ジュエル帝国の勇者ファルギリオン
冬のとある日の事である。
グリザスは今日も、見習い騎士達を指導していた。
ユリシーズも午前中の剣技の授業は、顔を出して毎日、グリザスの指導を受けている。
今日はグリザスの監督の元、ユリシーズとクロードが模擬剣を合わせていた。
他の見習い達は、散々打ち合った一休みも兼ねて、見学している。
二人の激しい打ち合いが行われるが、どうしてもユリシーズの激しい打ち込みにクロードが押され気味になってしまう。
ガキっと音がして、クロードの剣が弾かれてしまった。
「強いなぁ。ユリシーズは…。さすが勇者だ。」
周りで見ていたギルバートやカイル達も。
「見た目は幼く見えるよな。」
「うん…。この中で一番背が低いんじゃね?」
ユリシーズは胸を張って。
「見かけじゃないよー。人は。」
ジャックが模擬剣を構えて。
「次は俺だ。」
「了解――。」
二人が激しく打ち合いをする横で、
グリザスはクロードに向かって、
「経験の差だ。クロード。俺が今度は相手をしてやろう。」
「お願いします。グリザス指導官。」
相手をしながら、クロードに指導をする。
「もっと右、そこを強く。」
「はいっ。」
「踏み込みが甘い。」
ダっとクロードが踏み込む。
それを模擬剣で受け止めて、しばらく打ち合ってから、クロードにストップをかける。
他の見習い達は、自分の参考にするために真剣に見学をしていた。
「そこまで。」
「ありがとうございます。」
こういう時のクロードは礼儀正しい。言葉攻めして、エロい事をしてくるクロードとは大違いだ。
ふと、背後から声をかけられた。
「魔物が騎士団で指導官をしているとは…面白いものだ。」
振り向くと見知らぬ黒髪の若い青年が、建物に寄りかかっていた。
雪が残る王宮の庭なので、厚着をしているが、青年の顔色は悪い。
確かに死霊だから人間ではないが、魔物扱いされるとは思わなかった。
ギルバートが怒って。
「俺達の姫になんてことをいうんだ。」
カイルも青年に近寄っていって。
「グリザスさんは俺達の大事な姫なんだぞ。」
他の見習い達も青年を取り囲み。
「お前、何者だ?俺達のグリザスさんを魔物呼ばわりとは。」
「許さないぞ。―――。」
「まさか、グリザスさんを狙っている敵じゃ…」
「守らないとっーー。」
殺気立つ騎士団見習い達。
青年は笑いだして。
「いや、面白い。久しぶりに面白い物を見せてもらった。」
そう言うと立ち上がり、
「グリザスとか言ったな。俺と一勝負してみないか?」
どうも、俺は絡まれやすい性格らしい。
今は魔王討伐とかあるので、勝負を受ける訳にはいかないが…。
「模擬剣ならかまわない。真剣勝負は受ける訳にはいかない。大事な戦いが待っている。
そのために怪我をするわけにはいかない。」
「大事な戦い?」
「黒竜の魔王が、アマルゼ王国の地下の魔界に眠っている。その魔王を倒すために、
俺も協力する事になっている。」
青年は興味を持ったようで。
「詳しく聞きたい。教えて貰えないだろうか?」
その時、ディオン皇太子が声をかけてきた。
「もっと早く俺を頼れ。勇者ファルギリオン。今までどこほっつき歩いていたんだ?」
「ディオン。久しぶりだな…。ルディーンという男から言付けを聞いた。お前が来いって言ったから来てやった。」
クロードがディオン皇太子に尋ねる。
「どなたなんです?勇者って…?? 皇太子殿下とユリシーズの他にもいるんですか?」
「この男か?ジュエル帝国の勇者ファルギリオンだ。そして、帝国の第三皇子ファルナード・ギリオン・ド・ジュエル。いや、聖剣を返還して逃走したって聞いたぞ。手配書が俺の元にも送られてきた。お前何をやらかしたんだ。それからあの従者、リンドノールはどうした?」
「リンドノールなら、働きに出ている。俺がこのような身体なんで…。
ディオン。助けてくれ…もう限界だ。」
そう言うとファルナードは倒れてしまった。
ディオン皇太子は、グリザスに向かって。
「この男をすぐに王宮へ運んでくれ。客室でいい。クロード。ツルハ先生を呼んできてくれ。」
「解りました。」
転移鏡を取り出して、クロードは王立病院へ転移する。
グリザスはファルナードを抱きかかえて、急いで王宮の客間へ運び込み、ベットに寝かせた。
しばらくするとツルハ医師がクロードと共に客室へやってきて、ファルナードを見てくれた。
