第一一〇話『遺されたもの』
「……」
「……」
会場の緊張感が最高潮に達し、その中央にいるふたりの闘気が絡み合った瞬間。
動いた。
刹那の時に、限界まで引き絞られた弓より放たれし矢のごとく。雪菜の体が、前へと“跳ねた”。豪速を以て踊りかかる駿馬のごとく襲いかかり、すくい上げるように槍を繰り出す雪菜。
眼前に迫る穂先から目を離すことなく、楓は足を踏み出していく。
槍の穂先、十字になったそれが楓の頬をかすめ、その髪を数本切り落とした。瞬間、手にした柄に、光の刃が生まれ、雪菜の腹へと向かう。
それが到達するより早く、雪菜が真横へと“跳ね”た。フラッシュセイバーの光の切っ先が、雪菜のわき腹を防具ごと撫で斬る。が、浅い。
ライフゲージは一割も減らなかった。
逃れる雪菜を、楓は追撃しない。光の刃はすでに消え去り、柄だけとなっていた。
その隙に、低空跳躍した雪菜の足先が、ステージに着いた。と、同時にまた“はね”た。
槍を旋回させ、勢いを乗せるように突く。それを楓が用の無くなった柄で受け流した。
砕けるそれを放り、体勢を崩しながらも、もう一方のフラッシュセイバーを振るう。が、崩れた状態ではまともに当たるはずもない。
と、さらに雪菜が“跳ね”、距離をとった。
それを見送り、楓は新たなフラッシュセイバーを両手に呼び出した。そして、感心したように笑う。
「……凄いね雪菜。瑞希さんほどじゃあないけど、ほんとに“跳ね馬”だよ」
「……無論だ。貴様に攻撃を当てられるとしたら、この突進力と機動力を兼ね備えた“跳ね馬”が一番適している」
雪菜が楓へ真面目に返した。それを聞いて楓の顔があきれたようになった。
「よくあんな地味でキツい修練続けられたね? 全身のバネ、特に足首から先を徹底的に鍛えることで、足先だけで“跳ね”る。騎馬武者が地を蹴って走る様を見て考案され、馬に乗らずに騎馬武者の突撃力を生み出すなんて馬鹿げた発想の技。全身の鍛え方を計算した上で、地味に身体を作っていかなけりゃあ出来ないそれを修得するなんて、感心を通り越して呆れるよ……」
「褒めるな。照れるだろう」
楓の言葉に、雪菜がわずかに頬を染めて返すが、見ていた全員が『いや、違うんじゃ……!』という顔になった。
「まあ、ともかく。私の独力とは言い難いがな」
「?」
雪菜の言いように、楓が首を傾げた。
その様子を見て、雪菜が小さく笑う。
「……姉上だ」
「……え?」
雪菜の言葉にきょとんとなる楓。それを無視して雪菜は続けた。
「姉上の荷物から出てきたのだ。私が“跳ね馬”を修得するための鍛錬法を事細かに書き記したノートが」
「……それって」
楓は信じられないような顔になった。だが、雪菜の顔は笑顔だ。
「他にもいくつか修得困難な技が記されていた。無論、お前のためのノートもあった。中身は見ていないが……」
「!」
それを聞いて楓が息を飲んだ。
「……楽しみであったのだろうな。私と貴様が技を競う時が来るのが。だが、今となってはもう……」
雪菜が言葉を詰まらせる。それに対して楓がチャチャを入れることはなかった。それだけ、この少女にとっても大事なことなのだ。
しかし。
「……感慨に耽ってるとこ悪いけど、あたしは負ける気はないよ? 雪菜。それに、“跳ね馬”が使えるだけなら、大して怖くないし、欠点もわかった」
「……なんだと?」
楓の言葉に雪菜が訝しげになった。それを見ながら 楓は続ける。
「……ねえ雪菜。“跳ね馬”、あんまり回数使えないでしょ?」
言われてぴくりと肩が震えた。
「あんな身体に無茶させる技、そう回数は使えるはずはないよね? その証拠に……」
言いながら指さす先には、ライフゲージバー。それは二割ちょっと減っていた。
「あきらかにあたしがダメージを与えたよりダメージが入ってる」
「……」
指摘を受けて雪菜は笑んだ。
「……誤魔化したつもりだったがダメージがはっきり表示されるのも善し悪しだな。だが、ライフが尽きるまでに決着をつける自信はある」
落ち着いた風に言う雪菜に構わず楓は言葉を続けた。
「雪菜、勘違いしてるみたいだけど、ここは現実世界じゃない。リンクネットの中だよ? そしてあたし達は互いにアバターなの。んでもって、アバターには一個特別な能力がある」
「それは……」
楓に言われ、雪菜は思い出したかのようになった。
「そ。アバターのタレントだよ♪ リミットリリース」
その力を解放して、楓は自信たっぷりに笑った。




