネェチ傲慢美少女がぁぁぁ!

「…!?」

俺は雪ちゃんの目つぶしを手首を掴んで塞ぎ、いつものように迫りくる弾丸…

じゃない!?

俺は慌てて自らの頭部に突き付けられた銃口を掴み、標準をずらす。

「…え~と?姫の周辺の監視はどうしたんです?というか…」

「部下に代わりましたのでご心配なく」

…皆さん、お気付きだろうか?

…桜庭姉こと花蓮さんの声だけがするというミステリーに…。

「お、お姉さま!?で、で、でもお姿が…」

雪ちゃんの動揺も無理も無い。

…そうなのだ。

俺は手の平に、見えない銃身の冷たい感触を感じながら問う。

「…これはどういうことですか?」

その問いに、花蓮さんは懇切丁寧に答えてくれた。

「試作装備の試験運用です。自分の姿を見えなくする装備を試して欲しいと開発部から頼まれてまして。…しかし、これは不良品ですね。アナタに気付かれてしまいました。」

「…ソイツはスゲー代物だ。花蓮さんの殺気が俺に向くまで気付かなかった。下手すれば死んでただろうし、何より今のが敵だったら正直ヤバかった」

「…アンタ、殺気って…。野生動物か何かなの?」

雪ちゃんが何やら言っているがそれどころではないので無視し、俺は続ける。

「…そんな兵器、初見ですが?」

「それはそうです。それは如月グループが独自に開発している物ですから」

俺のそんな疑問に答えたのは姫だった。

「…そんなこと言っても、技術の漏洩の可能性を考慮すれば、独自、なんて言い切れるわけがなくないか?」

俺は姫に更に質問を浴びせる。

しかし、姫は余裕の表所で言い切る。

「安心してください。その兵器の技術は如月グループが独占しておりますので」

「…他の国で開発に成功している可能性は?」

「ありません」

「なぜ言い切れる?」

「この手の最新技術の情報は全て、私の母が自分の脳に保存しているからです」

「…は?」

武器の設計図だぞ?そんなことできる訳が…

俺がそれを口に出す取り早く、姫が先に口を開く。

「母は武器開発の第一人者でして。革新的な兵器を独自に何個も開発しているのですが、その技術をデータにすることや、他の人間に提供することを一切していないのです。後継者すら作ろうとしないのは些か問題ではありますが…」

それが本当だとすれば、確かに…

「…この上ないセキュリティかもしれんが、そのお母さんが狙われた場合はどうする?」

「警備は私の数倍の規模ですので、核弾頭でも落とされない限りは大丈夫です♪」

…まあ、姫がここまで言うのなら大丈夫なのだろう。

それに、

「…俺が今まで聞いたことも無かったしな。取りあえず納得した」

世界中の数多の戦場を、父さんと一緒に渡り歩いた俺が知らないのだ。

情報のガードは完璧、だと思われる。

「はい♪」

笑顔の姫を見つめながら俺は少し反省する。

…この世にこんな兵器がある可能性を考えてなかった…。もう少し神経を研ぎ澄ませておいた方が良さそうだ。

「それはそうと、桜庭さん?」

俺の質問を悉く撃ち落とした無敵戦艦姫が、新たな標的を見つけたらしい…。

「はい?」

「…今正樹くんが見えない何かを掴んでいる手の形が、筒の様なものを掴んでいるようになっているんですが…、まさか銃口ということはありませんよね?」

「…まさか!そんなことあるわけないじゃないですか?」

そんなリアクションしたら自白してるのと一緒ですよ?花蓮さ~ん!

