なにがあろうとも
どれくらい立ち尽くしていただろう。
時間の感覚がなくなるほど、クリスに言われたことに衝撃を受けていた。
言われたことを間違いだと否定するほど私は常識外れではない。だからこそ、今まで目を背けていたライアンを傷つけているという事実が心に重くのしかかる。
洗脳されていたからなんだっていうんだ。自分の意思じゃないからとのこのこ戻ってくるなんて、そんな自分勝手が許されるわけがない。
とにかく部屋に帰ろう。
ふらふらと自室へと歩き出す。
今は何も考えずに休みたかった。
自室についてベッドに飛び込む。堪えきれずに涙が零れ落ちた。一度緩んだ涙腺は自力で止めることはできず次から次へと涙があふれる。
洗脳が解ければみんなわかってくれると思っていた。なにもかも元通りになると。
それは違うと自分自身が証明している。なぜなら洗脳されていた間の記憶もしっかりと残っているのだから。
時間は巻き戻らない。都合の悪いことを皆が忘れてくれるわけでもない。
ウィリアムに対して抱いていた怒り、嫌悪感、負の感情すべてをライアンやその周囲の人たちが私に対して抱くのではないだろうか、そう思うと目の前が真っ暗になった。
こんなに好きなのに、ずっと一緒にいたいと思っているのに。
頭が痛くなるほど泣いて、泣いて、泣き疲れていつの間にか眠ってしまった。
夢を見た。幸せな夢。
治療院でライアンと一緒に薬草を煎じ、暗くなったら一緒に家に帰る。
今日あったことを二人で話しながら一緒に食事をとる。
私も、ライアンもにこにこと笑っている。
ずっと当たり前に来ると思っていた私の未来。
目が覚めると随分と日が高くなっていた。
もう昼過ぎといったところだろうか。
昼食の時間だろうがお腹は全く減っていない。何もやる気が起きなかった。
ぼんやりとベッドの上に座っていると、コンコンと軽快なノックの音が響いた。
「お嬢様、ライアン様がいらっしゃってますが、、、」
ベッドから転げ落ちるかと思った。
すぐにでも会いたい気持ちと合わせる顔がないという気持ちがせめぎ合う。
早く返事をしなければ、とベッドから降りた時鏡の中の自分と目が合った。
、、、!?
瞼は泣いていたせいでパンパンに腫れている。髪の毛はぐしゃぐしゃ、ドレスもしわだらけのひどい姿だ。
どんな状況であろうとこんな姿でライアンの前に立つわけにはいかない。
どうしようかと一人わたわたとしていると扉の外からライアンの声が聞こえた。
「忙しいのであればまた日を改める。急に来てしまってすまなかった。」
「待って!待ってください!あの、何かご用事が、、、?」
ライアンが行ってしまう。その焦りで勢いに任せてドア越しに声をかけた。
「いえ、用事というほどでは。ただ先ほどあった時ユリ、、グレイ伯爵令嬢がお疲れのように見えたのでリラックス効果のある香油を持ってきたのです。昨日の舞踏会でも途中で退席していたし、心配で。」
寝不足で顔色の良くないことにあのとき気付いてくれたのか。
筋肉質で強面の見た目からは想像できないほど濃やかなところが更に愛おしい。
悩んだって、苦しくたって少し話すだけで心が軽くなっていく自分に、調子に乗るなと釘をさす。
しかしどうしても伝えなければならないことがある。
「ありがとう、ございます。ライアン様。ありがたく頂戴しますわ。
それと、先ほど言いそびれてしまったことを伝えてもよろしいでしょうか。」
夢を見ながら思ったのだ。どれだけあなたを傷つけようと、周りから非難されようと。
あなたの妻になることが私の幸せ。私の願いだ。
両親が大切に営んでいる治療院をあなたと私で引き継いで、時には喧嘩もしながら一緒に生きていくのが理想の未来。
どんな栄誉であろうと、報酬であろうとそんなものはどうでもいい。
私から最愛の未来の旦那様を奪う事なんて許さない。
相手が王家であろうが絶対に幸せな未来を奪い返して見せる。
そんな決意を込めて、大きく息を吸う。
顔は見えないが、否定の言葉が聞こえないのをいいことにそのまま一息で言い切った。
「私のことは変わらずユリアとお呼びくださいませ。そしてこの呼び方を許すのは家族とライアン様以外にはいないと未来永劫お約束いたします。」
思ったより大きな声を出してしまった。
周知で顔が赤く染まるが、だれも見ていないのだからと構わず続ける。
「最近の私の言動でライアン様を傷つけてしまったことは本当に申し訳ございません。弁解の余地もありませんわ。それでも私の婚約者はライアン様だけです。他の人では嫌なのです。だから、、、!」
信じて待っていてほしい。そう告げる前にガチャリとドアが開いた。
無意識に瞑っていた目を開けると目の前にライアンが立っていた。
「君の許可なくドアを開けてしまってすまない。しかしどうしても顔が見たくなった。
そんな一生懸命に伝えてくれた言葉を嘘だと思うほどひねくれてはいない。事情を教えてくれないのも君のことだ、何か訳があるのだろう。でも私は君の婚約者だ。頼ってくれると嬉しい。ね、ユリア嬢。」
今洗脳についてライアンに伝えることはできない。
洗脳の方法もわからないまま、王家とのいざこざにライアンや彼の家族を巻き込むわけにはいかない。
曖昧な言い方しかできていないのにそれでも信頼してくれた。何かあったら助けると言ってくれた。
ユリアと呼んでくれた。
嬉しくてまた涙がこぼれた。
ぼろぼろと泣いている私の肩を抱き、ゆっくりと背中をさすってくれる。
安心感でもっともっと涙が止まらなくなってしまった。
ようやく泣き止んだころには、最初からひどかった顔がもっとひどいことになっていることに気付いて慌てて部屋に戻った。
「そんな顔も可愛いんだけどね。ゆっくり休んで、俺の愛しい人。」
ライアンが去り際に言った言葉で完全にキャパオーバーでベッドにもたどり着けずへたり込んでしまったのは言うまでもない。
スフィア「私は2人がいい感じになったと同時にそっとその場から離れておりますよ!できる侍女は空気を読んで行動するのが当たり前ですから。」




