209 七人目、そして最後の勇者
「あんたらの目ん玉が破れても知らないよ!」
矢をつがえる少女の声に、エリオンは釘付けとなった。
ニコスが「この槍の穂に、無駄な血を吸わせたくない」と威圧し、他の男たちも少女と隣の若者へ詰め寄る。だが、エリオンは従者たちを厳しく制した。
彼女は少女に歩み寄り、穏やかに微笑んで自分たちがネクロザールの敵対者であることを告げた。少女が警戒を解いて弓を下ろすのを見届け、エリオンは洞窟の奥へと進んだ。
嘆く人々に言葉をかけ、最後に少女の頬をそっと撫でる。途端、張り詰めていたものが切れたのか、彼女は子供のように泣き出した。
エリオンは説いた。ネクロザールは聖王の生まれ変わりなどではない。自分たちはこの村を解放するために来たのだと。
襲撃の段取りを伝え、立ち去ろうとしたエリオンの袖を、少女が強く引いた。
「あいつらをやっつけるなら、あたしも行くよ!」
カリマと名乗った少女の、琥珀色の瞳が強く輝いていた。
翌日、森の奥の野営地で、エリオンは静かに時を待つ。館を偵察し仕掛けを設置したホアキンとフランツが戻ってきた。
「カリマちゃんの隣にいた彼、マルセルっていうんだけど、館を案内してくれたの。お陰で助かったわ」
「いい若者だ。代官の館に出入りしているから、村人から嫌われているようだな。気の毒なことに」
ホアキンは口元を緩めた。
「それは心配ないって。みんなにマルセルのこと聞くと、辛そうな目をするのよ。彼を守るために、冷たくしてるんじゃないかな?」
(人々が信頼しあっている……良い村だ)
エリオンは満足げに頷く。他の村の解放と同じように順調に動き出した。
夜、村人を率いて館を襲撃した。
セオドアは「我ら六人なら容易いものを」と不満げだったが、いざ戦いが始まれば誰より鋭く剣を振るった。
カリマも次々と矢を放つ。人間相手に戦うのは初めてなのか、全身を震わせている。鍛冶屋のマルセルもなりふり構わず鎚を振り回している。フランツが仕掛けた細工により、館がボロボロと崩れ落ちた。
エリオンは戦士たちに癒しの技を授け、回復させる。
ついに奥の間で代官を捕らえたが、彼はネクロザールへの狂信的な忠誠を叫び、セオドアの剣に自らの首を叩きつけて絶命した。
エリオン達は数えきれないほど戦ってきたが、このような終わり方は珍しくなかった。
(アトレウス様もそうだった。魔力も持たず、部下には情け容赦なく厳しかった。……なのに、圧倒的な武力と言葉の力で人々を魅了し、死すら厭わぬ忠誠を誓わせた)
エリオンは、変わり果てた代官の姿に、かつての夫の影を見て祈りを捧げた。
翌日エリオンは、村の教会で亡き人々に祈りを捧げた。
一年前、この村は納税が規定に満たなかった罪で、村長夫妻をはじめ、多くの人々が殺された。村長夫人はカリマの姉シャルロット。カリマはずっとマルセルにしがみ付き泣きじゃくっていた。
その後、エリオンはニコスらに指示し、村の再建に力を貸した。
村人は彼らの指示を仰ぎ、防壁を造り、戦い方を覚え、武芸に勤しんだ。
七日間の支援が終わり、別れの時がやってきた。
マルセルらと名残りを惜しんでいるところ、エリオンはカリマに手を取られた。
「あたしを、あんたたちの仲間に入れてくれ!」
ネクロザールから自治を取り戻し、別れの段になると、決まって村人の誰かが仲間入りを志願する。
ラサ村は、これまでエリオン達が救ってきた多くの村と同じ経過をたどっていった。
カリマのこの申し出も、特筆すべきことではなかった。
しかし、そこから先がいつもと違っていた。
エリオンはカリマの肩を優しく撫で、その瞳を見つめた。
「二度とこの村に帰れなくてもよいのか?」
六人の男たちは顔を見合わせた。いつものエリオンなら「村を守るのがお前の役目だ」と諭して断るところだ。
幼馴染のマルセルの横やりが入るが、カリマの決意は固い。
驚く従者たちを余所に、十七歳の少女が、一行に加わった。
旅を再開した夜、エリオンはカリマと同室で眠ることを決めた。これにセオドアが真っ先に反駁した。
「師匠! なぜあの女を加えたのです? 足手まといなのは明白だ!」
これにはセルゲイが噛みついた。
「そんなことない! カリマ強い! カリマは狩人。旨い肉食べられるぞ!」
すると今度は、ニコスが沈んだ声で訴えた。
「カリマ殿を我らに加えたのは師のお優しさと存じます。しかしあなたが若い娘と同じ部屋で寝起きされると知られれば、その貞潔な行いを疑う者が出ましょう」
ホアキンが茶化す。
「せっかく可愛いカリマちゃんが入ってきたのに、エリオン様だけ独り占めはずるいわあ」
ジュゼッペが頬を膨らませる。
「先生、カリマ姉ちゃんが好きなんだ……」
エリオンはしどろもどろになりながら弁明した。
「カリマは必ず皆の力になる。それに若い娘が一人では心細かろうと思ってな」
納得しかねる男たちを、フランツ老人が宥める。
「まあまあ、師匠だって若い兄さんじゃ。明るい子が入ってきてわしは嬉しいぞ」
エリオンの胸は罪悪感で痛んだ。
何より、カリマ自身が「男」であるエリオンと二人きりになることにひどく緊張しているのが、伝わってきた。
旅に出て半月。川のせせらぎが聞こえる森で、一行は戦いの汚れを流すことにした。
エリオンはいつものように男たちから離れ、一人で泉を探す。
(……今だ。今こそ、真実を明かす機会だわ……カリマはこっちに来るかしら?)
思い悩んでいると、草を踏み分ける軽やかな足音が近づいてきた。カリマだ。
エリオンは意を決して、泉の中から彼女に呼びかけた。
「助かった、カリマ。その木にかけてある衣を取ってくれないか」
少女は忠実に師の命を果たそうと歩み寄り――。
「きゃああああああああああ!!」
先ほどまでの静寂を切り裂くような、凄まじい絶叫が森中に響き渡った。
エリオンは三年ぶりに、自分という人間を、ありのまま他人に晒した。




