第93話 騎馬戦
side テーレ
ルビアとの交戦は……全く想定していなかったわけじゃない。
小屋の前にいたロック・ウエイトマンの特殊な感染状態を見て、理性を残したまま敵対する人間が現れる可能性も一応考えた。
そして、そうなったらマスター以外で一番脅威になり得るのはおそらくアンナとコットン、そして二番目がルビアかココアだ。
身体から刃をはやしていたロックと同様に、『癒し手』としての能力を利用する感染者が現れたなら……それだけなら、それほど脅威とは言えなかった。
能力の範囲も振れられる範囲、魔法を使ってくる危険はあるにはあるけど、それだけなら私の【失敗率証明】でその発動タイミングを止めれば逆に隙を突ける算段だった。
けれど……
「感染馬1、スライムユニット3、そしてルビアさん本人。連携がかなり上手いというか、一つの思考で全てが同時に動いている感じですね」
「準備がよすぎんのよ! てかルビアは妙に荷物が多いと思ったわ!」
スライムはまだいい。マスターの魔法で一体凍らされてからは、それほど攻撃的な動きをしてこない。遠巻きに牽制してくるだけだ。
けれど、馬は厄介だ。
身体強化の魔法による強力な蹴り、おそらく血液から作った鉄製に近い強度の防具、そしてルビアの補助による高い空間把握能力。
普通の馬なら『運悪く蹴りが直撃すれば冒険者でも死にかねない』という程度の脅威だけど、ルビアの乗る馬は『冒険者が真面目に戦っても苦戦する』という相手だ。
強力な鱗とやたらと鋭い反射神経を持った怪力のモンスターと似たようなものだと言えばわかりやすいかもしれない。
「いや、単なるモンスター並みの強さならまだいいけど、あれは……」
優れた『騎士』の職業の人間が乗った場合も、馬は強化されてモンスター以上の強さになる。
ジャネットが馬車を引かせている二頭の馬なんかは、多分馬の中でも特殊な才能を持った個体で素でもモンスターを蹴り殺すだけの力がある。
けれど、ルビアの乗っている感染馬はそういった種類とは違う強さだ。
『強い馬』じゃない。『強い馬の強さをそのまま取り込んだルビア』の強さだ。
人馬一体、一心同体。本来、馬に乗って戦う人間が何年間も、何百戦もかけて得るべき強さを『癒し手』の能力によって強引に成立させている。
ルビアは戦士ではないけど、頭は悪くない。
あのココアの娘、私みたいな転生特典の恩恵による付け焼き刃のスキル使いじゃなく、感覚でやろうと思ったことが何故だかすぐできてしまう天才肌。
むしろ、独学で学院に入れるだけあってその性質はココア以上かもしれない。
メンタルの弱さがちょっと目立つけど。
そして、今は……
「うわっ、あぶっ、殺す気じゃないの今の!?」
「テーレさん。どうやらルビアさんは着々と侵食されつつあるようですね。彼女自身の持つ感染対策が『狂気の癒し手』という精神系の能力によるものなら、冷静さを失うことでその防衛力が低下するのも当然ですか」
「冷静な観察どうも!」
そのメンタルの弱さが悪い形で克服されつつある。
理性を持った感染者どころか、感染拡大のために能力を振るう天才とか、運が悪いとかそういう次元の話じゃなくなる。
最悪、ココアの娘だとしても……
「テーレさん、今日の分の魔法はまだ残っていますよね?」
「そうだけど! それを使ったら……」
「戦闘後の思念発信の方はこちらで何とかします。その分、魔法はルビアさんを無事に無力化するか、戦闘後の治療のために使ってくださると助かります」
……こいつが、まるっきりお荷物状態で私に守られてるのは、私に早まったことをさせないためか。
魔法が一つ使えるなら、確かにある程度の余裕はできる。
それに……
「一応、こうしている間にどうするべきかは見当を付けました。上手く行けば、ルビアさんをあの感染馬から引き剥がせます。女神ディーレの加護があればの話ではありますがね」
