暗黒物質、ベータ
お昼休みに四天王の一人、妖惑のサッキュバスの自室へと足を運んだ。
遮光カーテンで昼間なのに外の光は一切入らず、薄暗い間接照明が居心地の良い空間を演出している。
バーのようなカウンターとソファーがサッキュバスの部屋にはあり、いつでも酒が飲める準備が整っている。
「それで、わたしに話ってなあに」
淫らな黒いドレスを着たサッキュバスの口から飲んでいるカクテルの香りが漂ってくる。少し酔っているのか、距離感が近い。
昼間っから仕事もせずに酒を飲むなと言いたいが……今は言わない。明日にでも言ってやりたい。
そんなサッキュバスに、あまり相談はしたくなかったのだが……。
「一大事なのだ」
「どうしたのよ。デュラハンらしくもない」
心配そうに顔を覗き込んでくる。
「じつは、ソーサラモナーが魔王様にエロ本を渡して気に入られようとしているのが……見過ごせない」
看過できないのだ――。
「ひょっとして、焼き餅。ヤンデレ?」
「違う――!」
小さなグラスに入った青いカクテルをクイっと飲み干した。サッキュバスがだぞ。私は勤務中に酒など絶対に飲まないぞ。
「ソーサラモナーの株が上がると後々、困るのだ」
私が次なる魔王になれない可能性が出てくる――。
四天王の中でも、巨漢のサイクロプトロールと妖惑のサッキュバスは、それほど魔王の座に執着心はないのだろう。だが、聡明のソーサラモナーだけは侮れない。気を許せないのだ。
なぜなら、魔王様の次に魔力に長けている。さらには野心家で何を考えているか腹の内が読めない。
私には魔法が一切使えない。コンプレックスを抱いているのは――内緒だ。
「男の嫉妬って、ステキよ」
思わず頬が緩んでしまう。首から上は無いのだが。
「いやーあ。無限の魔力って凄いのだ。今日、ちょびっとだけ魔王様に無限の魔力をお借りしたのだが、その力ってば想像を絶するものでだなあ……」
なんとかサッキュバスに思いを伝えたいのだが……サキュバスまでもが魔王になりたがると本末転倒だし……どう説明すればいいのか、やりにくい。
「要するに、ソーサラモナーに負けないように魔王様に気に入られたいって訳ね」
ザッツライト!
「察しがよくて助かる」
「うふふ。いいわ。わたしが一肌脱いで、あ・げ・る」
ゾクゾクと鳥肌が立った。
サッキュバスは部屋の奥にある棚へ何かを探しに向かった。ドレスの背中が大きく開いていて、小さな黒い翼がまた……可愛らしい。コウモリの羽根みたいに、びよーんと引っ張ってみたくなる。
「この辺りに隠しておいたはずなのよね……、あ、あったわ」
怪しい暗黒物質を持ち出してきた。
「これを持っていきなさい」
「こ、これは」
――ベータ! 冷や汗が出る、古過ぎて。
なんでこんな物をサッキュバスが持っているのかと逆に聞きたい。けど、聞けない。
「地鶏よ」
「――!」
漢字が「地鶏」でも、駄目ですから――!
「うふふ、冗談よ。それを持っていったら魔王様は絶対にデュラハンの虜よ」
ゴクリと唾を飲む。
「大丈夫なのか」
色んな意味で。R18とかに引っ掛からないのかとか……。
「大丈夫。これで次の魔王は、デュラハンに決まりね」
「このベータさえあれば……ソーサラモナーに負けないってことか」
「魔王デュラハンになったら、わたしの望みも叶えてね」
軽くウインクし、体を必要以上に寄せてくるサッキュバス。ひょっとすると……妖惑の力にあてられているのか……。
「よ、よすのだ。まだ魔王になった訳ではない」
それに、部屋の中は薄暗いが、まだお昼だ。お天道様が出ているのだ。
「あら、でもこのベータなら魔王様もイチコロよ」
イチコロ―! 無限の魔力をお持ちの魔王様をもイチコロの恐るべき新兵器、ベータ!
「ペーター」とは微妙に違うぞ――!
