21 心の叫び
尾道駅に着いて、大きな駅の時計を見ると、もう一時半を過ぎていた。
「あ、あゆちゃん。お昼ご飯だけどさ、牛丼とかでいいかな? さらっと食べて早く帰った方がいいと思うんだ」
「うん」
よかった。声を出してくれた。
駅前のチェーン店に入り、牛丼を食べながら、さっき見たお父さんのことをどんな風に触れたらいいのか考えたけれど、いい案は浮かばなかった。
あゆちゃんは自分からは何も言うつもりはないらしい。
黙々とご飯を口に運んでいる。
牛丼屋は空腹を満たすことを第一に考えている人たちが利用するだけあって、向かい合って座って無言で食べている僕らも浮かずに済んだ。
あゆちゃんとは、一緒に食べているか歩いているかのどっちかだな。
元の世界の母とは、最近じゃ一緒にご飯を食べることも稀になってしまった……。会話がなくてもこうして向かい合って顔を見ながら食べるだけで違うよね。
……はぁ。
元の世界でも駄目な僕は、この世界でも駄目駄目だな。
◇◇◇ ◇◇◇
倉敷までの切符を買って電車に乗り込み、僕が空席に座ると、あゆちゃんも黙って隣に座った。
さすがにこのまま一時間以上会話しないまま家に帰るのはどうなんだ?
そう思っても最適な一言目が出てこない。
二駅ほど過ぎた後、緊張と疲労のせいで、僕はうたた寝をしてしまったらしい。
「次だよ」
あゆちゃんにそう言って起こされた。
「あ、ご――寝ちゃった」
「……」
つい、「ごめん」と言いそうになり慌ててやめた。
居眠りを誤ったつもりでも、お父さんのことだと誤解されると思ったから。
……いや。それでもいいのか。
ほんと馬鹿だなぁ。何してんだろ。
あゆちゃんは大丈夫なのかな?
そこからまた一言の会話もなく倉敷駅に降り立った。
自宅までまた歩きだ。
今日は歩いてばっかだ。
「あゆちゃん――」
「……」
ええと。何も話したくない感じ?
「僕が一人で勝手にしゃべるからそのまま聞いててくれる?」
「……」
「今日はさ、期待させちゃったよね? お父さんと話せると思ったよね?」
「……」
「ピンポンって鳴らしたら、お父さんが玄関から出てきてくれるんじゃないかって――」
「……」
「『会いたかった!』って言ってくれるんじゃないかって」
「……!」
あゆちゃんが立ち止まって僕を睨みつけてきた。
その視線は甘んじて受け止める。
「本当にごめん。僕が浅はかだった。全然考えが足りてなかったよ」
「……」
「どんな結果になるか、もっとよく考えるんだった。こんなことなら行かない方がよかったよね。ただ辛い思いをさせただけで――あ!」
あゆちゃんが走り出してしまった。
もうこんな話はしたくないよね。
家はすぐそこなので、僕はわざとゆっくり歩いて帰ることにした。
◇◇◇ ◇◇◇
玄関を開けると、律子さんの声が聞こえた。
「おかえりぃ。あゆみと一緒じゃなかったんじゃなぁ?」
リビングに行くと、律子さんが、「暑かったじゃろう。まぁ座って麦茶でも飲まれぇ」と勧めてくれた。
律子さんに麦茶をいれてもらうのに、ソファーにどっかと座るのは申し訳なくてダイニングテーブルの椅子に座った。
律子さんが二人分の麦茶を持ってきて、僕の向かいに座った。
「珍しいな。喧嘩でもしたん?」
律子さんに黙ってていいのかな。
この前お父さんが来たことも言ってないけど、今思えばやっぱり言うべきだった気がする。
「あゆみちゃん、怒ってましたか?」
「まぁ、何が気に入らんのんか、ちょっとむくれとったわな」
……やっぱり。
「あの――」
僕より律子さんの方が、コンマ一秒速かった。
「なあ、恵人君。ほんまは三峰じゃのぉて、添田恵人じゃねぇん?」
……え?
「さすがにどこにも連絡もせんまま預かる訳にはいかんからな。実家に聞いてみたんよ。高校一年生で、恵人いう名前の男の子が親戚におるんか」
……あ。
そうだよな。普通はそうするよ。
僕が訪ねた日に電話して確かめるよ。
律子さんが今日まで待ってくれたのは、僕から言い出すのを期待してくれていたのかな?
それとも、僕とあゆちゃんの境遇が似ていたから同情して?
「『知らん』言われたわ。恵人君、ほんまはあっちの――健一さんの方の親戚じゃったんじゃろ?」
…………‼︎
まさかそうくるとは思わなかった。
ええと。
どうしよう。困った。本当に困った。
「うちの住所を聞いてまで何で来たんか知らんけど、健一さんは恵人君がうちにおることを知っとん?」
はぁ。もう無理だ。これ以上は誤魔化せない。
「実は――その――。岡山に観光に行きたいと言ったのは嘘で、本当は今日、健一さんの家まで行ったんです。あの、本当にすみません。ごめんさない」
どうしよう。律子さんの顔をまともに見れない。
「あゆみを連れて?」
あ。声色が変わった。怒ってるんだ。そりゃそうか。
「でも、家の前を通っただけで会ってません。僕が勝手に決めてあゆちゃんを誘ったんです。間違ってました。本当に――」
「何でお父さんに会ったらいけんの?」
あゆちゃん……いつの間に?
「私のお父さんなんよ! 何で会いに行ったらいけんの?」
「あゆみ――」
「ほんとならずっと一緒に住んどったはずのに! 私はお父さんとずっと一緒におりたかったのに! お母さんのせいで会えんのんよ? それのにどうして会いに行ったらいけんの? 何が悪いん? お母さんのせいのに! お母さんが離婚せんかったらお父さんと一緒に色んなところに行って、願掛け組紐だって――」
……あゆちゃん! 気がついていたのか。やっぱり見ちゃったのか。
あの時、リビングで父親と子どもが何をしていたのかを。
カラフルな紐だから目についてしまったのかもしれない。
子どもがキャッキャッと嬉しそうに、あゆちゃんのお父さんの腕に願掛け組紐を巻きつけて笑っていた。
まだ小さいから意味も分からずやっていたんだろうけど、あゆちゃんにしたら、阿智神社でさえお父さんと一緒に結べていないのに、あの子は二つ目の組紐を持って帰って父親の腕に結んでいた。
そんな姿を見せられて、もの凄くショックを受けたと思う。
「あゆみ! ええ加減にせられぇ!」
律子さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。
こんな風に喧嘩させてしまうなんて、全部、僕のせいだ。
「あ、あの――」
「私、お父さんがよかったのに! 離婚した時、私はお父さんと一緒がよかった! お母さんは勝手に離婚したんじゃから一人で好きにしたらよかったんよ! 私はお父さんと一緒がよかったのに!」
……あゆちゃん。
どうしよう。あゆちゃんもそんなこと言うつもりなんてなかったはずだろうに。
「あ、あゆちゃん、あのさ――え?」
あゆちゃんはくるりと背を向けて玄関に行き、そのまま外に駆け出してしまった。
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