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正しい最強の使い方  作者: バルス
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第1話

拙い文章ですが、もう少し続きます。

パイプ椅子に腰掛けて、壇上に視線を向ける人の群れ。

内容はともかく、こんな大軍勢の前で雄弁と生徒の在り方とやらを説くその姿には感心せざるを得ない。

「…であるからして、新入生諸君には節度というものを弁えた上での行動を…」

…大事なことだから二回言う。

 内容はともかく、だ。

―例の一件の隠蔽は成功した。しかし、情報操作を行う上で、進学予定先の高校を変更せざるを得なくなってしまった。

彼の怪我の原因を『喧嘩による軽傷』ということで処理したため、進学を予定していた高校からの入学を拒否されてしまったのだ。

これに父さんは…

「こればかりは仕方ない!金を積んで私立に入れるか!」

…ということで急遽進学先変更。

そして今に至る、という訳だ。

「君たちは将来、この国を背負う人材になることを約束された…」

…なんだか大分恐れ多いことをおっしゃっているが、それが俺以外の生徒に向けられたものであるとするなら別段恐れ多くもなんともない。

何故なら、この高校は本来ならお坊ちゃま、お嬢様しかいないはずの学校だからだ。

『この国を背負う』富裕層のお子さん達が集う実にやんごとなき学校。

―それがここ、天王寺学院だ。

…そんな所に無理矢理ぶち込まれた俺は

「…ちょっと、アイツ何だ?」

「なんだぁ?あの庶民ですオーラは?」

見事に浮きまくっていた。

…ていうか庶民ですオーラってなんだよ?

「何で制服違うの?」

「制服準備するお金が無かったらしいわよ?」

「そこまでしてここに入学してくるとか…」

…時間がなかったんです。

「続いて新入生代表、如月姫さんによる…」

周囲に奇異の視線を向けられながらげんなりと壇上を見つめていると、司会の教頭の進行に合わせて女の子が登壇してきた。

―俺は、周囲の視線のことなど忘れ、ただその少女に見惚れていた。

「うわぁ~」

思わず、一人で呻いてしまう。

サラサラの黒い長髪を揺らしながらステージ中央に移動してくる綺麗な女の子。出るとこは出て、メリハリがきちんとした見事なスタイルの持ち主。人形かと思うほどの長い睫に大きな瞳が凛と前を見据えている。

「新入生代表の如月姫です。皆さんとはこれから三年間苦難を共に…」

その口から紡がれる声色は聞き心地の良い高さで、鈴の音を連想させる。

周囲の生徒も俺のようなはみ出し者より、如月姫の方が重要らしく、ヒソヒソ話の内容が『如月姫のプロフィールについて』に移行したようだ。

「…あれが如月家の」

「あぁ~、眉目秀麗、全国模試一位、でも運動音痴という庇護欲も掻き立てる最強の布陣。」

「…しかし、手を出そうものなら無敵のSP軍団に…殺られる」

「「「…くそ」」」

体育館の男共の声が完全にハモった。


「はい~、それじゃあ教室に戻るぞ~」

…俺が壇上に女神の幻影を見ている内に入学式が終わったようだ。

無意識化で『女神召喚』のスキルを会得したようだ。

このスキルはきっと、教員たちのありがたい御高説を賜る時に活躍してくれる筈だ。

「はい~、それじゃあ先生に付いてこ~い」

ぞろぞろと担任の後に続く。

俺もそんなドラ○エも真っ青なパーティーに加わり教室を目指す。

「はい~、自分の学籍番号が張ってある机に座れ~」

「「「「「は~い。」」」」」

教室に着くと、教員の支持に従い各々が自分の席を探して動き回る。

「うわ!マジ!?先頭かよ~。」

「よっしゃ!窓際最後列ゲット!」

「今の席は次の席替えまでそのままな~。」

自分の席に一喜一憂するクラスメイト達。

「…まあ、良くも悪くも無いな。」

そんなクラスメイトを尻目に、席の感想を言い合える友達がいない俺は、教室のど真ん中辺りという何ともコメントに困る自分の席を見つめて一人感想を漏らす。

「ちょっと~、アイツ何か一人で言ってるんだけど。」

「アイツヤバいぜ。」

何?君たち俺の事そんなに好きなの?

俺のことそんなに気に掛けてくれてるんだぁ!

やったぁ!これで僕もクラスの人気者だね!

「ハァ~」

…本当にそうだったらどれだけ良かったか。

俺はこの先の憂鬱な学園生活に思いを馳せ、溜め息を零す。

「あら?溜め息なんて吐いていたら、幸せが逃げていってしまいますよ?」

「はい!?」

何だ!?この鈴の音が人の台詞に聞こえるミステリーは!?

「うふふ♪そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ?何もアナタを取って食おうとしているわけじゃないんですから」

―な~んだ♪ただの女神か♪

「す、すいません。あまり人と話すのが得意じゃなくて…」

やはり、俺程度では女神との対話は難しいらしい。もう少し能力値の底上げが必要だ。

…あれ?コミュニケーション能力のステータスを伸ばすアイテムってあったっけな?

「き、如月、さん?」

なけなしのMPを消費して、秘儀『名前の確認から話を広げる』を使用。

「はい!如月姫、と申します。…あれ?ご存知でした?」

…何とか会話を続けることに成功。

「新入生代表の挨拶、してたから…」

ヤバい。俺の女神がこんなに可愛いわけがない…。

「ああ~、なるほど。覚えて頂けていて嬉しいです!」

忘れる方が難しいわ。

「え~と、お名前を伺っても?」

…い、いや?分かってるし?この子は会話をする上で不便だから名前を尋ねてきたのであって?別に俺に興味があるわけじゃないってことくらい分かってますよ…?

―あれ、何か顔が熱いな?

「あ、え、そうですね!自分、鳴神正樹って言います!」

ああ!止めて!そんな可愛い顔で俺を見ないで!

「鳴神くん、覚えました。席替えまでの間ですが、よろしくお願いしますね!」

止めてぇぇぇぇ!?そんな天使の微笑みを俺に向けないでぇぇ!?

…ああそうだよ!生まれてこの方同年代の女の子と話したことがないから免疫が無いんですよぉぉぉ!

悪いか!?こん畜生め!

誰だってこんな可愛い子にこんな至近距離で見つめらたら照れるだろうがぁ!?

「よ、よろしくお願いします!」

「…顔、真っ赤ですよ?大丈夫ですか?」

…アナタはその美貌が多くの男性を惑わす魔性を秘めていることを自覚すべきです。何と罪深い女神か…。

「普通に話していただいて大丈夫ですよ?友達と接する感じで」

いや、普通に無理だから。

友達?…何それ?おいしいの?

「よろ、しく?」

それでも、何とかオーバーヒート寸前の頭で言葉を紡ぐことに成功。

とりあえず、敬語を止めてみた。

「はい!よろしく、です♪」

…どうやら、これが正解だったらしい。彼女は終始ニコニコとしている。

 そんな可愛い過ぎる笑顔から視線を逸らしながら、俺は思う…。

 ―これが人を惹きつける人間ってやつなんだろうな、と。

周りから俺がどういう視線を向けられているのか、そんなことはお構いなしに普通に接してくる。話かければ自分も同類だと思われる、そう思われたくない、これが普通の考え方だと言うのに…。

俺がそんなネガティブ全開で思考していると、彼女が再び口を開く。

「どうして制服が違うんです?」

…どうして今それを?

しかし、今はそんな疑問の解決に時間を割いている時ではない。

とにかく、会話を続けなくては!

「…え~と、制服の発注が間に合わなくて仕方なくって感じだな」

「あ~、そうだったんですね!早く出来上がるといいですね♪」

「あ、ああ」

…何だか妙に声を張り上げてた感があるな?

俺が如月さんの行動に対する疑問を無視できなくなると同時に、周囲が一層ざわつき始める。

「…なん~だ。金が無いからって言ったの誰だよ?」

「お、俺じゃねーよ!」

おいおい?まさか…

「…お友達、できるといいですね?」

…どうやら、確信犯、ということらしい。

「あ、ありがとう」

「いえいえ♪」

…お優しい方ですね。

これで、クラスメイトの俺に対するおかしな偏見は取り払われたらしい。

…随分と頭の回転が速い人だ。

「あ!でも、鳴神さんのお友達第一号は私ですよ!」

だから何だと言うのだろうか?

そんなに嬉しそうにする意味が分からない。

ぶっちゃけ、勘違いしちゃうから止めて欲しい。

「ほら~、静かにしろ~、ホームルーム始めるぞ~、席につけ~」

 返答に窮しているうちに、おしゃべりタイムが終了してしまった。半ば強制的に会話は中断させられ、俺と如月さんも会話を切り上げ、先生に視線を向ける。

「それじゃ一人一人自己紹介をしてもらう。そのあとは学級委員を決める」

そして自己紹介タイムに突入。

…大丈夫だ。何度も練習した。

名前と趣味、この二つを言いさえすれば無難に乗り切れるはずだ…。無理をして好感度を稼ぐ必要はない。

そして幕を開ける俺への最初の試練…。

俺が覚悟決めている内に、俺の前に座る生徒が遂に立ち上がる。

「遠山正二だ!趣味は野球!好きなスポーツ野球!愛してるのも野球!夢はデカックメジャーリーグぅぅぅぅ!よろしくぅ!」

「「「「「パチパチ」」」」」

俺にもこの拍手が起こればミッションコンプリート。

…インパクトも必要無い。身の丈にあった自己紹介で良いのだ。

「次~」

…いざ!参らん!

「は、はい!鳴神正樹です!趣味はスパイもの映画を見ることです!よろしくお願いします!」

「「「「パチパチ」」」」」

俺が席に着くのと同時に送るクラスメイトの拍手。

…ふぅ~、何とか無難に乗り切った。気付けば心臓の鼓動が激しくなっている。―やはり、こういうのは苦手だ。

と俺が胸を撫で下ろしていると、後ろから綺麗な鈴の音が響き渡る。

「如月姫です!これから三年間よろしくお願いいたします。それと私、今年の生徒会会長に立候補しようと思っていますので、その際はよろしくお願いしますね♪」

そんな威風堂々した自己紹介の後には…

「やっぱり如月さんはすごいね~」

「一年生で生徒会長なんて、当選するのか?」

「如月さんなら、有るだろ?」

如月さんに対するクラスメイトの称賛や期待の嵐…。

如月さん何者だよ!?