こいつはこれだから。
そこまで言うんなら、やってやる。
ここまで来たんだから、完全勝利を掴んでやるわ。
side 狂信者
私は本当に、この世界に来てから幸運に恵まれていると思います。
特に、人との出会いに恵まれている。
『馬は、結構臆病なんだよ。軍馬が特別高いのは、大きな音とかに怯んで興奮したり逃げたりしないように訓練されてるから。馬の世話をするときとかも、いきなりびっくりさないようにしないと怪我をする』
コインズの街で、アーク嬢に馬の世話や乗り方を教えてもらっていてよかった。
あの時は移動の短縮や逃走時のための備えとして教わっていたのですが、知恵とは身を助けるものです。
「人馬一体とは言うものの……そのお馬さんは、決して『軍馬』ではないのでしょう!」
私が大きな声で呼びかけると、ルビアさんがこちらを向き目が合いました。
馬は目が横向きに付いていて距離感を掴むのに向いていない。その代わり、ルビアさんの目は常に攻撃対象であるこちらを捕捉している。ならば、こうすればどうでしょう。
「『閃光杖』」
私の合図と共に目を隠すテーレさん。私の中のライリーさんも既に心の奥深くに退避しているので問題ありません。
しかし、私は目を隠さず、ルビアさんもテーレさんではなく私に目を向けていてそれに気付かない。
故に……私が懐から出していた使い切りのマジックアイテムは、その効果を遺憾なく発揮する。
護身用にとコインズの街でテーレさんから持たされたものですが、その効果はただ単純に『強い閃光を放つ』という即席閃光弾のような杖は自らを破裂させるように強力な幻の光を放ちます。
「きゃっ!?」
「ブルァア!」
幻炎と同じく、この閃光は『浄化の光』を調節した幻の光。無生物を貫通するような、ただ『とても眩しい』という錯覚を伝播させます。
故に失明するようなことはありませんが、一時的に光に慣れようとした身体が視界の明度を調節しようとして目の前が真っ黒になります。
ルビアさんの動かすユニットは馬とスライム、そしてルビアさん自身の肉体を合わせて五つ。しかし、スライムユニットには目はありません。
人間が広い馬の視界を認識しようとしてもおそらく困難。となれば、連携の要はルビアさんの視覚情報です。
ルビアさんが『閃光杖』の光を視界にもろに受けたということは、感染馬の広い視界いっぱいに同じ閃光が満ちたのと同じこと。
当然、『びっくり』します。
「コバル! まって、落ち着いて……!」
ルビアさんも今は何も見えない状態です。
私もルビアさんが目を閉じないように目を合わせていたので視界は真っ暗ですがね。
「【万物鑑定】」
まあ、事物を色わけして識別できれば問題ないでしょう。
これで、視界回復までの僅かな時間だけですが、こちらに余裕ができます。
といっても、ルビアさんに攻撃しようものなら触覚で感知されて意味がなくなりますが……
「とりあえず、【赤熱石】」
スライムユニットを凍結させて無力化。
それで位置がバレても困るので身体強化ですぐに移動です。
さて、あとは……と。
「魔本『供給福音』適用」
テーレさんとの共同作業です。
さて、私も配置につかなくては。
「【さあ 思考実験を始めましょう】……【神を試してはならない】」
「【沈め 歪め 底へ 其処へ】……【流砂】」
side ルビア
スライムが凍結されたのは感知した。
視界が戻らない状態でいつ攻撃が来るかと、防御に意識を集中した……そのせいで、反応が遅れた!
「うっ、下に動いて……いや、コバルが床に沈んでる!」
これは……コバルの脚の感覚でわかる。
床が半分液化して、どんどんコバルの脚を呑み込んでいる。このまま沈み続けたら、魔法を解除されたときにコバルが動けなくなる!
けど、今脱出するには周りの床が柔らかすぎて手応えがない!