魔王城の階段を一段飛ばしで四階まで駆け上がり玉座の間への廊下を走る。スライム達が何事かと驚いた目を向けるが……今は相手をしている場合ではない。魔王様からの信頼を取り戻さなくてはならないのだ。
しかし――。
ピタリと手が止まった。
純でピュアな魔王様にはお刺激が強過ぎないだろうか……。魔王様がこれを見て……本当にお喜びになるのだろうか。
しかし――。
ピタリと止まったのは手だけで、足は玉座の間へ一直線で走り続けている。手を振らずにいくらでも走れる。魔王様は絶対にお喜びになる! 自らの欲望を抑えきれないのは魔族も人間も同じなのだ――。
バタン!
「――魔王様、すっごいエロいベータを借りて、いや、持ってきましたよ!」
「「――!」」
ベータを高々と手にかかげて玉座の間に入ると魔王様は驚かれた。
それもそのはず。魔王様の隣には――女勇者が立っているではないか――!
「こんにちは、デュラハンさん」
――!
「そんなに慌ててどうしたのだデュラハンよ」
ベータを持ったまま、フリーズしてしまった。
「コンニチハ」
挨拶が硬くなってしまう。
「ねえ、エロいベータって、なあに?」
不思議そうな顔を見せる。
「い、い、いや、なんだろう。なんだろうなあ、ハハハ」
知らなくていい。いや、知らない方がいい。作り笑いが歪む。そもそも首から上が無いのだから作り笑いなんかできない。
慌ててベータを体の後ろへ隠したが、しっかり見られていただろう。なんか、エロ本を玉座に隠した魔王様の気持ちが痛いほど分かった気がする。自己嫌悪を抱く。
「はあー」
魔王様が大きくため息をおつきになられる。
「デュラハンは昼間っからエロいから困るぞよ。魔王軍の品位に関わるぞよ」
キャー! ――言わないで!
「あ、う、いやこれは違うのですよお」
滝のような汗を拭いながら、なんとか誤魔化せないか必死で考える。いつの間に来ていたというのだ――女勇者め。瞬間移動の呪文を乱用するのはやめてほしい。規制する法律を作ってほしい。
チャンスがピンチに一転するとはこのことじゃないか。
「え、ひょっとしてエロビデ? やだ、いやらしい~」
「「――!」」
女子が「エロビデ」って言わないで――! サッキュバスでさえ、「ベータ」と言って誤魔化してくれたのに……シクシク。
女勇者がニコニコしながら帰っていったのが……凄くバツが悪い……。ごっそり弱みを握られてしまった。ひょっとすると、これは魔族のピンチじゃないか~――!
魔王様にもこっぴどく怒られてしまった。
こっそり自室に持ち帰り、性懲りもなく夜な夜なベータを自室で鑑賞したら……本当に「地鶏」が2時間撮影されているだけの映像だった……。
ナゴヤコーチンを2時間見続けてしまった……ガクッ。ひょっとすると、サッキュバスはこれを「自撮り」と偽って、他のモンスターに高額で売り付けているのかもしれない……。騙された。
翌朝、廊下でサキュバスに馬鹿にされた。
「どお? わたしの地鶏、エロかったでしょ」
「……ああ」
なんたって全裸だからな、ナゴヤコーチンは。羽根は生えているけれど。
まあ……魔王様と一緒に見ないで……よかったのかもしれない。期待させておいて裏切れば、また魔王様のお怒りを買うところだった。
「このムッツリスケベ」
「頼むからムッツリスケベとか言うのはやめてくれ――」
こそこそ周りにバレないようにスケベなことをしているだけなのだから。
「つまり、ムッツリじゃなく、コッソリだ」
「……」
「それに、私がムッツリスケベだというのなら、魔王様は……」
「魔王様は、なあに?」
サッキュバスが上目遣いで顔を覗き込んでくる。いや、顔のあたりを見ているだけだ。ドレスの胸元が大きく開いていおり、なんの警戒心もないことに呆れてしまう。
「いや、なんでもない」
あれは男同士の秘密だ。絶対に言わない。今日から玉座の間に入る前には必ずノックすることに決めていた……。
さあ、今日も張り切って仕事をするぞ――。
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