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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第91話 side ルビア

side ルビア


 魔法知性学は、人気のない学問だ。

 そもそものテーマが『知性とは何かの探求』というわかりにくいものであるのも理由の一つだけど、私の考える大きな要因はもう一つある。それは、多くの人間の持つ無理解と差別だ。


 魔法知性学は今の魔法で治せない頭部や精神干渉の後遺症、言い換えれば精神や人格の損傷を治すための研究としても知られている。

 それらの精神的変化は単純に傷を治癒しただけでは元に戻らない。それが何故かというのは未だ謎が多い部分だ。

 重要な研究だ。

 けれど……


『知恵遅れやイカレ野郎の頭を治すための研究なんて無駄だ』

『そんなことに研究費を使うくらいならもっと役立つことに……』

『魔法知性学者は人の頭を弄る研究をしてるって噂だ』


 貴族は基本的に精神を病んだ人間は死んだものとして扱う。

 生きていても身内の恥だと言って。


 中央の学院ともなれば、いるのはほとんどが幼少から高度な教育を受けた良い家の貴族ばかり。

 私みたいにたまたま本が近くにあって独学で勉強できた地方出身者なんてまずいない。

 ましてや、魔法知性学の研究成果が本当に必要とされている人たちの実態をよく知る治療院の関係者なんて他にいないはずだ。


 だから、私がやるべきだと思った。

 私の『癒し手』の称号はその研究のためにあるとすら思った。

 だけど……理解者のいない学院での孤独な日々は、私の心を磨り減らしていた。


 研究以外にも、私自身への差別もあった。

 地方出身者、治療院関係者、そして手で触れただけで心に作用してしまう『癒し手』の称号。この手は、嘘だらけ隠し事だらけ作り笑いばかりの貴族社会から忌避され続けた。


 そんな中……私は、あの人に出会った。


『噂は聞いたよ。コネも寄付金もなく、独学であの試験を通るなんてすごいじゃないか。うちでは家柄とか関係なく才能のある人間を集めて特別な研究を進めているんだけど……興味はないか?』


 それが、私が『研究施設』に関わったきっかけだ。

 学院の中では、貴族の派閥や権威争いのために研究の妨害や成果の横取りは日常茶飯事。


 私みたいな地方出身者なんかはたとえ才能があってもろくに評価されず、才能を生かせないまま利用されて苦しい思いをするのがほとんどだ。

 『研究施設』はそんな悪習を離れて、本当に才能を持つ人がその才能に見合った援助を受けて研究に没頭できる秘密の組織(サークル)だった。


 その統括であるあの人は、彼自身が才能を持っていると同時に、他人の才能を見抜き、見定めることにおいて天才だった。

 そして、彼は……神から力を与えられた、『転生者』と呼ばれる存在だった。


 彼は、私に力をくれた。

 そして、私が『研究施設』のためにその力を使うのと同じように、彼自身の力を私の研究のために貸してくれた。

 私の能力は彼にとってもかなり有用なものだったせいもあってか、私たちは次第に打ち解けて、共同研究のようなこともするようになった。

 

 そして……


『この世界に遺伝子改造の技術や概念はまだない。これを実用化するには自然発生した変異種として「偶然」を装って「発見」する必要がある。そして、第一発見者として堂々と研究を続けるには、ルビア自身がその役をやる必要がある。上手くやれよ?』


 私とあの人の合作と言える、魔本のカビを元に造られたそれは、革新的なものだった。


 成功すれば世界を変えるような発明。だけど、正直にこれを発表してもおそらく受け入れられることはないというような、早すぎる変化の種。


 種を芽吹かせるには時と場所が必要だった。

 私がいて、何かを偶然に見つけてもおかしくないという背景と、学院から離れていて妨害を受けない場所が必要だった。


 そのために、私は帰省を利用することにした。私が学院から大きく離れても不自然ではないし、場所に求めるべき条件は揃っていた。

 そして、何よりも記念すべき変化の起点は、故郷の村から始めようと思ったのだ。


『変なミスでもしなければ疑われることはまずないと思うが……用心しておけ。昨日、別の部門で造ってた偽金(ダミーコイン)が商会に感知された。可能性は低いが、どこかの組織がオレたちを探り始めていないとも言えないからな』


 私は、当然だと頷いた。

 私たちは仮にも秘密組織。

 だからこそ、ちょっと外部に言えないような実験や研究も自由にできる。

 それが公に存在を認知されるなんて、それもまさか私の変なミスで起きるなんて、あってはならないことなんだから!







 帰省二日目、朝。

 目覚めた私は、頭を抱えることになった。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 反応見失った! なんで完全に熟睡しちゃったの私のバカ!)


