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彼女の前世がニホンジン? 2 聖妃二千年の愛  作者: さんかくひかる
13章 エリオン(七人の勇者)
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208 翼と鎖

 エリオンの奉仕団に少年魔法使いジュゼッペが加わりさらに力を増した一行は、ラテーヌの町村を次々と魔王の支配から取り戻していった。

 快進撃が続くなか、このところ不思議な現象が続いていた。

 どこの町や村を訪れても、かつてあれほど忌み嫌われていた「偽りの聖妃アタランテ像」が、エリオンたちが到着する前に忽然と姿を消しているのだ。


 エリオンは「自分の教えが広まり、村人が自主的に撤去したのだろう」と深く考えなかったが、慎重なセオドアと目ざといホアキンはこれを怪しんだ。二人は村人に像の行方を尋ねて回ったが、返ってくるのは困惑した答えばかりだった。


「いや、朝起きたら突然いなくなっていたんだ」

「いなくなってせいせいしたよ。あんな怖い魔女、見たくもなかったからな」


 どこにも隠された形跡はなく、かといって壊された破片が残っているわけでもない。

 ニコスは瞳を潤ませ、これを奇跡だと信じ込んだ。


「天が奇跡を授けたのです。エリオン様の教化によって、悪しき魔女が消え去ったのだ!」


 結局、かつてのアタランテ像の行方は知れぬまま、どこの教会でもフランツが彫った「正しい聖妃像」が聖王の隣に据えられた。人々は新しく降臨した慈悲深い聖妃を拝み、口々に言った。


「やっぱり、聖王様にはこの聖妃様がお似合いだわ」


 ホアキンがリュートで奏でる聖王と聖妃の愛の伝説に、女たちはうっとりと頬を染める。その光景を眺めながら、エリオンの胸には鋭い痛みが走った。


(そう、フランツの像こそが正しい。あの像こそが、アトレウス様に相応しい……私ではなく……違う! そんなことはどうでもいい! 私はあの男を、必ず地に跪かせてみせる!)


 奉仕女オレーニアがティリンス村を出発してから、すでに三年の月日が流れていた。



 森の泉で、エリオンは周囲を警戒しながら手早く水浴びを済ませた。麻の包帯で胸をきつく締め付け、ローブを深く被って首筋を隠す。少しでも髪が伸びれば、自ら鋏を入れた。

 アタランテも、たえも、女ゆえに苦しんだ。聖妃という頂点に立っても、結局は王の所有物でしかなかった。

 男のなりに身をやつし、自分の意志で歩けるようになった当初は、抜けるような青空の下にいる解放感があった。オレーニアを捨てエリオンと名乗り、翼を得た。


 だが、三年の月日がエリオンを変えていた。今や彼女は六人の男たちを率いる指導者であり、大陸中の期待を背負う希望の星だ


 当初、男装したのは、かつてのアタランテ像と酷似した容姿をごまかし、危険を避けるためだった。

 だが今や「偽りの像」は消え去り、「正しい像」が人々の心に定着している。相変わらずエリオンの身はネクロザールに狙われ、危険なことには変わらない。

 それならば、もう隠す必要はないのではないか?


(せめて、この六人には打ち明けてしまおうか……)


 隠れて水を浴びるたび、その思いは強くなる。特にホアキンの鋭い視線に晒されると、冷や汗が流れる。


『あたし、エリオン様の目をずっと見ていたいわ。美しさに男も女もないもの。ニコスもそう思わない?』


『師匠になんたる無礼!』


 ホアキンの軽口をニコスが嗜めるが、むしろニコスの瞳にこそ、尊敬とは別の熱が宿っている気がしてならない。


(もし私が女だと知ったら、彼は……私を「女」として望むのだろうか?)