とにかく、『如月姫』ならば何でも有り得る、らしい?

そんな猛烈な如月姫ラッシュは教師の一声に制止される。

「そんじゃ、クラス委員を決めてもらう。誰かやりたい者はいるか~?」

…これは空気的に如月姫なのではないだろうか?

俺を含めた皆の視線が如月さんに集まる。

―そんな時、気弱そうな細い声が教室に響く。

「あ、あの!誰も立候補者がいないのでしたら、私がやってみたいです!」

…勇者がいる。まさか、この如月姫絶対空間内で行動を起こせる者が居るとは。

「ふ、藤沢マリアです!自分を変えられる機会が欲しくて、その、ダメでしょうか?」

皆の視線がその藤沢さんに集まる。

…うわ、スゲェハーフって奴か?

綺麗な金髪を靡かせながらオドオドする姿は庇護欲を刺激される。如月さんが月ならば、こちらが太陽と言ったところか。

クリクリの瞳をオドオドさせる姿は小動物を彷彿とさせる可愛さだ。

…因みに胸元は、はちきれんばかりです。

そんな如月さんに負けず劣らずの美少女だが…

「え?このタイミングで?」

「普通、如月さんじゃね?」

「…あ~、高校デビューで先走っちゃったヤツじゃん」

周囲の反応は芳しくなった。

…おーう、このレベルの美少女でも太刀打ちできんとは。

恐るべし、如月姫…。

そんな周囲の反応に、か弱き勇者はしどろもどろにになる。

「あ、あぅ、す、すみま」

「謝る必要なんてないですよ」

 凛と鈴の声が響き渡ると、ざわついていた教室が一瞬で静かになる。

 場を一瞬で鎮静化した如月さんは藤沢さんの方を向き、微笑みを浮かべ、優しい声色で彼女に告げる。

「藤沢さん、お願いします♪」

「あ、え、でも」

さらに、混乱する藤沢さんだったが…

「如月さんが言うなら」

「いいんじゃね?」

「如月さん、生徒会にも立候補するって言ってたし」

「俺はやりたくなし」

…薄情な奴らだ。

どうやら如月姫はこの学校では絶対君主らしい。

…了解です。

事の成り行きを見ていた教員がここで締めに掛かる。

「んじゃ、藤沢がクラス委員な。よろしく頼む。はい~、拍手~」

「「「「「パチパチ」」」」」」

如月さんが叩いた手がクラス内に広まっていく。

そんな拍手を送られている本人はというと…

「わ、私、精一杯頑張ります!」

余程緊張しているのか、顔は真っ赤。それでも、クラスメイトに必死に頭を下げるその姿にどこか自分と似た所を見出してしまい、俺は物凄く彼女を応援したくなった。

こうして、無事クラス委員も決まり、教員が生徒たちを枷から解き放つ。

「んじゃ、これでホームルーム終わりな。後は教科書配布して終わりだ。放課後は好きにしても良いが、羽目外し過ぎんなよ~?」

教員がそう言い終えた途端に騒々しくなる教室。

「おっしゃ!ボーリング行こうぜ!」

「ショッピング行こ!」

「部活見学ってもうやってるのかな?」

 教科書を受け取りながら、放課後の予定についての会話に花を咲かせるクラスメイト。

…いかんいかん!何を第三者視点で俯瞰していいるんだ!?俺は!?

これでは如月さんの助けを借りた意味がなくなってしまう。

…良し。俺もガンガン攻めるぜ!

俺が決意を新たに立ち上がると、後ろの席が騒がしいことに気付く。

「如月さん、これからお食事でもいかがです?」

「ごめんなさい。この後は家の事情で真っ直ぐ帰宅しなけゃいけないんです。」

「そうなんですの?」

気付けば、後ろの席は既に女子含有率100%人の群れ…。

後ろでこんな騒がれたら気まずいし…。

良し!俺も声でも掛けに!

「任務だ!正樹!任務だ!正樹!」

鳴り響く図太い声。

それは言うまでも無く、俺の携帯の着信音。

…周囲の視線が痛い。後で普通の着メロに直そ。

俺は突き刺さる視線から逃れるように教室を出て、トイレへ。個室で電話をとる。

「どうした?父さん?」

「悪いな正樹!急な依頼だったから電話しちまった!」

…俺の高校デビューが、とは思わんでもないが仕方ない。

余計な迷惑もかけてしまっているし…。

「お前に長期の護衛任務を依頼したい!お前も高校生だし、色々と忙しいだろうから依頼は俺一人で回そうと思ってたんだが…、これだけ引き受けてくれんか?」

「…俺、高校に通うんだが?」

「今回の護衛対象はお前の学園の生徒さんらしいから心配いらんよ」

そういう事なら、大丈夫、か?

「てことで、顔合わせを兼ねたお食事会を向こうさんがご所望らしいから行ってきてくれ。場所と時間は転送しとく」

「了解だ」

「んじゃ、頼んだぞ」

そして、電話が切られる。

「この学校の生徒…。なら、誰でも可能性あるな。皆お坊ちゃん、お嬢様だし」

送られてきた情報を見ながら一人呟く。

「まだ、結構時間あるな…」

 夕方18時までに街外れ空地まで。現在時刻は13時。教室に戻る道中、時間をどう潰すか考える。飯でも食べるか、一旦家に帰るか…。

「あれ?時間があるってことはクラスメイトと遊びに…」

一人そう呟いて教室のドアを開けると

「…もう誰も居ないとか」

…完全に波に乗り損ねた。

そうして、項垂れていると後方から聞き覚えのある細い声。

「え~と、鳴神くん、でしたっけ?」

「は、はひ!?」

背後から突然声を掛けられて、俺は変な声を上げてしまう。

「ふ、藤沢さん?」

誰かと思えば、先程勇気ある行動の末にクラス委員を勝ち取った藤沢さんだった。あの騒動の渦中の人となれば、顔も名前も容易に覚えられる。

彼女は困ったような俺を視線に向けると、

「は、はい、どうも、あの、その」

オロオロとし始める。

「ん?」

そして、物凄く言い辛そうに俺にもの申してくる。

「あの、教室に用でしたら、早く入っていただけると、助かるのですが…」

 何気なく、彼女の姿を改めて確認。

 彼女の両手には箱、教室に入ろうとする彼女の行く手に立ち塞がる野郎が一 人…。

「ご、ごめん!」

俺は急いで彼女を教室に入れるべく教室に滑り込む。

「いえいえ!」

困ったように微笑みながら彼女も教室に入る。

そして、教卓の前まで行くと抱えていた箱をそこに降ろす。

「うんしょっと」

…初日から学級委員の仕事か?

そんな疑問から、俺は何気なしに彼女を質問を放る。

「藤沢さんは遊びに行かないの?」

「私、クラス委員なので教室の環境を明日までにある程度整えておこうと思いまして」

大層な気合の入れっぷりだが…

「先生がそう言ったの?」

流石に、自主的にこんなことをする奴が今時居るわけ…

「いえいえ!私が無理を言ってお願いしたんです!先生が、明日にでもクラスメイトに手伝わせてやった方がいいとおっしゃったのを、私が押し切ったんです!」

…あった。

今時、珍しい子だなおい?

続けて彼女は困ったように笑いながら俺に告げる。

「それに、遊びに行くようなお友達もまだいませんしね」

…俺は同類を見つけて、嬉しくなってしまう。

先程の大立ち回りを見て、彼女に人間性に酷くシンパシーを感じていたこともあり、俺は彼女を応援してあげたいと思ってしまい…、

「手伝うよ?」

気付けば、コミュ障にあるまじき積極性を発揮していた。

「え?でも」

今の俺はスターを獲得した髭のおじ様クオリティ。

「遠慮しないでいいぜ!残念ながらそんな事言われて、手伝わないでいられるほど冷たい人間じゃないんだ」

―食人花だって怖くない!

それでも、彼女は無敵状態の俺に、キノコの戦士のように刃向ってくる。

「あ、あの、で、でも、放課後のご予定がおありでは?」

…そろそろ、無敵状態がきれてしまいそうだ。

―だから俺は、本音を彼女に告げることにした。

「君と同じで一緒に遊びに出歩くほどの友達はまだいません」

藤沢さんは目をパチクリさせ、俺は苦笑い。

「そう、なんです?そ、それじゃあ、お願いしてもいいです?」

「ああ」

「「…」」

互いに互いの顔を見合い、沈黙すること数秒…

「何か、おかしいですね!」

「ああ、何かツボッた!」

―プッと二人して吹き出してしまう

そうして二人して一頻り笑い合ったあと、彼女の方から切り出してくる。

「それじゃあ、始めましょうか?」

「そうだな。で、何すればいいんだ?」

俺がそう問うと、藤沢さんはゴソゴソと箱の中を漁る。

そして、その中から画鋲の入ったケースと丸められた紙の筒を取り出す。

「では、教室内の掲示物を一通り片付けてしまいましょう!」

「了解!」

彼女に威勢の良い掛け声も俺が答えたあと、二人して画鋲を手に教室内を歩き回る。

「時間割はそこ、行事予定表はあちらにお願いします!」

「ほ~い」

こんな感じで彼女の指示を受けながら作業に没頭する…。

教室を画鋲片手に歩き回ること30分…

「ふ~、終わりか?」

紙の筒は遂に俺たちの前から消失し、匠の手により壁の飾りへと変貌を遂げた。

「そうみたいですね。後は教室を軽くお掃除したり、チョークの補充をしたりとかなので帰っていただいて大丈夫ですよ?とても助かりました!」

俺は笑顔でそう告げてくる藤沢さんから、携帯の時計へと視線を移す。

…まだ、13時半。約束の時間まではまだ余裕があるし…

「ここまでやったら最後まで手伝うよ」

同族を見捨てることなど、俺にはできそうもないようだ。

「え、でも」

「気にしない気にしない。で、掃除だっけ?」

少し迷ったようだが、俺に諦めたように微笑みながら藤沢さんは俺に告げる。

「すいません。クラス委員でもないのに…」

「だから気にするなって。んじゃ、掃除用具取ってくる!」

「よ、よろしくお願いします!それじゃあ、私は雑品室にチョークを取りに行ってきます。」

「了解~。」

―こうして、俺は藤沢さんの手伝いで時間を潰すことにした。

そして、二人で掃除を始める。

早速、俺は雑巾を片手に壁の汚れを擦るのだが…

「…ここの壁の汚れ、擦っても取れないな」

…これは完全に時間が経ちすぎて、こびりついちゃったヤツだ。

俺が壁の汚れを凝視していると、すっかり聞き慣れた細い声が背中から掛かる。

「うーん。汚れごと削って上から塗り直しましょうか?先程、チョークを取りに行った雑品室に、この壁の色に近い感じのペンキの使い残しがありました!」

…ほーう?中々の妙案!

