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話し下手な僕たち  作者: もーりんもも


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9/15

9 あゆちゃんが標準語を話すのは

 寝るために自分の部屋に引っ込んだと思ったのに、あゆちゃんがリビングに戻ってきた。

 手には封筒を持っている。

 もしかして……?


「ここに行きたい」


 そう言って封筒を僕に差し出した。

 差出人は、『添田健一』。あゆちゃんのお父さんだ。


「へえ。尾道なんだね」

「うちの家からだと、どれくらい遠い?」

「え? あ、さあ、広島だよね」


 尾道が広島県なのは知っているけれど、尾道ラーメンの尾道しか知らない。

 そもそも倉敷の土地勘すらない僕には、尾道が広島県の西寄りなのか東寄りなのかさえ分からない。

 でもせっかくあゆちゃんが見せてくれたから、一応差出人の写真を撮っておくか。

 何かの拍子にアプリが起動することがあるかもしれないし。

 いつものようにスマホからカメラアプリを起動させると問題なく作動した。


「お! これは使えるんだ」

「何やってるの?」


 それは秘密。

 あゆちゃんには言えない。

 彼女に背中を向けて、写真を撮るところを見られないようにしたけど、カシャというシャッター音のせいで、あゆちゃんが覗き込んできた。

 おっと、セーフ。


「はい、これ返すね。でもお母さんに返さなきゃ駄目なんじゃない?」

「……」

「うわっ!」


 視界に律子さんの姿が入ったので、思わず叫んでしまった。

 いつの間に? いつからいたんだろう。どこから聞かれた?

 とにかく、僕があゆちゃんに封筒を手渡したところを見られてしまった。

 あゆちゃんも律子さんに気がついて、母娘が無言で見つめ合っている。


「……あゆみ。見せてみられぇ。何をとったん?」


 うわあ。

 あゆちゃんがもの凄い表情で律子さんを睨んでいる。

 意地でも返さないつもりなのかな。


「あゆみ!」


 律子さんが実力行使にでた。

 あゆちゃんがぐしゃっと握りしめた封筒を、無理やり彼女から奪い返した。

 封筒を見た律子さんは全てを察したらしく、少しだけ表情を和らげた。


「お父さんはもう別の家の人になったんじゃって。何回言うたら分かるん?」


 別の家の人か……。

 小学一年や二年でそう言われても分かんないよね。


「それ――ちゃんと聞いてみたい。どうして私じゃ駄目だったのか」

「……!」


 うわあ。これはキツい。

 律子さんが絶句しちゃった。


「一緒にランドセルこぉたのに。入学式で写真撮る言うたのに!」

「それは――お父さんも――」

「離婚するんなら結婚せんかったらよかったんよ!」


 うわぁ。あゆちゃん。そこまで言っちゃうんだ。

 あゆちゃんは、ずっとそう思っていたのか。

 俺は逆だったなぁ。

 どうせなら僕が物心つく前に再婚してくれてたらよかったのにって思っていた。

 そうしたら何も知らないまま両親がいて、完璧な家族になれていたのにって。

 本当の父親だと思っていたのに血が繋がっていなかったんだと、後から知ってショックを受ける方が、父親がいないよりも何倍もマシだと思っていた。


「あゆみ――あんなぁ――」


 律子さんが泣きそうな顔であゆちゃんに話しかけているのに、彼女は返事もせずにリビングを出て行ってしまった。





「ごめんなぁ」

「あ、いえ」

「あゆみはお父さん子でなぁ。あの子の父親は東京の出身じゃったけぇ、こっちに来てからもずっと標準語のままじゃったんよ。あの子は父親とおんなじがよかったから、ずっと標準語をしゃべっとってな……。離婚した私が許せんのんじゃろうなぁ。私の前では意地でも岡山弁は使うもんかって頑張っとるんよ。おかしなカタコトの標準語でな……。離婚する前は父親とよぉしゃべりょうったから綺麗な標準語じゃったけど、もう最近は長くなったら岡山弁が出るんよ。語尾に『じゃ』がついとんの、本人は気づいてないけどな。私が岡山弁バリバリじゃけぇ、どうしてもうつるんじゃろうなぁ」


 あ、なるほど。それであゆちゃんだけ標準語だったのか。

 あの短い単語の羅列だけみたいな会話はそういうことだったのか。


「東京とちごぉて田舎はまだまだ離婚する人が少ないからなぁ。あゆみには肩身の狭い思いをさせてしもぉとるわ」


 こんな打ち明け話を聞かされて、僕は何て言うべき?

 

「兄弟がおったらちごぉとったかもしれんと思うことがあったけど……。私には言わんのに、恵人君には色々と話しとったんじゃなぁ。恵人君がおってくれてよかったわ」


 そうなのかな?

 でも、どうしよう。

 鶴形山公園でお父さんを見かけたことを知らせておくべき?

 ムズい。何が正解か分からない。


「あぁ、ごめんごめん。こんな話、高校生にするもんと違うわなぁ。ちょっと早いけど、もう寝る?」

「あ、はい。おやすみなさい」


 結局答えが出ずに僕が黙ったままでいたことで、律子さんとの会話は終わった。

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