第四話 祭りの準備
「あ、お疲れ様っす!」
宿に着くと入り口近くに青年がいた。手には魚籠を持っている。
「これっすか? 調査員さんに会いにいくって言ったら、親父が手土産に持たせてくれたっす。今日獲れた魚っすよ!」
それはありがたい。昼ご飯を忘れてしまい、お腹が空いて仕方なかったのだ。
用意してくれたラテの寝床の近くで夜ご飯を食べることになった。
宿に事情を話すと、小さめの火力調理器を貸してくれた。これは火魔法が内蔵されている。これで付けた火からは煙が出ないので、近所迷惑にならないという優れものだ。焼くものからは普通に煙が出るけどね。
青年のもとに戻ると、魚と一緒に持ってきた木のまな板の上で手際よく魚を捌いていた。
彼が持ってきてくれた魚は三尾。どれも前腕くらいの大きさがあり、丸々と脂がのっていてかなりの大きさだ。『もし残ったら干物にするんで手土産にしてください!』とのことだ。日もちもしそうで、良い旅のお供になるだろう。
彼が捌いてくれた魚の切り身を串に刺して火を通すと、なんとも言えない良い香りがしてきた。切り身から脂が落ち、ジュッと音を立てている。
少し離れて伏せていたラテも立ち上がって近くに来た。魚は好物の一つなのだ。青年は笑って、大きめの切り身を作ってくれた。
香ばしい魚にかぶりつきながら、僕は彼に調査員としての日々を聞かれるがまま答えていく。
新米時代に山で遭難した話、ラテとの出会い、ドラゴンを街から遠ざける任務、砂漠に棲む巨大ミミズの討伐など。
彼はリアクションたっぷりに聞いてくれた。
「俺、調査員に憧れてて、いつか大陸に行きたいんすよ。でも大陸内部には魚人が少ないって聞くし、なかなか踏み出せなくて」
それは紛れもない事実だ。調査員も人間が大半である。
しかし他種族が差別されているかというとそうでもない。むしろ魚人は詳しい水中調査ができるという点で重宝されるだろう。筆記試験と実技試験、面接に合格できれば誰でも調査員になれる。性別も種族も関係ない。
そう伝えると、彼は目をキラキラさせた。
彼が調査員になるかは分からないが、こうして未来ある若者の夢を応援できるのは嬉しいものだ。
結局、魚は全て食べ切ってしまった。半分くらいはラテの腹の中だ。当の本人は寝床に戻ってのんびりあくびをしている。
「いや〜、もうちょっと持ってくれば良かったっすかね〜」
笑いながらもう食べられない、と返す。
またしばらく談笑して、片付けを始めようとすると、ラテが立ち上がった。
嫌な予感がする。僕も反射的に立った途端、腹に響くような地鳴りが聞こえ、足元が揺れ始めた。今回はけっこう強い。飛び立つ鳥の慌ただしい羽音と、木々の葉が擦れる音が聞こえる。
青年は揺れ始めたとみるや、慌てることもなくすぐに調理器の火を消した。その様子からは、短い間で地震が身近にあるのが当たり前になったことが感じ取れた。
「……今の、長くなかったっすか」
確かに、前経験した地震より長く揺れた。それに、地震の頻度がおかしい。
「前の地震、昨日っすよ。そろそろやばいんじゃ……」
青年の顔は引きつっている。
せっかくの楽しい夕食から重たい雰囲気になってしまった。
青年に魚のお礼を伝え、宿に火力調理器を返す。
何となく不安を感じ、今日はラテの寝床に入れてもらって寝ることにした。僕がラテのもとへ行くと、彼女は察したように少し壁際に寄ってくれた。
僕らは野宿で身を寄せ合って夜を越したことも数えきれないくらいある。ラテの温もりを感じながら目を閉じた。
翌朝、僕とラテは頭領の家に向かった。
龍の御神酒を作るための準備をできるところまでやる、と言っていたがその後どうなったのだろうか。
出迎えてくれた頭領の目は少し赤くなっていた。おそらく、昨日はろくに寝ていないのだろう。
挨拶もそこそこに、頭領は興奮した様子で話し始めた。
「御神酒を作るための用意、急いで進めています。本来なら祭りまであと数日ありますが、前倒しにすることもできますよ」
頭領は、祭りの内容を僕に説明してくれた。
祭りは三日間。その間、島にある祠の前の広場で、朝も夜もずっと、舞と音楽を奉納し続けるのだ。
祭りの間は通りに屋台が並び、かなりの賑わいを見せるらしい。
確かに頭領の家に来るまでに、通りに沿って骨組みを立てている人たちがいた。あれは屋台の準備だったのか。
彼は一刻も早く祭りを始め、この問題を解決したいらしい。
気持ちは分かるが、少し休んだ方がいいのではないだろうか。このままでは頭領自身が倒れてしまう。
頭領の妻も同じことを思ったようだ。
「何を言っているんですか。御神酒以外にも、用意しないといけないことは山ほどありますよ。祭りに関わる人たちにとっても、いきなり前倒しは無理があります。それに、あなたが欠席したら元も子もないでしょう」