ツルハ医師は、ディオン皇太子に向かって。
「身体が弱っているね…。傷跡が酷い。そうとう酷使されてきたんだろうな…。
休養が必要だと思うよ。命には別状はないから安心して。」
「それならよい。ありがとう。先生。」
グリザスとクロードは成り行きで、まだ部屋にいた。
ファルナードは目を覚まして、弱々しく。
「すまない。迷惑をかけて。」
ディオン皇太子は首を振り。
「遠慮するな。ともかく身体を治せ。」
「ありがとう。」
そこへ、ローゼン騎士団長と、ミリオンとユリシーズが部屋に入って来た。
ローゼンが報告する。
「リンドノール・セナルディと名乗る男が、外で騒いでいますが、運び込まれた男の従者だとか、お通ししてよろしいでしょうか?」
「ああ、通してやってくれ。」
しばらくすると、リンドノールという茶髪で、眼鏡をかけた冴えない風貌の男が部屋にはいってきた。
「ファルナード様っ。」
「リンド。俺は大丈夫だから…」
ベットの傍に行き、心配そうに見守るリンドノール。
部屋に呼ばれたミリオンや、ユリシーズは何が何やら解らない感じで。
ミリオンがディオン皇太子に。
「俺達を呼んだっていうのは?」
ディオン皇太子はグリザス、クロード、ローゼン、ユリシーズ、そしてミリオンに向かって。
「ファルナードを守ってやって欲しい。いや、その前にどうして帝国から逃走したのか、リンドノール。お前から説明してほしい。」
ファルナードの従者と呼ばれた男、リンドノール・セナルディは、立ち上がると、
何やら呪文を唱えた。
白銀の鎧を纏い、長い銀髪、金色の瞳、そして、頭に生えた角。
魔族の角ではなく、上に突き出たような。手には鱗が生えていて、明らかに人ではないようで。
ミリオンが眉をしかめて。
「お前、白竜だな。」
リンドノールもミリオンを睨みつけて。
「そういうお前は、黒竜の血を引いているものか…」
「俺の血は薄い。ばあーさん、オーネットは魔族で、じいーさんが黒竜だからな。
母親は魔族だったらしい。気にいらねぇ。昔から黒竜族と白竜族はいがみ合っていたんだ。」
リンドノールは鼻で笑って。
「こっちこそ気に入らない。30年前に暴れた魔王は黒竜の姿だったというではないか。
悪魔の象徴だ。黒竜は…。」
「やるっていうのか。」
途端にミリオンが殺気立つ。
リンドノールもミリオンを睨みつけて。
「上等だ。どうせ、竜には化けられんのだろう。半端ものが…」
「竜なんて化けられなくても、生きるのに不便はねぇよ。」
ディオン皇太子がミリオンに向かって。
「やめろ。こんな所で騒ぎを起こすな。」
ミリオンは今にも背の聖剣を抜きそうな勢いだ。
リンドノールも銀色の剣がいつの間にか腰に下げており、それを今にも抜きそうな勢いである。
グリザスは思った。止めないと…。
ミリオンに近づくと、身体を強引にこちらに回転させ、ぎゅうううっと強く抱きしめた。
ミリオンが驚いて固まる。
グリザスはミリオンの背に回した手をポンポンとして。
「ヨシヨシ。お前が頭に血を登らせてどうする。無駄な争いは皆が困る。冷静になれ。」
クロードが目をパチパチして。
「これってどういう…止め方なんだろう?」
ユリシーズも首を傾げて。
「さ、さぁ…???」
ディオン皇太子も、ローゼンも、そしてリンドノールも、ベットで寝ているファルナードも驚きすぎて固まっている。(ツルハ医師はいるんだけど、空気のようだ。)
グリザスはミリオンに向かって。
「俺が演武会の時、200年前に飛ばされてあの女を殺そうとした…その時、お前は抱きしめてくれたな。俺はお前の友情に答えたい。いかに頭に来ようが、ここは冷静になるべきだ。」
ミリオンは我に返って。
「そうだな…すまねぇ。そして有難う。グリザス。お前、いい奴だな。」
ミリオンに兜の頭をヨシヨシされる。
ディオン皇太子が呆れて。
「お前ら変な関係だな…まぁいい。改めてリンドノール。説明願おうか。ファルナードは今、弱っているからな。」
リンドノールは頷いて、今まであった事を説明し始めた。
