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第2話 凪紗と大木智子さん(後編)

智子さんのご主人。

確か以前、お話を伺った時に「再婚した」と言っていた。


(あんまり協力的なご主人じゃないんだな……)


私は汗をぬぐいながら、智子さんのお腹周りをゆっくりとほぐしていく。夏場は扇風機しか付けない。


お客様に沢山汗を出してもらうため。

お体を冷やさないようにするため。


「主人がもっと手伝ってくれればなぁって思うんですよねー」

「……そうですねー。智子さんお一人だと、大変ですもんね」

なるほどなと私は思った。智子さんに対して……では無くて、娘の咲良ちゃんに対して。


「はい。お疲れ様でした」

90分間の施術が終わった。この後、智子さんにはお着換えをしてもらう。


「あー……気持ち良かったー……ありがとうございました」

「いえいえ、オイル、少しふき取りますね」

そう言いながら、私は智子さんの体をホットタオルで軽く拭いていく。


「沢山汗をかいてますからね。どうぞ」

お着換えが終わった智子さんに、私はお水を出す。もちろん常温で。


お洒落な店内。お客様にジュースやスイーツを出す、きらびやかなお店もある。

……でも、ここではそんなものは出ない。


『健康重視』の貧乏サロンだから。


「いやぁ……首が回るようになりました……はー……」

「……だいぶ固まってましたよ。お仕事、大変そうですもんね」

「もう……最近、大変で。若い子がどんどん辞めていくんですよ」

「……えー……そうなんですか」


うちの店にはナースの方も多い。皆さん口を揃えて言うのは「若い子が辞めていく」ということ。


「お陰で、私達がキツイんです」

疲れ切った顔で、智子さんが笑う。


「……色々あるんですね」

「誰か、入って来ないかなあ……」

「咲良ちゃんですけど」

「はあ。……どうせ今日も遊び歩いてるんでしょうけどね」

「おせっかいかも知れないですけれど……ご主人との関係性かも知れないですね」


「……」

両手でカップを持ち、智子さんはお水を飲んでいる。


「心理学的には……お父さんとの関係性があまり良くないのかも知れないです」

「……」

領収証と小銭の用意をしながら、私はチラリと智子さんに視線を向けた。何か考え込んでいるような感じに見える。


午前7時。

お支払いも終わり、お見送りの時間。


「先生、ありがとうございました! また近いうちに来ますね」

「いえいえ。こちらこそありがとうございます。……お仕事……大変そうですから。お体労わってあげて下さいね」

「ふふっ……そうですね」

来た時より、笑顔が軽やかに見える。


「先生のお陰で……ちょっと見えてきました!」

「……?」

「また今度来た時、報告しますねー」

そう言うと智子さんは笑顔で駐車場の方に歩いて行った。


(……何かヒントがあったのかな)

(……良かった)


次のお客様をお迎えする準備のために……私は部屋へと戻った。


私の朝は早い。

そして仕事が終わるのも早い。


お昼の12時頃には、仕事を終えるようにしている。……それは私の体調と関係しているけど……また今度のお話。


(……終わったなぁー……)

お昼過ぎの13時。明日のお客様のための準備も終わる。……後は、洗濯が終わったら干して業務終了。


(さて……どうしようかなあー)


太陽がギラギラと輝く、午後3時。

私は歩いてスーパーへと向かう。


『スズミヤ』

いっつも愛用している大規模スーパー。

(……今日はどうしようかなぁ)

練り物のコーナーで立ち止まり、じっくりと吟味する。もちろん貧乏サロンの個人オーナー。服もヨレヨレ。化粧なんか一切しない。


もし偶然お客様に出会ったら――。

もしかしたら、気付かれないかも知れない。


(……よし、今日はこれだ!)


ちくわを手に取り、買い物カゴに入れる。


お刺身は高い。ここスズミヤは夕方6時になると、半額シールが貼られる。その時間までお刺身に手を出すことは無い。右に曲がってお菓子コーナーへ。そしてポテチを1つ、買い物カゴへと入れる。……これでお供は揃った。最後はじっくりと……お酒コーナーで吟味が始まる


「いらっしゃいませー」


(あ、安藤さんだ……)


「あ、お疲れ様ですー……」

いっつも恥ずかしくなって、挨拶は小声になる。


(私、絶対に安藤さんに「こいつ、いつも酒しか買わないなぁ」って……思われてるよね……)


私がスズミヤに行くと、ほぼ必ずと言っていいほど、安藤さんがレジを担当している。


お酒ばっかり買っている私を、笑顔で迎えてくれる安藤さん。

45歳くらいかな……とっても美人な、スラリとしたお姉さん。

パート……? 社員……?

毎回どうでも良い事を考えながら……ビールに酎ハイ。合計3缶をぶら下げながら家路につく。


いつか聞いてみたい。安藤さんに。

「私の事、『酒ばっかり買ってるな』って思ってますよね?」って。


「はあー……終わったー……!」

ここからは、私の時間。


パキュッ!

先ずは缶ビールを開けて、ビリリとちくわの袋を開封。


(いやぁー……この組み合わせが良いんだよねー)

(今日も頑張ったわぁ……)


家はサロンの真横にある。こちらも築50年の平屋。

女っけの無い、31歳独身一人暮らし。


『リラクゼーション凪』

私のやっているサロンはこの隣。職場まで徒歩5秒。スーパーのスズミヤまで徒歩5分。


都会で生まれ育った私は、誰にも見られることの無い貧乏サロンをひっそりと経営している。


あり得無い。

髪のセットだって

メイクだって

気の利いた服だって

……ここじゃ、何の意味も無いんだもん。


横浜駅も桜木町駅も、関内駅だって。

……こんな格好じゃ、絶対歩けない。


でも、私は満足してる。

今の生活に。


誰の目も気にすること無く――

お客様の事だけに、真っすぐ向き合えるこの環境に。


(――もう都会に戻れないなー)


いつものyoutubeを見ながら、そんなことを思う午後5時。


2台持ちのスマホで明日の予定を確認する。


(明日は……田中さんと……)


『リラクゼーションサロン凪』は、明日も予約で満杯――


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