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話し下手な僕たち  作者: もーりんもも


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1 引越し

新連載です。舞台は現代ですがフィクションです。

コンテスト用に探り探り書いているので、なろうで求められているものとは違う気もしますが、お時間ある時にでも読んでいただけると嬉しいです。

「それじゃあ、明日朝八時にお伺いしますのでよろしくお願いします」


 引越し業者のリーダーがわざわざキャップを取って深々とお辞儀した。


「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」


 祖母が返事をして軽く頭を下げたので、僕も慌ててそれに倣った。

 二人してトラックを見送ったが、トラックが角を曲がって見えなくなったところで気まずさに襲われた。

 祖母と向き合うのが躊躇われる。

 数日前に初めて会ったばかりの人だ。

 いまだに辿々しい会話しかできていない。


「恵人君」


 名前を呼ばれると、ほんの少しお腹の奥の方で「うっ」と変な力が入る。


「はい」


 祖母は苦笑しながらも、すらすらと言葉を投げかけてくる。

 コミュ障丸出しの僕は、初対面の時からずっと彼女の言葉をキャッチし損ねているというのに。


「不動産会社の人の立ち会いは私だけで大丈夫だから、お友達と会ってからゆっくり岡山に行っていいんだよ?」


 ――友達。

 高校に入って、それなりに話をする奴はいたけれど、引っ越すからといって、わざわざ別れの挨拶をしにいくほどの友達はいない。

 今は夏休みだし。


「みんなそれぞれ予定があるから」

「そう? 私は病院に寄ってから新幹線に乗るから、家に着くのは夕方になるけど、恵人君一人で大丈夫かな?」

「住所が分かってるから大丈夫だよ。何かあったらスマホで知らせるし」

「そう?」

「……」

「……」


 会話が続かない。

 なぜか祖母が口角を上げて優しい眼差しで微笑んだ。

 ……?

 今、笑うタイミングだった? よく分からないな。


「じゃあ、行ってきます」

「気をつけてね。何かあったら遠慮せずに連絡してね」

「うん」


 歩き出した僕の背中を、祖母がじっと見ているのが分かった。



   ◇◇◇   ◇◇◇



 母が会社で倒れて病院に運ばれたと聞かされたのは、一学期の期末テストが終わって終業式を翌日に控えた日のことだった。

 昼休みが終わりかけた頃に担任の先生が教室にやって来て、「すぐに荷物を持ってきなさい」と連れ出されたのだ。

 先生がそのまま車で病院まで送ってくれた。

  


「会社の方が緊急連作先のお祖母さんに連絡したら、すぐに来てくれるって。岡山県にお住まいなんだね。すぐといっても岡山からだと四、五時間はかかるだろうなあ。行き違いにならないよう、()()で待っていなさいね」

「はい」

「学校はこのまま休んでいいから。今後のことはお祖母さんとよく話し合ってね」

「はい――あ、ありがとうございました」

「うん。お祖母さんが来るまで一緒についていてあげたいけれど、そうもいかなくてね」

「あ、大丈夫です」

「そう? じゃあ、何かあったらお祖母さんに学校に連絡するよう伝えてね」

「はい」



 先生が言う()()とは、病院のことであってICUじゃない。

 ICUがある階に待ち合いみたいな部屋はないので、一階の総合受付の前の椅子に座って、「お祖母さん」とやらを待つことにした。


 正直、祖母にあたる人が病院に駆けつけると聞いて驚いた。

 僕は祖母に会った記憶がない。

 お正月に祖母から年賀状が来ているのは知っている。

 でもきっと母は返事を出していないと思う。

 すぐにしまっていたし、会話にも――そもそも母との会話すらほとんどないけれど、今まで一度も祖母の話が出たことがない。


 ゴールデンウィークや夏休みの前に、誰かが、「お祖母ちゃんの家に行く」っていうのを聞いて、僕も母と帰省というのをしてみたいと思ったことがある。

 でもとてもそんなことを言い出せる雰囲気じゃなかった。家に帰って母の顔を見た途端にその考えは捨てた。


 母は大喧嘩か何かして家族と絶縁したんだろうなあと、ぼんやり思っていたから、そんな相手でも危篤と聞くと駆けつけて来るのかと驚いたのだ。



    ◇◇◇   ◇◇◇



 スマホで動画を見ていたら結構な時間が経っていた。

 病院に到着したらLINEで知らせてほしい――なんて思ったけど、祖母が僕のLINEを知っているはずがない。

 やれやれ。

 本当にここでこのまま待っていていいのかな?

