第一〇五話『こだわり?』
「あれを見てるととてもそんな風には見えないよねえ」
あかりはツーサイドアップにした赤みの強い茶髪を揺らしながら笑う。その視線の先では、ヒートアップした雪菜が楓を追いかけ回していた。
「待たんかっ?! このっ!?」
「やーだよ。そんなことしたら当たっちゃうじゃん」
すでに技もなく槍を振り回す雪菜に、あっかんべーしながらひらひらと避け続ける楓。それが雪菜の怒りに油を注いだ。
「いい加減当たれっ!!」
「そんなの冗談、ポイッ。だよ」
怒髪天突く様子で怒鳴る雪菜に、楓は呆れた様子で肩をすくめた。
「お・ま・え・は〜〜〜〜っ!!」
怒りのままに楓へ突き掛かる雪菜。その瞬間、猫のような楓のつり目が細まった。
風が。
吹き抜ける。
頬を撫でるそれに雪菜が目を見開いた。そんな彼女の遙か後方で楓が光の刃を手に宙を舞っていた。
次の瞬間。雪菜の髪を縛っていたリボンが断ち切られて落ち、黒髪が広がった。
雪菜の頬を汗が伝い、楓が「ほいっ」とばかりに着地した。それと同時に光の刃が消え去る。
それを見て楓が刃の消えてしまった柄を掲げて眺めた。
「おっ? さすがにエネルギー切れ早いね。じゃ、これはもーいーらないっと」
しげしげと眺めながらつぶやくと無造作に放り捨てた。
『おおっと、あれは“フラッシュセイバー”だよん』
「ふむ、聞かない名前のウェポンツールだな」
楓が放り投げた武器にクリスが反応すると、武瑠が顎に手をやってつぶやいた。
『うむん♪ 最軽量にして高威力のれーざーそーどだよん。けど、使い勝手が悪くてねい』
「ふむ。どんなウェポンなんだ?」
『まあ言ったとおり、軽量化とレーザー出力に傾注した白兵ウェポンだよん。その出力は、大型レーザーキャノン並ながら、収束率が高く、狙ったものだけを切る芸当も可能だよん。けれども代償として刀身を形成していられる時間が短くなったんだん』
「……短いというと、一分ほどか?」
クリスの説明に、武瑠が予想を口にする。が、クリスはバニーの耳を揺らしながら首を振った。
『……刀身維持可能時間は約二秒だよん』
「二……っ?!」
クリスの答えを聞いて、さすがの武瑠も絶句した。
「それでは一回振るうのが関の山ではないか?!」
『その通りだよん。まあ、数を用意したとしてもやはり使いづらいとしか言いようがないねい』
つぶやくように言って、クリスは試合へ視線を戻した。
ステージ上では、肝を冷やした雪菜が平静さを取り戻し、新たな“フラッシュセイバー”を呼び出しながらも欠伸をしている楓と対峙していた。
「つーかさ雪菜。ここまでで何回倒されてるか分かってる?」
「……」
楓の問いに、雪菜は厳しい表情で彼女を見た。その視線を受けながら、楓はため息をつく。
「今のを含めて三回は倒せてるよ? 気づいてるよね?」
「……」
無言の肯定。楓が言う意味を分からぬほど雪菜の腕前は悪くない。すでに三度は自身の隙を衝けたはずなのだ。それをしないのは、楓自身の余裕によるものだ。
そのことが雪菜には痛いほどよく分かっていた。それを尻手か知らずか楓が肩をすくめながら首を振った。
「だいたいさぁ、雪菜はトロすぎ。これだからデカ女は……」
「ぬなっ?! 私はデカくなぞ無いっ!?」
イヤラシイ笑みを浮かべながら言い放つ楓に、雪菜が声を上げた。
「そんなこと言っても、身長が180もある女子なんて雪菜位じゃん?」
「わたしは179.6cmだっ!! 間違えるなっ!! それにうちのクラスの如月も同じ位あるっ!! 身長のことを言うなら、われわれの年齢で貴様のように138cmしか無い奴もいないだろうがっ!!」
「138cmじゃないっ!! 138.4cmよっ!! 雪菜こそ間違えないでよねっ!! それにさっきの試合に出ていた支倉って子もあたしとおんなじくらいでしょっ!?」
売り言葉に買い言葉。しかし、楓の言ったことに、雪菜の顔が青くなった。あわてて自分のクラスのブースを見ると、小さな少女が涙目になっていた。
「は、支倉? 違うんだ。今のはこのチビ助に……」
あわてて弁解する雪菜だが、ひばりは涙目のままだ。
そして……。
「あたしちっちゃくないもん!! 黒崎さんのバカぁっ!!」
避けんでブースを飛びだしていくひばり。それを見て雪菜は恥も外聞もなく取り乱した。
「ま、待ってくれ支倉!! 支倉ぁ〜〜っ!!」