如月さんが無言で指を鳴らすと例のメイド隊が現れる。

…女子生徒の中に隠れてたのか。

 見事な早着替えで女子生徒からメイドに早変わりしていた。

因みに、ここは生徒昇降口なので、一般生徒の視線が一気にこちらに集中してくる。

「こんな派手な事して大丈夫なのか?」

「大丈夫です♪何かあっても握り潰します権力で♪」

「そ、そうですか」

 ホントに怖いお方だ。呼び出されたメイド隊に目を向けると、その内の一人がゴーグルのようなものを掛けていることに気付く。

俺がそのゴーグルを凝視していると、姫がニコやかに解説をしてくれる。

「…正樹くんが心配するのも無理のないことですし、いくら母の頭の中にしか情報が存在しないとしても、万が一も有り得ます。それは母も想定済み、ということです」

「…抜け目ないな」

つまり、あのゴーグルはステルス対策、ということらしい。

「ありがとうございます♪」

姫がそう俺に微笑んだところで、ゴーグルを装備したメイドさんが口を開く。

「…現在、桜庭様は鳴神様に狙撃銃の銃口を向け、硬直状態にあります」

ゴーグルメイドさんが姫に、桜庭さんの現状を事細かに伝える。

「はい、ありがとうございます♪」

―そして、ジャッジメントプリンセスが降臨した。

その全人類を慈しむ笑顔が花蓮さんを捉える。

「こ、これは違うんです。そ、その」

…花蓮さんが慌て始める。

「…幸い姿は見えませんので着替えさせても大丈夫でしょう。拘束して今すぐウサギさんにして見世物に♪」

そんな花蓮さんの抵抗もむなしく、無情な裁定が下された…。

「「「了解しました!」」」

…俺の目の前にいきなり際どい格好のバニーさんが現れました。零れ落ちんばかりの魅惑の果実や、むき出しの生脚に思わず目を吸い寄せられてしまう。

「ふ、ふぇ?」

…いや、だから普段のキャラは何処行った?『ふぇ?』って…。

花蓮さんのキャラがブレまくる。

ある意味、アイデンティの崩壊、とも言えなくもない恐ろしい裁定を下したジャッジメントプリンセスは決め台詞とばかりに花蓮さんに告げる…。

「今回はこれくらいにしておいてあげます♪」

そして、道行く男子生徒の目がウサギさんに集中する。

「す、すげぇ!」

「え、エロい!」

「や、やべ!沈まれ俺の息子よ…」

繰り返すがここは生徒昇降口。人はドンドン集まってくる。

「い、いやぁぁぁぁ!」

駆け出すウサギさん。

…俺は、そんな光景を目の当たりにして身を振るわせることしかできない雪ちゃんを尻目に、恐る恐る姫に声をかける。

「…鬼か?」

「あら?裸じゃないだけマシかと♪」

…そう言い放つ姫の表情はとても良い笑顔でした。


      ―藤沢マリアview―

 二人が教室を出るのを、私は掃除用具入れの前で遠巻きに見ていた。

「マリア?どったの?」

「え?い、いえ!何でもないんです!」

「そうなん?それじゃあちょっとお願いしてもいい?」

「は、はい?何でしょう?」

 声を掛けてきたのは葛西さんと三階堂さんだ。三階堂さんと外で待っている沢村さんとは、先日の昼食の際に、服装や身だしなみの校則違反のことでちょっと言い争いになった。

 …気まずい。

「実は私たちこれから遊びに行く予定あるんだよね?」

三階堂さんがそう言うのを待ってましたと言わんばかりに遠山君と漆原君もこちらに向かってきた。

「…はい?」

私は反射的に聞き返してしまう。

…三階堂さんは一体、何が言いたいのだろう?

「ちょ、ちょっと絵里奈!」

「昴は黙ってて」

葛西さんが慌てて三階堂さんを止めようとする。

…どうしたんだろう?

―そして、三階堂さんに口から私が予想もしなかった言葉が紡がれる。

「掃除、一人でも大丈夫よね?」

「…え?」

…聞こえてはいる。

ただ、私は自分の常識では有り得ないことを言われて、単純い自分に耳を疑ったのだ。

「…」

葛西さんは俯いて何も言わない。遠山君と漆原君はニヤニヤとこちらを見ている。

―それでも、私は引かない。

「で、でも今日はここに居る人達がお掃除の当番で」

「固いこと言わないでさ~」

「俺ら、こんなとこの掃除するほど暇じゃないんだわ」

遠山君も漆原君も口を揃えてそんなことを言ってくる。

―それでも、私は反論する。

「で、でも清掃監督の先生への報告とかは」

「それは話通してあるから大丈夫♪」

私の指摘に顔色一つ変えない三階堂さん。

「話通してあるって何です?」

「私のお父様、この学校の理事長なの」

そう言ってニヤッとする三階堂さん。

…だから、どうしたというのだろう?

教員がこんなことを許可する訳がない。

…大丈夫、私は間違ってない。

そう自分を鼓舞して私は彼女たちを諌めに掛かる。

「で、でも一人で教室の掃除をするのは大変で!」

「ガンバ!学級委員長♪」

そんな漆原君の発言に私は嫌悪感を覚える。

「ちょっと~?絵里奈~?まだぁ?」

「もうちょいだから待って~」

廊下から沢村さんが三階堂さんに声を掛け、それに答える三階堂さん…。

―どうして、そんなことが平気できるの?

「ル、ルールは守ってください!」

―行かせない。

ここで彼女たちを行かせてしまったら、他の真面目に掃除をしているクラスメイトに顔向けできない。それに…

間違っているのは、この人達だ。

「…あぁ?」

三階堂さんが私を睨みつけてくる…。

でも、それはおかしい。だって、正しいのは私だ。

―この人達は掃除を私に押し付けて遊びに行く、そう言っているのだから…。

三階堂さんを睨みつけ返すと、彼女は嫌らしく微笑みながら私に告げてくる。

「…お願いしてるうちに言うこと聞いておいた方がいいと思うけど~?」

「きちんと、掃除をしてください!」

―私は、絶対に引かない!

瞬間、三階堂さんの顔からあ表情が抜け落ちる。

「…昴、岬?コイツ、やるよ」

…やる?何を?

私が訝しげに三階堂さんを見ていると、葛西さんが声を荒げる。

「え、絵里奈!マリアは私の友達だからさ!勘弁」

「…何?アンタ自分の立場理解してんの?アンタのお母さんの入院費と治療費、払ってやってんのは、どこの誰だっけ~?」

葛西さんのお母さん?入院費?

…一体何の話をしているの?

しかし、置いてきぼりをくらっているのは私だけのようで、葛西さんは唇を噛み締め、それきり黙ってしまう…。

そこで、三階堂さんに呼ばれて廊下から教室に入って来ていた沢村さんが会話に入ってくる。

「きゃはは♪遊ぶ時間無くなっちゃうし、やるなら早くしよーよ?」

そんな沢村さんの言葉を受けて、三階堂さんは男子二人に指示を出す。

「遠山、漆原は、外で一応誰か来ないかどうか見張ってて」

「あいよ~」

「あんまやり過ぎんなよ~?」

二人はそう言って廊下に出て行く。

―そして、

「か、葛西さん!?何を!?」

葛西さんがいきなり私を押さえつける。振り解こうともがくがビクともしない。

…女の子とは思えない腕力だ。

「…ごめんマリア。ごめんね。こうなるのは分かってたんだ…。でも、一人が寂しくて、辛くて、誰か友達が欲しくて…。そんなの作ったら絵里奈に目を付けられるのは分かってたのに…!ごめん…。ごめんなさい!」

…え?何これ?

