第一〇六話『もはやぐだぐだである』
「……」
走り去ったひばりを見送り、雪菜が両手両足を地に着いていた。
その周りを。
「あーららこーらら♪ いーけないんだーいけないんだー♪ くーろさきさーんが、はせくらさんをーなーかしたー♪ せーんせーにーいってやろ♪」
などと歌いつつ楓が楽しそうに踊ってまわっていた。これに対して雪菜が怒りをにじませながら顔を上げた。
「くっ、元はと言えばお前が余計なことを言い始めたからだろうがっ!!」
「えー? 別にあたしは直接支倉さんをどうこう言ってないしぃ?」
叫ぶような雪菜の言葉を、楓はどうでも良さげな態度で聞き流す。それがさらに雪菜の神経を逆撫でする。
「き・さ・ま・と、いう奴はぁ〜〜っ!!」
雪菜は髪が逆立つさまが見えるほどの怒気を放ちながら立ち上がると、槍を片手に楓に殴り掛かった。
それを楓がするりと避け、口の両端に指を引っかけながら舌を出した。
それがまた雪菜に燃料をくべる。
「おのれ、またバカにしおってぇっ!!」
いきり立ちながら槍を振り回して楓を追いかけ始める雪菜。もはや試合そっちのけで、観客も彼女らのクラスの応援団も唖然呆然である。
そんな二人の様子に、あかりが肩を落として息を吐いた。
「だめだこりゃ。完全に楓のペース」
「そうだなあ。まあ、黒崎が怒るのもわかるんだが」
つぶやくようなあかりに、秋人が顔をひきつらせながら答えた。
あかりはにがり切った顔で「まぁね」と応じる。
「こういう状況を作らせたら異常にうまいんだよね、楓は」
それを聞いて俊夫が眉をはねさせた。
「ほう。すると、狙ってこの状況を作ってるのか?」
「そ。楓は頭が良いからね。天才なんだよ、あの子」
俊夫の言葉を肯定しながら続けたあかりに、秋人と俊夫が目を丸くした。
「天才っ?! あのちびっこがか?!」
「にわかには信じられんが」
「まあ、そうだと思うよ」
二人の反応に、あかりが苦笑いした。と、そこへとひばりを連れて綾香が戻ってきた。
綾香は飛びだしていったひばりをなだめるために後を追ったのだ。
「……」
「機嫌直せって、ひばり。おーい、戻ったぞ? どんな案配……ってひでぇなっ?!」
ステージ上の状況を見て、綾香が声を上げた。ひばりも呆けたような様子でステージを見ている。
「あ、お帰り〜」
そんなふたりに気づいてあかりがにこやかに迎えた。それに応えながら綾香が三人のそばへと近づいた。
「もう、子供のケンカだな……」
あきれたようにつぶやく綾香に、あかりが笑った。
「まあ、完全に楓のペースになっちゃってるからね」
「みたいだな」
彼女の言葉にうなずく金髪碧眼の少女。その横にひばりもやってきた。
すると楓がめざとくそれに気づいた。
「あー雪菜雪菜」
「うるさいっ!!」
ヒラヒラとかわしながら声をかけてくる楓を一喝し、仕掛けていく雪菜。しかし、楓は首を傾げるようにしながら「支倉さん戻ってきたよ?」と告げた。
その瞬間、雪菜がひばりのそばへと高速で移動した。
「は、支倉! さっきはすまなかった」
「……うん。もう良いよ? 黒崎さん」
ひばりの目の前で、雪菜が両手両膝を着いて、額を地面につけそうな勢いで土下座する。
ひばりは両手をわたわたさせてから困ったように笑った。
それを見た楓が」調子良くうなずいた。
「そうそう、きちんと謝らないとね?」
したり顔で言う楓に雪菜の額に十文字が刻まれる。
「き・さ・まも謝らんかっ!!」
怒鳴る雪菜だが、楓は動じることもなく、肩をすくめた。
「やーだよ♪」
「そもそも、貴様が私の身長を四ミリ間違えるから……」
「雪菜だってあたしの身長四ミリ間違えたじゃん」
「誤差の範囲じゃねーの?」
二人のやりとりを見て、秋人がつぶやいた瞬間。
「大事なことだ!」
「大事なことじゃん」
「大事なことだよっ?!」
雪菜、楓、ひばりがそろって秋人をにらみつけながら叫んだ。