「良し!それで行くぞ!」

俺が汚れを削り取っていると、今度は藤沢さんがうんうん唸り始めている。

「どうした?」

黄金の髪を靡かせ、こちらに振り向いた顔は、その髪に似つかわしくなく曇っていた。

「うーん、窓って拭いてもあまり綺麗になった気がしませんね」

あ~、めっちゃ分かる!

水拭きして乾いた後を良く見ると、水が乾いた後が付いてるんだよね~?

「水拭きしてから乾拭きもすると綺麗に見えるぞ?」

―勿論、その解決策も模索済みである。

「そうなんです?それじゃあやってみます!」

そうして、二人してドンドン掃除にのめり込んでいく。

「…くっそ!窓のレールのゴミが取れん。藤沢さん!割り箸とかないか?」

「え~と、多分職員室に行けばあるんじゃないかな?」

「了解した!」

…軽い掃除の面影は既に消え失せ、いつの間にか年末並みの大掃除にシフトしてしまっていた。

「よーし!掃除機までかけたんだ!これで心置きなくワックスがかけられるぞ!藤沢!」

「そうですね!では早速」

二人して教室のワックスが掛けを始めようとしたところで、

「…おい?お前ら、何やってんの?」

教員が来訪。

「「はい?」」

ここで担任が来なければミッションコンプリートだったのに…。

場所は移り、職員室。

「あのな~、お前ら手の抜き方を少しは知れ」

教室もみかけた男性教員が俺達を溜め息まじりに諭してくる。

「はぁ~」

「手の抜き方、ですか?」

俺は気の返事で返し、藤沢さんはそもそも何を言っているのか分からない、というような有様。

教師の発言に対して、二人して小首を傾げる。

何がそんなに不満なのかは知らんが、教員はまだ俺達にもの申したいらしく、再び頭を抱えながら口を開く。

「割り箸を貰いに来た辺りから、何かおかしいとは思ったが…」

…何?それは他の選択があったということか?

あの窓のレールに挟まったホコリを取る術が、他に存在していただと!?

「あそこのゴミを取るには割り箸が最善の選択だと思ったんだが…。違うのか?藤沢さん?」

藤沢さんが先生に奢って貰った缶コーヒーを手に、深刻そうに俺を見つめる。

「…もしかしたら、別の方法があったのかもしれません」

「なん、だと!?」

「いや、お前らいい加減にしろよ?」

「「?」」

「はぁー」

担任が諦めたように溜め息を吐き、俺達に犬を追い払うような、シッシッ!というジェスチャーを送ってくる。

「いいから、それ飲んだらもう帰れ」

全く、良く分からん教員だな…。

そこで俺は、何気なく時計を確認する。

…17時、丁度いい頃合いだな。

「はい」

故に、俺は素直に教員に返事を返すことにする。

もう時間もないし、付き合ってられん。

「分かりました。コーヒー、ご馳走様です!佐村先生!」

俺に続いて藤沢さんも頭を下げ、

「あいよ~、んじゃ気を付けて帰れよ~」

「「失礼しました。」」

二人して職員室を出る。

生徒昇降口に向かう道中、俺は何とはなしに口を開く。

「アイツ、佐村って言うのか」

「今日のホームルームの時おっしゃってたじゃないですか。佐村幸一先生ですよ?」

困ったように笑いながら、藤沢さんが優しく教えてくれる。

「…言ってたかもしれん」

「言ってたんです」

藤沢さんが俺に苦笑いを向けてくる。

…どうやら、呆れられてしまったらしい。

そんな他愛もない話をしながら生徒昇降口に向かう。そのまま、自然と二人並んで校門前まで来てしまった。

―そこでやっと気付く。

「スゲ~、もうカップルかよ?」

「今年の新入生は盛ってんな~。」

俺達の現状が、周りからどう見えるかを周囲の反応を前にして初めて自覚する。

…なるほど、そう見えるか。俺にとってはうれしい誤解なのだが…。

彼女にとってはよろしくないだろう。

「何でアイツ、ウチの制服着てないの?」

「ほら、噂のヤツだよ。無理やり金絞り出して入ってきたって言う…」

「あ~、あれが」

周囲の反応は予想を裏切らず、俺を異物のように扱うんもの。

…クラス内での誤解は解けたが、学校全体でそうではないのは当たり前。

なんて、この世の無常さを憂いていると、金髪の少女が隣から俺を見上げてくる。

「あ、あの、鳴神くん、私こっちだから」

当の本人は周囲の反応は気にしていないようだ。

「ん?ああ。んじゃここでお別れだな」

まあ、ここで別れるし、問題無いだろ。

これから藤沢さんと接する機会なんてあんまりないだろうしな…。

「んじゃ、またな~」

なんて考えながら、俺は彼女に別れを告げる。

「な、鳴神くん!」

俺が彼女に背を向けた所で、校舎に反響する細い声。

その声の持ち主が、今日のホームルームでオドオドしていた気弱な女の子と同一人物であるとは誰も思うまい。

「お、おい?そんな声張り上げなくても」

「ふ、ふぇ、ご、ごめんなさい!」

再び校舎に反響する声。

…ボリューム改善されてねーし。

何事かと視線を向けてくる下校中の生徒たちに、藤沢さんは目も向けない。

「ふ、藤沢さん!声、大きいって!」

「え?あ?」

 俺の二度目の忠告で、ようやく周りに目を向けた藤沢さん。

瞬間、たださえ真っ赤だった顔がさらに紅潮する。無論、夕焼けの所為などでは無く、彼女の『上がり症』故の症状であることを俺は知っている。

なにせ、俺が同類認定したミス『上がり症』だからな?

多分、文化祭にミスター&ミセスコンテストがあったら、赤面部門堂々の優勝は俺たち二人に間違いない!

なんて、俺が一人で訳の分からない思考をしていいると、周囲をオドオドと気にしていた藤沢さんが意を決したように俺に視線を戻す。

「な、鳴神くん!」

三度、反響する高音域…。

…もう諦めよう。どうやら、早く終わらせる以外の逃げ道はない。

「ど、どうした?」

「今日は手伝ってくれてありがとうございました!あ、あの、それで、私と、その」

…こんな超絶美少女にモジモジされたら、ヤバい。普通に強烈過ぎる。

お、俺だって『上がり症』なんだぞ!?

それに加えて、女子免疫不全症候群でもあるのだから、ホント勘弁してもらいたい…。

「お、俺と、な、なんだ?」

こっちまで顔が熱くなってくる。

「あ、あの、今日一緒にお仕事してとっても楽しくて、だから私と」

ゴクリと唾を呑みこんでしまう。

夕方に彩られる校門前。普段は無機質見えるコンクリートの道路が夕日に化粧を施されて幻想的な雰囲気を放っている。植込みの木々が僅かな風に揺れてざわつき、それが俺達を温かく見守っているように思われる。

そして、目の前には顔を朱に染め、涙目で俺を見つめる美少女…。

…ぶっちゃけ、所謂『告白』のシチュエーションと思われても仕方がない状態だ。

…これで期待するなと?

ああ、神様はなんて罪深い生き物なのだろうか?

「私と、お友達になって下さい!」

そして、もうカウントするのも面倒になるくらい回数を重ねてしまった藤沢さんの高周波が校舎に反響する…。

…いや、まあ当たり前ですから、ね?

ちょっと話してくらいで「…私、アナタのことが!」なんてアリエナイですから!

…でもな?これで期待するなって言うのは些か無理がありませんかねぇ!?

ああ分かってますよ!?俺が自意識過剰なイタイ女子免疫不全症候群なだけですから!こん畜生!

周囲もどうやら、俺とほぼ同意見らしく…

「…可哀そう」

「入学初日から早まったたんだな。アイツ…」

俺は見事に、告白に敗れた可哀そうな男子高校生Aに進化を遂げていた…。

…ていうか、早まってねぇよ?

ホント、なんで俺が振られたみたいになってんだよ?

「…ドンマイ」

なんか、通りすがりの男子生徒に肩を叩かれて励まされたんですけど…。

並々ならぬ理不尽さを覚えながら、俺は頬が引き攣っていることを自覚しつつも何とか彼女に返事することに成功する。

「あ、ああ。よ、喜んで」

「ほ、ホントですか?」

…悪気は、無いんだよな?

「あ、ああ」

「良かった~。じゃあ、これからお友達としてよろしくお願いしますね!」

…悪意は、無いんだよね?

そして、悲劇の現場を通り過ぎる野郎たちの要らぬ温情が俺の肩を刺激する。

「…次がある。頑張れ!」

「へこたれるんじゃねーぞ!」

そろそろ肩が痛い。お前ら絶対体育会系男子だろ?

…実はこの学校の男連中っていい奴らなんじゃね?

