017話
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転送エフェクトが消えると、目の前には見慣れたホームが広がっていた。
ファーストのホームだ……相変わらず無駄がない。家具は揃っているが飾り気は少なく、実用性重視という感じだった。
「おう」
部屋の中央にいたファーストが軽く手を上げる。
「何だ?」
「途中から配信見てたぞ」
「お前の配信は?」
「終わった」
そう言って椅子へ腰掛ける。なるほど……俺が配信を始めて1時間ほどで、終了していたらしい。
「今日は参加型だったんだろ?」
「ああ」
ファーストが頷く。
「20時頃から始めたからな。金曜日の夜だから、俺のリスナーだとこのくらいが人も集まりやすいんだよ」
確かに金曜日の夜だ。社会人なら飲み会があったりもするだろうが、ハジメのリスナーはマダムやその娘が多く、参加するのはその娘たちで、大学生がほとんどらしいからな。
「3時間くらいリスナーと狩りしてた」
「思ったより、長く狩りしてたんだな」
「慣れればそんなもんだ」
俺は素直に感心した。俺には、3時間も話し続ける自信はないし、雑談だけで持たせるのも難しそうだ。
「で、お前の配信な、くだらない雑談は聞いてた」
「どの辺だ」
「モンスター肉は美味いのか、猪肉食べたことあるか、とかその辺。解体したくないとかも言ってたな」
「したくないだろ」
するとファーストが吹き出した。
「まあな」
実際したくない。ゲームだから何とかやれているだけだ。現実で猪を解体しろと言われたら全力で断る。
「初心者の雑談配信なんだから、あんなもんだろ」
少し安心した……正直なところ、あれでいいのか不安だった……ただ話していただけだからな。
しばらく雑談した後、俺は本題を聞いた。
「それで、わざわざ呼んだ理由は?」
「今日話してただろ」
「何を?」
「俺の姉さんの件」
喫茶店の話だけど、あれがどうしたのだろう?
「明日行くらしい、15時頃」
「早くないか?」
思わず声が出た……今日話して明日来る? 行動力がおかしい。
「だよな?」
ファーストも苦笑する。
「家帰って話をされたときに、俺も思った」
普通もう少し予定を合わせたりするものではないのか? 少なくとも来週とかさ……そんなイメージだった。
「愛花さんは?」
「知らん」
姉から何も聞いていないし、メッセージも来ていない。
「じゃあ別行動かもな」
「かもな」
俺たちと同じように、綾乃さんと姉貴は一緒にいることが多いから、当然来ると思っていた。だけど連絡や報告がない。
今回は綾乃さんと、友達だけなのかもしれない。
「まあ、どっちでもいいか」
「お前の店だしな」
「俺の店じゃない」
「半分くらいお前の店だろ」
「違う」
そんな馬鹿話をしながら時間を潰す。気付けばかなり遅い時間になっていた。
「そろそろ寝るか」
「だな」
明日は土曜日だ。講義はないけど、バイトがある。ファーストも何か予定があるらしい。
「じゃあな」
ホームを後にしてログアウトした。
ベッドへ倒れ込む……明日は昼前からの出勤だ。常連客に弄られるのは確定。その上で15時頃には綾乃さんたちが来る。
「面倒な予感しかしないな……」
思わず呟く。だが時間は止まらないから、なるようにしかならないだろう。
とりあえず寝ることにした。
翌朝。
目を覚まして、時計を見ると10時少し前……思ったより寝ていたみたいだ。
今日は誰にも起こされていない。
朝食もないが、問題なかった。どうせ喫茶店で食べられるからだ。母さんも分かっていたのだろう。
「準備するか」
歯を磨き顔を洗い、着替えを済ませる。必要な物を確認して家を出た。
バイト先へ到着する。
マスターの喫茶店は少し変わっている。朝から営業していないし、夜も21時頃には閉店する。
長くても1日10時間程度だ。
今の時代としては珍しいが、それでも人気がある。テレビ取材を受けたこともあるらしい。
そんな店の前に立ち……俺は苦笑した。
「いるなぁ……」
まだ開店前だ。なのに店内には人がいる。
1人、2人、3人、4人、5人……全員常連客だった。
談笑しているいつもの光景だ。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日も元気だねぇ」
「若いの来たぞ」
「働けー」
好き勝手言われるのは、相変わらずである。
だが毎回思う……本当に不思議な集まりだ。
30代男性、30代女性、50代男性、60代女性、70代男性……年齢も性別もバラバラ……それなのに普通に会話している。共通点はこの喫茶店くらいしかないと思う。
俺が把握している常連客だけでも30人以上はいるし、マスターも正確な人数は知らないらしいけど、顔を見れば分かるそうだ。
本当に意味が分からない……ここの常連客という生き物は謎だった。
準備を終えて戻ってくると、全員がこちらを見る。
待ってました! そんな空気だった。
「嫌な予感しかしない」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないですね」
「注文だ」
ほらな……結局いつもの流れだった。
注文を聞いていく。そして何故か全員一致でナポリタンになった。俺が担当するのは、30代の男性女性と50代男性の3人。
「喫茶店と言えばナポリタンだろ」
「そうなの?」
「知らん」
注文をされたので、調理を始める……乾麺5人前を少し長めに茹でる。
茹で上がったら一度水で締める。その間に具材を準備する。
玉ねぎ、ピーマン、ソーセージ、定番構成だ。
まずケチャップを炒める。余分な酸味を飛ばしながら、別のフライパンで具材へ火を通すと、いい香りが広がった。
次にパスタを再加熱する。温まったところで具材へ投入し、全体を混ぜながら炒めて完成だ。
「完成しました」
皿へ盛り付ける。
俺と30代男性が1.5人前。残り2人が1人前ずつ。
「うまい」
「腕上がったな」
「店出せるぞ」
「無理です」
好き勝手言われながら一緒に食べ始めた。ちなみに、この時間も労働時間扱いである。
マスターの好意だった。無茶ぶり対応も仕事らしい。静かだけど騒がしい時間が過ぎる。
昼営業が始まり、常連客以外のお客さんも来て。
気付けば昼のピークも終わって、店内は落ち着いている。
「そういえば」
俺がマスターに声をかける。
「今日の15時頃、ハジメのお姉さんと友達たちが来るかもしれません」
するとマスターが微笑んだ。
「楽しみですね」
「俺は不安です」
「何故です?」
「何となく」
常連客たちが笑う。
「嫌な予感って当たるんだよな」
「若い子いっぱい来るんじゃないか?」
「店が華やかになるな」
みんな面白がっていた。そしてマスターだけが穏やかに笑う。
「大丈夫ですよ」
その笑顔が逆に怖い……問題が起きても対処できるという自信が見えた。
そんなこんなで時間は過ぎていき、時計の針はゆっくりと進み……運命の15時が近付いていた。
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