18 尾道①
お祭りから帰ると、律子さんがわざわざ玄関まで出迎えてくれた。
「どうじゃった? 楽しめたん?」
「あ、はい! 屋台がたくさん出ていて楽しめました。僕もあゆちゃんも結構食べたのでお腹いっぱいです。食べることに集中してしまって、金魚すくいとか遊び系はあんまりやらなかったんですけど。でも夏休みのいい思い出になりました」
「そうなん? ほんならよかったわぁ。あゆみも面白かった」
「うん」
……よかった。
「別に」って言われたらどうしようかと一瞬焦った。
僕はあくまでもあゆちゃんの付き添いに過ぎないなのに、あゆちゃんを楽しませることなく僕だけが馬鹿みたいに一人楽しんだと思われたら律子さんの信用を失うんじゃないか――と。
律子さんにしてみたら軽い会話だったろうに、心臓をバクバクさせていた僕は、使い切らなかったお金を返すのを忘れてしまった。
翌朝、律子さんにお釣りを返そうとしたら、「持っといてええから。せっかくの夏休みなんじゃし、恵人君の好きにつこぉてええよ」と言われてしまった。
本当にいいのかな。
せめてあゆちゃんに使ってあげよう。
昨日のお祭りでの失態を挽回したい。
ほんとマジで時間を巻き戻したい。
説教じみた話を延々としてしまった……。
お祭りを楽しんでいる時にする話じゃないよ。まったく。
ところで、あゆちゃんの欲しいものって何だろう?
好きなアニメとか、好きなアイドルとか、とにかく彼女の好きなものについて話をしたことがない。
今唯一わかっているのは、お祭りの屋台の中ではたこ焼きが好きってことくらい。
うーん。
思い返しても――あ!
一つあるじゃないか!
◇◇◇ ◇◇◇
「ねえ、あゆちゃん」
律子さんの許可も取っていないし、反則かもしれなけれど。
「今度の土曜日だけど、お父さんに会いに行ってみない?」
「……‼︎」
そこまで驚く? なんか、ごめん。
「えっと。もちろん、事前に約束なんてできないから、家の前に行ってもいるかどうかさえ分からないし、あー、家にいたとしても、もしかしたら忙しくて会ってもらえないかもしれないし――」
自分で言ってて段々不安になってきた。
そもそもあゆちゃんが会って話をしたいと思っているかどうかさえ聞いてないし。
ほんと、先走り過ぎ。
お父さんがどんな考えの人なのかも分からないのに。
もし、お父さんが会いたくないって断ったりしたら、あゆちゃんが傷ついちゃう。
……う。大失敗かも。
昨晩思いついた時はものすごくいい提案だと思ったけれど、落ち着いて考えれば危なっかしい案だった。
「……行きたい」
「え? ほんと?」
「うん」
今更後には引けない。
「分かった。あ、でも。律子さんには言えないから、その――図書館に行って、その後僕の美観地区観光に付き合うとか、とにかく、嘘をつくことになるけど、いい?」
「うん」
「なんか、ごめんね」
「何が?」
「えっと……」
そんな風にまっすぐ見つめられると困る。
「僕の嘘につき合わせること……。よくないことって分かっていて、子どもに提案しちゃって――」
「別に。お兄さんが言い出さなくても、いつか行こうと思ってたから」
「そ、そうだったんだ……。じゃあ、まあ、二人ならちょっと心強いかな?」
「うん」
「それなら――よかった」
「うん」
「尾道だったね。電車でどれくらいかかるのかなぁ。ちょっと調べてみ――あ」
スマホが使えないんだった。
「ええと。新幹線はさすがに使えないから在来線でのんびり移動する分、朝早く出たほうがいいね。朝ご飯を食べたら支度してすぐに出かけよう!」
「……? うん」
そもそも尾道に新幹線が停まるのかどうかも分からないんだけど。
片道一時間くらいで着くかな。
いやいや。よく考えなきゃ。
岡山から倉敷まで二、三十分かかったんじゃなかったっけ?
尾道って広島より遠いのか近いのか分からないけど、岡山倉敷間の比じゃないはず。
下手したら二時間以上かかるかもしれない。
「あ、一人盛り上がってごめん。やっぱりちゃんと確認しておくよ。今日、倉敷駅に行って、駅員さんに聞いてくる。尾道駅までどれくらい時間がかかるのか」
「私も行く」
「え?」
「私も行く」
別に一人で大丈夫なんだけど、ま、いっか。
「分かった。一緒に行こう」
「うん」
◇◇◇ ◇◇◇
倉敷駅で、切符売り場の路線図と運賃を見て僕が引きつってしまったのと対照的に、あゆちゃんは珍しく笑みを浮かべていた。
父親に会えるのが嬉しいんだな……。
会えた時のこととか想像しているのかな……。
本当に会いに行って大丈夫かな?
仮に再会できたとして、あゆちゃんのお父さんはどんな反応をするだろう。
さすがに拒絶はしないとは思うけど、微妙な対応だと、あゆちゃんの期待が大きい分、傷つくだろうな……。
「お金が足りないの?」
「……!」
そう。それもあるけど。
子ども運賃は大人の半額だっけ?
それでも往復で三千円近くかかってしまう。
正確な残高を確認しないといけないな。
「私――使っていないお年玉があるよ」
――くぅ。
子どものお金を使うなんてできないよ。
「ちょっ、ちょっと待ってね。今見てみるから」
お昼ご飯代に二千円をもらった時のお釣りとお祭りで使った残り、それに令和から持ってきた小銭を合わせると――四千八百八十七円あった。
よかった! 結構あった。
尾道駅からあゆちゃんのお父さんの家までの行き方も、マップを開けないから人に聞かないといけない。
こういう時って交番とかで聞けばいいんだっけ?
駅って大抵交番があるよね。
尾道駅についてから交番に行って確認するとして、バス代ならしれているし、最悪、ワンメーターちょっとならタクシーにも乗れる。
「あゆちゃん。大丈夫だよ。この前、律子さんからお祭りに行く時にお小遣いをもらったんだけど、それが余っていたから電車代は大丈夫だよ」
結構ギリギリだけど。
「ただ、まあ――もしもの時のために、あゆちゃんも千円くらいは自分のために持っていてくれたら安心かな」
ほんと、ごめん!
頼りなくて申し訳ない。
僕は一食くらい抜いたってどうってことないけど、あゆちゃんにそんな真似はさせられないから、ご飯代の保険として持ってきてほしい。
「分かった」
「あ、じゃあ、どれくらいかかるのか乗車時間だけ聞いてくるよ」
有人改札の駅員さんに聞くと、倉敷から尾道までは一時間ちょっとらしい。
「あゆちゃん。一時間と少しだから迷いに迷ったとしても夕方には帰ってこられそうだよ」
「うん」
できればお昼過ぎには帰って来たいけどね。
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