第3話 凪紗と田中隼人さん(前編)
リラクゼーション凪の朝は早い。
早朝3時半。
いつも私の目が覚める時間。目覚ましを鳴らすこと無く自然に目が覚める。
日の出までは1時間ちょっとある。
まだ暗いけれど、真っ暗では無い。少しずつ光が黒に混ざり始めて、ぐんじょう色へと変化している時間。
いつもと違って、先ずは車で1分のコインランドリーへ。
施術の際に使う、タオルを一気に洗濯。乾燥までしてしまう。
「明日の……地方は、お昼前から穏やかに雨が降り始め――」
昨日の夜のネットニュースを信じる事にした。
(これにするか……)
もちろん、外着はジャージ。
ブランドは分からない。たぶん誰もが知ってるブランドでは無い。……だって、リサイクルショップで500円で買ったジャージだから。
(みんな、よくそんなお金あるよな)
2枚……4枚……8枚……
タオルを次々とランドリーの洗濯機の中に放り込む。
(幸せだなぁ-……)
私はランドリーに来ると、いつも幸せを噛み締める。
1,000円も出せば……洗濯から乾燥まで、全部やってくれる。
そもそも1回の洗濯に、1,000円ポン!と払える自分――
(ここまで来たのかあー……私も)
(――これもお客様のお陰だよ)
(……有難い)
早朝の誰もいないランドリーで、私は一人じんわりと涙を浮かべる。
この1,000円は、投資。
ジャージに2,000円も使うなんて……ただの浪費じゃん。……お金、減るだけなのに。
いつもは早朝からお客様が入る当店も、今日はゆっくり。
……その理由は、本日のお客様にある。
お昼前。
サロンでタオルを畳んでいると、シトシトシト……と雨が聞こえてきた。
「……1,000円出して良かったな」薄暗い部屋の中で、私は勝利の笑みを浮かべる。
(……あっぶな。ランドリー行って良かった)
サロンに置いてある洗濯機は、以前自分で使っていたボロボロ家庭用。
一回で全部のタオルを洗濯することは出来ない。
そう。
洗濯の量、そして回数の数は、お客様の数を意味している。
何回も洗濯することは本当に手間だけど……その分、売上げが上がっていることを意味するんだから……幸せを感じるのだ。
でも今日は、きっと生乾きだったかな。
午後2時半。
玄関先でトヨタのハリアーの到着を待つ。
ゴゥン…
T字路を左に曲がり、黒のハリアーがやって来た。
「田中さん、お久振りです」
颯爽と車のドアを開ける田中さんは、私に爽やかな笑顔で会釈してくれる。
「凪さん、ご無沙汰してます」
今日のお客様は、田中さんただ一人。
田中さんは毎回、長い時間入ってくれる。
……他のお客様をお通しすると、私の体がもたない。
「どうぞ、こちらです」
「……ありがとうございます」
5段しか無い階段をゆっくりと上り、私は田中さんを室内へとご案内する。
「それにしても……ご無沙汰ですね。あっ、どうぞ」
施術部屋の椅子に座る田中さん。いつ見ても爽やかだなと思う。
「大変な1ケ月でしたよ……本当に」
「あっ……そうだったんですか? お仕事大変ですね……」
「今年の夏は、暑いですからね……」
「そうですよね。……私も倒れそうです。お体の調子、如何ですか?」
「肘の部分が、ちょっと気になるんですけどね」
田中さんは獣医師をしている。
それも動物病院では無く、県や国の施設で牛を専門に診ているのだそうだ。……私には難しくて、良く分からないけれど。
「牛さん達も、この暑さだとバテてるんじゃないですか?」
「……そうなんですよね。免疫も下がっちゃうんで……」
田中さんが、うちのサロンに初めて来て下さったのは……もう4年前。
リラクゼーション凪を開店した時からの、古い古いお客様。
私は、施術中にお客様のプライベートには一切触れない。
それに、しゃべってくれたとしても……深堀は一切しない。
田中さんは最初「……確定申告の準備が大変で」と言っていたので、「あぁ……何か個人で事業をされてるんだな」くらいだった。
ところが、4年前。田中さんの施術を始めて……驚くべきことがあったのだ。




