第1章:働きアリ達《エルゲイト》
ガルバルド将軍の死から数日後。
エルガス帝国所属艦〈メゾサイロス〉第3作戦室。
冷えた空気が張り詰める中、一人の少女が、淡々と報告を続けていた。
「指揮官ガルバルド将軍、及び機体〈GR-01 アクラーブ〉は敵新型との交戦の末、撃破されました。見事な最後でありました」
軍人とはとても思えない小柄な体格。耳を覆う程度に切り揃えられた銀髪が、淡く室内灯を反射する。
生き残った兵士の報告を受け、作戦担当官アルカ・ヘルム中佐は、短く息を吐いてから呟いた。
「……まさか、あのガルバルド将軍がな。
あの戦場でよく生き残ったものだ、NNN-044。
ご苦労。もう行って良いぞ」
少女はわずかに伏し目がちに答えた。
「少々運が良かったようです。失礼します」
それだけ言って、軽く一礼すると、背筋を伸ばしたまま部屋を後にする。
冷たいドアの音が閉じると、残された副官がぽつりと漏らした。
「……エルゲイトがあんな冗談を?」
ヘルム中佐は長い前髪を耳に掛けながら、モニターを指で撫でた。
「貴様は奴らを見るのは初めてか。エルゲイトシリーズは“ただのクローン”じゃない。帝国法では“遺伝子調整市民”と認定されている。
……外見は同じだが、性格や体格は僅かに違うし、人権もそれなりに与えられている。ただの働きアリ(ergate)ではないということだ」
「……てっきり、感情のない機械のようなものかと」
「ふん、分からんでもない。実際、死への恐怖などは大幅に削減されているし、急激なG加速に耐えるよう低身長に設計されているからな。
ただ、ぞんざいに扱えば背後から撃たれる可能性はある──ということだ。
まあ、私もどいつが何番だか覚えとらんがな」
中佐の忠告に、副官はそれ以上を尋ねなかった。
――
食堂は、昼を少し過ぎた時間だった。
照明の加減もあり、廊下よりやや柔らかな空気が漂っている。
NNN-044、通称〈NNNOAA〉はトレーを持って、まばらになった食堂を見渡す。
そこへ、ふわふわした調子の声が響いた。
「ノアちゃ〜ん、こっちこっち〜。報告終わったんだね〜」
識別名RRM-155〈RRMISS〉。
同じくエルゲイトシリーズの少女。長く伸ばした髪と、間延びした口調が特徴的な整備担当だ。
ノアは小さく手を上げた。
「待っててくれたんだね。ありがと、ルル。
新しい副官が小うるさくて、ちょっと長引いた」
「いいよ、しばらく実戦なさそうだし。担当の子もだいたい死んじゃって暇だしね〜」
ルルミスはスプーンをくるくる回しながら、無邪気に呟いた。
しかし、ハッとしたように周りに聞かれていないか確認すると、ヒソヒソと小声で話し始める。
「……それで、今回は何回死んだの? 連合の新型、強かったんでしょ?」
ノアはその様子に微笑みながら、シリアルバーをひと齧りして答える。
「確かに機体は凄かったけど、パイロットはそうでもなかったかな。
ちょっと驚かしたら動揺しちゃって、あとは楽ちんだったよ。死んだのは──10回くらいかな」
その言い回しに、ルルミスの表情がわずかに曇る。
「それって少ないの〜? その能力手に入れてから、感覚バグってない?」
ノアは少しだけ目を伏せ、具のないスープを一口啜った。
ルルミスも黙々とビタミンペーストを口に運ぶ。
「ノアちゃんって……あの光、γ線バーストだっけ? を受けた時、どんな感じだったの?」
その問いに、ノアは短く答える。
「……あんまり覚えてない。
ただ、あの時から“魂”をなんとなく感じられるようになっただけ」
──連合軍に噂される“悪霊”。
その正体は、ガルバルド将軍の怨念でもなければ、もちろん戦場の怨霊などではない。
それは、すべてこの少女によるものだった。
数ヶ月前のある日。
恒星が放った、遥か彼方からの最後の光──超狭角のγ線バーストが、一人の兵士を正確に射抜いた。
他の誰にも認識すらされず、ただNNN-044という一体のクローン兵だけが、それを“見た”。
その瞬間から、彼女の中で何かが変わった。
肉体が滅んでもなお、自分の形を“思い出す”ことで、戻ってこられるようになったのだ。
しかも、同じ遺伝子で構成された別の肉体──つまり、他のクローンが近くにあれば、“即座に”蘇ることさえ可能だった。
それが、悪霊の正体だった。
ノアは、スプーンを静かに皿に置いた。
ビタミンペーストには全く手をつけていない。
以前と変わらぬ様子に、ルルミスは安堵の笑みを浮かべる。
「ま、戻ってきてくれるなら、なんでもいいけどね〜。
また機体、ピカピカにしとくからね、ノアちゃん」
「……ありがと、ルル」
ノアの返事は静かだった。
不死身となった少女は何を思うのか。──この二人以外に、それを知る由はなかった。




