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第一話・公爵令嬢と伯爵令息のキッカケ

 文字は良い。文字は話せなくても意思疎通できるものだ。

 キアラは物語を綴る。『檻の中の姫君』とタイトルをつけ、屋敷から出れない自分をお姫様だと妄想して、日々の事を脚色して、名前を変えて本を出す。

 ご子息様に嫁いで三年。妻としての役割を何一つ望まれず、ただ公爵家と伯爵家の架け橋として存在しているキアラが見つけた己の趣味を兼ねた実益のあるものだ。

 物語のお姫様は檻の外に憧れるが一生檻から出る事は叶わない。何故ならば世界一堅い金属で作られた檻で壊すことは出来ないから。ただ檻から外を眺めては、自然の美しさとさらに奥に広がる世界に想像を膨らませる毎日。そんなある日、お姫様はある少年に会う。彼らは次第に惹かれあい、お姫様は柵を通してでしか触れ合えないもどかしさに苛立ちを募らせる。そんな物語だ。


「執筆中か?」


 声をかけられ後ろを振り向くとご子息様とその愛人フィオナ様が立っておられた。

 そう、ご子息様―――さすがに三年経ったので名前を知るハメになったディオン様―――は結婚前の宣言通り愛人を作った。そしてこれも約束通り、家内の事は全てその愛人、フィオナ様が行っている。今まで彼らが揃ってキアラを訪ねていたのは、愛人ですという紹介の時一回きりである。

 ついに子供でも出来たか。キアラは思考を巡らせながら次の言葉を待った。


「少しお話がしたいの。よろしいわよね?」


 フィオナ様はそう言うのでキアラは頷いた。彼女の態度の悪さは三年前から変わらず、しかし無理に対抗しなければ被害はないので従うに越したことはない。


『珍しいですね。何かしてしまいましたでしょうか?』


 無難な質問をかける。まぁ、何かしようがないくらい部屋と食堂の往復しかしていないキアラだから、何も起こりようはなかったとは思うのだが、彼らが来るからにはキアラも関係あるのだろう。

 しかしご子息様は首を横に振る。


「いや。今回は頼みごとに来た」


 全力でお断りさせていただきたい。キアラはそう思うが、ぐっと堪え、首を傾げた。

 頼みごととやらはキアラには全く想像が出来なかったからだ。


「私から申し上げますわ。キアラ様、ディオン様のお子を産んで欲しいの。もちろんこれは貴方がたが結婚する前に交わした約束事に違反することだとは重々承知よ。だから、頼みに、きたのよ」


 驚かずにはいられなかった。なんと、子どもを産めと言うのだ、愛人が。普通に考えれば正妻であるキアラが跡取りを生むことは義務だ。しかしそれこそ結婚する前に、妻としての役割はしていらないと、つまり家の事も跡取りの事も何もするなと約束を交わしたのだ。

 キアラはご子息様に怪訝な目線をわざと送る。


『意味が分かりませんわ。説明を』


 子どもを産め、はい、なんて返事が出来るわけがない。


「正直に言う。結婚して三年だ。つまり俺とフィオナの関係も三年だ。そろそろ親から子をせっつかれている。契約ではフィオナの子をお前の子と偽り育てるつもりだったが、その子がいなけりゃどうしようもない」


『それは分かります。でも何故、今、言うのですか?』


 三年だ。この普通ではない関係が三年続いているのに、何故ぶち壊す発言をするのかキアラには不思議で仕方がなかった。


「そろそろ俺に家を継げと言ってきているんだ。もちろん今の状態でも十分継げる。だがな、子がいた方が地盤が安定する。俺の弟には子供がいるからな。しかも男だ。攻撃材料になるだろ?」


 嫌な世の中だ。兄弟で跡継ぎ争いとは。しかしキアラの疑問は氷解した。もともとご子息様は伯爵家を継ぐには申し分ない才がある上に、長男だ。だが次男もご子息様ほどではないにしろ、才がありその上男の子までいる。次男派に傾くものがいてもおかしくはない。だがそこで公爵家の娘であり、長男の嫁である私が子を産めば話は逆転する。男の子なら跡取りに、女の子なら後宮に入れることも可能だ。次男が唯一長男に勝っていたものが消える。

