22 行方不明
律子さんは真っ青な顔で立ち尽くしている。
他人の気持ちに疎い僕でも、律子さんが酷く傷ついていることくらい分かる。
しかもそのきっかけを作ったのは僕だ。
あ、でも今はそんなことより。
「律子さん。すみません。とりあえず、僕があゆちゃんを連れ戻しますから」
「……」
「探しに行きます!」
それだけ言って外に出たけれど、あゆちゃんの姿はなかった。
え? 一分も経っていないのに?
どっちに行ったんだろう……。
いつもなら右側に、美観地区や倉敷駅へ行く方に向かうけれど。
左へ行くとどこに着くんだろう。
何も考えずに行くとなると、自然と足が向くのは行き慣れた右の方じゃないかな。
それとも考えなしにどこかに行く訳じゃなく、行く当てがあるとか?
そういえば仲の良い友達がいるって言っていた。
その子の家が近くかどうかぐらい聞いておけばよかった。
普通なら話の流れでそういうことを聞けるんだろうけど、僕が会話下手なせいで付属する情報を何一つ聞けていない。
まあ、でも。
さすがに律子さんは連絡先くらい知っているだろうから、あゆちゃんが帰って来なかったら電話するだろう。
ここでじっと考えていても差が開くだけだから、とりあえず大通りまで出てみよう。
◇◇◇ ◇◇◇
倉敷中央通りまで来たけれど、あゆちゃんらしき子どもはいない。
運動が苦手な僕だって、一生懸命走れば小学生の小走りよりは速いと思ったんだけどな。
こっちの方には来ていないのかな。
それとも大通りを渡ってその向こうまで行っちゃったかな。
美観地区へ行ってみようか。
普段は行かなそうだったけど、こっちの方に来たのなら、ふと頭に浮かんで行くこともあるかもしれない。
川沿いを歩いてみたけれど、小四の女の子の姿はない。
ここには来ていないのか……。
あゆちゃんのことをそれほど知らないのに、彼女を見つけるなんて無謀だったかな……。
土地勘もない僕じゃ、他に行きそうな場所は思いつかないし……。
……はぁ。
この役立たずが。何をやってるんだ。
それでも捜索場所を一箇所でも減らすべく、白壁の建物がある範囲を、図書館の中も含めて探して回った。
結局あゆちゃんを見つけることはできなかったけれど、『美観地区にはいなかった』とはっきり言える。
あゆちゃんは手ぶらで出て行ったから、駅から電車に乗るようなことはしないと思う。
まずはいったん戻って律子さんと相談しよう。
もし友達の家に行っていたら、そこの家の人が律子さんに知らせてくれているかもしれない。
◇◇◇ ◇◇◇
玄関を開けると、タタタっという足音と共に律子さんが飛び出してきた。
「恵人君! あゆみは?! え……?」
僕一人だけなのを見て、律子さんの表情が瞬時に曇った。
すぐに後を追ったから、高校生なら小学生を見つけられると思ったよね……。
「すみません。すぐに追いつけると思ったんですけど、家を出てみたらもうあゆちゃんの姿が見えなくて。それで駅前の大通りの方を探してみたんですけど、そこにもいなくて。美観地区周辺も、あ、図書館の中も見て回ったんですけど、見つけられませんでした。すみません」
情けないことに、最後の方は声がちゃんと出せなかった。
律子さんの焦り具合を見るに、あゆちゃんがどこにいるのか彼女も把握できていないんだ。
きっと心当たりには全部聞いたに違いない。
「律子さん。どうしたらいいんでしょう?」
母親としての――大人の意見を聞かせてほしい。
「僕にはあゆちゃんが立ち寄りそうなところの見当がつきません。友達の家も知りませんし、普段よく行く場所とかも――」
「……」
「カッとなって飛び出しただけだから、待っていたら戻ってくるんでしょうか?」
あゆちゃんは小四にしては、どこか大人びているから、冷静になったら戻ってきそうだけど。
「こんなんは初めてなんよ……。あそこまで怒って言い返されたんもな……。友達の家にも行っとらんみたいで。ほんまにどこに行ったんじゃろ……」
「あの。あの時、あゆちゃんは手ぶらだったと思うので、電車やバスには乗らないと思うんですけど、念の為お財布を置いていったかどうか――」
「見てみるわ!」
律子さんがあゆちゃんの部屋に直行したので、僕もついていく。
ドアを開けっぱなしにしたまま、あゆちゃんの机を調べていた律子さんが、振り返って、「ここに置いとるわ」とお財布を見せてくれた。
「じゃあ、歩いていける範囲ってことですね」
「そうじゃなぁ……でもあの子……小銭くらいは持っとるかもしれん……」
「え? どういうことですか?」
「あゆみは一人でおることが多いけぇ、『なんかあった時に家に電話できるよぉ、ポケットには小銭をいっつも入れとかれぇ』って小さい時から言い聞かせとったからなぁ……」
そうだったんだ。
あ、僕もそうだった。僕の場合はスイカだったけど。
残高だけはいつも確認するよう言われていたなぁ。
『うっかり使ったとしても、千円切ったら言いなさいよ』
千円あったら都内のどこにいても電車で家まで帰れるから。
……え? じゃあ、あゆちゃんは電車にも乗れるかもしれないってこと?
「あの、律子さん。万が一電車に乗ったとしたら、あゆちゃんが行くのは――」
律子さんはとっくにその可能性に気がついていたみたいで、「そうじゃろうなぁ」と言いながらリビングに戻り、家電の受話器をとった。
「あの、三峰律子です。はい。ご無沙汰しております。あ、いえ。ええ――」
添田家にかけたんだ。
僕は会話を聞いちゃいけない気がして、そっと二階に上がった。
五分経ったのを確認して下に降りると、律子さんがダイニングテーブルの椅子に座っていた。
僕の顔を見るなり、「一応、あの子の父親には伝えといたわ」と教えてくれた。
無理して笑おうとしているけれど、強張ってうまくできていない。
「あの。倉敷駅に行って聞いてみましょうか? 女の子が一人で改札を抜けたら覚えているかもしれないし」
「いやあ。さすがにぎょうさんおるからなぁ。どうじゃろ……」
「そうですね」
「……」
「……」
「あと一時間だけ待って、それでも帰ってこんかったら、その時は警察に言おう思うんよ」
…………‼︎
大変なことになってしまった。
でも、そうだよ。子どもが行方不明って、そういうことだよ。
あれ? あゆちゃんが出て行ったのって何時だっけ?
あれからどれくらい時間が経ったんだろう?
今は五時過ぎか。
「六時。六時になっても戻らんかったら――」
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
僕にできることは何かないかな?
黙りこくった律子さんに声をかけることもできず、僕も俯いたままじっとしていることしかできなかった。
時計の針を凝視しても時間が過ぎない。
律子さんは電話が鳴るんじゃないかと家電を時折みている。
――五時半。
息苦しい。律子さんの息遣いも荒い気がする。
――五時四十五分。
律子さんの顔色が悪過ぎて心配になる。
こんな時に気の利いた声かけもできないなんて。
ピンポン。ピンポン。
突然の玄関のベルに律子さんが飛び跳ねるように体を起こした。
玄関にダッシュした律子さんは裸足のまま玄関を開けた。
そこには、あゆちゃんのお父さんが立っていた。
『ブックマーク追加』と下にある☆☆☆☆☆評価をよろしくお願いします。




