第92話 『狂気の癒し手』
side 狂信者
はてさて、何やら三者三様に認識に食い違いがあったようなので、整理しましょう。
互いに睨み合いながら、相手からの質問に『えっ?』という反応を返すこの珍妙な状況も面白くはありますが、感染者の方々が集まってきてもよくありませんし。
「つまり、まず私は馬車から降りた直後にルビアさんが私との接触で取り落としてしまった木箱からサンプルが流出したことがこの事件の発端だと考えていましたが、それは勘違いであったと」
「あ、はい。狂信者さんのせいでないことは確実です」
ふむ、敵対状態にありながらちゃんと会話をしてくださる姿勢、大変助かります。
それでも敵対の意思は変わらないようですが。
「そして、テーレさんはライリーさんのスライムボディに含まれるカビが変異して病原体『ゼット』となったのではと懸念していたものの、それも勘違いであったと」
「べ、別に可能性が高いと思っただけで、確定はしてなかったし! 訊かれなかったから言わなかっただけだからね!」
そして、テーレさん。
ルビアさんと一緒に研究していて違和感などはなかったのかと疑問に思っていましたが、テーレさんはテーレさんで敢えて事態の根本的な原因に目を瞑っていたご様子。
まあ、確定しない限りは私に訊かれたとしても『わからない』が嘘になりませんからね。
ライリーさんやライリーさんを持ち込んだ私に責任追及が行われないようにという配慮だったのでしょう。
して、それらの誤解を解いた上でまとめると……
「そして、真相としては『ゼット』はルビアさんがこっそり持ち込んだサンプルが流出、さらに想定外の進化を遂げたものであり、やはり悪意あってのテロ行為ではなかったと。これは私の推測でしかありませんが、そのサンプルは『研究施設』の関係のものであり、実験に違法な行程を含むため公にはできず、告白もできなかったと」
「…………はい」
「さらに先程の反応からすると、そうですね……私とテーレさんを『研究施設』の関係者を調べる調査員か何かだと思ったわけですか。まあ、確かに私の特殊な『鑑定』で偽金の特定を頼まれたことはありますが、あくまでそれは冒険者として受けた依頼の範疇なのですがね」
「…………………」
ルビアさん、冷や汗ダラダラですね。
まあ、さもありなんですか。
黙っていれば『珍しい品種のサンプルがいきなり変異して事故が起きただけ』で済んだものを、過剰反応して秘密組織の名前まで出してしまったわけですし。
というか、愛馬を呼び出して臨戦態勢とか、準備はいいのにアドリブに弱いんですかねルビアさん。
その上でちゃんと話し合いに応じてしまうという辺りが悪役になりきれていない感じがして好感が持てますが。
「まあ、いいでしょう。自壊命令を発するかはともかく、ルビアさんも私たちも互いに結界発生装置を独占するべき状況にあるわけです。ルビアさんが装置を使えば、感染者全てを操って私たちを取り押さえ、事態をもみ消せるわけですし。こちらは逆に感染者を無力化、そして『ゼット』の制御権を握ってあなたの研究成果を差し押さえることができるわけです」
ならば戦いましょう。
テーレさんに改造された結界発生装置はこの状況を終わらせ、村の中において圧倒的戦力となる感染者の皆さんを掌握することのできる最終兵器。
口で何と言った所で、互いの最終目的が異なっている以上は互いに相手に渡す気にはならないでしょう。
「……わ、私を見逃してくれるなら、記憶を少し消すだけで他は何もしません。私は研究成果と『研究施設』の秘密が守られればそれだけで……」
「悪いけど、それはできないわよ、ルビア。『ゼット』はあなたに扱いきれる代物じゃない。今回はこの隔離された村の中でよかったけど、これが街の中だったら本当に収拾がつかなくなる。この研究を続けさせるわけにはいかない」
テーレさんの表情は真剣そのもの。
責任……なんですかね。古い友人であるココアさんの娘さんが非行に走ろうとしているのを止めようとする覚悟ですか。
まあ、私も近い意見ではあります。『ゼット』はまだ、この世界に放たれるには早い代物です。
それに、実は少々ココアさんに頼まれごとがありまして……
「ルビアさん。残念ながら記憶を消すことを許すわけにはいきません。というか、私はあなたに触れられないように努力する義務があります」