「ファルナード様は、ジュエル帝国の第三皇子であり、勇者ファルギリオンとして聖剣を抜き、有名でした。皇太子殿下のロベルト様は、それはもう、ファルナード様を勇者として、働かせまして…。ジュエル帝国は広大ですから、魔物も出没する頻度が高いです。私がファルナード様を背に乗せて、西へ東へ魔物退治を、時には人間が問題を起こすこともあります。その討伐にも駆り出されて。さすがにファルナード様は勇者ファルギリオンとしての活動に限界を感じられ、休みを申し出られました。闇竜の討伐に失敗し、大けがを負った事も原因の一つです。しかし、ロベルト皇太子殿下はお許しされませんでした。このままではファルナード様は死んでしまう。ファルナード様は聖剣を王宮の庭の石に刺し返還し、私はファルナード様を連れて国を離れました。今から三か月前の事です。
追っ手を差し向けられましたが、そのたびに竜になり、ファルナード様を乗せて逃げ回りました。
マディニア王国へたどり着いて、私が日雇いの仕事をしながら、二人でゴロ寝状態の簡易宿で暮らしていました。お金がある時は普通の宿を取る事も出来ましたが…。」
ファルナードがすまなそうに。
「俺がこのような状態だから、苦労をかけてしまった。リンドには…。」
「いえ、貴方を守る事は私の使命ですから。」
話を聞いてディオン皇太子は困ったように。
「王宮に匿ってもいいが…、お前達の存在は秘密にしなければならないな。
ジュエル帝国に知れたら引き渡しを請求されるだろう。ロベルト皇太子はお前達を血眼になって探しているぞ。」
ファルナードはため息をついて。
「兄上は俺を殺したいようだ。勇者ファルギリオンの力を恐れているからな…」
ミリオンが疑問を口にする。
「勇者ファルギリオンってどの位、強いんだ?」
ディオン皇太子はにやりと笑って。
「外遊した時に相手をしたことがあるが、剣のな…。
負けた。多分、俺とお前とグリザスの3人がかりで、勝てるかどうかだな。」
「うわっ…そりゃ凄いな。」
ローゼンがふと疑問を口にしてみる。
「勇者ファルギリオンは、どの神が作られたのだろう…。女神リリアが管轄していたのが、勇者ユリシーズ、神イルグが管轄していたのが勇者ディオン皇太子殿下と後6人の聖剣の持ち主だが…」
クロードはアハハと笑って。
「俺なんて、イルグにオマケって言われたからね。」
ファルナードもクククっと笑い。
「イルグが夢枕に立ったぞ。何でも俺は聖剣の補欠だそうだ。聖剣は7つ揃わないと魔王を倒せない、だから、補欠を作ったらしいが…」
ディオン皇太子が、額に手をやって。
「何で補欠の方が強いのかよく解らないんだが…どっちにしろアイリーンが参加できない状態だからな。ファルナード、いや勇者ファルギリオン。お前、身体を治して黒竜魔王討伐に参加しろ。そうすれば7聖剣が揃う。」
「魔王討伐ってどういう事だ?」
「30年前に暴れていた黒竜の魔王が氷漬けになってアマルゼ王国の下で眠っている。第一魔国の魔導士達が押さえているが、初夏までには退治しないと、非常にまずい。お前も協力しろ。」
リンドノールが口を挟む。
「聖剣が今、手元にありません。ジュエル帝国の王宮の庭に、刺したままです。それを取りにいかないと。」
ファルナードは身を起こして。
「聖剣さえあれば、勇者ファルギリオンの名にかけて、討伐に参加しよう。
有名な勇者殿が二人いる事だしな…さっき、庭で言っていたな。お前は本当にあの勇者ユリシーズなのか?」
ユリシーズに尋ねる。庭でのやりとりを聞いていたのだろう。
ユリシーズは頷いて。
「うん。俺は勇者ユリシーズだよ。30年間氷漬けになっていたから、歳をとっていないんだ。」
「俺も…幼い頃から勇者ユリシーズ物語を聞いていて、お前には憧れている。
勿論、ディオンにもだ。二人と共に戦えるのなら、身体を治して力になろう。」
ディオンはファルナードに近づき、右手を差し出して。
「よろしく頼む。ファルナード。」
「こちらこそ。ディオン。」
握手を交わす。
ミリオンが考え込むように。
「しかし、聖剣、どうするよ。ジュエル帝国に取りにいくのか?」
ディオン皇太子はミリオンに向かって。
「盗むしかあるまい。顔を隠して…俺ならば、聖剣を石から抜いて持ち帰る事が出来る。
交渉して渡してくれるような相手ではないからな。」
その時、ルディーンが魔法陣を展開して現れた。
「ついでに、王宮の図書館で、欲しい書籍があるんですがね。」
「何だ?ルディーン、その書籍って。」
ディオン皇太子の問いに、ルディーンは。
「グリザスさんの姿が人として認識される事が出来る、高位魔法書が、ジュエル帝国の王宮の秘蔵図書としてあるらしいんですよ。ただ、その魔法書を探すのに人手がいりますかね。」
