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第7話 影の参謀と五人の姫

ご覧いただきありがとうございます!

雨模様です!

私の諸事情により更新は不定期になってしまいます。(すみません涙)

それでも頑張って書きますので応援よろしくお願いします。

波乱のお茶会から一夜が明け、後宮には不穏な静けさと確かな熱気が渦巻いていた。


二ヶ月後の新皇帝就任式、ならびに祝賀の大祭。


実質的な「皇后選定の最初の試験」の全貌が、宮中に広まりつつあったからだ。


今回の試験の肝——それは、『後宮の五人の姫たちが一人ずつ、それぞれ独自の趣向を凝らした出し物を計画・お披露目すること』。


敷地内に与えられた特設会場で、どんな催しを開き、どれだけの民や使節を魅了し、滞りなく治めてみせるか。他の姫たちがどのような出し物を仕掛けてくるのかは、当日まで一切わからない。秘められた知恵、資金力、そして人を動かす統率力が容赦なく試される個人戦である。


「文……本当に私が、あの巨大な大祭で出し物なんてできるかしら?」


明明邸の居間で、明明様が不安そうに眉をひそめてお茶をすする。その傍らでは、私たちを支えてくれる三人の下級侍女たちがテキパキと働いていた。


城下の市場や噂話にすこぶる明るいムードメーカーのリン。


文字や計算が得意で、外部との連絡や実務を正確にこなすしっかり者のメイ。


そして、手先が器用で人の観察力に長けた記録担当のラン。


彼女たちの存在もまた、作戦を進める上で欠かせない頼もしい味方だった。


「ご安心ください、明明様。すでに準備は動き出しています。……まずはライバルとなる他の姫方の特徴を整理しましょう」


私は持ち前の観察眼と分析能力を駆使し、手帳に記した「皇后候補である五人の姫」のデータを頭の中で展開した。


一人目は、橘 麗華(レイカ)。気位が高く苛烈な性格で、手段を選ばない強硬派。圧倒的な財力と後宮内での強固な人脈を持つ。


二人目は、黄 琥珀(コハク)。代々将軍や武官を排出してきた名門武将の家系出身。誇り高く剛毅な気性で、宮中の武官や兵士層から絶大な支持を得ている。


三人目は、藍 翡翠(ヒスイ)。文官最高峰の家柄出身。冷静沈着で計算高く、宮中の法律や儀礼、複雑なプロトコルに通じた知性派。


四人目は、緑 翠珠(スイジュ)。異国との貿易で莫大な財を成した豪商の娘。華やかで流行に敏感な野心家であり、独自の調達ルートを持つ。


そして五人目が、我が主君である明明様。素朴で清廉な人柄を持ち、下級侍女や民衆からの潜在的な好感度がもっとも高い。


(麗華、琥珀、翡翠、翠珠……どれも強力な存在ばかり。正面から権勢や資金力で競おうとすれば勝ち目はないわ)


「相手の出し物がわからない以上、私たちは自分たちの強みを最大限に生かすしかありません」


そう言いながら、私はテーブルの上に置かれた宮中支給の高級なおしろいと紅の壺へ目を向けた。そっと指先に少量取り、迷わず舌の先に乗せてみる。


ほんのわずかな甘みと、舌の痺れ。そして独特の金属的な苦味。


(……やっぱり。鉛に、水銀……)


「文!? なにやってるの、急におしろいなんか舐めて!」


「ちょっと文ちゃん! 汚いでしょう!」


突然の奇行に、明明様も侍女のリンやランも飛び上がって驚く。私は手ぬぐいにペッと吐き出しながら、慌てて笑顔を作った。


「あ、いいえ……すみません! なんだか急にちょっと舐めてみたくなってしまって……! どんな味がするのかなって、好奇心が抑えきれませんでした。えへへ……」


「もう、変わった子なんだから……」と呆れ顔で胸を撫で下ろす侍女たち。


(あぶないあぶない……前世の習性が咄嗟に出てしまったわ)


前世の私は、代々続く医学系の家に生まれた。幼少期から田舎の山に入っては母と薬草を摘み、時には毒蛇の毒すら自分の体で試してみるような、周囲からは「バカ娘」と呼ばれるほど生薬や医学に没頭した少女時代を送った。


その後、成長した私は総合病院の看護師となり、過酷な現場で患者の体調変化や中毒症状、皮膚疾患に向き合い続けた。家系から受け継いだ薬理の知見と、現場で培った臨床経験——それこそが私の体に深く刻まれた知識だった。


(だけど、これは笑い事じゃない……)


