第6話 座を制する覇気
ご覧いただきありがとうございます!
雨模様です!
私の諸事情により更新は不定期になってしまいます。(すみません涙)
それでも頑張って書きますので応援よろしくお願いします。
庭園を包み込む不穏な沈黙を破ったのは、高楼の階段をゆっくりと降りてくる、重々しい靴音だった。
姿を現したのは、漆黒に金の刺繍が施された重厚な御衣を纏う男——当代の頂点に君臨する、皇帝陛下その人であった。
その絶対的な権力者の登場に、先ほどまでキーキーと声を荒らげていた橘の姫をはじめ、居並ぶ妃候補や侍女たちが一斉に顔を蒼白にし、蜘蛛の子を散らすように地面へひざまずいた。庭園にいた誰もが息を止め、平伏している。
「……皆、いったん座りなさい」
低く、腹に響くような重厚な声が庭園の隅々にまで行き渡る。
その一言に含まれたあまりにも圧倒的な覇気に押され、全員が弾かれたように指示に従った。色とりどりの着物の裾を乱しながら、誰もが言葉を失ってその場に腰を下ろす。お茶会全体を支配していた空気は一瞬で塗り替えられ、肌に痛いほどのピリピリとした緊張感が支配していた。
皇帝は静かに場を見渡し、威厳に満ちた眼差しで一同を見下ろした。そして、その背後に一歩引いて控える一人の青年——同じく漆黒の衣装を身に纏った息子の『帝』へと視線を遣り、重々しく口を開いた。
「本日この場を借りて、皆に告げる。……わが息子であるこの『帝』が、次の皇帝となる」
「「——っ!?」」
お茶会の場に、声にならない激震が走った。
あまりにも唐突すぎる譲位の宣言。橘の姫は目を見開いたまま絶句し、私の隣に座る明明様も息を呑んで全身を強張らせている。
周囲の混乱を余所に、皇帝は静かに言葉を続けた。
「二ヶ月後、新皇帝の就任式並びに祝賀の大祭を催す。……後宮の姫たちには、それぞれの趣向を凝らした催しで参加してもらう。そなたたちの真価、この大祭にて見せてもらうぞ」
二ヶ月後の就任式とお祭り。
重臣や異国の使節、そして帝国の民が集うその大舞台は、ただの祝福の場ではない。後宮に集められた妃候補たちの知恵、財力、手腕、そして人徳が容赦なく試される、実質的な「皇后選定の最初の試験」を意味していた。
ざわめきと動揺が波のように広がる中、私は明明様の斜め後ろに控え、頭を深く下げたまま手帳を固く握りしめていた。
(二ヶ月後の大祭……! ここが明明様にとっても、そして私にとっても最大の運命の分岐点になる)
私の頭脳の中で、前世の看護師・社会人として培った危機管理とスケジュール管理の思考が、猛スピードで回転し始める。
大祭での催しの企画立案、必要な資材や人員の手配、当日の誘導線や衛生管理、さらには今回のお茶会のように橘の姫たちが仕掛けてくるであろう露骨な妨害工作の予測と事前潰し——。
(やるべき仕事が山積みね。明明様を無事に皇后レースのトップに立たせ、なおかつ私自身も『優秀な秘書』として立場を固めなきゃいけない)
だが、頭をフル回転させている私の背中には、先ほどから嫌な冷や汗がゆっくりと伝っていた。
ぞくぞくとするような、背筋を氷でなぞられているかのような不快な気配。
前皇帝の脇に立つ、新皇帝となる『帝』。
彼は一度も口を開くことなく、高楼の上にいた時とまったく同じ、冷徹な金色の瞳を向け続けていた。
その視線の先にあるのは、主君である明明様でも、大貴族の娘である橘の姫でもない。
——ただの侍女として平伏している、私(文)の姿だった。
(……見られている。間違いなく、確信を持って私を意識している……)
周囲の妃たちの美貌や着飾った衣装には一瞥もくれず、お茶会の裏で完璧に場をコントロールし、毒や罠をすべて無効化した「異常な手際を持つ侍女」の存在を、新皇帝は確信を持って捉えていた。
直接声をかけてくるわけではない。詰問してくるわけでもない。
しかし、だからこそ言葉のないその注視には、獲物の動きを観察し、じわじわと追い詰めようとする猛獣のような暗い圧迫感が満ちていた。
(声すら掛けられないのに、なんでこんなに息が苦しいの……っ)
ゾワゾワと皮膚が粟立ち、心臓が脈打つ音が耳元で大きく鳴り響く。女たちのドロドロとした嫉妬や嫌がらせなど比ではない、底知れない「怪物」に目をつけられてしまったのだという恐怖が、波のように押し寄せてくる。
「……では、立ち去るがよい」
前皇帝の簡潔な一言によって、張り詰めていたお茶会は解散となった。
「文……立ち上がれる? 足が震えて……」
「大丈夫です、明明様。お手をどうぞ」
平然を装いながら明明様を支えて立ち上がる私だったが、去り際、最後にもう一度だけ視線を感じて高楼の方向を盗み見た。そこには、群がる人々の中でただ一人、じっと私を見下ろし続けている新皇帝の姿があった。
新皇帝誕生の波乱。
皇后選定の最初の試験となる、二ヶ月後の大祭。
そして、新皇帝からの静かで凶暴なまでの注視——。
逃げ場のないピリピリとした緊迫感を残したまま、嵐の前触れとなるお茶会は幕を閉じたのだった。
最後まで見ていただきありがとうございます。
また見ていただけたら嬉しいです。