私は現状を把握できず、突然謝り始めた葛西さんを見つめることしかできない。

そんな私に声を弾ませて話かけてくるのは三階堂さん。

「昴の家は代々私の家のボディガードをやってるの~。だ~か~ら~、そこら辺の男程度なら秒殺よ♪」

「い、痛い!放して!葛西さん!」

そう叫んでも、葛西さんは私を離してくれない。

私を拘束しながらただ涙を流すだけだ。

「岬」

「はいはーい♪」

三階堂さんに名前を呼ばれた沢村さんが、私の右腕を机の上に引っ張り出す。

「な、何を?」

…この時、私はまだ何をされるか分かっていなかった。

―でも

「私に逆らえばどうなるか、教えてあげる♪」

―彼女が鞄から取り出したものを見て、体中から血の気が引くのを感じた。

「…ペン、チ?」

「そうそう♪いつも持ち歩いてるの。私に逆らう奴に~」

言いながら、三階堂さんはペンチで私の右手の親指の爪の先を掴む。

「ま、待」

「こうするためにね♪」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

―あまりの激痛に悲鳴を上げてしまう。

「あはは♪すごい声♪でも、これは流石に騒ぎ過ぎね。…岬」

「はいは~い♪」

「んぅ~、んぅ~!!」

沢村さんが私に口の中にハンカチを突っ込んでくる…。

「これで良し♪それじゃあ今日は初回限定サービス♪右手全部、いっちゃいま~す♪」

そうして笑う三階堂さんに私は…

―恐怖した。

「んんんんん~!」

―痛さと恐怖から涙が溢れてくる。

「ごめんごめんごめん」

ただ謝罪を続ける葛西さん…。

…どうして私がこんな目に合わなきゃいけないのか?私は不正を不正だと注意しただけなのに。悪いのは三階堂さんたちなのに…。

―どうして?


―藤沢マリア view END―


 昇降口の一件のあと、俺たちは何事も無く帰宅した。…ウサギさんは除いて。その後、夕飯を食べ、雪ちゃんに稽古をつけ、風呂に入り就寝となったのだが…。

「なあ?」

「何よ?」

「お前、良く飽きないな?」

「面白いじゃん♪」

「…そうか」

ならば、何も言うまい…。

雪ちゃんが先に部屋の備え付けの風呂に入り、その後、俺は軽くシャワーを浴びて出てきたわけだが…

「これ!やりましょ♪」

俺が出てくるなり、笑顔で彼女が突き付けてきたのは…

「また隅取られた~」

「…お前、負け続けて楽しいか?」

おしゃれな言い方でリバーシと呼ばれる非常にポプピュラーなゲーム。

ただいま10戦10勝。

因みに、俺のオセロの腕は普通、である。

「初めてやったんだもの。負けて当たり前じゃない?それに勝つ楽しみもあるしね~♪」

俺のベットの上にうつ伏せになり、その上でバタ足をするように動いている足がその発言が嘘偽りで無いことを証明している。

因みに、彼女はハーフパンツにTシャツという、飽くまで動きやすさを追求した格好だ。

露出度はやや高めと言った所か?

パタパタとしてい白いる美しい脚線美は見ていて飽きない、とだけ言っておこう... 。

誤解がないように言っておくと、俺は断じてロリコンではない!

そんなことを考えながら、俺は雪ちゃんとボードを挟んで向かい合うようにベッドに腰かけている。

…そして、彼女がまた愚かな選択をする。

「…いいのか?それで?」

その度に、一応警告はしてやるのだが…

「何が?」

この通り、彼女は自らの愚かさに気付くことはない。

…俺は黙ってまた隅を取る。

「あ~、また隅取ったぁ!」

「やり直すか?」

「ううん!気付けなかった私の負け。必要ない!」

…気持ちいいぐらいに真っ直ぐな奴である。

…ふと同じように真っ直ぐな友人のことが頭をよぎる。

―もしかして、コイツなら藤沢さんの気持ち、分かるんじゃないか?

そんな思いから俺は口を開く。

「なぁ?」

「ん~?」

「お前が友達作るとするじゃん?」

俺がそう言った瞬間、雪ちゃんのバタ足が停止する。

「…そんな話今することないじゃない」

…友達いないこと、実はけっこう気にしてるっぽいな。

少し申し訳ないので報酬を準備することにした。

「この話聞いてくれたら今度は将棋を教えてやるよ」

…バタ足が再開された。

「…続ければ?」

「そんじゃ遠慮なく。お前が友達作るとして、校則を守らない化粧バリバリ、アクセサリーつけ放題の奴を選ぶか?」

俺のそんな質問にあからさまに顔を顰め、嫌悪感あらわにしながら雪ちゃんは答える。

「絶対嫌。そんな奴ら見かけたらぶっ飛ばしてやるわよ!」

「だよな~。それじゃあ、お前にぶっ飛ばせる力がなったとしたらどうだ?」

「はぁ?私はこれでも格闘技術は訓練校でトップクラスなのよ?訓練校の方でも普通の学校の方でもそんなこと絶対ありえな」

…人の話をきちんと聞けよ?

仕方がないので言い直してやる。

「もしも、の話だ」

すると、彼女は数秒悩んだが、俺を真っ直ぐに見つめて答える。

「…それでも我慢できない。怖い、けど止めるように注意する」

…藤沢さんも同じ選択をしたのではないだろうか?

何の根拠もないが、やはり彼女と雪ちゃんはどこか似ているんではないだろうか?