なんて、この学校の生徒に対する認識を新たにしている場合ではない。

…流石にこのままここに居るのは、俺の精神衛生上都合がよろしくないのでさっさとエスケープすることにする。

「そ、それじゃあ、俺、この後急ぐからこれで!」

そんな俺の内心をド天然超絶美少女が察してくれるわけもなく、全く邪気のない素晴らしい満面の笑みを俺に向けてくる。

そして、その整った唇から放たれるたのは…

「あ、はい!引き留めちゃってごめんなさい!では、また明日♪」

―完全に、不意打ちだった。そうだ。俺と彼女はたった今友達になったのだ。別れの挨拶があって当然…。頭ではそう処理できているのだが…。

初めての経験に俺の感情が躍る。

―それは俺が、人生で初めて受け取った同年代の人間からの『別れの挨拶』だった。

藤沢さんが胸の前で小さく、バイバイ、と手を振ってくる。

その光景に心を奪われつつも、なんとか俺は告げなければならない『返し』をする。

「あ、ああ、また明日な!」

―『また明日』って良いなって心の底から思った。

俺は返答するのが精一杯で、そう一言彼女に告げて駆け出す。

…やべぇ!超嬉しい!

自分の顔が気持ち悪いくらいニヤけているの自覚があり、そんな顔を見られて『初めての友達』に嫌われたくない、と思ったのだ。

だから、駆け出した。

そして、しばらくダッシュして高ぶった感情をどうにか抑え込む。

…ふ~、緊張した。

行き交う人の群れは、道の真ん中で急に立ち止まった俺に奇異の視線を向けてきたが、今日一日、その程度気にならないくらいの視線に刺され続けてきたので気にせずスル―。

そうして、落ち着きを取り戻した所で時計を確認。

「17時半。」

…さて、丁度良い頃合いだ。昼に、父さんから転送されてきた地図を開きながら歩く。

呆然と地図を眺めていると、違和感に気付く。

「…こんな所に建物なんてあったっけな?」

どう見ても、地図に示される目的地は街外れの森林地帯なのである。

「隠れ家的なお食事処なのか?」

一人で自問自答を繰り返しながら歩く。父さんに限ってこの手のミスをすることは考えられないし…。

街外れに集合でそこから移動、とかか?

なんて考えているうちに目的地に到着。

「…何もないし、誰も居ないじゃないか。」

現在時刻、17時55分、場所は街外れ森林地帯。

「あと5分あるし、まだ決めつけるのは早いか?」

そう口で言いつつも、内心では父さんの珍しいミス、ということで片付けようとしていた。そうして、完全に俺が油断した一瞬、

「…腕試し、てか?」

頭を横に傾け弾丸を避ける。後ろの木に風穴が空く。…狙撃。

「…でも、これじゃあ反撃のしようがないな。」

初弾は回避した。弾が来た方角から相手の位置も割り出した。しかし、次は場所を変えてくる。…あまり意味はない、か。でも相手は一人みたいだし、…何とかなるか?


         ―狙撃者view―   

 …おかしい。何だこれは?次弾を装填。引き金に指を添え、スコープで狙いを定め、引き金を引く。標的の頭部に命中、脳漿が弾ける。…こうならなければおかしい筈だ。

「…どうして避けられる!?」

伝説の殺し屋の息子だか何だか知らないが、お嬢様の護衛が私以上に勤まる人間など居るはずがない。これで死ぬようならそれまでのヤツ、そう思っていた相手だったはずだ。

こっちは改造した特殊な武器を使って射撃距離と精度を補っているというのに…。

 三発同じ方角から狙ってしまっている。弾が来る方向はとっくにばれているだろう。その証拠にヤツはこちらをしっかり見据えている。それでも、

「狙撃距離約1キロ、この距離から狙われて何故、避けられるの!?」

そしてなにより、

「…何故逃げない?」

私は腹が立っていた。この局面でヤツは反撃できない。普通なら撤退、これが正しい。なのに、

「…こっちの弾切れ待ち?」

舐められたものだ。持ち弾10発、残り7発。

「…殺す!」

絶対撃ち殺す。スコープを覗き、狙いを定める。たとえ、位置を知られても撃ってくるタイミングまでは分からないはずだ。

…こっちが有利なのには変わりない。

私は再び引き金を引く。

「なんで!?」

…また回避される。次弾装填、撃つ、装填、撃つ、装填、撃つ、装填、撃つ…。

「はぁ?」

思わず間抜けな声が出る。

こちらの狙撃が一向に当たる気配がない…。

馬鹿げている。

気付けば残弾は、2発のみ…。

「…こうなったら!」

「バン、バン!」

…この一撃のために位置を変えずにわざわざ弾を無駄にしたのだ。一発は頭部、もう一発は右足を地面に縫い付けるように足の甲を狙う。ずっと頭部を狙っていたのだ。急に足元に狙いを移されたら対応しにくい筈。しかも、これまで通り頭部も狙っている。

「…死んじゃったかな?」

狙撃を回避するという離れ業をやってのけるだけの実力があったのに、殺してしまうのは不味ったか?

「まあ、私が居れば問題ないしですし?」

完全に殺した、そう思った、のだが、

「ハ、ハァァァァァァァ!?」

スコープを覗き、死体を確認しようとすると、こちらに手を振るヤツの姿。

「な、んで生きてるの?」

そして、一つの可能性に思い至る。

「…私は、心理戦で負けていたわけじゃ、ない?」

一発目はまぐれ、二発目以降こちらの狙いとタイミングが読まれていた、これだけでも有り得ないが、そう思っていた。しかし、あれが回避されるということは…。

「…弾が、見えてる?」

毎秒1500メートルで放たれる弾丸を、目視している?

「…ありえ、ない」

…残弾0発。ライフルを手から落としてしまう。

―こんなの、無茶苦茶だ。

―狙撃者view END―


俺は遅い来る弾丸を避けながら、過去の記憶を想起していた。

思い出すのは天気の良い春の日の野太い声…。

『いいか正樹!弾道を読むなんて三流のすることだ!弾道は見るもんだ!分かったか!』

…弾道を読むだけでも十分凄いと思います。

『そ、そんなの無理だよ~』

俺は半べそで父さんに泣きついたが、いつもの一言で立ち直ってしまうのだ…。

『…正樹。お前の覚悟はそんなものだったのか?…モテたいんじゃないのか?』

『…やったやらぁぁぁ!』

『その意気だ!』

…そんな感じで、最早、根性以外何も頼るものがない状態で身に付けたこのスキル。顔のすぐ脇を掠めるライフル弾。…次弾接近。回避。

「…このスキル、凄過ぎ。」

…父さん、アンタ、クレイジー過ぎだよ。

弾を見ながら内心で呟く。

 ―正確には見えている、というよりは知覚する、と言う方が正しい。目だけではなく、耳、肌、体全体の神経を酷使して弾丸を感じている、ということらしいのだが…。結局、俺はそれを意識してできているわけではない。

…繰り返すが、100%根性で修得したスキルである。

と、再び、弾丸が接近。

「まだ弾切れなんないのかね?」

しかし、何で場所を変えないんだ?初撃を外した段階で変えるべきじゃ…?

「!?」

…冷や汗が頬を伝う。

頭部狙いを回避した時、一発目の後ろから二発目。

「…お前、何者だよ?」

今までの攻防はこの一撃のための伏線。

…ネチネチした戦略だ。狙いは…足か。普通なら引っかかったかもだが、

「…危ね」

 俺の右足爪先前数センチの地面に風穴が空いていた。…どんだけ精密射撃だよ。俺のしたことは数センチ爪先を下げることだけ。実は結構ギリギリの駆け引きだったりしたが…

「…弾が、来ないな」

撃ってくる間隔は5分~30分の間隔だった。30分立ったままにされると言うことは、

「…ここに来て場所移動か?」

まだ気を緩めることはできない。

「ヴゥ~、ヴゥ~」

ポケットの携帯が振動する。

…ビビった。携帯を開くと新着メール一件。知らないアドレスからだったが、

『合格です。この地点まで移動してください』

メールの内容は簡素な文章に添付ファイル。

「ふぅ~」

…やっと一息つけるようだ。

どうやら、終わったらしい。現在時刻20時少し前。…随分と手荒い歓迎ですこと。…なんでいきなり殺されかけなきゃいけないの?これ、絶対向こうが悪いよね?…どう落とし前を付けさせようか?

俺は依頼主への文句を考えながら、指示された地点へ移動する。街中に戻り、周囲を見回す。

…ここで、いいんだよな?

道路際に突っ立って、しばらく過ぎ行く乗車を目で追うだけの実に退屈の作業に没頭する。…あ、電気自動車だ。

 なんてやっているとその電気自動車に後ろから、黒塗りのリムジンが走ってくる。

「…スゲ~」

テカテカの黒光りのザ・高級車。

ボンネットに家紋なんか入れちゃってまあまあ…。

「ってマジか…」

 俺の嫉妬剥きだしのリムジン考察は強制的に中断される。

 なぜなら、そのリムジンが俺の前で停車したからである。

…え~と、これはどうしたらいいの?待ってれば誰か出てくるんだよね?それとも我が物顔で乗車すればいいの?…通行人ガン見じゃん。ええい!ここは男らしく我が者顔で乗車だ!…あ、でもこれって普通に触っていいの?ドラマとかで見るこういう車の運転手さんは、皆白い手袋してるよ?あれって素手で触れて車体に指紋を付けないためにそうしてたりするんじゃないか?もし、そうだったらどうしよう?

そうして、俺が車のドアに手を伸ばして固まっていると、

「…あの?何をしてらっしゃ…ってあれ?鳴神、君?」

 聞き覚えのある鈴の声が色が、いつの間にか開いていた窓から聞こえてくる。

「この声って…、如月、さん?」

窓に目を向けると、驚いて目をパチクリさせる如月さん…。

「「…」」

二人して互いに見つめ合う…。

勿論、これは二人が愛し合っているからとかではなく、互いに目の前に起きた信じがたい事実の真偽を確かめようとしているに過ぎない。

…依頼主って、よりにもよって如月さんかよ!?


 場所は変わって車内。

本当に車か!?と思うほど静かに走行するリムジンの中、二人して黙りこんでいる。車内には運転手さんと如月さんと俺の三人だ。

先に沈黙を破ったのは如月さんだった。

「あ、あの?鳴神くん?」

「は、はい!」

「喉とか乾きません?」

「だ、大丈夫、です!」

「そ、そうですか。」

「「…」」

 …いや、何やってんの!?俺!?