私は真剣な表情に戻り、指先に残った粉を見つめた。


この世界の人々は、肌を白く美しく見せるこのおしろいや塗料に『毒』が含まれていることなど夢にも思っていない。ただ「美しくなるための高価な化粧品」としてありがたがり、結果として原因不明の肌荒れや体調不良、謎の早死にに怯えているのだ。


前世から培った医学的知識があったからこそ、後宮を覆うこの無自覚なゆるやかな毒殺の構造を、私だけが見抜くことができた。


「皆様、急に舐めてみたおかげで、大変なことに気づきました。……このおしろいや口紅には、体をじわじわと蝕む恐ろしい毒が含まれています」


「「えっ……!?」」


居間にいた全員が息をのんだ。


「毒って……文、それ本当なの? 宮中の姫も女官もみんな使っているのよ!?」

明明様が身を乗り出す。


「はい。美しく見せる反面、肌から徐々に毒が浸透しているのです。後宮の女性たちが肌荒れに悩み、体調を崩しやすい本当の原因は、この化粧品にあります。……誰もそれに気づいていないだけなのです」


「そんな……だからみんな、お化粧をすればするほどお肌が痛むって泣いていたのね……」


落ち込む明明様に、私は力強く頷いた。


「だからこそ、です。宮中にいる人間の実に七割は女性。そして誰もが原因不明の不調に悩んでいます。私たちが仕掛ける出し物は『毒を一切含まない、肌を健やかに保つ特製化粧品の発表と、明明様ご自身による実演(デモンストレーション)』にします!」


前世の知識を活かし、安全な米粉や天然生薬、植物油脂を合わせた無毒の化粧品を作る。


「他の姫たちが豪華さで競う中、明明様だけが『後宮の女性たちを毒から救う』という圧倒的な大義名分と健康的な美を提示するのです」


「私たちが……後宮の女性たちを救う出し物を……!?」


明明様の瞳に、確かな熱と強い光が宿った。


「あらあら、随分と大きな勝負に出たわね」


しなやかな足取りで部屋に入ってきたのは、侍女頭の薫(カオル)様だった。


お茶を淹れ直しながら、薫様はフッと艶やかな笑みを浮かべた。


「いいじゃない、文ちゃん。誰も気づいていなかった後宮の闇を突くなんて最高だわ。麗華あたりが裏で何か仕掛けてきそうだけど……ふふ、表の政治や圧力ならこの私が突っぱねてあげる。思い切りやってみなさい」


「薫様……! ありがとうございます!」


「よーし! リンは原料の調達管理、メイは城下との連絡、ランは明明様の肌の記録補助ね! 全員で明明様を最高に綺麗に仕立て上げるわよ!」


「「「はいっ!!」」」


一致団結し、作戦会議は大盛り上がりとなった。


……だが、本格的に試作を始めようとした矢先、早くも壁にぶつかった。


「……文ちゃん、大変よ。無毒の化粧品に必要な高品質の蜜蝋や生薬だけど、商人たちが急に売り惜しみを始めてるわ。他派閥の手が回ったみたい」


戻ってきたリンが青ざめた顔で報告する。一同の間に重苦しい空気が流れ、私が代替案を練ろうとしたその時——。


「ふふん、なーんだ! そんなことなら私に任せなさい!」


それまでおとなしく話を聞いていた明明様が、急に胸を張ってパッと顔を輝かせた。


「明明様……?」


驚いて見上げる私に向かって、明明様はニシシと悪戯っぽく笑い、自信満々に言い放った。

「材料に困っているなら——私にツテがあるわよッ!」


まさかの申し出に、私や薫様、侍女たちは一瞬ポカンと口を開けてしまった。

(……このお方、ただ素朴なだけじゃないのかもしれない)


頼もしい主君の言葉に、明明邸の士気は最高潮に達したのだった。


——そして、その日の夜。


「……きゃっ!?」


自室の机で工程表を整理していた私のすぐ脇の柱へ、乾いた音とともに一本の矢が突き刺さった。


窓の外は深い暗闇。人の気配はない。


引き抜いた矢に巻き付けられていたのは、短い一文。


『面白い企みだ。……だが、足りん』


龍が舞うような力強く、どこか見下ろすような威圧感を放つ筆跡。


(……一体誰がこんなものを? 麗華たちの妨害工作にしては、あまりにも手慣れている……)


文面を撫でながら、私は首を傾げた。


(まさか……あの新皇帝……? いや、でも……)


暗闇に向かって弓を引いた『正体不明の差出人』の意図を測りかね、私は冷や汗の浮かぶ手紙をきつく握りしめたのだった——。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

これからも頑張りますので読んでいただけたら嬉しいです。

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