そんな思いから、俺は質問を続ける。

「…何で怖い?」

「そ、そりゃあ、そんな外見の人を何の力も無しに怖がるな、ていうのはちょっとね…。何されるか分かんないし…」

「それでも注意するんだな?」

「…うん」

藤沢さんが派手派手な校則違反を注意して、あのケバい連中から煙たがられているとすれば、色々納得が行く…。

「…ありがとう参考になった」

「う、うん。でもいまいち質問の意図が掴めないんだけど?何かあったの?」

まあ、別に隠すことでもないし、良いか…。

「ちょっとクラスメイトが人間関係で大変みたいでな?お前と似たような所が有る奴だから、お前がソイツだったらどうするかが少し気になった、って感じ」

瞬間、また雪ちゃんが顔を顰める。

そして、大変不機嫌そうに問うてくる。

「…女?」

「あ、ああ。そうだが?」

そして、雪ちゃんはボードに視線を戻し一言。

「…集計」

気付けば、ボードは黒と白ですっかり埋め尽くされていた。

... それにしても、何か突然機嫌が悪くなったような?

「早く!」

何なん?、とか思ったが俺は紳士。

要らんことには突っ込まない。

故に、俺は促されるままに集計を始める。

「へいへい。でもお前結果は変わらな…」

「どうなのよ?」

そんな焦らんでも、お前が俺に勝つなんてあるわけ…

「31対33!?」

あった!?

…適当にやり過ぎたか?

「勝ったぁー♪」

ベッドの上で跳び跳ねる雪ちゃん。

「まあ、仕方ないな。んじゃあ今日はこんくらいにして」

負けは負け。潔く認めよう。

俺は穏やかな心で敗北を認め、ベッドに入ろう思ったのだが…。

「…やだ」

「ああ?」

今度は駄々をこね始めた雪ちゃん...。

「…将棋」

ベッドの上に所謂女の子座りでペタンと座り、俺の枕を抱きしめ顔を埋めながらも、目元だけを覗かせ上目遣い&涙目…。

…くっ!!!

「…約束」

何だ?その甘ったる声は?

しかし、俺はそんなものには惑わされん。

「明日は学校休みだろ?明日でも」

「…今、やりたいの!」

クソがぁぁぁぁぁ!無駄に見た目が可愛いから質が悪い。

その大きな黒い瞳に映し出された俺はどこからどう見てもいたいけな少女を苛める悪人。実際はそんなことは無いのだが、彼女の強烈な少女性が俺の存在そのものを罪深いものに貶めている。

... 仕方ない。俺が男の子である以上、この生物を無視することはできない。

「あぁぁもう!分かった分かった!持って来い!但し、道具調達できなかったら明日だかんな!分かったか!?」

「やったぁぁ!それじゃあちょっと借りてくる~♪」

抱きしめていた枕をぶん投げ早速駆け出す雪ちゃん。

…現金な奴だ。

ジトッと小さな背中を見送っていると、ドアの前で長い黒髪を靡かせ振り向いてくる雪ちゃん。

「アンタには私と夜通しゲームやってるのがお似合いよ♪」

…完全に見下されてるな。

「あぁ?お前それ俺のこと馬鹿にして」

「バタンッ!」

俺の言葉を阻むように扉が閉められる…。

…言うだけ言ってさっさと出て行きやがった。

数分後、彼女は嬉しそうに将棋盤と駒を抱えて帰ってきたのだが…

「…お前もう眠いだろ?」

ルールを簡単に説明していざ実践!

という所までは元気だったんだが…。

「ち、違うもん!で、何?この『歩』ってのはここに並べるんだったわね!」

「…もう三回も同じこと説明させられてるんだが?」

「ね、眠くな、ん、か…」

言った側から船を漕ぎはじめる雪ちゃん。

「…おーい?」

…カウンカクンしていた頭が遂に落ちた。

ベッドに転がったまま、スヤスヤと寝息をたて始める小柄な少女。

「…全く、どんだけ遊びたかったんだよ?」

これには苦笑いするしかない。

「ホント、寝てたらただの美少女なのにな…」

 こんな美少女と同棲している俺って、実は幸せ?

ほぼ無意識に、回し蹴りの度に綺麗になびていた美しい黒髪に手を伸ばす。

俺の手櫛は突っかかることなく、彼女のきめ細やかなサラサラヘアーをとかす。

…コイツ、今日も頑張ってたし、無理もないか。

どんなに俺にコケにされようとも、噛み付いてくるこの子の姿勢には感心する。

―頑張る彼女にご褒美をあげたい。

そんな気持ちが常時俺の心の中にあり、甘えられれば甘やかしてしまう。

ゲームその物は、基本俺の圧勝なのでつまらない。

しかし、そのゲームに一喜一憂する雪ちゃんを見るのは嫌いじゃない。

そんなことを考えながらサラサラヘアーを堪能した後、ベッドに広げられた将棋を片付ける。そして、そっと雪ちゃんを仰向けにし、隣のベッドに移動させるべくお姫様抱っこの要領で抱きあげる。

…軽くて柔らかい。こんな体で良くやっている。

すると、突然俺の首に抱きつくように腕を回してくる雪ちゃん。

「お、おい?」

「ん~、まだ寝かせないんだから~、次はババ抜きやるんだから~…むにゃむにゃ…」

見事なまでに寝言である。

「…寝てるのはお前だ。ついでに言えば二人ババ抜きはもう勘弁してくれ」

何故か寝言と会話を始める俺。

「ん~、正樹~、勝ち逃げは許さないんだから~」

…待て?今コイツ

「正樹~!」

再度繰り返される寝言。それが、今のが空耳である、という可能性を奪い去った。

…コイツの夢の中じゃ、俺は名前で呼ばれてんのか?

ていうか、どんだけ遊びたいんだよ?