ここはありがたく頂戴しておくとこだろぉぉぉぉ!?如月さん困ってんじゃねぇか!?そうして俺が内心で己が所業を責めていると、如月さんが一息吐いて再び口を開く。

「…やめましょうか?」

「え?」

「気を使って頂く必要はありません。その代わり、こちらも気を使いません」

「は、はい?」

…つまり、どゆこと?

「では、私から…、鳴神くんは殺し屋なんですか?」

…ああ、そういうこと。気を使わずにズバズバ聞きたいことをお互い聞きましょう、って提案ね。確かにそっちの方がこっちも気が楽だ。

「…いえ。正確には殺し屋の息子、ってだけです。父の訓練を受けてはおりますが」

「…敬語」

如月さんが拗ねたように頬を膨らます。

いやいや!?ここ学校じゃないし!

「え、でも今回は仕事上のやり取りですし…」

「…そんなにお嫌ですか?」

「嫌とかそういう問題ではなくて」

「嫌でないのなら普通にしゃべって下さい。学校のお友達に、そのようにされては傷つきます」

「しかし」

「普通に、ね?」

…これでは話が進まない。こっちが折れるか…。

「わかりま…、分かった」

「はい♪」

ニッコリと微笑むと、如月さんが続ける。

「それで、殺し屋のご子息である鳴神くんがどうしてこの仕事を請け負うことに?私はてっきり、鳴神雅隆様が引き受けて下さると思っていたのですが?」

雅隆は父さんの名前である。

「父さんから代わりに引き受けてくれるように依頼されたんだ。手が回らないらしくて」

俺がありのままを伝えると、如月さんは形のよい眉を歪める。

「…あの?大変申し上げ難いのですが…」

…まあ、そうですよね?

無名の俺がいきなり父さんの代わりを務めます、なんて言っても信用できるわけがない。

「ああ~、やっぱり父さんじゃなきゃ心配、だよね?」

「…すみません」

当然の反応だ。しかし、

「ちゃんと実力は示したハズなんだが?」

「…と申しますと?」

何を言ってるのか分からない、みたいにキョトンと如月さんが聞いてくる。

…おかしいな?

「あれ?だってさっきの狙撃は」

「キィィィィィ!」

緩やかに走行していたリムジンが、急にブレーキーをかける。

如月さんは体勢を崩しつつも、慌てて運転席に声をかける。

「どうしました!?桜庭さん!?」

どうやら、運転手さんの名前は、桜庭さん、と言うらしい。

「い、いえ。ちょっと猫が…」

「そうなんですか?それで、猫ちゃんは大丈夫だったんです?」

「え、ええ」

「それなら良かったです」

…後部座席から桜庭さんと如月さんとのやり取りを見つめながら納得。

さっきの事を如月さん本人は知らない。つまり、さっきに狙撃の犯人は、如月さんの配下の者か、全然関係のない第三者の二択に絞られる。

まあ、今の反応を見る限り前者で確定だが…。

と言っても、これだけではあまりに決め手に欠けるので、取りあえず話を合わせておくことにする。

「それで鳴神くん?狙撃がなんとかって」

「いや。何でもない。忘れてくれ」

「そうなんです?では、気にしないことにします。では次は鳴神くんの番です」

話題を流すことに成功。

…俺の番ってことは俺が何か如月さんに聞くってことだよな?

単刀直入に聞くか。

「それじゃあ遠慮なく。…この仕事の護衛対象ってのは如月さんなのか?」

「そういうことになりますね。大丈夫だってパパには言ったんですが、聞く耳持たず、でして…。パパが勝手に決めちゃったんです」

整った形の言い眉が、困ったように歪められる。

「そんな過保護なお父さんなら今まではどうしてたんだ?やっぱり、俺の前にも護衛が居たってことか?」

「ええ、今まではパパが護衛してくれてました」

「…え?」

反射的に聞き返してしまう。

…いや、だっておかしいでしょ?

「ですから、パパが護衛してくれてたんです。正確にはそこで運転している桜庭さんと二人で、ですね。パパはお金をつぎ込んで世界各地の格闘技術を身に付けていますので強いんです」

いやいや!?そういうことではなくてですね…。

「待て待て。今の如月家の現当主は?」

流石に、当主自ら自らの身を危険に晒す訳がないよな?

「パパですね」

…当主自らが自分の娘の護衛をする!?

「き、如月さんの護衛の過程で、お父さんが怪我でもしたら大変じゃないか?」

動揺しつつも、何とかするべき指摘に成功する。

すると、困ったように笑って如月さんが答える。

「私もそう言ったんですが、『娘を守って死ぬなら本望だ!』とか何とか言って聞いてくれなくて…。困った父親です」

如月さんのお父さんはただのドMか戦闘狂の類と見た…。

「な、なるほど。でも、それならお父さんが今まで通りに護衛でも良かったんじゃないか?」

しかし、そんな変態な父親なら新たに護衛を雇う必要など無い筈だ。

そんな思いから、俺は如月さんに疑問をぶつける。

「それができなくなってしまったのが今回の依頼の理由です。パパが仕事の事情でどうしてもしばらく日本を離れなきゃいけなくなりまして…。それで、凄腕の護衛を雇う、という話になりまして…」

…ふむ。

「そういうこと…。で、その期間ってのは?」

「丁度、私の卒業まで、くらいですね」

これはまた…。

「確かに、本格的な長期の護衛任務だな」

随分長い護衛任務だ。

…いや、ボディガード、なんて職業もあるだし2、3年で長いなんて言うのはお門違いか。

そこで如月さんが困ったように顔をしかめて言う。

「…その、こちらから依頼したことなんですが、今ならまだお断りしてくださっても問題ありません」

「え?」

…仕事の依頼者本人にそんなこと言われたら、こっちもどうしたら良いか分からんのだが?

混乱気味の俺を真っ直ぐ見つめて、如月さんは続ける。

「…私はこの年になるまで少なくとも100回以上は殺されかけています。…パパと桜庭さんが居なかったら簡単に命を落としていたでしょう。それくらい危険なお仕事なんです」

―これは警告、というわけか。

…如月家がこの国を支えていると言っても過言ではない、それが今の如月グループの国内におけるポジションである。権力や財産目当てにその娘が命を狙われる、必然と言えばそれまでだが、何とも理不尽な話だ。

何より…、

「…100回、殺されかけた?」

俺と同い年の女の子が、そんな筋トレの回数みたいな回数死にかけてる?

…冗談だとしても全く笑える気がしない…。

「…はい。誘拐未遂なども合わせればもう数えるのが無駄なくらいですね」

 彼女は疲れたように、諦めたようにそう言って笑う。

…まだ15歳の少女が殺されるような思いを100回以上体験している。

―どれだけ辛いのだろう?

「断らない」

そう思った瞬間、俺の口が勝手に動く。

「…え?でも、本当に危険なんですよ?父さんも桜庭さんも私の所為で何度も怪我して」

…ソイツらは好きでそうしているのだろう。だから、そんな奴らが怪我をしようが死にかけようが俺の知ったことではない。

―だた、

「それは如月さんもだろ?」

ソイツらが『この子を守ってあげたい』と思ったことには共感できる。

この子は間違いなく、現状に苦しんでいる。

さっきの困った笑顔に含まれる感情の大半は恐らく、『諦め』。

この子は疲れきっているのだ。

命を脅かされる日々に。

…理不尽に追い詰めらる日々に。

「それは…」

今、俺の目の前で動揺しているこの子を助けてあげたい、と思うことは普通ではないだろうか?

もし、こんなボロボロの女の子を無視できる野郎が居るなら紹介してくれ。

…俺がぶん殴ってやる。

「とにかく、断らないから安心してくれ」

それだけは俺の中で決定していた。

俺にどこまでできるかは分からないが、力になってあげたいと心から思う。

「で、でも!」

と、如月さんが声を少し荒げた所で車が停車する。

「お嬢様、到着です」

同時に、運転席から声がかかる。

それから、数秒後に扉が外側から開けられる。

如月さんは出かけた台詞を飲み込むように飲み込むようにして、落ち着いた様子で俺に告げる。

「…いずれにしろ、私の一存だけでは決めかねることです。パパの許可も頂かないと」

「そうなのか。それじゃあパッパと許可をもらうとするか」

俺は如月さんにそう答えながら車から降り、続いて如月さんも降りる。

―瞬間、俺に猛烈な殺気が浴びせられる。

「それじゃあ、試させてもらうぞ?若造?」

ドスの効いた男の声。

父さんに及ばないものの、それに限りなく近い研ぎ澄まされた殺気。

その殺気を辿った先には、体勢を低くして物凄いスピードで接近してくる大男。

その大男が、俺の顎を突き上げるように拳を放ってくる。

―速いな?でも…

「…ふん。少しはできるみたいだな」

「…随分手荒い歓迎ですね?」

不愉快そうな男の台詞に、俺も同じように不快さを滲ませて皮肉で答える。

俺は拳を左の手の平で受け止めながら、大男を睨みつけてやる。

「パパ!?何を!?」

鈴の声が高周波となり、暗闇に包まれた厳かな門の前に響き渡る。

…どうやら、この大男が如月さんの父親らしい。

声を荒げながら、自らの父親を問い詰めるべく、ズンズンと歩み寄ってくる如月さんだが、タキシードを着た黒髪セミロングの女性に取り抑えられる。

「…お嬢様。ご無礼、お許しください」

「桜庭さん!?これは一体どういうことですか?」

「…鳴神様には失礼ですが、私どもで彼の実力を量らせていただくことにしました。」

…やはり、さっきの狙撃は桜庭さんの仕業だったらしい。

「そんな危険なこと!」

「鳴神様の父、雅隆様も了承済みです。」

「だからって、パパを相手になんてしたら死んでしまいます!」

声を荒げる如月さんを無視して、桜庭さんが俺に声を掛けてくる。

「…鳴神正樹」

「なんでしょう?」

「雅隆様から伝言です。『間違えるなよ?』だそうです」

…なるほど。父さんも一枚噛んでるわけね。

『俺はお前に大切のものを守る力を与えたかっただけだ』

父さんのあの日の言葉が頭の中を過ぎる。

…つまり父さんは、俺が如月さんを守りたいとと思うことを完璧に予想した上で、今回の事を仕組んでいるようだ。

父さんなりに俺に力の使い方教えたかった、ってとこか?