クロードが手を挙げて。
「俺に任せてくれないか。ロッドとシルバ、引っ張ってくるよ。後、魔族を何人か…。
ミリオンとスーティアとそれから、ルディーン、6人で探すしかないかな。フローラにも手伝って貰いたいけど危険だしなぁ。」
ローゼンは頷いて。
「婚約者として断固反対する。それで皇太子殿下。聖剣を奪うのに、警戒が強いかと存じます。攻撃陣はどうしましょうか。」
「俺とお前とユリシーズ、グリザス…それからリンドノール。お前も来れるな。」
「勿論、聖剣の場所を案内しないとなりません。私も行きます。」
ディオン皇太子は満足したように。
「それじゃ決定だ。クロード、図書探索隊はお前に任せたぞ。」
その時、皇太子妃セシリアが侍女たちと共に、部屋に入って来て。
「皆様、お茶でも如何。焼き菓子も用意いたしましたわ。」
テーブルに紅茶や焼き菓子を用意してくれた。
「ありがとうございまーす。」
「いただきまーす。」
ユリシーズとクロードが礼を言う。
他の連中も口々に礼を言って、紅茶を飲み、焼き菓子を食べる。
グリザスは思った。俺も食べたい…。それにしてもセシリア皇太子妃は本当に気が利く人だ。
セシリアはルディーンの傍に言って。
「あれからお誘いがないって、ディオン様、寂しそうですのよ。ちゃんと誘って差しあげないといけませんわ。でないと…。こちらをお着けいたしますわよ。」
隷属の首輪、性的な事がディオン皇太子にしか出来ないのと、夜に王宮へすっ飛ばされる例の首輪を持って、にっこり微笑むセシリア皇太子妃。
ルディーンは慌てて。
「忙しいんですよ。聖女様の冠の作成で…。浄化の方程式に悩んでいましてね…。
他にもグリザスさんの人間に他から見える高位魔法書を探していたんで…。」
「それなら、今夜はディオン様を引き取って下さいませ。私はスーティリアちゃんと、夜、ベットでコイバナを致しますから寂しくありませんわ。」
うわ…セシリア様の方が上手だ…。ディオン皇太子殿下も大変だ。
とグリザスは思った。
ディオン皇太子は困ったように。
「そんな事、言われて行けるはずがないだろう。」
「貴方様の切なそうな顔を見る身にもなって下さいませ。」
セシリアは怒って。
「これは命令ですわ。ルディーン。皇太子殿下をお連れして。」
「はいはい。では参りましょうか。行きますよ。皇太子殿下。」
「すまないな。セシリア。」
ルディーンはディオン皇太子を引っ張って、魔法陣を展開し、姿を消した。
クロードが、グリザスとユリシーズに。
「俺達もそろそろ戻らないと、午後の授業には出ないとね。ユリシーズは家に帰らないとアイリーンが待っているよ。」
ユリシーズは慌てて。
「そうだね。それじゃ俺。帰るから。ファルナード様、又、お会いしましょう。」
ユリシーズは帰って行った。
なんとなーく、帰りそびれていた、ツルハ医師は、紅茶を飲みながら。
「何だか私は空気だったような…。帰りそびれてしまって…まずい話も聞いてしまったし。」
セシリアは焼き菓子を差し出して。
「本当にいつも先生にはお世話になっておりますわ。たまにはゆっくりしていらして。」
「ありがとう。セシリア様。」
ローゼンも立ち上がって。
「私もそろそろ失礼します。」
セシリアに手を胸の前に頭を下げるだけの騎士の礼を取り、部屋を出ていく。
クロードとグリザスも、客室を出て、慌てて午後の授業へ向かいながら。
クロードが。
「忙しくなるな。ロッドとシルバに声をかけておかないと。あああ、出来ればフローラの力を借りたい。人海戦術だからね。人が多い方がいいんだ。グリザスさん達、攻撃陣が持つかな。時間との勝負だからね。出来ればマギーやサラ、魔法が使える人を集めたい。」
「俺の為にすまない。」
「ううん。グリザスさんが普通の人間に見られたら、俺、嬉しいから。」
立ち止まって、クロードがぎゅっと抱きしめてくれた。
「焼きもち妬いちゃうな。ミリオンを抱き締めるから。俺を抱き締めてよ。そして囁いて。
愛しているってさ…」
クロードの耳元で囁く。
「誰よりも愛している。俺にはお前だけだ。」
「嬉しいですよ。グリザスさん…」
窓をバンと開けて、ゴイル副団長が叫ぶ。
「お前らイチャイチャしてないで、早く来いーーーー。」
部屋の中から、見習い達の笑い声が聞こえた。
急いで部屋に入って授業を受けるクロードとグリザスであった。