 先生に祖母の連絡先を聞いておけばよかった。

 知らないのかとびっくりされたかもしれないけれど、宙ぶらりんになるよりはマシだった。

 いや、でも――。

 もしかしたら祖母の電話番号は家電だったかもしれない。そしたら結局留守電になる訳だし――。

 そんなことを考えていたら受付から名前を呼ばれた。


「三峰さん! 三峰恵人さーん!」


 総合病院なだけあってマイクを使っている。

 待ち合いにいるのは知らない人たちだけど、全員に聞こえるようにフルネームを発表されて、「はい。僕です」と名乗り出るのはちょっと恥ずかしい。


 モゾモゾと立ち上がって窓口に行き、「三峰です」と伝えると、横にいた女性が息を呑んだ。

 

「ご家族の方がいらっしゃいましたよ」


 言われなくても分かった。

 この人が僕の祖母だ。

 母の親世代って何歳くらい?

 半分くらい白髪だけど、そこまでお婆さんには見えない。


 チラッと見ただけで、孫に会えて感動している様子が分かった。

 ……参ったな。

 こんなところで感動の対面なんかしたくない。

 というか、僕は感動していないし。

 

 どう切り出していいか分からず、自分でもよく分からないことを言ってしまった。


「水を買いたいんですけど」

「あ、そう?」


 僕のおかしな第一声で、お互いに名乗るタイミングを逸してしまった。

 立て直してくれたのは祖母だ。

 自販機コーナーに行く流れで歩き出した時、他人行儀な挨拶をしてくれた。


「初めて会うわね。あなたの――お祖母ちゃんなんだけど、お母さんから何か聞いている?」


 聞いていない。

 何て言えばいいんだろう?

 口篭ってしまったせいで答えるタイミングを逸してしまった。


「あの子は何も言ってなかったのね。電話もしたことがないんだから、そりゃそうよね」

「えっと」


 僕が今言えることは――。


「親戚の人が来たら、三階のICUの受付に知らせてほしいって」

「あの子はそこにいるのね」

「……」



   ◇◇◇   ◇◇◇



 病院に相手にされなかった未成年の僕と違って、患者と血のつながった母親が来たことで色々と話が進んだらしい。

 僕と祖母は手術が終わった母親に初めて会えた。


 母はベッドの上で目を閉じていた。

 母が目を閉じているところを初めて見た。


 母の顔を思い浮かべる時は、いつもあの眼差しが最初に浮かんでくる。

 寡黙な母とコミュ障の僕とはほとんど会話がなかった。

 それでも話す時は、母はいつもまっすぐ僕を見つめた。

 僕が子どもの頃からずっとそうだった。

 あの瞳じゃなく閉じた(まぶた)を見せている母――普通じゃない。異常だ。おかしい。変過ぎる。どうして? 何で?


 何も言わずに母を睨みつけている僕と違って、祖母は鼻をすすり始めた。

 泣いているんだ……。

 僕は母の泣き顔も見たことがない。泣いたこと、あるのかな?




 母の顔を見ていたのは五分か、もっと短かったと思う。

 祖母は病院のスタッフと話をして、いくつかサインをしていた。

 ICUは付き添いができないということで、祖母はそのまま、僕と母が暮らす家に来た。


 その日の夜、祖母が深刻な表情で、「あなたに謝らないといけない」と話し始めた時はギョッとしたけれど、母を岡山の病院に転院させることにしたという話だった。

 僕一人だと何もできないのだから仕方がない。


 そして必然的に僕も岡山の祖母の家で暮らすことになる。

 転校だ。

 ま、いっか。

 二学期から岡山の高校ということは、今の学校の夏休みの宿題はしなくていいのかな?

 田舎の高校に通うのかと思うと、ちょっと恐怖を感じるけれど、さすがにイジメとかはないよね?

 田舎のしきたりみたいなものとかがあるのかな?


「恵人君。こんなことになって本当にごめんなさいね」

「え? 別に」


 祖母が謝るのは違うということだけは分かる。

 

「できるだけ早く転院させたいんだけど、恵人君はどうする? ちょうど夏休みだし、二学期が始まるギリギリまで東京に残る?」


 一ヶ月一人暮らしをしたいかって聞いている?

 どうかな……どうだろ……?

 こっちに残ったって、きっと何の予定も入らない。


「別にいいかな」

「ええと。私と一緒に引越してもいいってこと?」

「うん」

「そう」


 そうして僕は東京のアパートを引き払って岡山の祖母の家に引越すことになったのだ。

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