 フィオナ様もそこは強かだ。一応はキアラは正妻という身分だが、実際はフィオナ様がその寵愛を一身に受け、暮らしてきたというのに、このようにご子息様と寝てください、といわなければならないとは。しかもそれを家の為と割り切っているのか堂々と本人が言うとは。キアラは少々フィオナ様について考えを改めねばと思う。


『しかしはい、分かりました。と返事を返せるようなお話ではありません。申し訳ないのですが、考える時間を』


「駄目ですわ」


 返事を先延ばしにしようとするとすぐさまフィオナ様が切り捨てる。


「貴女には今日から子が出来るまで、ディオン様と同衾していただきますわ。私もこれでも愛人。愛人としている意味を為さないのならば、ディオン様の為涙をいくらでも呑みます。だから頼みに来たとは言いましたけど、返事は了承しか受け付けませんの」


 なんという横暴な。確かにフィオナ様は涙を呑んでご子息様を送り出されているのだろうが、いらないと言っているキアラが涙を呑むことは想像できないのだろうか。


『フィオナ様、別の方に頼めませんか?』


 そっと第二の愛人を持てばいいのだと考えが浮かぶ。はっきり言わせてもらえばキアラはご子息様が何人愛人を持とうが興味はない。ならばフィオナが産めないのなら、若くてぴちぴちの第二の愛人を探し、その方に子を産んでもらえば話は解決するではないか。


「却下。論外ですわ。そんな若くてピチピチなんて私の存在が……じゃなくて、若くてピチピチが簡単に捕まるわけないでしょ」


 ああ、フィオナ様の存在が危うくなるから第二は駄目なのかと悟る。

 キアラは途方に暮れた。やはり受けなければならないのだろうかこの話を。全力で拒否したいのだが、どうやら子どもの話は結構深刻かもしれないのだ。いわばキアラのこの生活をぶち壊す程度には。


『では了承したとして見返りは御座いますの?』


 ギブ&テイクの精神は大切だ。どうやってフィオナ様の諦めさせるかを考えて、キアラ自身のメリットがない事に気が付いたのだ。メリットがないから受けられない、と断る口実が出来るではないか。


「今まで私が奪っておりました邸内の実権を御譲りいたします」


 いらねぇ。キアラはそう返したかった。この時ほど声が出なくて助かったと思う時はない。何せ咄嗟に何か言いそうになっても音となって表現されないのだから、問題ない。ただ心の中の叫びで済むのだ。


『ご子息様はそれでよろしいのですか? 愛していらっしゃるフィオナ様ではなく、私で』


 駄目だと言ってくれ、と願いをかけて言ってみたが、良く考えれば二人でこの場に来たのだ。答えなんて知れていた。


「子どもを生めればお前でいい。むしろ新しい愛人を作るというメリットとデメリットを含む要素を考えると、架け橋であるお前の方が都合がいいな。はっきり言えば嘘なんてばれちゃ終いだが、本当に真実なら余計な気苦労も減る」


 逃げ道は立たれた。

 しかしご子息様とキアラの関係も冷めたものだと思っていたが、案外ご子息様とフィオナ様の関係も冷めている。二人ともキアラが子どもを生んでもいいと考えているのだから、相当冷め切っている。

 ご子息様は急にあーと唸る。


「勘違いしてねぇか? 俺とフィオナは愛し合っちゃいねぇ。言ったろ、愛人だって。フィオナは」


 最低だ。キアラはやはりご子息様とは永遠に分かり合えないだろうと思う。だが、フィオナ様は平然としておられ、その通りですわと言葉を発する。


「キアラ様には言ってませんが、私とディオン様にも約束事がありますの。愛人契約とでも言ったら分かりやすいかしら。私、子爵家の三女で、ぶっちゃけた話貴族なんて肩書だけの平民同然の暮らしをしておりましたわ」


 愛人契約と聞き、少し納得のいかなかった何かがピタリと嵌る。フィオナ様も言わばキアラと同じ境遇だったという事だ。ただご子息様に望まれたのが、家同士の繋がりか家の存続かの違いだけだ。