 計画自体は単純だった。

 乗合馬車の中で、手頃な乗客に改造したカビの胞子を摂取させて潜伏状態で村に持ち込んで、村の患者に感染させる。カビのサンプルは既に思念波の波長を私の手と合うように調節してあるから、勝手に感染が広がる危険はない。


 感染させる患者は歩行能力に支障を来した人物。従来の方法、前例的には『絶対に歩けるようにはならない』とされている患者をサンプルの補助によって『歩かせる』ことで、その原因を究明するという形で新種として改造カビの存在を発見し、公表する予定だった。


 なのに、想定外の事態が起きた。

 眠っていても最低限の制御は維持できるはずだったのに、久しぶりの家のベッドのせいか夕食で少しだけ飲んだお酒のせいかわからないけど、死んだように深く眠ってしまっていた。

 それも、まるで薬でも盛られたみたいにぐっすりと。


 しかも、それによって制御が外れている内にカビの思念波の波長が変わったらしく、保菌者が今どこにいるかすらわからない。


 これはマズい。

 あれはまだ私の制御なしに安全に運用できる代物じゃない。しかも、思念波に変化があったってことは私の知らない活動パターンが生まれたということ。


 あれは、人を歩かせるようなアシストだけじゃなくて、十分な出力を得たら人体を自発的に動かすようなこともできる。

 私の能力で増殖を抑えてたからそんな心配はなかったけど、もしも勝手に繁殖を始めたら……


「い、急いで村を封鎖して探さないと……いや、いけない。私だけで見つけなきゃ!」


 もしもここで、あの研究の危険性だけが世に知れてしまえば、医療関係の利用法の研究は二度と行われない。

 ここは山間の小さな村だ。『研究施設』への救援要請もしばらくは無理。もちろん、お母さんや狂信者さんたちに知られてもダメだ。


 実験中止は仕方ないとしても、サンプルだけは回収しないといけない。

 ことが大事になれば、あの人の言っていた『研究施設』を探っている組織にも目を付けられる。あの人や他の研究員にも迷惑がかかる。


「相手はまだ歩くことにも慣れてない人間一人! 見つけられれば、私でも取り押さえるくらい何とかなる!」







 想定外の事態、予想以上の進化だった。

 まさか……


「体内での増殖に満足せず、他の人間まで襲って繁殖し始めるなんて!」


 しかも個体数が増えたことで思念も強力になって私が触っても止められないくらいになってしまっている。

 波長を調節したけど、今の状態じゃ干渉したら逆に乗っ取られかねない。


「ほんと……どうしようかな……」


 なんとか、結界の設定を弄って事態が外へ拡大しないようにはした。けど、音信不通で『研究施設』がここの状況を察するとしてもかなり時間がかかる。かといって、もはや私一人でどうにかできる状態ではない。

 為す術なく逃げて、この土蔵に籠城したはいいけど、無事なのはここにいるごく一部の人間だけ。私には残りの感染者全てをどうにかするような力はない。


 いっそのこと、ことの原因が私だと打ち明けて楽になりたいと思ってしまう部分もあるけど、それで打開策を提示できるわけもない。私が袋叩きにされて終わりだ。

 今は平静を装ってるであろう狂信者さんからもきっと……


「【万物鑑定】」


 ……ん?

 狂信者さん、何をやってるんだろう。

 いきなりこんな事態に巻き込まれて、悪態の一つもあってもいいはずなのに。


「狂信者さん、その魔法は……」


「おっと、ルビアさん。少し元気になりましたか。これは、情報収集の一環ですよ」


「『鑑定』の魔法で、ですか?」


「はい。一般的な【鑑定】では物体の真贋がわかるそうですが、私のこれは少し特殊なので他の情報が見えるのです。『どういった想いで創られたものか』『成り立ちとして何と近いものなのか』というように」


「それは……すごいんですね」


「いいえ、そんなことはありません。本来の真贋鑑定にはあまり使えませんしね……一応、ヒトの欲の積もり積もった金貨と、いくらでも増やせるからと作り手が価値を感じず、欲の匂いもあまりしない偽金くらいは区別できますが」


「…………偽金?」


「いえいえ、それはこちらの話。お気になさらずに」


 偽金……その偽金を区別するための特別な『鑑定』の魔法?

 それって、まさか……


「さあ、こんな事態はさっさと解決してしまいましょう。私たちにはまだやらねばならない使命があるのですから」


 狂信者さんとテーレさん、お母さんが知り合いだって言ってて、でもどんな知り合いか言わないから不思議に思ってたけど……もしかして、身元を言えないような立場の人。どこか、中央政府の特殊な部隊とか、組織の調査とかの人だったり?

