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空を翔ける調査員  作者: 雪野雫
第一章 浮蛇島編
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第六話 蛇神と継承

 祭り二日目は何事もなく過ぎ、とうとう三日目の最終日になった。

 三日目ともなると、屋台に集まる人々の数はだいぶ落ち着いている。呼び込みの声や熱気も、初日よりは鳴りを潜めている。


 今日はラテと一緒に来ている。島民たちの反応を見るに、すっかり慣れてくれたようだ。むしろ歩いていると、子どもたちからラテに触りたいと声をかけられることも増えた。


 屋台で適当に焼き魚や菓子を買い、大通りから離れたところでラテと一緒に食べる。


 やはり周りが海というだけあって、魚が新鮮で美味しい。菓子も日持ちしそうなものが多くてありがたい。お土産にいくつか買って帰ろうか。


 買ったものたちを食べながら、行き来する人々を見る。


 相変わらず、不安が覗く表情の人が多い。しかし初日と違うのは、少しだけ期待が見える人がいること。今日が無事に終われば、もう地震に悩まされなくて済むのではないか、そんな淡い期待が芽生え始めていた。


 日が少しずつ傾いてきたので広場へ向かう。


 広場には大通りとは違って、かなりの数の島民たちがいた。大人たちは手にお猪口を持っている。御神酒を分けてもらうためだ。


 お猪口がある家庭は多くないと勝手に思っていたが、持っている人が圧倒的多数なところに、もともとこの風習が存在していた面影が見て取れる。


 ラテと一緒に、広場の端から遠巻きに舞を見ていると、頭領が声をかけてきた。


「また来ていただいて、ありがとうございます。よかったらこれ、使ってください」

 そう言ってお猪口を渡してきた。


 確か、龍の御神酒は島民に配られるという話だったと思うが。

「それはそうなんですが、別に島民しか飲んではいけないという話は聞きません。当時の祭りを知る人に聞いたら、過去にも島出身でない人がいただいたこともあるそうですよ」


 それを聞いて、せっかくならとご厚意に甘えることにした。


 祭りの終わりが近づくにつれ、だんだんと人が増えてきた。


 舞と音楽も一層激しさを増していく。三日間の間舞い続け、楽器を吹き続けたはずの人たちは、そうとは思えないほどとても生き生きとしている。体力が人並みでないのか、それとも疲れすぎておかしくなってきたのか。


 しばらく時間が経った頃、また踊り手たちが空間を作り、舞台の中央に置かれた酒樽がよく見えるようになった。頭領が酒樽の前に進んでいく。


 そして少し大きめのお猪口を使って、酒樽から御神酒を汲んだ。それを持って祠に向かう。

 祠に向かって一礼し、蛇の石像の前にお猪口を置いて戻ってきた。


 その後、御神酒を分けてもらう人は列になり、舞台上に来るようにと伝えられた。御神酒は合図があるまで飲んではいけない、とも。


 それを聞き、人々がそわそわとしながら列を作る。僕ももらったお猪口を持ってその中に並んだ。


 舞台に戻った頭領が一人一人からお猪口を受け取り、酒樽から直接御神酒を汲む。


 お猪口が小さいため、足りなくなる心配はなさそうだ。僕も順番になったのでお猪口を渡した。汲まれた御神酒は光を受けて、澄んだ薄紅色をしていた。


 頭領はお酒の入ったお猪口を渡すとき、少し微笑んでくれた。


 全員に御神酒が行き渡ると、楽器隊の指揮者に目線を向けた。

 指揮者の合図で、最後の一音がなった。


 会場が割れんばかりの拍手に包まれる。そして、先程予め用意されていたお酒が踊り手と楽器隊の人々に配られた。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 頭領が舞台上で話し始めた。


 そこいたのは、初日に緊張していた男性ではない。島をまとめる者としての責任と強さが見て取れた。


「ご存知の通り、現在ここ浮蛇島では、原因不明の地震が頻発しています。この伝統の復活が、事態解決の第一歩になることを願います。そして……」

 彼は一旦言葉を切った。


「お察しの方もいらっしゃるでしょう。私の父、先代の頭領は若くして亡くなりました。知識の継承も、そのときに途絶えたのだと、私は思っておりました」


 彼の声に少し熱がこもる。

「しかし、決してそのようなことはありませんでした。たくさんの人に支えられ、この御神酒を再現するに至りました」


 集まった人々は水を打ったように静まりかえって、彼に注目している。誰もがこの若き頭領の覚悟を聞き届けようと、意識を集中させていた。


「まだまだ未熟者ではありますが、今一度島の文化に触れた今、この素晴らしい島を、伝統を、全身全霊で守り抜く覚悟です。……では、この島のさらなる発展を願って、乾杯!」


 乾杯、という人々の声が大地を揺らした。


 人々がぐいっと御神酒をあおる。


 僕もお猪口に口をつけた。かっと口内が熱くなり、全身が震える。建国神話では火酒と呼ばれ、扱いを間違えると島が炎に包まれると言い伝えられるだけある。果実と水だけで作ったとは思えないほど、喉を焼く感覚が強い酒だ。


