言い訳と友情
翌朝、日課である薬草畑の水やりをしながらぼんやりと昨夜の出来事について考える。
昨夜も朝方まで考え事をして寝不足だというのに、心底自分は諦めが悪いのだなと思う。
「おはようございます。本日もよろしくお願いします。」
屋敷の正門からかすかに声が聞こえてきた。
すぐにその声の主がライアンだと気付く。普段は無口だが、仕事となるとはきはきと挨拶する彼のまじめなところが好きだ。
手早く残りの薬草への水やりを済ませ、裏庭にある研究所に急ぐ。
グレイ伯爵家は代々薬師の家系であるため、薬草について研究するための施設がある。治癒魔法の才があるライアンはそこで研究を手伝ってくれていた。今日も仕事のために我が家にやってきたのだろうとあたりを付けて先回りする。
そして研究所に向かおうとする背中を見つけ、慌てて声をかけた。
「ライアン様っ!」
びくっと彼の肩が揺れる。いつもならすぐに振り向いて笑顔で挨拶をしてくれるのに、今日は固まったように動かない。明らかに顔を合わせづらいだろうにそれでもこちらに身体を向けて話を聞こうとしてくれるのは彼の誠実さ故だ。
「おはよう、ユリア嬢。いや、グレイ伯爵令嬢と呼ばないとな。」
どこか寂しそうに言う彼の姿に心がえぐられる様に痛む。
そんな顔をする必要はないのに、すべて洗脳されているせいなのに。
そんな他人行儀な呼び方をしないで、お願い。
「おはようございます、ライアン様。そんな、伯爵令嬢なんて呼び方、、、」
「おーい!ライアン、どうしたんだ。もう始業時間だぞ?」
いつもの呼び方をしてほしい、そう懇願する前に研究所から1人の男が歩いてくる。
ライアンと同じく研究所で働くクリスだ。
彼は平民だが、真面目で友人想いな性格でライアンとも親しくしていると以前聞いたことがある。
にこにこと近づいてきた彼は、私の姿を見ると一瞬不快そうに眉をしかめた。
が、すぐに人好きのする笑顔を浮かべる。
「お嬢様と一緒だったのか。でももう行かないと遅刻になる。ほら、行くぞ。ではお嬢様、失礼いたします。」
「あっ、ちょっと待って!ライアン様と少し話したいことがあるの。お父様には私から言っておくから、、、」
ここでライアンと話せなければ誤解を解くことが出来ない。
ライアンの背中を押し、研究所に向かうクリスを呼び止める。
クリスはピタッと立ち止まり、こちらを振り向くがその表情はいつもの笑顔ではなく、こちらを軽蔑するような冷たものだった。
「お嬢様。俺は平民です。今から言うことは不敬だとわかっています。しかし、ライアンの友人として言わせてもらう。今更ライアンに何の用事があるっていうんですか。お嬢様が心変わりして、ライアンはすごく傷ついた。だけどこいつはお嬢様が幸せならそれでいいって身を引こうとしてる。そんな優しいこいつをあんたはっ、、。」
「やめてくれ、クリス。俺のことはいいんだ。心配してくれてありがとう。」
クリスの言葉をさえぎってライアンが私の前に立つ。
「グレイ伯爵令嬢、彼の無礼は俺を慮ってのこと。どうか穏便に済ませてはくれないだろうか。」
不敬だなんて問うつもりもない。
クリスの言っていることはすべて正論だし、私は洗脳されていたとはいえライアンに対してすごく不誠実な行いをしているのだ。
大丈夫ですよ、と笑顔で返すべきところなのだろう。
しかし私は自分の不甲斐なさとライアンへの罪悪感で何もしゃべることが出来ず、頷くので精いっぱいだった。
ライアンが研究所に入り足音が聞こえなくなるまで、涙をこらえながらその場に立ち尽くしていた。