そうして、一人で状況把握に努めていると、視界に二発目の拳を捉える。

「鳴神くん!逃げてください!父さんと真面に戦ったら怪我じゃすまな…え?」

如月さんが俺には必死に警告してくれるが、その警告は台詞の途中で中止される…。

―それは何故か?

「…ほーう?初撃を受け切れたのはまぐれって訳じゃねぇのか?」

「この程度でヤられるような鍛え方はしてませんので♪」

俺は笑顔で如月さんのお父さんにそう返す…。

―それは、俺が如月さんのお父さんの一撃を手首を掴むことで止め、そのまま捻り上げ、一本背負いのようにその巨体を投げ飛ばしたからだ。

警告の必要がなくなれば、中止する。まあ、普通の事だ。

しかし、相手もそんなことでヤられてくれるわけはなく、綺麗に受け身を取られてしまった。

体勢を立て直した巨体が俺に話しかけてくる。

「…俺が投げに入られるなんてな。お前の父親以来だぞ?」

「それは恐縮です。お父さん」

「…おい?その呼び方やめろ」

「どうしてですか?お父さん?」

「…死ねや。クソガキ」

 途端に、如月父から湧き上がる殺気。あの卒業式の時の少年とは比べものにはならない圧倒的な威圧感。

…これが強さだ。これ以外の何が『強さ』だと言うのだろう?

…挑みたい。そして自分がこれより強いのか確かめたい。拳を握り占める。

―そこで、

『正樹?腕っぷしの強さだけが強さじゃない。』

父さんの言葉がリフレインする。

…そうだ、そうじゃない。これじゃあまた同じことを繰り返してしまう。これは自分の強さを誇示するための戦いではない。

―守るための戦いだ。

「すー、はー」

深呼吸。…よし、大丈夫だ。


―如月父view―

 …一瞬怯んでしまった。何百人の悪党をこの手で殴り飛ばしてきたこの俺が、たかが殺気で冷や汗をかかされた。

そんな化け物のような殺気は身を潜め、それを放った当人は現在、得体のしれない雰囲気を纏っている…。

『…大悟。俺は自分の息子を化け物にしちまった。』

…雅隆が深刻にそう言っていた意味を今になって理解した。あの最強の殺し屋として名高い鳴神雅隆が言った言葉を、俺は恐れるべきだった。

―俺は恐れる所か歓喜していたのだ。俺でも手も足も出ない雅隆相手に一本取るなんてどこまで強いのだろう?ぜひ手合せしてみたい!

…しかし、そんな考えは『それ』を目の前にして消し飛んだ。

―殺気を飛ばされた途端、体中のあらゆる器官が俺に撤退を訴えた。

逃げなければ殺される、本能が訴えてくるのだ。

「…コイツはたまげた」

「何かおっしゃいましたか?お父さん?」

俺の呟きに目ざとく反応してくる化け物。

…しかし、いくらこのクソ餓鬼が化け物でも、姫ちゃんの父親としてアイツのあの振る舞いは止めさせなければならない。

「…黙れねぇと舌噛むぞ?クソガキィィィ!」

―お父さんって…、呼ぶなぁぁぁぁl!

勢いよく地面を蹴り、腰を溜めた拳を叩き込む。

「避けないと死ぬぜ?」

一応警告はしてやった。コイツほどの手練れならば、これで死ぬことはない…。

「そうです?」

―なんて思っていた俺は、息を呑むことになる。

「な!?」

…また受け止められた。初手とは違う、全力の一撃だ。

その一撃を雅隆の息子は平然と左の手の平で包み込んでいた。

…受けたクソガキの手は、完全に伸びきっている。つまり、衝撃を吸収する、なんていう事すらされていない。

―純粋な腕力で受け止められた。

俺が驚愕に目を見開いていると、クソ餓鬼が声を跳ね上げる。

「驚きました!スピードこそ劣りますが、父さんより威力のある拳を放てる人がいるなんて!世界は広いですね!」

…そりゃあ、雅隆にも馬鹿力だと呆れられるほどの一撃だ。

故に自信もあったんだが…。

「…お前、化け物か?」

もはや、恥も外聞もない。

口から、そんな台詞が零れていた…。

「失礼ですよ?お父さん?では俺の番ですね」

クソ餓鬼がニコやかに俺にそう告げた瞬間、

「ガハッ!」

―吹っ飛ぶ俺の体…。

…今、何をされた?腹に何かを叩き込まれた?ダメージを受けた箇所から辛うじて推測できた。

そして、この一撃は間違いなく…、

「…完全に舐められてるな」

―手加減されている。

 しかし、それも仕方のないことのように思う。

ここまで圧倒的な力を持ってしまったら、人を舐めるな、と言う方が難しい。

…見た目こそ派手にぶっ飛んでいるが、これはそれだけの一撃だ。掌底の威力を分散させ、俺の体の中身へのダメージは極限に軽減させている。

そして何より、

「…寸止めでこれか。雅隆、これは確かに化け物だ」

―この一撃は、俺の体に触れもしてないで放たれたものだったのだ。

―如月父view END―


「ズドーン!」

如月家正門に、男の巨体がぶち当たり、木製の扉が粉砕する。

「パ、パパ!?」

如月さんが叫ぶ。

自分の父親が目の前でぶっ飛ばされたのだ、当然の反応である。

「大丈夫だぞ~姫ちゃん~」

如月父は瓦礫を掻き分けて立ち上がってくる。

…まあ、加減もしたし当然か。

俺は瓦礫から這い上がってくる大男にもの申す。

「…お父さん、まだやります?」

「だからその呼び方は…、まあいい。俺の完敗、合格だ」

「そうですか…。でも、お父さんはまだ本気をお出しになってませんよね?」

…この人の本気を見てみたい気もするのだが。

「…二撃目は殺すとまではいかなくても、その一歩手前ぐらいの深手を負わせるつもりでやったさ。…あと、それはお互い様だろ?」

苦笑いで締めくくられる大男の台詞に、

「そうですね、お父さん」

俺も苦笑いでそう答える。

「…大悟だ」

俺に『お父さん』と呼ばれるのが余程嫌らしい。

…何とか合格は勝ち取ったことだし、もう無理に挑発する必要もないか。

「よろしくお願いします。大悟さん」

素直に名前で呼ぶことにする。

「…ああ」

俺達が一応の和解をした所で、この大男の遺伝子を継いでいるとは思えない美貌の持ち主が口を開く。

「…え~と、鳴神くんは怪我とかは…してないですね」

「ああ、大丈夫だ」

サムズアップでそれに答えてやる。

如月さんは目をパチクリとさせながら続ける。

「それにしてもパパをこんなに簡単に倒してしまうなんて…」

「…ええ。正直私も驚きました。狙撃すら通じませんでしたし」

如月さんのそんな呟きに応えるのは、凛とした雰囲気を漂わせる美女、桜庭さんだ。

…その台詞を聞いた俺は、遂に狙撃の犯人を特定するための証拠を確保した。

「…やっぱり桜庭さんが狙撃の犯人ですか」

俺が桜庭さんにそう問いかけると、彼女の体がいきなり跳ね上がる。

そして、壊れたロボットのように如月さんの顔色を窺う。

「…狙撃?鳴神くんを、ですか?桜庭さん?」

―彼女の視線の先には、笑顔の如月さん。

「あ、いえ!あの、ほんの腕試しで」

「いや~、頭部ばかり狙ってこられたからハラハラでしたよ~」

いや~、本当にびっくりした。いきなし狙撃なんて今後はもう止めて頂きたい。

「…で?何でしたっけ?腕試しで頭部を狙った、っていう話でしたっけ?」

桜庭さんが固まった。そして次の瞬間、

「ふ、ふぇぇぇぇん!だってコイツ必要ないじゃん!私がいれば大丈夫じゃん!そもそもお嬢様の周りをどこの馬の骨とも知れないクソ餓鬼にうろちょろされたら嫌じゃないですか!?お嬢様に何かあったらどうするんですかぁぁぁ!」

…この人誰?いきなりキャラが崩壊したんですけど。

悪戯がばれた子どものように大泣きする桜庭さん。

そんな桜庭さんに、笑顔を保ったまま如月さんが話かける。

…ん?何か笑顔に違和感が?

「迷惑かどうかは私が決めることであって、桜庭さんが決めることではありません。私を思っての行動だということは分かりましたが、軽率に鳴神君の命を奪おうとしたことは許されません。…罰を与えます♪」

「…い、嫌だぁぁぁぁ!」

笑顔の如月さんが指を鳴らす。

すると、どこからともなく3人のメイドさんが現れる。

「は、離せ!この!」

抵抗する桜庭さんだが…

「…では、よろしくお願いしますね?皆さん♪」

「「「はい、お嬢様」」」

俺が瞬きした瞬間、

「う、うぅぅぅぅぅ!」

…猫耳メイド桜庭さんが羞恥に頬を染め、唸っていた。

これだけなら目の保養で済んだのだが…

「あ、あの~?如月さん?」

「はい?なんでしょう?鳴神くん?」

「…なんで桜庭さんは首輪に繋がれてるの?」

「何でって、お散歩だからに決まってるじゃないですか♪」

見るものを虜にする素晴らしい笑顔で俺にそう返してくる如月さん。

…今分かった。

彼女は笑っているようで、笑っていなかったのだ。

「嫌だぁぁぁ!行きたくない!こんな格好で夜の駅前なんて行きたくないよぉぉぉぉ!」

…桜庭さん、可哀そう過ぎる。

 現在時刻22時。この街の駅前は飲み屋が密集している。つまり、夜は人で溢れている。因みに、今日は金曜日。次の日が休日である大学生や社会人の巣窟と化している…。

「…警察に捕まるんじゃない?」

こんな姿で街を歩かせたら、ただの公然わいせつそのものである。

「大丈夫です♪警察には許可をとっております。むしろ、彼らには無断で写真を撮ったり、触れようとしてくる輩を取り締まるために協力要請を出しています♪」

…なんという規模の公開羞恥プレイだろうか?