 酒が全員の喉を通り過ぎた頃、また地響きがした。


「おいおい……!」

「またかよ!」


 島民たちがざわめき始める。御神酒を飲んだ時に都合よく揺れるなんて、不穏以外の何ものでもない。


「終わりだ……」

「御神酒を捧げなかったから、罰が降るんだ……」

 そんな声も聞こえてくる。


 まだ地響きは続いている。頭を抱えてうずくまる者、子どもを守ろうと強く抱きしめる者など、反応はさまざまだ。


 しかし僕は、この地響きにこれまでとは違う何かを感じていた。


 音はしているのに、いつまで経っても地震特有の横揺れが来ないのだ。


 気になってふとラテを見る。ラテは怯えていない。彼女は軽く一声鳴くと、島の南側、間欠泉が並ぶ河口側を見やった。


 次の瞬間。



ゴオオオーーーッッッ!!!




 ものすごい音とともに、十六個ある間欠泉から一斉に水が吹き出した。広場は間欠泉から離れているのに、その様子が不思議なほどよく見える。


 天高く噴き上がった大量の温水は、やがて霧状になり、島の上に大きな虹をかけた。


 やがて地響きは収束し、辺りには静寂が戻った。


 島民たちは皆、呆気に取られてその様子を見ていた。


 やがて、どこからともなく安堵のため息が聞こえ、それは次第に割れんばかりの歓声へと変わった。


 蛇神の言葉を聞いたわけではない。未来を見たわけでもない。証拠はどこにもない。しかし、皆の心の中には、これ以上悪いことは起こらないという確信があった。


 そして、それは僕も同じだった。


 調査員として長年実地経験を積み、論より証拠の精神で生きてきたのに、それをひっくり返されそうなほどに、晴れ晴れとした気分だ。


 ラテがすり寄ってきた。ラテの頭を撫で、顎の下を掻いてやりながら、僕はなんとなく祠に目を向けた。


 そこには変わらず、一匹の蛇が誇らしげに鎮座していた。


 祭りが終わった日の夜、僕はもう何度目かになる、頭領の家を訪れていた。


「本当に、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」


 家に入るなり、頭領がそう言って深く頭を下げてきた。

 子どもたちがその様子を不思議そうに見ている。


 特別お礼を言われるようなことはしていない。むしろ調査に協力してくれた魚人の青年、蛇神伝説を語ってくれた老人、勇気を出して果実を取ってきた頭領の息子、そして何より、頭領自身が考え、動いたからこその結果だ。


「まさか原因が、昔から存在していた龍の御神酒だとは……。自分たちで解決できたであろうことを。お恥ずかしい限りです」

 そんなことは決してない。


 というか、僕の役割は最悪の事態に備えて対策を練ることが主であり、正直地震自体は解決できると思っていなかった。


 まあ、まだ解決したかは分からないのだが、それを確かめるために、あと一週間滞在するつもりだと伝えた。

 以前は週に一回以上地震があったとのことなので、この一週間で何もなければ、解決とみなすことにしている。


「ぜひ、そうしてください。島の者も喜びます。また何か起こっても、あなた様がいてくだされば大丈夫ですね。……あ、いや、何も無いのが一番なんですけど」

 そう言って、頭領は頭を掻いた。


 広場で決意を述べた凛々しい頭領はどこへやら。今は柔らかい雰囲気の男性に元通りだ。しかし、どこか強さが見られるようになった気がする。


「……今まで、伝統を繋いでいるのはうちの、頭領の家系だけだと思っていました。でも違った。語り部だった妻の家系、島に長年住む人々、たくさんの人々が少しずつ伝統の断片をもっていたのですね」


 頭領はそう言うと、一呼吸置いてから微笑んだ。


「私はこの伝統、そして今日の出来事を、必ず後世に伝えていきます。この島を守るのが、今の私の役目です」

 

 頭領の家を出て、ラテのもとへ向かう。残りの一週間は、何も起きなければ実質休みだ。ラテはここの魚を気に入っているようだし、島の子どもたちともすっかり仲良くなっていた。


 ところで、龍の御神酒とは一体何だったのだろうか。


 建国神話を基に考えるなら、大蛇を弱らせるもの、もしくは眠り薬のようなものだろうか。この島自体が大蛇の体だとすると、大蛇に悪意はなくとも、起きただけで島民の生活が崩壊する。それを防ぐためのもの、というのは納得できる。


 最初は、龍の御神酒を捧げることで大蛇に感謝を伝えていた、しかし奉納が無くなったことで大蛇が怒って目覚めようとしている、という可能性も考えた。


 しかし、蛇神伝説によれば、大蛇は人を護り、ともに戦った存在だ。捧げ物が無くなっただけで怒るような、器の小さい存在だとは思えない。


 結局のところ、真相は神のみぞ知る。以前の僕なら納得していないだろうが、あんな神秘的な体験をした後では、それも悪くないと思える。


 それに僕としては、間欠泉が吹き出したあのときにラテが怖がっていなかったから、何も起こらないと思っている。


 この子は昔から聡い子だったから。


 かなり遅い時間になってしまった。僕は急いで宿に戻り、ラテと同じ寝床で目を閉じた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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