色々と突っ込み所満載ではあるが…

―まあ、良いか。

突っ込みが馬鹿らしくなるくらい、俺はその無邪気な可愛さに毒気を抜かれてしまっいるらしい。

「また明日、遊ぼうな?」

自然と口からそんな言葉が漏れる。

その言葉に、雪ちゃんは目を閉じたままニッコリと微笑む。

…寝てたらホント可愛いなコイツ。

そんな彼女を最後に一撫でし、俺も自分のベッドへと入る。


 翌朝、俺が目を覚ますと、まだ雪ちゃんは隣のベットで寝息を立てていた。

起こさないように顔を洗い、着替えを済ませそっと部屋の外に出る。

「…少し屋敷の中の散策でもしてみるか」

ということで、俺はそう一人呟き歩き始める。

「しかし広いな~」

 早朝の車が走れるほど広い廊下には人も少なく、見かけるのは数名のメイドのみ。すれ違うたび会釈してくれるので、こちらも同じように会釈で応答する。そんなことを繰り返しながらブラブラとしていると、物音が聞こえ始める。

「…まな板の上で何かを切る音?」

一定のリズムで刻まれるトントン、という音が歩を進める度に大きくなっていく。

「厨房が近い、のか?」

音を頼りに歩を進めると、木製の扉の前に辿り着く。

「…ここか?」

邪魔になるかも、とも思ったが普段ご馳走になっている御礼も言いたかったので、開けることにした。

「あの~、すいません~」

「え?新人コックさんですか?すみません。ここはプライベート用の厨房でして。従業員用の厨房は一階…」

俺の声に答えたのは、綺麗な鈴の声…。

「「…え?」」

二人してハモる。

「ま、正樹くん?こんなところで何を?」

「姫こそ?」

そこ居たのは我が女神兼護衛対象。

「わ、私は、その、見ての通り、です」

そう言って、恥ずかしそうに頬を染めながら、ジャージにエプロンという何とも言えない姿を俺に見せつけ、料理中であることを主張してくる。

「…考えてみれば弁当作ってくれてたんだもんな。それゃ料理もするか」

「は、はい」

…さて、やはり彼氏としてはここで言うべき言葉があるだろう。

―参る!

「そ、その、エプロン姿、に、似合ってる!」

「あ、ありがとうございます。」

…たったこれだけのやり取りでお互い顔が真っ赤である。

姫も、ストレートなアプローチには弱いらしい。

…慣れようと思って言ってみたが、果たして慣れる日が来るのだろうか?

まあ、今後の事は今後のこと…。

大切なのは…、今だ!

「と、ところで、今日は学校も休みなのに料理か?」

互いのために話題を変えた方が良いのは明白。

紳士正樹はこいうことに気を使える男を目指しています。

「え?あ、はい。明日の準備…あ!?」

姫がハッとしたように口を押える。

「明日の遊園地デートの準備?」

「…サプライズの予定だったのに~!」

…何だか、俺は物凄く申し訳なことをしてしまったらしい。

「あの、その…すまん」

果たして、俺の謝罪は彼女に届いているのか?

頭を抱えて悶える姫を見つめることしかできない…

しかし、俺の心配は杞憂だったらしく、しばらくそうしていると、一息吐いて姫は口を開く。

「…謝る必要なんて、ありません。私の不注意が招いたことですから」

「そう、か」

「…はい」

口ではそう言っても、かなり残念そうにしている…。

何とかしなければ!

「そ、それじゃあ俺が姫の作った料理を食べてドンドン感想を言って行く、てのはどうだ?」

「…え~と?」

怪訝な顔をされる…。

あれ?もしかして覚えてらっしゃらない?

「…少しでも姫の俺に対する不満を消せたら、と思いまして…」

ここまで聞いて、姫は俺が言っていることを理解したようで、

「…もしかして先日の公開駄目出し、気にしてました?」

「そ、そりゃ、気にもするし改善したいとも思うわ!」

「冗談でしたのに…」

「お、おい!?」

「まあ、全部がそうではありませんが」

「…どっちなんでしょうか?」

「うふふ♪本当に面白い方ですね。正樹くんは♪からかい甲斐があります」

…無いわ~。こっちが本気で悩んでたって言うのにさ!

「…俺、部屋に戻るわ」

流石の紳士も、これには気分を損ねました…。

「あ~、すみません!少しふざけ過ぎました!」

俺はジトッと姫を見つめる。

「…冗談だったんじゃないのかよ?」

「お料理の感想を聞いて正樹くんの好みを知りたい、というのは本当、です。だから、お願いします」

ペコリと頭を下げる姫。

いやいや!?そんなつもりじゃ!?

「お、おいおい!?何も頭を下げることはないだろ?俺はただの護衛で、姫に頭を下げさせるほど高尚な人間じゃないんだ…」

…紳士正樹、調子に乗り過ぎました。

「今この場所に限って身分など関係ございません。ここに居るのは二人の人間です。こちらが失礼なことをした上に、お願い事をするのですから、私が頭を下げるのは当然です」

「わ、分かったから!取りあえず頭を上げてくれ!こんな所誰かに見られたら不味い…」

俺が焦りに焦ってお願いすると、姫はゆっくりとした所作で頭をあげて言う。

「それでは、お願いします♪」

「あ、ああご馳走になる」

「はい♪」

 それから待つこと1時間ほど。

姫は慣れた手つきで何品も料理を作り出し、次々と俺の前に並べる。そ

の数合計20皿…。

「…1時間で作れる量か?これ?」

「効率を考えて同時に進行して行けば簡単ですよ?それに、この厨房はプロ仕様の設備ですから一般の家庭の数倍は使い勝手がいいんです。プロの方が使えばもっとたくさん作れると思いますよ?」

…プロの仕様は、凡人には扱えないからそう呼ばれるのだ。

「それを扱ってる姫は普通に凄いから」

「そうです?ありがとうございます♪」

…全く、ハイスペックなお嬢様だ。

姫のあまりの多才さに若干呆れつつも、俺は料理へと手を伸ばす。

「それじゃあ、食べてもいいか?」

「ちょっと待ってください。…はい、どうぞ!」

そう言うと、姫はエプロンのポケットからボールペンとメモ帳を取り出す。

「…随分使い込んでるな」

メモ帳の方は酷くボロボロである。

「はい♪料理は私の数少ない趣味の一つですから、やってると楽しくて。これも6冊目、くらいでしょうか?他人に食べてもらえる機会がなかったので、今は本当に楽しいです♪」

「食べさせたことが、ない?」

俺が聞き返すと姫は俯いてしまう。

…え?これ地雷!?

