優希が野球をやめた理由
俺はもう一度優希の家の前に来ていた。試合まではあと4日しかない。なんとしても今日中に優希を説得する必要があった。
――お前なら辞めた理由を話すかもしれない
達也の言葉が頭をよぎる。俺は優希が野球をやめた理由も聞きだすつもりでいた。
「また来たの?」
帰ってきた優希が睨むように俺を見る。
「試合は今度の日曜日だ。他のメンツはみんな来てくれる。あとはお前だけなんだ」
「何言われたって私の答えは変わらないよ。野球はやめたんだもん」
しばらく睨みあう。お互いの出方をうかがう。
相変わらず頑なな優希にしびれを切らした俺は考えるのをやめた。
「お前さぁ、なんで野球やめたんだよ」
「なんでって昨日言ったじゃない。女じゃ続けたって甲子園には出れないし、体育教師ぐらいにしかなれないもん」
「何言ってんだよ!今は女子野球のプロだってあるじゃねーか。女だってプロになれる時代だぜ?そんな理由で好きな野球を捨てるなよ」
「……」
「なんだよ?まだ他にもあるのか?」
優希はしばらく言いにくそうにしてから小さな声で呟いた。
「……好きな人にも振り向いてもらえないもん」
好きな人――初めて聞く話だった。なんとなく裏切られたようでおもしろくない。そんな理由でやめたんだったら許せない。
「好きなことやって輝いてる女に振り向かないやつなんていない!そんなやつは大したやつじゃないからやめとけ」
「違うの!」
優希が遮る。さっきまでの勢いは消え、顔を赤くしながらもじもじしてる。そんな優希はらしくなくて、なんだかますますイライラした。
「何が違うんだよ?」
「その……女として見てもらえないから……」
「まぁ、野球やってるときはそうかもしんねーけど、普段は……その……女って感じじゃん」
馴れない単語に何となく照れて、優希から視線を外してしまった。しかし、反応が気になるので、こっそり顔色をうかがう。 優希は驚いた顔で俺の顔をまじまじと見つめていた。
「ほ、本当?女って感じする?」
「あぁ、まぁ……」
何でこんなに食いつかれているのか分からない。そして「そっか……」と呟くと嬉しそうに何かに浸っていた。
これは脈ありだろう。俺は最後にもう一度試合のことを切り出そうとした。しかし、それよりも速く優希が顔をあげた。
「ありがとう。それが聞けただけで満足」
「じゃあ、日曜の試合は出てくれるよな?」
自信をもって聞いた俺の問いかけは「それは無理」とばっさり切られた。
「何でだよ!」
「だって言ったじゃん。野球の時は女っぽくないって」
「別にいーじゃねーか!そいつが試合見に来る訳じゃないんだからよお」
「野球の時しか見てないもん」
「え……」
優希の顔がどんどん赤くなっていく。
「もしかして、リトルのやつ?」
「野球以外は本当に鈍いんだから!」
そう言うと、優希は家の中に入り勢いよく扉を閉めた。
――女って感じじゃん
――それが聞けただけで満足
――野球の時しか見てないもん
――野球以外は本当に鈍いんだから!
今の一連の会話を思い出す。それに達也の言葉。もしかして、信じられないけど優希の思い人はきっと――そう思ったら、急に体が火照ってきた。気温のせいとかじゃない。
優希が俺を好きだって知って喜んでる自分がいる。達也でも他の男子でもなくて俺を選んでくれたことがこんなにも嬉しい。
俺も同じ気持ちなのかもしれない。あいつの実力は認めてたし、あいつをエースにしてやりたいって気持ちは本当だった。でも、きっとそれだけじゃない。こういうことは苦手で断定できないのが情けないけど……でも、たぶん俺も優希と同じ気持ちだ。
「優希!」
近所に筒抜けなのを承知で優希の部屋に向かって叫ぶ。
「俺は!野球をやってるお前も普段のお前も好きだ!だから、お前は自分の好きなことをしろ!」
そこまで叫ぶと部屋の窓が開いた。
「バカ!」
優希はそれだけ言うと、また部屋に引っ込んだ。
「明日!グランドで待ってるからな!」
明日はシニアの時に使っていたグランドを借りてある。優希が来ればチームの士気も上がる。俺たちの本当にベストナインで最初で最後の試合ができる。
そして、試合が終わったらちゃんと優希に伝える。俺と優希の関係に決着をつけるために。
俺は4日後の俺たちを思い浮かべて気合を入れた。
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