彼女はすみません、と僕に頭を下げて頭領を引っ張っていった。
僕はその場に取り残されてしまった。
やや呆然としつつ、これ以上頭領の家でやることも無さそうなので、ラテのもとに戻る。
あの様子だと、祭りは事前に予定されていた通りの日程で行われるだろう。
さて、祭りまでの残り時間、何をすべきだろうか。
地質調査や万が一に備えた対策は、ある程度目処が立っている。
今日はひとまず、大蛇にゆかりがあるという祠へ向かってみることにした。
ラテに乗り、ゆっくりと歩き出す。
祭りの準備をしている人たちの邪魔にならないように、大通りを避けて祠のある方角へ向かう。
祠に近づくにつれて、ラテの足取りが明らかに重たくなってきた。
ラテはこれくらいの距離を歩いただけで疲れる子ではない。やはり祠には何かあるのだ。おそらくは、大蛇の力的な何かが。僕は相変わらず何も分からないが、動物や魔物だからこそ、感じるものがあるのだろう。
さすがに可哀想になってきたので、ここからはラテから降りて自分で向かうことにする。
人気のない小さな道なので、ラテが待っていても邪魔になることはないだろう。
心配そうなラテを落ち着かせてから祠へ向かう。
しばらく歩くと、祠の前にあると聞いていた広場が見えてきた。広場の中央にある一段上がった大きな円形の舞台上では、ひらひらとしている衣装を着た女性や、刀のようなものを持った男性、楽器を抱えた人などが合わせて二十人ほどいる。
この人たちが祭りで舞と音楽を奉納するのだろう。
話を聞いてみたいな、とも思ったが、全員忙しそうなのでまた今度にしておく。
広場の奥に小さな祠が見える。
自分の身長とほぼ変わらない大きさだ。
祠の中には、石で作られた小さな蛇の像がある。蛇神伝説に出てくる八本の首をもつ大蛇とは違い、首は一本のいたって普通の蛇に見える。祠の中でとぐろを巻き、枝分かれした舌を覗かせている。その視線は祠の前の広場、およびその向こうに広がる島全体に向けられている。
特に変わったところはない、普通のよくある祠に見える。
変わったところといえば、像の後ろの壁には小さな丸い穴が空いていることくらい。そう、ちょうど蛇が通り抜けられそうな大きさだ。
祠の周りを色々観察していると、温かい風が吹き抜けたような気がする。木々の葉もざわざわと音を立てた。そろそろ昼時だ。
なんとなく祠の蛇に向かって手を合わせて頭を下げ、その場を後にした。
「……調査員さん、祠に頭を下げてくれてたな」
祠を後にし、広場を出ようとすると大柄な壮年の男性に声をかけられた。さっき広場で、動きの指示を出していた人だ。
あのときは本当になんとなく、そうした方がいいような気がしたのだ。
「助かるよ。外から来る人の中には、礼儀がなってない奴もいるんだ。敬えとは言わないが、悪くは言わないでほしいからな」
やはり彼も、大蛇を邪神だとは思っていないらしい。
観光客は建国神話しか知らないため、大蛇のことを悪者だと思っている。そんな人たちが、島民の態度や祠を見て不思議に思うのも無理はない。
しかし彼はそれが複雑なようだ。
また、彼は祭りで奉納する舞と音楽の統括をしているらしい。
これはいい機会だ、と祭りについて聞いてみることにした。
「ああ、三日間は本当に休み無しで舞い続ける。交代はするが、舞と音楽は途切れない。見学も自由だ。夜は音が気になって眠れないだろうから、耳栓は事前に買っとけよ」
彼はそう言って笑った。
交代があるとはいえ、それでも広場にいた人数で三日間もたせるのなら、かなり長い間舞や演奏を続けるのには変わらない。
「もちろんしんどいさ。けど、この祭りで舞えるのは島の中でも選ばれた者だけだ。一度でも舞ったことがある奴は、それだけで一目置かれる、誇らしいことだ」
この三日間は、島民にとって単なる祭り以上の意味をもつようだ。
「俺が小さかった頃は、祭りの最終日の夜に、頭領が祠にお供え物をしていたな。今の頭領になってから無くなったが……まあ、先代が早くに亡くなったからなぁ」
これはおそらく龍の御神酒のことだろう。大丈夫だ、きっと今年から復活する。そう言いたかったが、一応まだどうなるか分からないので言わないでおく。
「おっと、もうこんな時間か。昼休み終わってるな」
そう言って立ち上がった男性にお礼を言って、今度こそラテのもとへ戻る。
「こらぁっ! 俺がいねぇからって、昼休みが終わってもサボってんじゃねぇ!」
そんな怒号が遠くから聞こえ、ややあって楽器の音が聞こえてきた。どうやら、彼がいなかったことで、これ幸いとみんな休んでいたらしい。
なにか悪いことをしてしまったような気がして、苦笑しつつ歩き出した。
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