2 母の回数券
東京駅の混雑は普段通りだった。
夏休みだろうと平日だろうと、いつ行っても東京駅の地下はこんなものだ。
券売機で新幹線のチケットを買うのは初めだ。
祖母は、「念の為」と言って三万円くれた。
コンビニで贅沢に弁当とお茶とお菓子を買っても一万円以上余る。
「初めてのお小遣いだから? ま、助かるけど」
新幹線に乗ったのは中学の修学旅行以来だ。
京都駅までは二時間ほどだったけど、岡山までは三時間半くらいかかる。
……遠いな。
◇◇◇ ◇◇◇
新幹線の通路側はしょっちゅう誰かが歩いていた記憶があるので、窓側の席にした。
東京駅を発車してしばらく経っても、誰も隣の席に来なかった。
「ラッキー」
窓の方を向いて小声で囁くと、ちょっとだけ気分がアガった。
窓の横のフックにかけていたリュックを隣の席に移す。
そういえば――と思い出してリュックの中から写真立てを取り出した。
手持ちの荷物は下着と着替えと洗面具程度で、ほとんどの物はダンボールに詰めたので今トラックの中だ。
「これは大事にしていたみたいだから、恵人君が持っていってあげて」
荷造りをしていた時、祖母がそう言って渡してきたのがこの写真立てだ。
大きな桜の木の下で、小学校に上がる前の僕と若い母が写っている。
いつどこで撮ったのか、全く記憶にない。
小さな僕は母の腰にしがみついて顔が半分隠れている。
そんな僕に構わず真っ直ぐ前を向いている母は通常運転に見える。
「でも何でこんな写真をわざわざ写真立てに入れたんだろう?」
もしかしたら写真の裏側に何かメモがあるかもと思い、写真立ての後ろの留め具を外してみたら、切符が出てきた。
写真と一緒にしまっておいた?
この写真を撮った場所と関係あるのかな?
写真にはメモ書きなどはなかった。
切符は十枚綴りの回数券だった。
回数券って一枚分お得だったりするやつだよね。
十枚しかないっていうことは、一枚は使った?
印刷が薄くて読めないけれど、うっすらと『山』と読めるから岡山かもしれない。
どこまでの区間だったんだろう?
有効期限もどこかに印字されていると思うけれど見当たらない。
この写真と同時期に母が購入したものなら、もう十年以上前だ。
窓口で聞けば教えてもらえるかな?
いやあ、でも――。
さすがにICカードなら中の情報が分かるだろうけど、紙の切符の情報を読み取る手段なんてないよなぁ。
「まもなく新横浜。新横浜です。新横浜を出ますと――」
あれ? 品川を通り過ぎてた。いつの間に?
新横浜でも隣に誰も来なかったから、次の名古屋まではしばら気を緩めることができる。
◇◇◇ ◇◇◇
弁当を食べたり動画を見ていたりしたら、あっという間に岡山に到着した。
結局、隣には誰も来なかった。
祖母の家までの経路は事前にgoogleマップで確認済みだ。
倉敷駅から歩いて二十分弱くらいのところだった。
「迷ったらタクシーに乗ってね」と言われたけれど、たかが十分や二十分のところをタクシーに乗るなんてもったいない。
「まあ、まずは在来線に乗り換えなきゃな」
ホームから階段を降りて在来線乗り換えの案内通りに改札に向かう。
……あ。
田舎だとまだ紙の切符を使う人がいるかもしれない。
聞いてみようかなぁ。
スイカでタッチする寸前に回数券のことを思い出したので、端っこの駅員さんがいるところに行き、回数券を見せた。
「あの。すみません。これなんですけど――」
「ああ、はいはい」
駅員さんはよく見もせずに回数券を受け取って、ペンチみたいなものでカチャと切符を挟んだ。
「どうぞ」
渡された切符には端に小さな穴が開けられていた。
え? 田舎って変な形の穴を開けちゃうの?
ってか、十年以上前の切符が使えるの?
後ろに人がいたので、慌てて先に進む。
倉敷行きのホームの番号を確かめて階段を上がると、いいタイミングで電車が入ってきた。
ホームで待っている人たちが雑然としている。
ホームドアがないから?
でもドアの両側に並ばなくて大丈夫なの?
揉めたりしないのかと心配したけれど、みんな互いになんとなくといった感じで乗り込んでいく。
これが田舎流なのかな?
電車はさほど混んでいなかった。
座席の配置が変わっている。
二人がけの席が向かい合うように配置されているのだ。
えぇぇ……。
遠足で乗るなら楽しいかもしれないけれど、見ず知らずの大人同士が向かい合って座るなんて……。
それでも窓際に一人座っているだけのところがあったので、反対側の座席の通路側に座ることにした。
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