「触れられないように努力する義務……? なんですか、その遠回しな言い方は! やっぱり私の手になんか触られたくないならハッキリと……」
「知っていますよ。ルビアさんの手が、『癒し手』の適性が高すぎるために無意識に能力を発動してしまうことも、それを防ぐために手袋をしていることも。ココアさんからは、『うっかりでもあの子があなたの心に触れてしまうと後悔することになるかもしれない』と、あなたの肌に触らないように言われています。負傷時などに触れないと支障を来すので絶対ではなく努力義務にしてもらいましたが、約束は約束です」
「お母さん……」
それと……おそらくですが、ココアさんは事件の原因がルビアさんだと察している気がします。あの時の『お願い』というのは、そういうことでしょう。
ならば、ルビアさんが嫌がっていても、止めなければなりません。最大限の努力で。
ルビアさんはテーレさんと私の両方から提案を拒絶されたせいか、肩を震わせます。しかし、それでも涙を堪え……
「……無理矢理にでも、嫌がられても、否定されても、私はこの研究を守ります! これは、この村のみんなに、世界に必要な研究だから!」
手綱を引き、彼女の愛馬を暴れさせます。
おそらくは、ゼットの因子により強化された馬。
馬が本来得意とする『身体強化』の魔法と『自己保存』の魔法が、ロックさんの赤黒の刃と同様に合成魔法として成立した感染馬。
テーレさんに身体を預け回避すると、私たちがいた場所の床が粉砕されていました。
「知識としては知っていましたが、騎馬とは兵器なのですねえ。さすが、冒険者の死因上位に入る蹄の一撃です」
「言ってる場合か!」
感染馬は回避したテーレさんと私を追って、小屋を破壊しながら蹴りを乱発してきます。
その上のルビアさんは鞍に固定されているのか振り落とされる気配はありません。しかし……冷静さを欠き始めているように見えます。
「見たでしょ! 歩く彼ら、走る彼らを! 自分じゃ立てない人も、走れない人も、たくさんいるのに! また歩きたい、また走りたい! それを叶えて何が悪いんですか!」
それはきっと……彼女が長く抱え込んでいた感情の堰が切れたのでしょうね。そして、それが感染馬にも伝播している。
滅茶苦茶で乱暴ですが、狭い小屋ということもあって私を抱えるテーレさんが反撃できるほどの隙はありません。
「今はまだ未完成なだけなんです! これからもっと改良すれば、欠けた知性も埋められる! 話せなくなった人が話せるように! 忘れていく人が忘れないように! 見えなくなった人が見えるようになるんです! 『研究施設』が続けば、あの人がいれば、治せない病気なんてなくなるはずなんです!」
私を抱えて回避に専念してくださるテーレさんには悪いのですが、その間にルビアさんをじっくり観察させていただいていると……赤黒の手綱を握る手から、血管が段々と黒くなりつつあるように見えます。
「みんな、優しくて、本当はすごい人たちで、でも少し欠けてるだけなんですから! 私がそれを埋めるんです! 狂信者さん、テーレさん、あなたたちだって!」
ルビアさん自身は、自分の変化に気付いているようには見えません。
つまり、それは彼女の意図したものではないということ。
利用しているはずが、取り込まれつつある……というところですかね。
「私の手は、『癒し手』の称号は、あの人の力で変わったんです。止められないのは同じだけど……前よりも、もっともっと強くなれたんです。私は、より能力のある人間になれた……だから、その分だけ世界の発展に貢献しなきゃいけない。『本当に能力のある者が世界の舵を取らなければならない』……それが私たちの理念だから」
ルビアさんの腰のポーチから、マグカップほどの大きさの容器が一つ床に落とされました。
陶器の容器は落下の衝撃で割れましたが……中から、何かが高速でこちらへ飛来します。
「っ、【赤熱石】!」
咄嗟に石化した腕で止めると、それは凍り付いて砕け散りました。それも、純粋な液体ではなく、ゼリー状のものが凍って砕けたかのような割れ方。
この反応はつまり……
「『狂気の癒し手』……今の私は、一度触れて調律すれば、離れていても心を通わせることができます」
一つ、二つ、三つ。