「…桜庭さん?下劣な視線に体中を舐めまわされてきてください♪」

「嫌だぁぁぁぁぁ!」

いつの間にか到着していたリムジンに押し込まれる桜庭さん。

その光景を笑顔で見つめる如月さん…。

「嫌ぁぁぁぁぁぁ!」

…車のドアが閉じられ、エンジン音と共に遠ざかって行く悲鳴…。

そこで、騒動の一部始終を黙って見ていた大悟さんが口を開く。

「それじゃあ、俺も仕事があるんでな?これで失礼させてもらう」

「分かりました。では、私は鳴神君と詳しい契約内容の確認をします。…良いんですよね?」

「実力的には何の問題もない。それさえあれば、俺からは何も言う事はないな」

「…分かりました」

「まあ、仲良くやってくれ。それじゃあな?」

「はい、お仕事頑張って下さい」

大悟さんは如月さんとそう会話を交わし、いつの間にかやって来ていたリムジンに乗って去って行った。

大悟さんを載せたリムジンが見えなくんると同時に、如月さんがこちらを向く。

「…さて、行きましょうか?鳴神君?」

「はい!」

この人に逆らってはならない。

そう思うと、どうしてもシャンとせずにはいられない…。

…如月さんの笑顔の裏に隠された本性を垣間見た。

俺に一言告げ、歩き出した如月さんの後に、気持ちを新たにして続く。

そして、俺がぶっ壊した門をくぐってふと思う…。

「…あの、如月さん?」

「どうしました?」

「…この門って、弁償だよね?」

単刀直入に聞いた。すると如月さんはコロコロと笑って答える。

「フフ♪この世の終わりだ、みたいな顔してますよ?」

一頻り笑うと如月さんは続ける。

「心配しなくても大丈夫です。今回の一連の騒動はこちらが一方的にしたことですから。鳴神くんは殺されかけてそれに対処しただけです。何も悪くありません。破損物は全てこちらで修繕いたしますから、安心してください」

「良かった~」

「その代わり」

ホッと胸を撫で下ろす俺を見て、如月さんが悪戯っ子のように微笑んで言う。

「私の護衛、という任務をしっかりこなしてくださいね?」

…これは言外に、俺が仕事を受ける、という前提での話、と念押しされているらしい。途中で逃げ出そうものならこの話は無かったことになり、壊したものの弁償は…

俺がダラダラと冷や汗を流していると、彼女が笑顔で俺に追い打ちを掛けてくる。

「因みに、この正門は世界でも有名な建築家が20年掛けて造ったものなんですよ♪」

「…頑張らせていただきます」

満足気な微笑みで答え、再び前を行く如月さん。

それから、大きな庭を5分ほど歩くと如月邸に到着。

「おーう」

…変な声が出てしまった。目の前には西洋のお姫様でも住んでいそうな立派な豪邸。洋館、と言えば良いのだろうか?

「鳴神くん?どうしました?」

豪邸の真ん前でぼんやりしている俺を、不思議そうな瞳で見上げてくる如月さん。…あ、如月さんってこうして並ぶと分かるが結構小柄なんだな。

…うわ、この小動物っぽい表情、可愛い。…ヤバい、顔が熱くなってきた。女の子に免疫がない俺には少々刺激が強過ぎる…。

「鳴神くん?大丈夫ですか?お顔が赤いですが…。もしかしてお体の調子がよろしくないんですか?では、すぐお医者様を」

「だ、大丈夫大丈夫!」

この病気は不治の病なのです。

「そうですか?でも、調子が悪いのでしたら、無理はなさらないでくださいね?」

「はい!大丈夫!」

まだ少し納得できていないのか、数秒、如月さんは訝しげに俺を見ていたが、

「では、入りましょうか?」

何とか誤魔化しきれたようだった。

「はい!」

俺はそう返事をし、再び如月さんに続く。

そして、如月さんが歩を進めると扉が開かれる。

「「「「お帰りなさいませ!お嬢様!」」」」

「はい、皆さん、ただいまです♪」

 建物の中に入ると、執事服やメイド服、コックさんまで様々な格好をした人が広いエントランスに綺麗に整列していた。右を見ても左を見てもお辞儀する人の列。彼らに上品に微笑みながら返事をしたあと、如月さんは左右を使用人の列で固められた真ん中を悠然と歩く。

その後ろに、肩を小さくして続く俺…。

そんな俺に対する使用人の皆さんの反応はと言うと…

「…あの男、誰?」

「何でも旦那様の代わりにお嬢様の護衛を引き受ける方、だそうだぞ?」

「…あんなヒョロヒョロで大丈夫かぁ?」

…まあ、色々と言われたい放題である。

早くお家に帰りたい…。

そんな俺の内心に如月さんが気づいてくれる訳もなく、彼女は俺に普通に声を掛けてくる。

「では、行きましょうか?食堂でお食事をしながら今後の事を話し合いましょう。」

「はい!お嬢様!」

「…鳴神くん?もしかしてからかってます?」

…ヤバい。あの笑顔だ。桜庭さんを公開羞恥プレイに送り込んだ時のアレ、だ。

「…すみません。調子に乗りました」

「はい。良くできました♪…でも、次はありませんよ?」

「はい!」

…ちょっとした出来心だったんです。

この俺にとって非常に居心地の悪い空間が耐えられなくてですね?

照れる如月さんを見れたら少しは癒されるんじゃないかな~、とか思っちゃった訳ですよ?

…だが、それは失策だった。

如月さんは、からかってはいけない類の人種であることが判明した。

…気をつけようっと。

そうして、俺が密かに如月さんマニュアルを構築していると、

「適当に座って下さい」

20人は座って食事できそうな長テーブルがある部屋に案内される。

…食堂、か?

天井を見上げればシャンデリア、暖炉もあり、その上にはこちらを睨めつける鹿の剥製。…俺の想像通りのザ・お金持ちの部屋である。

「…え~と?」

そんな部屋を目の当たりにして、戸惑うザ・庶民。

…適当に座れと言われても正直困ってしまう。どこに座るのが適当と言えるのか分からない。上座に近い方がいいのか?いや、待てよ?上座ってのは偉い人が座るイメージがある。つまり、上座に近ければ近いほど身分が高くないといけなんじゃね?しかし、時と場合によってそれも変わってくるのではないか?今は二人しかいない訳だし、もしかしたらそういった場合の作法とかが…

「フフ♪本当に面白い方ですね?」

俺はハッとして鈴の音の持ち主に目を向ける。

「す、すまん。こういう場所での作法とか全然分かんなくて」

「私は、適当に、と言いましたよ?ですから、そんなガチガチにならなくても大丈夫なんです」

如月さんは笑いながらそう言って席に着く。

「どうぞ♪」

そして、自分の向かいを俺に勧めてくる。

「そ、それじゃあ…」

俺は恐る恐る勧められた席に、腰を下ろす。

「はい♪それでは食事を持って来させましょう。」

そう言って手を打つ如月さん。

すると、メイドさんがカートに料理を載せて入室してくる。

そして、俺達の近くまで来て一言。

「失礼します」

「は、はい!失礼されます!」

そんな風に返す俺にメイドさんは小さく笑うと、俺の前に料理を並べる。向かいの如月さんにも同じように料理が並べられる。それが済むとメイドさんは退出していく。

俺はその背中が見なくなった瞬間、すぐに目に前の料理に視線を奪われる。

「…うわぁ」

目の前にはジュージュー音を立てるステーキな肉。

そんな俺を見て、如月さんが話かけてくる。

「もしかしてお肉、お嫌いですか?殿方はお肉が好きだと窺いましたので準備させていただいたのですが…」

「いやいや!そいうわけじゃなくて、だな…。こんな本格的なヤツ、食べたことないから気後れしたというか…」

「それなら良かったです。二人きりですし、作法などは気にせず気軽に召し上がって下さい」

庶民に対する如月さんの気遣いがとっても嬉しい。

「そ、それじゃあお言葉に甘えて!」

俺は早速、ナイフとフォークを両手に肉に向かう。左手のフォークで肉を抑え、右手のナイフで切り込む。すると、肉汁がステーキから溢れ出してくる…。

「…すげぇ」

口が漏れるのはそんなありきたりな感想。

一口サイズにカットした肉を、口に運ぶ。一噛みで口の中が肉汁で満たされる。触感は柔らかく、と思ったら口の中から触感が溶けるかのように消え失せた。

―わんだふぉ~♪

「フフ♪気に入っていただけたようですね」

正面に目を向けると、微笑ましく俺を見つめる如月さん。

「…俺そんなガッついてた?」

…流石に失礼過ぎたか?

「そんなことないですよ?ただ口に入れた瞬間、とても幸せそうにしてましたから♪」

何だか気恥しくて、如月さんの顔を真面に見れなくなってしまう。

そんな俺に微笑みながら、彼女は口を開く。

「では、召し上がりながら契約内容を決めましょう。人を呼びますけど気にしないでください。学校で言う書記の役割を担う方です」

如月さんのその言葉を待っていたかのように、60歳ほどの執事服の紳士が入室してくる。

そして、俺に向かって一礼して一言。

「鳴神様。私の事は置物程度だと思ってくれて構いません」

「わ、分かりました」

俺が紳士に答えると、如月さんが口を開く。

「では、始めます」

「あ、ああ」

俺が答えると、如月さんがいつの間にか手にしていた紙切れに視線を落とす。

「…まず、意志確認からです。私の卒業までの期間、私、如月姫の護衛を引き受けて下さいますか?」

勿論、答えは決まっている。

「OKだ」

「…大変危険が伴うお仕事ですので今ならまだ」

「それを考慮した上での判断だ。変更はない」

如月さんは数秒俺を見つめていたが、契約内容が書かれているであろう紙切れに視線を戻し、続ける。

「…分かりました。では、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

二人して頭を下げ合う。

そして、進行される契約確認。

「続いて報酬についてですが、こちらは鳴神くんが要求するものを可能な限りなんでもご用意させていただきます」

「それは現金以外でも良い、って事か?」

「そういうことになります。鳴神くんには命を賭けて私を護衛してもらいます。その報酬として、鳴神くんが所望するものはいつでもなんでも可能な範囲でご用意させていただきます」

「…なんでも」

思わず、如月さんをマジマジと見つめてしまう。

…もしも如月さんを彼女に、って要求した場合は…

「可能な範囲で、というのをお忘れなく♪」

…とてもいい笑顔で釘を刺されてしまった。

「…了解しました」

「よろしい♪」

うん!調子に乗りましたごめんなんさい!