「す、すまん!何でも」

慌てて取り繕うとした俺の台詞は鈴の声に遮られる。

「私、パパやママに少しでも笑って欲しくて、料理を始めたんです」

…どうやら吐き出したいことらしいので、黙って聞くことにする。

俺に苦笑いを向け、姫は話の続きを始める。

「両親はいつも多忙でしたので、疲れてきって帰って来る日も珍しくありませんでした。でも、食卓の時だけは家族三人、笑っていました」

そう言えば、ここに住み始めてから大悟さんの姿を一度も見ていない。食卓の際も俺と姫と雪ちゃんの三人だけだった…。

「…それで料理?」

「はい。最も、私が少し料理を覚えるころには、パパは私の護衛でさらに忙しくなって、ママも海外の研究所に行ってしまいましたが…」

姫にしては非常に珍しい、弱音、というヤツだった。

「…すみません。こんなつまらない話をお聞かせしてしまって」

普段は完璧見える姫も、一人を寂しいと思うどこにでもいる普通の女の子である、ということを俺は忘れていたらしい…。

…そんな彼女に、俺がしてあげれることは?

「つまり、俺の仕事は両親に食わせるまでに姫の料理をプロ並みまで引き上げることってわけだな?」

情けにことに、こんなことしか思いつかない。

戦うことしか脳が無い俺には、相手の感情を理解した気の効いたことは思いつけない。

こんな単純なことしか思いつけない自分が嫌になる。

それでも、そんな単純なことでも…

―やらないよりはマシだって思う。

「…え?」

「ほら!メモ取るんだろ?ビシバシ行くから覚悟しろよ?」

俺、かっこ悪いな…。

―でも、それしかできないんだから、しょうがないよな?

こんなかっこ悪い俺の発言に、目を丸くしていた姫だが…

「…はい♪覚悟しました♪」

―笑ってくれた。

俺の向かいの席で、ペンを持って今か今かと俺が料理を口にするのを待つ姫。

その楽しそうな顔を見て、自分が少しは上手くやれたのだと、そう思うことができた。

…俺がしてやれるのはこのくらい、なのだ。

人の寂しさを紛らわせるための術など、俺は知らない。

だから、とりあえずは姫の両親がいつの日か俺に嫉妬するくらい姫の料理を食べてやろう、と思う。

こんなうまいもんを作る娘に、お前らは寂しい思いをさせてきたんだぞ、と姫の両親に言ってやるために。俺はお前らの娘の料理を世界で一番食って男だと自慢してやるために…。

小学校4年生レベルの稚拙な俺の対人スキル。

それでも、流石に料理の感想くらいは言える。

「ロールキャベツはもう少ししょっぱい方が好みだな」

「そうですか?これでも結構濃いめに味付けしたつもりなんですけど?」

「…濃い口みたいだ。俺」

「ふふ♪それは新発見です♪では今度からはもう少し濃いめに作りますね。正樹くんの健康を考慮した上で、ですが」

「…ん?」

良く見ると、取り出したノートにタイトルが書かれている。

『正樹君ノート』、そんな文字が俺の目に留まる。

「…もしかして、それ俺専用ノートなん?」

「はい♪少しでも正樹くんの好みのものを作ってあげたいので♪」

…これは嬉しい。

「よ、良し♪それじゃあこの調子でドンドン行くからきちんとメモれよ!」

「はい♪どんどん召し上がってください!」

それから、お昼まで俺は姫の料理を食べ続けた。分量は姫が考えていてくれたようで、一品ごとに少量だったので問題なく完食。

「いや~、食った食った。ご馳走様!」

「お粗末様です♪」

ただ旨い飯をたべさせてもらっただけでは申し訳ないので…

「洗い物、やるよ」

俺の両親も家を空けることが多々あったので一通りの家事はこなせる。

と言っても、食い物は基本外食かインスタントだったが。

まあ、とにかく洗い物くらいはできるので申し出たのだが…

「いえいえ♪料理は後片付けまでが基本、なのでお気づかい無用です!」

…これはあれだ。

お互い譲れない奴だ。

平行線になるのは丸分かりだったので、さっさと折衷案を提示することにする。

「それじゃあ、二人でやるか?」

「そうですね♪それが一番角が立ちません」

ということで、二人で食器を洗い、厨房を出る。

「では明日、楽しみにしておいてくださいね♪」

「俺は食って感想言ってただけなんだが、ホントにあれで参考になったのか?」

「はい♪とっても♪」

「そ、そうか」

最近、目にすることが多くなった姫の笑顔。

…だからと言って慣れる訳もなく、その女神の微笑みを向けられるたびに俺はドキドキと心臓の鼓動を速くしてしまう。

「はい♪そうなんです♪」

これに慣れる男って、存在するんだろうか?