 しかしフィオナ様に対する疑問は解けたら、次はご子息様について疑問が浮上する。


『質問があります。何故、フィオナ様と愛人契約を結ばれたのですか?』


「もっともな質問だな。どうせ、結婚相手であるお前に何で俺が世継ぎを生む様に命じなかったかが気になるんだろ? 別に好きな奴がいて添い遂げたいとかいう理由じゃないのに」


 キアラは頷く。そうだ、何故フィオナ様と愛人契約を結ぶ必要があったのかが気になるのだ。初めはフィオナ様と愛し合っているが家が許さないから、形だけの血筋の良い女を正妻に据え、愛人としてフィオナ様と暮らすことを決意したと思っていたのだ。


「簡単ですわ。公爵家の娘で声が出ない身で不自由な貴女を、ディオン様が哀れに思われたからよ。公爵家の娘となればいくら欠陥があろうと望めば王妃に……無理でも側妃にはなれる身分ですわ。なのに実父に嫌われ、圧力のかけられる伯爵家に捨てるかのように嫁に出され、その上、嫌いな男と添い遂げなければならないなんて、悪夢でしょ」


 誰の話だそれは、と思いながらキアラは自身の状況を頭の中で分析する。確かにフィオナ様の言うとおり、傍から見れば実父に嫌われ伯爵家へ追いやられた哀れな娘に見えるのかもしれない。

 ちらりとご子息様に目線をやれば、あからさまに逸らされる。


『勘違いされておられるようですが、正直に申し上げるならば、大きなお世話ですね』


「……いつだったかお前は俺に馬鹿正直な奴だと言ったが、そっくりそのまま返してやりたいぜ」


 だが例え、フィオナ様のおっしゃる通りただの同情であろうと、少し腑に落ちない。哀れに例え思ったとしてだが、子を産まぬ嫁などさらに疎ましがられるだけだ。哀れに思ったならば逆に子を産ませるべきだという考えではないのかと思う。


「ふん。ま、だからキアラ様、宜しくお願いしますわね。愛人二号は私に不利益なので貴女しかいませんの。私はあの生活に戻されないのならば、今より多少質素に暮らしていくことに何の不満もありません。むしろ貴女が出来ない邸内の事は私がしますから、貴女は正妻の役割を担ってくださいまし」


 にこり、と微笑まれたフィオナ様は足早に室内を去って行った。なんという事だ。ガチャリという無機質な鍵の閉まる音も聞こえたではないか。

 返事を聞かないで、こうもあっさり愛人に正妻のもとに押し込められたご子息様は非常に何とも言い難い表情をしている。


「……フィオナはお前付きのメイドでもするつもりか」


 ぼそっと呟いた言葉はショックに打ちひしがれた言葉ではなく、フィオナ様の言葉に対しての呟きだった。確かに邸内の実権は私に渡すだの、子を産めだの、愛人としての役割を全てキアラに投げ、挙句キアラの出来ない邸内の事は手伝うだの言っていたのを冷静に聞くと、そりゃメイドのお仕事ですが、という結論に至る。もしくは執事の仕事だ。


『で、どうしますか? 申し訳ないですが、ご子息様のお子を産む気にはなれませんが』


 そう書いた紙を見せれば、ご子息様は首を横に振る。


「お前に気はなくとも、やることやれば子を授かる可能性はあるだろう。可能性があるなら試すだけだ。何、初めての事じゃないだろう。婚儀を上げた後にも一度している」


『やはりこういう展開ですか。約束を破る限り、私にも有益なモノを下さらない限り、お願いは成立しませんわ』


 キアラがそう言えばご子息様は耳元で、有益なモノ、を呟いた。

 聞けば確かにそれは心揺らぐ取引だ。己の体を差し出すような取引だが、言えば夫婦になった時点で捧げたことはある上に、約束で守られてはきたが、本来は正妻が子を産むことは義務に等しい。

 どうとでもなれ、とキアラはご子息様と再び約束を取り交わした。

 だが子は天からの授かりもの、そう上手くいくものかとタカをくくっていたキアラだったが、三月後に授かった事を知り愕然としたのは別の話だ。



それが公爵令嬢と伯爵令息が本当に夫婦になったキッカケ。


投稿が遅くなり申し訳ない。駄文で遅筆……救いようないな、私。

というか登場人物、皆、冷めてる(泣)

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