 それだったら、こんな状況でも落ち着いて対処できるのにも納得ができるし。けど、それって……


「ふむ……情報を効率良く得るためにはなるべく無傷で拘束できる方法が合理的ですかね……」


 これ、事件の真相がバレたら私、狂信者さんに逮捕されてしまうかもしれない。







 そして、ロックさんの事件の後。

 培地の交換の時、念のためマーキングしておいた彼が結界の管理小屋に向かったのを感知した私は、彼が自暴自棄になって結界の発生装置を壊したりしないように彼の後を追った。


「コバル! 無事でよかった!」


 移動に使った馬のコバルは、私が母馬のお腹から取り上げた、生まれたときからの付き合いだ。


 彼の波長は、長くこの村を離れていても忘れることはなかった。

 心を通じ合って自分の身体の一部みたいに乗りこなせるし、村の中ならどこにいても思念波で呼び出せる。


 事件が起きたとき、隠れるように指示しておいてよかった。

 頭のいいコバルなら、感染者が多少走れるようになったところで捕まるようなことはないと信じていた。


 コバルに乗れば、彼が結界に変なことをする前に止められる。

 問題は、その時に私の姿を見られると話がややこしくなるかもしれないことだけど、私の手なら記憶を弄ることもできる。

 いや、それどこか波長を調節すれば感染直後なら……


「ロックさんには悪いけど、試させてもらおう」




 結果から言えば、ロックさんを使った『人体実験』は成功した。

 感染直後に繁殖の起点となるカビの放つ思念の波長を変えて、村全体のカビが共有している思念波のネットワークから分離させた。

 それによって、人体への行動強制力を抑えて主導権を奪われずに安全に感染する方法が見つかったのだ。


 怪我の功名と言うべきか、肉体の操作に慣れたカビの恩恵は私が当初想定していた『歩けない人間を歩かせる』どころか、『普通の人間を戦士並みに強化する』というところまで可能にした。

 まだ人格への影響は完全には抜けきらないから改良の余地はあるけど、これならこの事件を解決してもまだ研究の目はある。


 それに、解決の糸口も見えた。ロックさんのおかげだ。

 そのお礼というのもなんだけど、彼にも事件解決のために協力してもらおう。感染者が村の外に逃げてしまえば流石にどうしようもなくなる。


「ロックさん、あなたはこの小屋を守って、誰も近付かせないでください。私のことは忘れると思いますけど、その使命だけはしっかりと忘れないようにしてね」


 テーレさんに儀式で私の能力をブーストしてもらって、村全体に強化された思念を送る。

 大規模な儀式になるから準備に時間がかかるだろうけど、確実にこの事件を解決できる方法だ。説得は難しくないはずだ。


「これでもう大丈夫! 結界が解けて被験者が流出する心配もないし、波長を変えてネットワークから隔離したサンプルもコバルの中に確保したし! ここまで私が原因だってバレることもなかったし! 後は解決まで隠し通せば問題ないはず、うん!」





 問題ない、はずだった。

 ティアが、私がロックさんを門番として配置したばかりの結界の発生装置を使うという作戦を提示するまでは。


「え……それ、私知らないんだけど……」


 顔色が青くならないようにするのに必死だった。

 そんな使い方ができるって知ってたら、ロックさんにあんな指示しなかったし、それ以前にあの時点で私自身の手で全部収拾できてたけど……時既に遅し。


 わざわざ時間と手間のかかる儀式案に引き戻す口実も思いつかなかった私にできたことは、ティアの代わりに私が突入隊に立候補することだけだった。




 そして、真夜中。

 夜の内に一人で小屋へ行こうとした私は……


「私は……狂信者さんは、それでいいんだと思います。おかげで、私もティアも、きっとテーレさんも、ひたすらに解決のために頑張れたじゃないですか」


 狂信者さんに見つかって、仲良く夜空を見ることとなっていた。


 いや、なんでなの。

 すごくいい雰囲気になれたことは嬉しいけども。これじゃ、夜明けの作戦が大変なことになる。

 こうなったら、狂信者さんには悪いけど、さり気なく触って能力で眠ってもらうしか……


「あんたら、そろそろ眠りなさいっての! 寝不足で作戦失敗したら怒るわよ!」


 あーもうっ!

 どうして私はなんでも思い通りにいかないのよー!








(ルビア)「この新種を実家で発見したことにしよう!」

↑元凶その①


(ティア)「お姉さんが大胆に攻められるようにお酒に薬いれちゃお」

↑元凶その②


《地獄への道は善意に舗装されている》


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― 新着の感想 ―
この真相でロックさん発狂してるの可哀想すぎて笑う
[良い点] これぞ幸運の女神の力よ!勘違いしたままで上手く噛み合い上手く阻止できる
[良い点] なんて鮮やかな伏線回収だ! [一言] 1章の時よりも勘違い物としてのクオリティがめっちゃ進化してる
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