素朴な疑問を抱き、姫の隣を歩いていると背後に気配…。

「ちょっとアンタどこ行ってたの?」

後ろを見ると、そこには雪ちゃんが仁王立ちしていた。

「お、おう。ちょっとな?姫の料理の試食してた」

そう俺が告げると、姫の存在に気付いた雪ちゃんが慌てて姫に挨拶をする。

「お、お嬢様、お、おはようございます!」

「ふふ♪雪ちゃん?もうお昼ですよ?」

「あ、失礼しました!こんにちはです!」

「はい♪こんにちは」

完全に妹の生活習慣を優しく咎める姉の構図だ。

俺が微笑ましくその光景を眺めていると、突然矛先が俺に向けられる。

「…それでお嬢様?もしかしてこんな奴と二人きりで?」

「はい♪とっても参考になりました♪」

「何かされませんでした!?」

「…おい?」

俺はそんな野蛮人に見えるのか?

「大丈夫です。正樹君は紳士ですから♪」

「良かった~」

…コイツとは一度キチンとと話し合う必要がありそうだ。

と俺が胸中で雪ちゃんへの道徳教育の算段を立ていると、姫が雪ちゃんに尋ねる。

「雪ちゃん?正樹君に何か用事があったのでは?」

「そうでした。コイツが私との約束破って勝手にどこか行ったから探してたんです!」

「正樹くん?約束はキチンと守らないといけませんよ?」

確かに約束は守らねばならない。それには俺も同意だ。

しかし…

「…だって、お前寝てたじゃん?」

あんなに気持ちよさそうに寝てるお前を俺に起こせと?

「私が寝てたら約束を破っていいの?」

…起こせと、いう事らしい。

まあ、何を言っても俺が悪いという結末を迎えて終わりだろうし、ここら辺で折れておくか…。

「…行けばいいんだろ?」

「よろしい♪」

偉そうに無い胸を張る雪ちゃん。

と、そんな俺達のやり取りを眺めていた姫が会話に参入。

「仲直りもしたようですし、私はこれで失礼しますね?では正樹くん、雪ちゃん、また夕飯の時に」

「はい!」

「ああ。」

姫はそう言うとジャージエプロン姿でスタスタと歩いて行った。

その背中が廊下の角にを曲がった所で雪ちゃんが再び騒ぎ始める。

「ほら!将棋!」

雪ちゃんが俺の腕ガッチリホールドする。

…うん。姫の方が柔らかいな♪

「お前もホント好きだな~」

「あ、でもその前に稽古かしら?」

聞いちゃいない…。

「…俺は姫の護衛なんだが?」

「私の上司でもあるでしょ♪」

「だったら尚更少し敬えよ?」

「年功序列なんてもう古いわよ~♪」

まあ、こうして振る舞わされるのも不快ではなく、むしろ心地が良いので構わないのだが…。

「え~?アンタマゾなの?」

「…お前が読んだの、俺の心。分かる?きちんと鍵括弧の有無を確認してだな」

「何言ってんの?ほら、まずは稽古よ!」

「…へいへい」

こうして、俺の休日は午前中は姫、午後は雪ちゃんの相手をして過ぎて行くのであった。


―その日の夜、

「お邪魔します」

「いらっしゃいませ!お姉さま!」

「悪いな。こんな夜中に」

「いえ。仕事ですので」

…とてもウ先日ウサギさんにされて羞恥に埋もれていて人とは

「パシッ」

花蓮さんの回し蹴りが炸裂。俺が手の平で受け止めるととっても締まった破裂音がした。

このキレとスピードには覚えがある…。

「…お前の回し蹴りは姉譲りか」

「そうなの!お姉さまが私に初めて教えてくれた技よ♪」

物騒な姉妹だ。

俺が胸中で毒づいていると、花蓮さんが口を開く。

「さっさと本題に入りましょうか?」

それもそうだ。

「夜更かしして明日に響いたら本末転倒も良い所だしな。んじゃ、適当に座ってくれ」

「は~い」

「はい」

部屋の中のソファに姉妹揃って腰かけ、俺はテーブルを挟んだ向こう側に腰を下ろす。

「これが明日のデート先のアニマルランドだ」

同時に、俺はアニマルランドの周辺の地図や、園内の見取り図、一日の入場者数などの資料を取り出す。

「遊園地なのにアニマルランド?」

雪ちゃんのそんな質問は予想されたもの。

…だって、俺もそう思ったし。

「なんでも遊園地と動物園を融合した新感覚テーマパークだそうだ」

「…平均入場者数も多いですね。見失わないようにするだけでも骨が折れそうです…」

花蓮さんが資料に目を通しながら呟く。

それにもすかさず反応する俺。

「評判は良いらしいからな。遊園地と動物園を同時に楽しめるってだけで人気が出てるらしい。その分、入場料は他と比べて割高だが、別々に遊園地と動物園に行くよりは明らかに安い」