「ルビア、あんたは村の中で乗り回すくらいはできるみたいだけど、さすがに馬で旅をしたことはないでしょ。地形に合わせた動かし方もわからない。泥濘んだ泥や沼地、低い段差の溝なんかは馬の天敵よ」
声のした方に目を向ける。
少しずつ、視界が戻ってきた。まだボンヤリとしか見えないけど、テーレさんが私を見て……見下ろしている。
どんどん沈んでいる。
コバルの足下だけじゃない、すり鉢状に大きな範囲で床全体を沈めて、私の脱出を防いでいる。
「本当に人馬一体まで極めた騎士ならそこまで沈む前に反応して、目が見えなくてもその場を離れてるわ。ルビア、あんたは思ったより戦えた。それは認める。けど、本職は冒険者でも戦士でも兵士でもない。動きの不利を馬で補うのをやめたら、いくらなんでも諦めるしかないでしょ」
実戦経験の差。
テーレさんは既に、私自身の力だけじゃ勝ち目がないことを見抜いている。『狂気の癒し手』で触れれば勝てるとしても、私じゃ触らせてもらうことすらできない。
魔法一手で私の最大の武器を抑え込み、私が降伏するしかない状況を作り出した。
「諦める……なんて……できるわけ、ないでしょ!」
嫌だ!
まだ、負けてない!
まだ……もっとこの子たちを、たくさんの人に、認めてもらって……もっといっぱい、増やさなきゃ……
「ハァァアアアア!」
コバルに思念を送る。
コバルの身体はもはや私の一部のようなもの。無理矢理にでもテーレさんの魔法を相殺して、這い上がる。
テーレさんみたいに、大きな範囲を操る必要はない。足下だけ、走るのに必要な足場だけで十分!
テーレさんを倒せばもう邪魔者は……
「……アレ、狂信者サン、は?」
後はテーレさん一人で勝てるから、安全なところまで下がってる?
いや、それ以前に……どうして、私は今の今まで、狂信者さんが『いない』ことに疑問を持たなかったの?
どうしてテーレさんは……逃げようともしないの?
( 言いましたよね 『どのようなアプローチでも受けて立つ』 と )
ゴッ……という、鈍い音が聞こえた気がした。
激しい衝撃がコバルの上の私を襲って、私は空中に投げだされた。
それに気付いたのは、完全に身体が宙に浮いた後だった。
( もしかしたら あなたなら 思念で聞こえているかもしれませんが 記憶認識理解することはできないでしょう )
何が起きたの?
何が起きているの?
コバルが……何か、見えない何かに、ぶつかった?
( ええ 私は言いました 受けて立つと ですから 怒ってはいけないと わかっていますが )
コバルが……沈んでいく?
まるで、何か巨大な石にでも押し込まれるように。
( 答えは 『再提出』ですよ 勝手に私やテーレさんの欠点を埋めようとか 冗談でもやめてください )
手綱はまだ、握っている。
まだ、戦える!
「コバル! コバル! 全力を……」
まだ戦える!
コバルの力をゼットで強化して、限界まで、限界を超えて膂力を上げれば超えられる!
私と、この研究の、この子の力なら……
( それは無謀ですよ 【神を試してはならない】 この魔法は 『絶対に何者にも持ち上げられない』 そういう魔法なのですから )
何が起こったかわからなかった。
けれど、肉と骨が砕ける音がした。
そして……
「下ばっかり見て、私のこと忘れてんじゃないわよ」
息がかかるほど近くから、テーレさんの声が聞こえた。
side テーレ
マスターは、あいつは嘘をつかない。
だから、信じていなかったわけじゃないけど、これは想像以上だ。
『ルビアさん自身の戦闘能力はそれほど高くない。であるならば、落馬させてしまえば捕縛は難しくないでしょう。では、どうやって落馬させるかですが……シンプルに行きましょう。私が正面からあの感染馬の突進を受け止めるので、衝撃でルビアさんが落馬する瞬間を狙ってもらいます』
最初、正気を疑った。
いや、そもそもこいつに正気を求めるのがおかしいのかもしれないけど。
身体強化が得意な馬がさらに強化されて突進してくるのを止めるというのだから、そんなもの私でも魔法強化なしでは不可能だ。
でも、こいつはそれを平然と『できる』と宣った。