俺の了承に笑顔で頷き、話を先へと進める如月さん。

「次は労働環境に関することです。護衛ですのでここに住み込みで働いてもらうことになりますが大丈夫でしょうか?」

「…え?」

…今何と?

「四六時中傍に居ろ、とは言いませんけど、同じ建物内に暮らしていただいた方が護衛しやすいでしょうし、その…」

珍しく言いよどむ如月さん。やがて、少し頬を赤らめながら続ける。

「…こちらが安心できます」

小声だったが確かに聞こえた。

「あ、ああ。そっちがいいならそれでいいぞ?」

「そうですか!ありがとうございます!」

安心したのか今日一番の笑顔で返してくる如月さん。

目の前の可憐な笑顔に見惚れながらふと思う。

…如月さんがなぜ今こんなに安心したのか?

それは家の中でさえも狙われる事があるから、と考えるのが妥当だろう。

…家の中ですら安心できないなら一体彼女はどこで安心できるのだろう?

「鳴神くん?どうしました?そんな怖い顔して?…やっぱり住み込みは嫌、ですか?」

俺がそんなことを思い、眉間にしわを寄せていると如月さんが恐る恐る、といった感じで尋ねてくる。

俺は慌てて取り繕いに掛かる。

「そうじゃないそうじゃない!ただ如月さんみたいな可愛い女の子と同じ屋根の下とか緊張しちゃうな~、なんて…」

…あ、これは少しイタイ発言過ぎたか!?

なんて思ったが、如月さん特に何も思うことはないらしく、あっけらかんと俺に告げる。

「そうなんです?でもそれは私にはどうにもできそうにないですね…。整形でもしてもっと親しみやすい顔に」

―あぁん?今、この子、何て言った?

…整形がどうとか言ってなかったか?

「何言ってやがる!?」

はは♪そんなこと、許されるとでも?

如月さんが突然態度を一変させた俺にビクッとする。

「な、鳴神くん?」

しかし、これは言っておかなければならないことだ。

一人の男として!

「如月さん!」

「は、はい!」

次の瞬間、

「あ、あの?鳴神君?」

「お願いします!俺の胸の高鳴りを奪わないでくれ!」

―俺は土下座していた。

「は、はい?」

もう如月さんは、意味が分からない、という体でオロオロしている。

「正直に言います!俺は如月さんみたいな美少女と暮らせると知って、欲情してます!」

「ちょ、ちょっと!?鳴神君!?」

如月さんが慌てふためいているが、俺は止まらない。

「だから、緊張する、っていうのは悪い方のそれではなく、むしろ良い方なんです!だから俺からそれを奪わないでくれないか!?今まで女の子の『お』の字とも縁がなかった俺を少しでも憐れんでくれるなら、どうかご容赦を…!」

「な、鳴神くん!分かりましたから顔を上げて席に戻って下さい!」

「…整形、考え直してくれるか!?」

「分かりましたから!」

…任務完了。危うく国宝級の美貌を失うとこだった。

「良かった~」

俺は如月さんの言葉に安心して、席に戻る。

気付けば、向かいに座る如月さんは、真っ赤だった…。

「…鳴神くんは案外お馬鹿さんなんですね?」

整った眉をビクつかせながら如月さんが言う。

俺はその姿を見て自分が暴走してしまった事を悟る…。

「…すいませんでした!」

ゴンッとテーブルに自身の頭を叩き付ける。

「…正式な仕事開始は明日以降とします。明日以降は、大目に見ませんので♪」

「はい!」

 如月さんは羞恥と怒りで破裂寸前であった。

…一応笑ってはいるが、笑顔で怒っている、としか思えない。

因みに、書記の紳士は口元を手で抑えて必死に笑いを堪えている…。

 頬を羞恥に染めながらも、事務的な口調で如月さんが話を閉めに括りに掛かる。

「明日からこちらに住み込みで私の護衛をしてもらいますので、必要なものだけまとめておいてください。大方のものはこちらでご用意しますので荷物は最小限で大丈夫です。明日はお家から登校してもらって、その日の放課後からこちらに、という運びです。荷物は、朝登校なさるまでに玄関にまとめて置いて下さい。お宅に人は?」

「今、両親は家を空けてるから俺一人だな」

「そうですか。では、鍵は開けたままでお願いします」

…開けたままって

「…そりゃあ俺の家に盗みに入っても取られるものはないかもだが…」

流石に、泥棒にわざわざ家に招きよせるような真似はしたくない。

そんな俺の内心を察したように如月さんは続ける。

「家の者を鳴神くんの登校と同時に警備につかせるので、その点は心配ございません」

「そういうことなら…」

「では、荷物はこちらでこの家に運び込んで置きますので、よろしくお願いします。」

「了解した」


…ということで一時帰宅となりました。荷物は最小限でいいみたいだし、本当に必要なものだけにしておくか。着替えと仕事道具一式、くらいでいいだろう。あとの生活用品はお言葉に甘えて如月さんに準備してもらおう。頭の中でそんなことを考えながら玄関の鍵を開け、我が家に。

「ただいま~」

「パン!パン!」

突然、真っ暗だった家中に明かりが灯り、目の前でクラッカーの破裂音。

「「正樹!おめでとう~!」」

次いで、野太い声と聞き慣れた柔らかい声質のハーモニー。

「…帰ってたなら連絡の一つくらい寄越せや」

「連絡したらサプライズにならないじゃない~?」

「そうだぞ!正樹!父さんたちは正樹にサプライズを提供したかったのだ!」

俺の文句にそんな返しをしてくるのは、普段は家を空けることの多い俺の両親だった。

俺は溜め息を一つ吐き、彼らを問い質す。

「それで?これは何の騒ぎ?」

「何のって?お前の仕事が本決まりになったお祝いに決まってるだろ?」

「…父さん、随分情報が早いな?」

「い、いや~、母さんがたまたま偶然手に入れた情報でな~。なぁ?母さん?」

「そ、そうなの!如月グループ関連の情報を探してたら偶然、ね?」

…そういう事にしたいならそれでいいか。

別に無理に突っ込む理由もない。

「…まあ、いいや」

俺がそう零すと、二人が嬉々として騒ぎ始める。

「そうそう!そんな細かいことは気にせずに!パーティーだ!」

「…俺、如月さんの家でご馳走になってきたんだが?」

父さんのそんな言葉に俺はそう返すが…、

「育ち盛りの男の子が何を言うの?一杯作ったんだから一杯食べなさい!」

「そうだぞ正樹!母さんの言う通りだ!母さんが愛情込めて作ったんだから食べなさい!」

 そうして、強引に食卓の席に着かされる。

―正直、こういのはちょっぴり嬉しい。この両親は些細なことでいつもこんな感じで盛り上がる。

 鬱陶しく思う事がない、と言えば嘘になるが基本的には嬉しい。どんなに忙しくても俺の運動会や授業参観などには必ず出席してくれる。

…いい両親だと思うのだが、

「仕方のない親だな~、少し付き合ってやるかぁ?」

こんな感じで素直になり切れないのが思春期真っ盛りの俺、である。

「ほら、食べるぞ~」

「正樹~、ケーキの火、消してね♪」

父さんと母さんがテンションMAXでハシャギまくる。

「…今日は俺の誕生日じゃないんだが?」

…が、ちょっと何を言っているか分からない。

そんな俺の突っ込みに対して野太い声の持ち主が反応。

「誕生日じゃなきゃケーキの火を消してはならない、というルールは我が家にはない!」

―こんな感じで騒がしい二回目の宴が始まった。

結局、日付が変わるまで飲み食いした。

そうして、しばらく一家団欒を楽しみ、母さんが入れてくれた食後の緑茶に舌鼓を打ってまったりしていると、何の前振りもなく父さんが突然宣言してくる。

「それじゃあ父さんたちは行くぞ?」

「え?もう?」

父さんが立ち上がると同時に、タイミングを見計らったように、台所で洗い物を終えた母さんが顔を出す。

「あら?出発?」

「ああ。支度してくれ、美咲」

「は~い♪」

どうやら本当に忙しいようで、無理やり時間を作って俺のお祝いに駆け付けてくれたらしい。…嬉しいような鬱陶しいような、複雑な心境である。

「そんな無理して帰って来なくても」

「いや!正樹の初仕事が決まったんだ!これを祝わないことができようか?否!」

無駄に反語な野太い声。

「正樹の正式な仕事はこれが初めてなのよ?」

そんな父さんの言葉に便乗する母さん。

…言われてみればそうかもしれない。今までは、『父さんの仕事の手伝い』という形式での仕事しか受け持ったことがない。

「成長したな!正樹!」

 そう言って父さんが俺の頭をワシャワシャと撫で繰り回す。…感慨深くない訳ではないが、俺が殺し屋になろうとした理由が酷く幼稚であり、そのせいで俺がしでかしたことを考えると…、どうしても、嬉しいとは思えなかった。

そんな俺の内心などお見通し、とでも言うように父さんが俺に微笑みかけながら告げる。

「…正樹、今度は間違えるなよ?」

「…ああ」

俺が父さんの声にそう答えると、二人は満足そうに俺に微笑みかけてくれる。

そして俺は今、玄関先で彼らを見送るべく突っ立て居る。

「それじゃあ、またな正樹!」

「またね♪」

「ああ、それじゃあまた」

俺は苦笑いを浮かべながら、そんな彼らに答える。

 こうして二人はまた仕事に出る。夜道を歩く二つの背中が見えなくなるまで俺は手を振っていた。そして、再び静けさを取り戻した家に入る。

…全く、嵐みたいな人達だな。

さて、荷造りを始めるか。何気なく時計を確認すると、

「うわ、3時とか…」

簡単で良いとは言っても荷造り。どう考えても1時間はかかる。それから風呂に入ったりするのを考えると…

「5時には寝る!」

俺はそう決意し行動に移る。

…結局、寝られたのは明朝6時。俺は崩れるように自室のベッドに倒れ込んだ。

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