3 寡黙な少女
ガタンと揺れた拍子に目が覚めた。
都内の地下鉄ならまだしも、初めて乗る田舎の電車でまさかうたた寝をしてしまうとは――。
車内はがらんとして乗客がほとんどいない。
まさか乗り過ごしていないよね? もう終点近くとか?
急に目を覚まして辺りをキョロキョロと見回していた僕を、通路を挟んだ反対側に座っている女の子が不審そうに見てきた。
変な座席の配置のせいで、通路を挟んで向かい合うような格好になっている。
「ええと。あのう――」
どう見ても小学生の女の子に、しかも知らない子どもに話しかけるなんて普段ならしないけど。
どことなく見覚えのある居ずまいに、つい声をかけてしまった。
女の子の目つきというか視線が、母にそっくりだったのだ。
母も彼女と同じように、じっとまっすぐ僕のことを見つめていた。
あの眼差し――。
女の子は無口なだけだろうに、中年のおばさんと似ているなんて申し訳ないな。
「倉敷駅ってもう通り過ぎちゃったかな?」
「……次」
「え?」
「この次」
あ、そうなの?
なんだ、ほんの数分しか経っていなかったのか。
「ありがとう」
「……」
うわぁ。なんだろう。この沈黙での会話の終わり方……。今朝とまんま同じじゃん。
岡山の人の癖なのかな?
あまり見ていると変質者と間違われそうなので、窓の外を見ることにした。
マンションがなく、一軒家と田んぼと草むらが続いている。
これという特徴はないけど、きっとこれが日本の現風景っていうやつなんだろうなぁ。
人の姿はほとんどない。
数分後、倉敷駅に到着した。
なんと、倉敷駅には自動改札がなかった。みんな切符を箱に入れて通って行く。
いまだに紙の切符しか使えない駅があるんだ……。
だから岡山駅の改札で、駅員さんが切符をよく見ないで反射的に僕を通しちゃったんだな。
南口から出たけど、やっぱり人が少ない。
そのまま美観地区に向かって歩き、途中で左折するはずだけど、念の為アプリを見ながら移動することにする。
……え?
電波がない――‼︎
倉敷って有名な観光地なのに?!
岡山ってそんなに田舎だったんだ……。
オフラインマップをダウンロードしていないからアプリは使えない。
「はぁ……まあ、多分分かると思うけど……」
◇◇◇ ◇◇◇
大通りを歩いているうちは気にならなかったけれど、途中左に曲がってからは、僕と少女の二人だけになった。
僕の前を行くのは、さっき車内で話しかけた少女だ。
すごく気まずい。
これじゃあ、少女の後をつけているみたいだ。
振り返って叫ばれたら通報されるかも。
そういう万が一を回避するため、早足で少女を追い越した。
これで行き先が同じでも、少女が僕をつけてくる格好になった。よしよし。
……あれ?
道なりに進むだけのはずだったのに。なぜか二股に分かれている。どっちだ?
急に立ち止まって左右を見てはうんうん唸っている男なんて、僕でも遠巻きにしてやり過ごすのに、少女は根っから親切な人間なのか、「もしかして、迷った?」と声をかけてくれた。
「〇〇町2丁目1番10号ってこの近くだよね?」
「え? その住所なら近くだけど、でも――」
「よかった! それってどっちかな?」
「こっち」
少女は左側を指した。
「ありがとう」
そう言って歩き出したら、どうやら少女も左側の道を行くらしい。
僕の後ろをついて来る。
一緒に同じところに向かう友達でも何でもないのに、なぜか、「二人とも黙ったまま歩いているなあ」と思ってしまう。
他人同士だからそれが自然なことなのに。
何だか少女のことを意識してしまって、何とも言えない沈黙に耐えられなくなった。
「あのさ。名前を聞いてもいいかな」
振り返って少女に話しかけてしまった。
学校でもこんな風に積極的に誰かに話しかけたりしないのに。
年下だと話せるなんて、ちょっとイタいと思う。
「あ。僕は三峰恵人」
「みつみね?」
「うん」
え? その顔はどういう表情? 何か変なこと言った?
「――あゆ」
「あゆ?」
「そう」
へぇ。AYU? あゆちゃんか。
「あゆちゃんの家もこの近くなの?」
「うん」
「じゃあ、僕の親戚の家と近所かもしれないな」
「……」
……う。
会話スキルが底辺の僕とじゃ、三往復が限度か。はぁ。
マップで見た時は、大通りから左に曲がって十分も行かないうちに目的地である祖母の家があった。
郵便受けに住所を明記している家がちらほらあったので、番地を確認しているけれど、まだ1丁目が続いている。
やっと2丁目の表札だと思ったら、『三峰』とあった。
……え?
『三峰あゆみ
三峰律子』
「うち」
あゆちゃんがそう言って玄関の方へ歩いて行く。
いや、ちょっと‼︎
待って! 待って!
三峰あゆみ? あゆちゃんは、母と同じ名前だったの?
あれ? 律子って、確かお祖母さんも律子じゃあ――。
住所も2丁目1番10号だし、ここが――あゆちゃんの住んでいる家が――目的地の祖母の家ってこと?!
どういうこと?! どうなってんの?!
「あ、あのさ。あゆ――ちゃん?」
あゆちゃんは振り返りもせずに玄関のドアを開けた。
「お母さんに聞いてみれば?」
それは、僕が尋ねた住所がここで合っているっていうことでいいんだよね?
あの時、変な感じで口ごもったのは、自分の家の住所を言われたからだったんだね?
あゆちゃんがドアを開けっぱなしにしたっていうことは、僕に入れって促しているんだよね?
ここ以外の目的地はないので、どうやら、あゆちゃんのお母さんに聞くしかなさそうだ。
「すみませーん」
我ながら間抜けな挨拶。
タタタッと軽い足音がして、女性が現れた。
もうちょっとで「うわっ!」と声を出すところだった。
数時間前に別れた祖母とそっくりだったから。
三峰律子さん。祖母と同じ名前の人。ただ、ものすごく若い。髪も黒々としている。
その娘が母と同じ名前の三峰あゆみ。
えぇぇ……。住所も祖母の家と一緒だし……えぇぇ……?
ほんと、どういうこと?
「あゆみの母じゃけど。ウチに何か用があるんじゃって?」
……!
岡山弁?
祖母は標準語だったけど。
いやいや。それよりも、あゆちゃんは家に入ってすぐに僕のことをしゃべったの?
どうしよう……何て言う?
ありのままを説明したら頭おかしい奴って思われない?
「あのう。ええと。み、三峰恵人です。その、ずっと前に、ここに親戚の人が住んでいるって聞いたことがあって――」
「あら? ウチの親戚?」
親戚の話なんて聞いたことないから、それらしい作り話もできない。
黙りこくった僕を、祖母(?)は不審に思っただろうに、「こんなところで話すのもアレじゃなあ。まあ上がられぇ」と言ってくれた。
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