二人は俺の話を聞きながら、資料に目を通している。

と、花蓮さんが地図の一点を指して口を開く。

「…では、私は遊園地周辺のこの雑居ビルから見張ります」

「分かった」

そんな俺達のやり取りを見て、不安そうに雪ちゃんが、

「…私は場違いな気しかしないんだけど」

なんて言う。

もう少し、自身を持っても良いと思うんだが…。

「大丈夫だ。お前はそこらのボディガードよりは強い。…ここ数日の練習を思い出せば大丈夫だ。俺が保証する。」

「う、うん」

…俺のそんな言葉を信じられないのか、雪ちゃんは変わらず自信無さそうにしている。俺はお世辞抜きにそう思っているんだが…。

 まだ数日しか教えていないが、武装を追加したことで近距離戦闘においては余程の相手でない限り苦戦しないレベルになっている。

 道具の使い方は俺が少し指導したらすぐに覚えたし、有能な奴であることは間違いないのだ。

とにかく、今はコイツにも協力してもらう必要がある。多少強引にでも連れて行かなくては。

「雪ちゃんは俺と同じく姫と一緒に園内散策をする。いいな?」

「わ、分かった!」

「それと、通信機の手配はどうです?」

雪ちゃんに一方的にそう告げ、今度は花蓮さんへと話を振る。

「これで事足りますか?」

花蓮さんがテーブルの上に超小型ピンマイクと、片耳に付けるだけのイアホンを出す。

「ありがとうございます」

「堂々と無線機を使う訳に行きませんしね」

「…これ最新機種の無線セットですか?」

「雪ちゃんは使うの初めてだったわね?」

アナタは?と桜庭さんが視線で聞いてきたので、

「俺は父さんとの仕事で何度か使ったことあるから大丈夫だ」

と答える。

すると、花蓮さんは雪ちゃんに無線の使い方を教え始める。

「すみません。訓練校では古い型のものしか扱ったことが無くて…」

「気にしないの。今覚えればそれで問題ないんだから。…いい?ここの摘みで…」

…花蓮さん、妹と俺に対する時で、態度に差が有り過ぎ。

 しかし、こうして並べて見ると似てるな~。

髪の長さや身長、スタイルには埋めようのない差がある。しかし、顔はそっくり。母親もさぞかし美人なんだろうな…。

「…何?ジロジロ見ないでくれない?キモイんだけど?」

…口の悪さもお母様譲りなのだろうか?

「パシッ!」

「雪ちゃん?あなた投剣なんてどこで?」

「コイツに教えてもらったんです♪」

…俺の指先に挟まるナイフ。

…もしかして俺、余計なこと、教えたか?

しかし、良くマスターしたものだ。これで自分の身くらいはこれで守れるか?

俺はナイフを雪ちゃんに返しつつ、続ける。

「…あとは危ないと思ったら各自、自分の身優先で動いてくれ。姫は俺が絶対に守るから」

「了解です」

花蓮さんはそう答えるが、もう一人の方は何やら顔を顰めている。

俺が訝しげに思い、視線を向けると、

「…アンタは?」

「あぁ?」

雪ちゃんがそんなことを言い始めた。

「アンタがもし危なくなったら」

「絶対無いから大丈夫だ。余計な心配はするな。お前の優先事項は第一に自分の命、次に姫の命だ。それ以外は考えるな、良いな?」

「で、でもいくらアンタだってもしかしたら」

「いくらお前が強くても所詮は訓練生だ。自分の命を守れなくて、他人の命を守れるわけがないだろ?」

「…了解」

納得行かない、といった感じだが取りあえず大丈夫だろう。

…いざとなったら姉の方に抑えつけてもらえば良いし。

そう結論付け、続いて状況に応じて組んだ俺のプランを伝える。

「…鳴神くん。他は完璧だけど、このプランMは何です?」

「自信作です♪」

俺は桜庭さんにそう答えるが、

「…無理。絶対バレる」

雪ちゃんにもそんなことを言われる。

…心外だ。

「そんなことはない!完璧だ!…何が不満だ?言ってみろ?」

「夢見すぎ」

「夢から覚めろピーターパン」

姉妹からそんな言葉を頂戴する…。

「ひ、ひでぇ」

…あんまりである。

「…でも、アンタなら問題無くやり切るかもしれない」

と、雪ちゃんの意外な一言。

「…雪ちゃん?」

花蓮さんが目をまん丸にして雪ちゃんを見る。

「これが成功すれば確かにお嬢様は普通に遊園地を楽しめます。…お姉様、ここはコイツに賭けてみませんか?もし失敗してもコイツがいればまず、お嬢様が危険に陥ることは考えられません。だから、お願いします!」

「…うちの妹に毒でも盛りましたか?」

と俺に銃口を向けてくる花蓮さん。

「違いますよ!?」

「お姉さま!どうか!」

頭を下げる雪ちゃん。…正直、俺も何が起こってるのか分かりません。

「わ、分かったから顔を上げなさい!」

「あ、ありがとうございます!」

…何か知らんが通った。

これは桜庭さんの気が変わらないうちに締めに入った方が良さそうだ…。

「よ、良し!それじゃあ以上だ。後は明日に備えて休んでくれ」

「…了解です。では私はこれで失礼します。雪ちゃん?ちゃんと休むのよ?」

「は、はい、お姉さま!お姉さまも!」

「はい♪ではお休みなさい」

若干不満そうだったが、そう言って花蓮さんは部屋を後にする。

「そんじゃ俺らも寝るか?」

「…うん」

また不安そうにしているので、元気付けてやることにする。

「…大丈夫だ。お前ならうまくやれる」

「…うん」

俺がそう告げると、雪ちゃんは立ち上がり自分のベットへと向かう。

もう寝よう、と思うのだが、

…どうしても気になったので聞いてしまう。

「…何で俺のプラン、通してくれたんだ?」

「別に?アンタの実力なら可能だし、成功すればお嬢様にメリットがある、やった方が良いに決まってるじゃない」

「そ、そうか?」

…コイツが俺の事を認めた。最初の出会いからは想像もできない展開だった。

「そうよ。…それよりも、アンタももし危なくなったら」

またそんな有りもしない可能性を案じる雪ちゃん。

「んじゃあ、電気消すぞ?…心配すんな。俺は強い。大丈夫だ」

やや強引に話を終わらせる。

「…うん」

とりあえず、体を万全の態勢にしておく必要がある。

そろそろ、無駄な心配をする雪ちゃんを諌める時間すら惜しいので

「お休み」

会話を強制的に打ち切る。

「…うん。お休み」

―さて、気張って行こう。

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