 アルゴスの忠実な騎士は、民に分け隔てなく接し、どの村でもその人柄は信頼される。彼はよい夫になるだろう……。


(私は何を考えているの! 前世で人の妻となり散々苦しんだのに。第一、ニコスに失礼よ。彼の高潔な精神を疑うなんて)


 ジュゼッペ少年はエリオンに安らぎを与えてくれる。幼い子らを追いかけた前世が懐かしい。


『先生って、やっぱりお母さんみたいだ』


 男の師匠として接しているのに、ジュゼッペにとって自分は、父ではなく「母」らしい。母が恋しい年頃の子供が不憫でならないが……勘のいいこの子はいずれ、気づくかもしれない。

 フランツ老もしばしば口にする。


『エリオン様といると、娘を思い出すんですよ。なんでじゃろうか』


 彼らの言葉が、エリオンを摩耗させる。

 そんな中で、セオドアだけは情緒を排して接してくれた。彼はエリオンに異議を唱え譲らない。奉仕団は、セオドアの力で強くなった。

 だが、彼の極端な女性嫌悪もまた、エリオンの心を重くした。


『まったく女どもは、なぜ不用意に近づいてくる!』


 セオドアは忌々しげに吐き捨てる。

 奉仕団の若者は、女たちの憧れの的だ。エリオンが口酸っぱく言っても、ホアキンは女たちとの語らいを楽しみ、セルゲイも女たちに囲まれて鼻の下を伸ばしている。

 年配のニコスにも言いよる女は多いが、彼は『気持ちはありがたいが、奉仕の我らが遊ぶわけにいかないんでな』と丁重に退ける。

 しかし、セオドアは『触れるな! 汚れるではないか!』と情け容赦ない。エリオンはしばしば窘めた。


『セオドア、もう少し穏やかに断ったらどうだ。彼女たちに悪意はない』


『いいえ、エリオン様。女は男を堕落させるもの。我が悲願の障害でしかありません』


『お前の母や、ネールガンドでお前を待つセシリアも、男を堕落させる女なのか?』


『母と彼女を、そのような女と一緒にしないでください。私はエリオン様の教えを忠実に守っております。男女は、聖王と聖妃に誓うまで乱れてはなりません』


 その言葉を聞くたびに、エリオンはため息を吐く。もし本当の姿を明かせば、彼は自分をも「汚らわしい障害」と切り捨てるのだろうか。

 セルゲイにそのようなこだわりはないが、純粋な彼のことだ。自分が女だと知れば、『エリオン様の嘘つき!』と裏切りに怒るだろう。


(テッサ……どうしているのかしら?)


 故郷ティリンス村の娘を思い出す。彼女が人の恋人にちょっかいを出すたび、奉仕女オレーニアは目を吊り上げていた。

 なのに彼女は、オレーニアの旅支度を手伝ってくれた。村人全員に力を及ぼしオレーニアの「死」を思いこませたのに、テッサだけは忘れず見送ってくれた。


『その体なら、統一王だって垂らし込んで、お妾さん、いや、王妃様にだってなれるさ!』


 テッサのはなむけの言葉。冗談ではない。二度とあの男の妻にはなりたくない。死よりも恐ろしい地獄を見せてやる。

 なのになぜ、ただの知り合いに過ぎない故郷の娘が懐かしいのか?


 旅立って三年。男たちの熱い視線と、過剰な期待と、隠し事の重苦しさ。エリオンは、心から気を許せる相手を渇望するようになっていた。



 ラサ村は、ラテーヌ辺境のどこにでもある、寂れた村だった。人々は圧政に苦しみ、洞窟に籠もって安酒で悲しみを紛らわしていた。

 エリオンは男たちを引き連れ、その暗い穴ぐらへと足を踏み入れた。


「お前たち、何を嘆いている?」


 入り口にいた若者が、ヘラヘラと笑いながら近づいてきた。警戒と諦めが混じったような揉み手をして、エリオンを追い返そうとする。背後の従者たちが不敬だとばかりに刃を向けた、その時だった。


 洞窟の奥から、一条の鋭い光のような気迫と共に、矢をつがえた少女が躍り出た。


「あんたらの目ん玉が破れても知らないよ!」


 その凛とした声。男たちの濁った視線とは違う、真っ直ぐで力強い瞳。

 この少女こそが、のちにラテーヌの女王となる七人目の勇者、カリマであった。


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