ルビアさんが追加で落とした容器から、それぞれスライム状のもの……おそらく、彼女が実験中に確保し、マーキングしたゼットのサンプルをライリーさんと同じように培地に繁殖させ、独立して動かせるようにしたものが現れました。
「さあ、怖がらずこの子たちを体内に入れてください。痛いことなんて何もありません。苦しくなんてありません。私が調節して、あなたたちの欠けた部分を埋めてあげます。その子たちに思念を補わせて、欠点を矯正してあげます。もう、差別なんてされなくていい……あなたたちを立派な人間にしてあげますから」
side ココア・ショコラティエ
待つ時間というのは、長く感じるものね。
ましてや、それが自分達の命を託した決戦の結果を待っているというのなら、尚更のこと。
「お姉ちゃんたち、大丈夫かな? 作戦通りならそろそろのはずだけど」
ティアが不安になるのも無理はないわ。
けれど、問いかけられても私もわからない。
できることは、信じることだけ。
「ほら、治療院の次期院長がそんな顔しちゃダメでしょ。いつも言ってるでしょうに、私たちの不安はみんなを不安にしてしまうのよ」
「…………お姉ちゃんが次期院長だったら、私があっちだったのにね。でも……お姉ちゃんの方がすごいんだから、やっぱりお姉ちゃんがやってたのかな?」
ティアには悪いけど、否定することはできない。
ルビアは急なことに弱い部分はあるけど、本当に才能のある私の自慢の娘だから。
でも……
「ティア。確かにルビアはいろんな才能があるわ。でもね……治療院の『癒し手』の才能は、あなたの方が上なのよ」
ルビアは称号としての『癒し手』の適性もティアより高い。
けれど、私はルビアに治療院を継がせないことを決めた。それは、ルビアの才能をこの田舎の村で終わらせるのがもったいないと思ったのも確かにあるけど、ルビア自身の性格が治療院の『癒し手』に向いていないと考えたのもあった。
ルビアの『癒し手』としての能力は、強力すぎた。
私やティアが、歪んだ心を軽く撫でて少しずつ引っかかりを取り除き、形を整えていく程度のものなのに対して、ルビアはその歪みを強引に戻す……いえ、反対側に曲げることで矯正することができてしまう。
それはつまり、勝手に相手の性格を変えてしまえるということ。ルビアの考える『正しい形』を強制してしまえるということ。
私は、ルビアが小さいとき、世話を見ていた仔馬がどうしても大人しくならないのを困って……その性格を扱いやすく『治して』しまった時にそれを悟って、それからはルビアを見るときに本質的な危機感を覚えるようになった。
心の病を治療することと人格を強制することに、本質的な違いはないのかもしれない。
実際、私たちには手の施しようのない患者さんでもルビアなら『治す』ことができるかもしれない。
治すか、見守るか、自分で努力するように促すか、それは能力と経験から線引きするべき問題だ。
きっと、ルビアが治療院の『癒し手』になれば『治せる』範囲はずっと広がる。
けれど、ルビアはその線引きをするにはあまりに理想を追いすぎる。
私が能力を無闇に使わないようにと強く言いすぎたせいもあるかもしれないけど、ルビアは『個性』をどこか『悪いもの』として捉えるようになってしまった。
勉強ができる、速く走れるというようなことなら優れていると認められるけど、何かができない、同じじゃないということを『欠点』だと思うようになってしまった。
これはきっと、私が大事なことを教えるときに失敗してしまったのだろう。
ルビアには大きな街へ出て、いろんな人間がいるのを見て知って欲しかった。だから、あの子に学院の試験を受けさせてみたのだけど……そう、思い通りにはならなかったかもしれない。
狂信者さんとの関係を見て、さすがに一目惚れした相手を自分が好きになるように矯正するような子にはなってなかったのは安心したけど、まだ引っ込み思案のままだった。
学院でもあの調子なら、きっと苦労しているだろう。
もしも、今のあの子が何か間違ってしまっているのなら……
「……ティア、この際だから、話してしまうことにするわ。テーレと私の話、私たち一族と一人の天使の話を」
私たちは、結果がどうなろうとあなたたちを恨まない。
だけど、叶うことなら……古馴染みのよしみで、あの子を止めてあげて欲しいわ。私たちの天使様。




