変わり果てた幼馴染
すっかり変わってしまった優希を呆然と見つめていると、優希が訝しげに「翔太?」と首を傾げた。
「いや、何でって、俺は練習試合で来たんだよ」
「練習試合?うちの高校と?翔太ってどこ通ってんの?」
「都立の三沢」
その名を聞いて、優希は目を見開いた。予想通りの反応だが、俺は何でもない風な顔をつくろった。
「なんで三沢?翔太なら春栄とか神村とか行けたでしょう?」
「仕方ねーだろ?ここしか受かんなかったんだから……」
中学3年の夏まで野球しかしてこなかったものだから、俺の学力は悲惨なものだった。高望みはせず、野球部のある高校を受けたら私立は全滅。なんとか引っ掛かったのが都立三沢高校だった。
俺が勉強できないのは優希も知っているが、改めて自分の口で言うと恥ずかしい。思わず優希から視線を反らして目を伏せた。
「受かんなかったって……推薦もらえなかったの?」
そう訊ねてから、優希は何かに思い当たったように小さく声をあげた。
「もしかして……私のせい?」
「違うって。光星とかはちゃんと推薦で早岳行ってるし、俺の実力の問題」
「光星はずっとあの人のお気に入りだったもんね……ごめん」
「謝んなよ!俺の実力だってまだ足りてなかったんだろうし。それより何だよその格好?野球はどうしたんだよ?」
「あ……」
なぜか優希が動揺した声を上げた。この場面で動揺してるのは俺の方だ。不審に思って優希を見つめた。
「野球はね……やってないんだ」
「っ!!」
怒鳴りそうになった自分を咄嗟に抑える。
「そ、そうか……」
俺はそう言うだけで精一杯だった。
優希が野球をやめている可能性を考えたことはある。あの腐った監督の下で辛抱強く続けていた優希も、中学に入ってからは男子との体力差に悩んでいた。だから、受験を理由に優希がシニアを辞めた時、野球を自体をやめてしまうかもしれないという予感はあった。だけど、いざ本人の口からその事実を告げられると、覚悟してたこととはいえ、本能的に怒りがわいてしまった。
気持ちを落ち着けるために、俺は話題を変えた。
「今は何をやってるんだ?」
優希は何か言いにくそうに視線をさ迷わせた。無理もないのかもしれない。野球を続けるか迷っていた優希に俺はずっと続けるように言い続けた。時には強く怒鳴ったこともある。あの頃、俺にとってエースは優希しかありえなかったから、あの実力を持っていながら女という理由だけで止めるのはもったいないし、許せないと思っていた。
だが、それも昔の話だ。俺はできるだけ優希が話しやすいように柔らかく、言葉を選んで尋ねた。
「陸上とか?他の球技?ってその爪じゃ無理か……。文化部とか?」
「違うの。その……本当に何もやってないんだ」
「は?」
俺の凄んだ声に優希は怯んで語尾は小さかったが、それでもしっかりと聞き取れた――今は帰宅部、と。その単語を聞いた瞬間、腹から声が出ていた。周りの生徒がこちらを見るが、そんなことは予測する暇もないほど反射的だった。
「帰宅部ってどういうことだよ!野球以外のことをやるんでやめたんじゃねーのかよ!」
「べ、別にいいじゃない。私の勝手でしょ」
「よくねーよ!あんなに力入れてやってたじゃねーか!お前の実力は本物だし、もったいねーよ!」
「でも……どんなに力を入れてたって甲子園には行けないじゃない!」
それまで応戦一方という感じだった優希が叫んだ。俺も負けじと答える。このままじゃ俺も納得できねぇ。
「甲子園に行けなくたって野球をやる意味はあるだろ!」
「意味なんかないよ……意味がなくなったの……」
「なんだよそれ……。俺はお前がシニア辞めたとき、そりゃショックだったけど、お前も野球続けんの迷ってたのはわかってたから仕方ないとも思ったんだ。続けるにしろ、選手じゃなくてマネになるにしろお前が決めた道ならそれでいいって。最悪、他の道に進んだってそれでお前がもう悩まずにいられるならそれでもいいと思ってた。それなのに何だよ!そんなアホみたいな格好して、ただ毎日遊び歩いてるって!お前、それ逃げただけじゃねーか!野球と向き合わずに逃げただけだよ!」
「うるさいなぁ!男に生まれた翔太にはわかんないよ!」
そう言って優希は鞄をひったくるように拾うと、そのまま逃げるように走り去っていった。思わず追いかけようとしたが、先輩に呼び止められて今日ここに来た意味を思い出す。
「いつまでも来ないと思ったら……何やってんだよ。お前ギャルがタイプなんだっけ?」
「さーせん。知り合いがいたんで……。それと俺、ギャルはタイプじゃないっす」
「真面目に答えんなよー」
笑いながら細谷先輩が背中を押して強制的にグラウンドへ連れて行こうとする。俺はそれを振り払って先輩に向き合った。
「細谷先輩、お願いがあります」
あいつがまだ野球に未練を残してるなら、もう一度マウンドに立たせてやりたい。
細谷先輩は俺の話を聞くといつになく真剣な顔で少し思案してから、「勝手にやれ」とだけ言った。俺は力いっぱいお礼を言うと、神栖高校の監督の元に向かった。




