第3章:正体《Identity》
イオ・セラムは深呼吸を一つ置き、機体を振り向かせる。
アクラーブの残骸はすでに沈黙し、戦場も静まり返っていた。
(……生き残りがいたのか)
目を凝らすと、一機のカメラアイが僅かに動くのが見えた。
即座にヴォイドライフルを向ける。
「そこだ──!」
──フォン……
淡い閃光が走り、機体は砂のように崩れる。
ヴォイドライフルが掠っただけでも人体は崩壊に耐えられない。
かろうじて生きていたのか、生体センサーの誤作動か……
いずれにせよ、これで脅威は排除された──はずだった。
次の瞬間、背後から鈍い連射音。
「──ッ!?」
警告音が鳴り響き、頭部センサーが爆ぜる。
通信は途絶え、モニターも半分が死んだ。
イオは慌てて振り返り、残ったセンサー越しに敵影を捉える。
撃破したはずのヴェスパが、ゆっくりと立ち上がりながらマシンガンを構えていた。
「……なんで!?」
再びライフルの閃光。直撃。敵機の胴体が消し飛ぶ。
まだ油断はできない──そう思って、周辺をスキャンする。
結果は「生体反応なし」。
「よし、これで……」
味方と合流するため、飛行ユニットを展開しようとしたそのとき。
激しい衝撃。ミサイルの直撃だった。
機体が大きく揺れ、メインスラスターが機能を停止する。
「ぐッ……!」
頭部を向けると、瓦礫の中から這い出してくるヴェスパ。
さっきと同じだ。もう、何機目かもわからない。
震える指で操作を続けながら、イオは思い出していた。
数日前、同僚が語った戦場の怪談──
──「死んだはずの帝国兵が、夜になって動き出したらしいぜ」
──「それ、“悪霊”だろ。俺も聞いたよ、戦場に立つと死体が甦るってやつ」
──「おいおい、信じるのか? 何千年前の与太話だよ……」
あの時は笑い飛ばした。
だが今は──笑えない。
「くそ、何が起きているんだ……」
コクピットが残っている機体をひたすら撃ち抜く。
だが、数機を残して弾は尽きていた。
イオはセラミックブレードを起動し、撃破したはずの機体を一体ずつ貫いていく。
「はあ……はあ……今度こそ──」
その言葉の途中で、鈍い衝撃が走る。
モナークのボロボロの装甲が悲鳴を上げる。
──ガギギギ。
ヴェスパのコンバットナイフが、歪んだ装甲の隙間へとねじ込まれてくる。
もはや、押し潰されるのは時間の問題だった。
「……悪霊め」
呟いたその言葉を最後に、イオの意識は暗闇へと沈んでいった。
――
もはや、戦場で動く者は居なかった。
──ただ一人、小柄な少女を除いて……
《こちらNNN-044。戦況報告致します》
《指揮官ガルバルド将軍、及び搭乗機〈GR-01 アクラーブ〉は敵新型と交戦の末、相打ち。
確認出来る生き残りは私のみです。
現在、戦域は沈黙中。前線維持のため、追加部隊の展開を要請します》
《了解、直ちに派兵する。NNN-044、貴官はそこで待て》
無感情な声が通信に流れる。
けれど、コクピットの中で彼女──ノアの口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「ガルバルドは死んだけど、やっかいな新型は始末した。まあ……悪くないかな」
しばらく後。炎の残る空の彼方、味方の増援機影がいくつも現れる。
少女はそれを、まるで星でも眺めるかのように、涼しい顔で見上げていた。




