015話
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今日は2限目から講義だった。だからいつもより少し遅めの時間に家を出る。
朝食を済ませ、必要な物を確認して玄関を出ると、すでに見慣れた姿が待っていた。
「おう」
ハジメ……そして今日はもう1人いた。
「おはよう、フレア君」
「おはようございます」
ハジメの姉である綾乃さんだった。うちの姉貴も含めて同じ大学へ通っているので、一緒に登校すること自体は不思議ではない。
ただ、こうして俺たちと一緒なのは少し珍しかった。
「何かあったんですか?」
俺が聞くと、綾乃さんが笑う。
「ちょっと聞きたいことがあってね」
「俺にですか?」
「そう」
そして歩き始めながら話を続けた。
「フレア君って、喫茶店でバイトしてたよね?」
「してますけど」
「マスターのコーヒーが美味しいって聞いたんだけど、場所を教えてほしいの」
「店ですか?」
「今度、おしゃれなカフェに友達を連れていく話になってね」
なるほど。
「フレア君のことを話したら、みんな乗り気になっちゃって」
「何でです?」
「愛花の弟だから」
嫌な予感がした。
「愛花の弟ってだけで、みんな関心を持つのよ」
「姉貴何やってるんだろうな……」
思わず遠い目になるが、問題はそこではない。
俺は少し悩んだ。綾乃さんや姉貴なら問題ない。だが友達がどういう人たちか分からない。店の雰囲気に合うかどうかも判断できなかった。
「とりあえず見てもらった方が早いですね」
マルチギアを操作する。
店内の写真、マスターの写真、常連客たちの写真、できるだけ普段の雰囲気が分かる物を表示した。
「こんな感じです」
「へぇ……」
綾乃さんが真面目な顔で見始める。
「なるほどね」
数十秒ほど確認した後、納得したように頷いた。
「シックな感じでいい雰囲気ね」
「ですよね」
「何人か普段着だと合わない子もいると思うけど」
「ああ、やっぱり」
「でも、その日だけは合うコーディネートをしてもらえば問題ないと思うわ」
綾乃さんがそう言うなら大丈夫だろう。姉貴も綾乃さんも騒ぐタイプではない。見る目もある。
「一応マスターには話しておきます」
「お願いね」
そんな話をしながら大学へ向かっていると、前方から数人の男が近付いてきた。
嫌な予感がした。そして予感は当たる。
「ねぇねぇお姉さん」
「時間ある?」
綾乃さんへ話しかけてきた。ナンパである。
「ごめんなさい」
綾乃さんが即答して、普通ならこれで終わるのだが、今回は終わらなかった。
「そんなこと言わずにさ」
「少しくらい」
面倒なタイプのようなので、俺とハジメが前へ出る。
「すみません」
「急いでるんで」
だが相手は引かなかった。むしろ面倒そうな笑顔になる。
「別にいいじゃん」
「ちょっと話すだけだし」
話にならない。こういうタイプは苦手だった。どうしたものかと思った瞬間だった。
「お姉さん!」
聞き慣れた声が響く。全員が振り返ると、そこには正宗がいた。朝から無駄に爽やかだった。
「おはようございます!」
しかも綾乃さんへ向かって深々と頭を下げる。
礼儀正しい。異常なほど礼儀正しい。筋肉系に所属しているせいか、上下関係……特にあいさつに関しては、人一倍厳しいのが正宗だ。
その姿を見た男たちが固まった。そして正宗の体を見る。
広い肩幅、分厚い胸板、無駄に発達した腕、何故か太陽に映える筋肉。
「じゃ、じゃあ俺たち用事あるんで」
「またな!」
男たちは走って逃げていった。一瞬だった。
「助かった……のか?」
「たぶんな」
ハジメも苦笑している。時代が変わっても、こういう人種は消えないらしい。昔のことなんて漫画やアニメでしか知らないが、それなりにあった話だと聞いている。
「ありがとう、正宗君」
綾乃さんがお礼を言うと、正宗は満面の笑みになった。
「いえ!」
嬉しそうだった。だが何故お礼を言われたのかは、理解していない顔だった。こいつ本当に脳筋かもしれない……脳まで筋肉が詰まっていそうである。
大学へ到着すると綾乃さんは友達と合流し、そのまま講義棟へ向かっていった。
俺たちはいつもの3人組である。学生たちとも普通に挨拶を交わしながら移動した。最近ではそれなりに有名らしい、主に正宗のせいで……
講義を終えると、そのままバイト先へ向かった。今日はハジメも一緒である。
店へ入るとマスターが微笑んだ。
「おや、今日はハジメ君も一緒ですか」
「お邪魔します」
「ゆっくりしていってください」
俺は更衣室でエプロンを身に付けて、いつものように仕事を始めた。
常連客たちも集まっている。
「そういえば」
コーヒーを準備しながら朝の話をする。
「近いうちに姉と綾乃さん、それと友達が来るかもしれません」
「ほう」
「大丈夫ですか?」
するとマスターは即答した。
「この喫茶店は、来るもの拒まず、です」
穏やかな声だった。
「誰が来ても相手はします」
そして少しだけ目が鋭くなる。
「ですが、雰囲気を壊すのであれば出ていってもらいます」
迫力があった……実際にマスターはやる。
普段は好々爺そのものだ。だがマナーの悪い人間には厳しい。暴力に訴えれば、古武術の師範でもあるマスターが黙らせる。
しかも常連客の一部は同門だ。見た目では分からないが物理的に強い人が多い。
以前、俺より細いお婆さんと腕相撲したことがある。全く動かなかった……意味が分からなかった。
「うちの姉貴なら叩き出してもいいですけど」
「おい」
「綾乃さんと友達は穏便にお願いします」
店内に笑いが広がる。
するとハジメが口を開いた。
「自分の姉貴はどうでもいいけど、愛花さんと友達には優しくしてください」
「何でだよ」
「事実だろ」
自然と睨み合いになる。
そんな俺たちを見て、マスターが苦笑した。
「君たちのお姉さんと、そのお友達であれば大丈夫でしょう」
その言葉で話は終わった。確かにそうかもしれない。少なくとも姉貴たちが騒ぐ姿は想像できなかった。
その後も仕事は続く。コーヒーを淹れ、注文を運び、常連客に弄られ、気付けば閉店時間になっていた。
片付けを終えて店を出る。
「疲れたな……」
思わず呟く……特別忙しかったわけではない。だが朝から色々ありすぎた。
ナンパ、正宗、姉たちの来店予定、マスターへの相談、常連客の弄りと無茶ぶり……妙に濃い1日だった気がする。
夜風を受けながら家路を歩く。
きっと姉貴たちが来たら、また何か騒ぎが起きるのだろう。マスターに叩き出されるような騒ぎではなく、違った騒ぎの予感なのだが……
そんな予感を抱きながら、俺は少しだけ重くなった足を動かして帰宅するのだった。
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