『私の魔法【神を試してはならない】は【石化】の変化技ですが、特性として相手が「下から上へ移動しようとする物体」であれば、それがどのような怪力であろうが、どんな剛速球だろうが1ミリたりとも押し上げられることなく受け止め、押し戻すことができます。そして、発動中は他者からの認識が不可能になります。なので、どうにかしてルビアさんの位置から見てこちらが「上」になる位置取りでテーレさんが挑発を行い、私が目の前に待機していれば感染馬は全く予期しないタイミングで私という完全剛体に衝突することになるでしょう。その衝撃なら、確実に落馬します』
条件を付けることで、相手のパワーを無視して力圧しで勝てる魔法。
強力だ。どうやったらそんな魔法が一朝一夕で作れるのか、というかいつの間にそんな凝った魔法を作る時間を確保していたのかわからないけど、こいつは嘘は言わない。
できるというのなら本気でできると思ってやるんだろうし、魔法というのはできると思っていればできてしまうことも多いものだ。
ここで『できるかどうか』を心配するのはむしろ危ない。
心配をするのなら、他の部分だ。
『わかったわ。あんたは馬を止める。私は、あんたの真後ろからルビアを煽って怒らせればいい。簡単な仕事ね。でも、一つ聞いておきたいんだけど』
『なんでしょう?』
『その口ぶりからすると、「透明になる」んじゃなくて「認識できなくなる」ってだけなのよね。つまり、その後ろに隠れたら私はあっちから見えないわけだから、無意識に回り込まれて失敗するかもしれない気がするんだけど……どうやって、真正面から受け止めるつもり? 【石化】の変化技なら一度発動したら動けなさそうだし』
『解決策は簡単です。私がテーレさんを肩車した状態で魔法を発動すればいい、それだけです』
『……へ?』
『私の姿が認識できなれば、自然とテーレさんの状態も認識補正してくれますよ。そうすれば、自然と「上」へ向かおうとする意識も強くなって止めやすくなるはずです』
互いに同じ高さの場所で同じことをすれば、認識されない物体の上に乗っている私は『何故だかわからないけれど空中に浮遊している』と認識されるかもしれない。
けれど、最初から高低差を意識させる状況なら、私の目線が馬に乗ったルビアよりも高かったとしてもそれを『自分がそれだけ低い位置にいるから』だと錯覚する。
さすがに、準備もなしに数秒で馬が完全に沈むほどの範囲は流体化できない。
だから、その錯覚と魔法の併用で『流砂』が異様に深いように誤認させて、力を『上』に向けさせた。
結果、私にも自分の目線から大まかな場所しかわからないけど、マスターは僅かに真後ろにズレながらも、上方向には全く動くことなく、感染馬の突進を受けきった。
そして、ルビアは今、マスターの肩に乗る私の目の前にいる。
当の本人は錯覚のせいで私が馬上の自分と同じ高さにいることの理解が追いついていないみたいだけど。
「本物の馬を相手に騎馬戦だなんて、ホントに何考えてるんだかね!」
片や強化された感染馬に乗った非戦闘員のルビア。
片やただの人間に肩車された戦闘員の私。
運動会の騎馬戦という競技であれば一番分の悪かった土台部分の激突で、こいつは見事打ち勝って見せた。
なら、ここで私がチャンスを逃してどうするっての!
「くっ! 『ゼット・スライム』!」
ルビアは最後に温存していたらしい容器を取り出して蓋を開ける。
飛び出してくる赤黒の鞭。おそらくは、ルビア自身の血液を使って培養した即席の生体法具。アンナとコットンみたいに長い時間をかけて馴らしていないのを、能力で同調率を底上げして身体の一部のように操ってる。
マスターがいなければ私には防げない、そう思ったのかもしれないけど……
「【失敗率証明】。才能とやる気だけでどうにかなるほど、戦闘は甘くないのよ」
押し返された感染馬が仰け反ったのか、いきなり強く引かれた手綱がルビアの手から抜け、その衝撃で態勢が大きく変わる。
いかに身体の一部として十全に使える法具だとしても、その動きの基準となる身体がいきなり想定と外れた動きをすれば、鞭は容易く空を切る。
そうなれば、今度はこちらの番だ。
刃を振るまでもない。短剣の柄で十分だ。
「反省しなさい!」
私が首の後ろへ加えた一撃は、ルビアを昏倒させるのに十分なものだった。
【神を試してはならない】
(万能の神様がいたとするならば『誰にも持ち上げられない石を創れるか』なんて疑問はそもそも『存在してはならない』……そんな魔法)




