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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
三章:異常なる『正常者』

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第79話 ルビアと狂信者➁

side ルビア


 あの日、彼は語った。

 テーレさんにも語ったことのないという、自分の過去を。


『私は昔、自分は両親から愛されていると信じていました。両親は仲良く、兄弟はいませんでしたが、その分だけ大きな愛を受け取っている、そう思っていました


『子供は男女の真の愛の結晶。そう信じて疑わなかった頃です。ええ、実際そうなのでしょう。大抵の場合、生物として順当な活動をしているという証ですし。しかし、それは必ずしもイコールで繋がるわけではありません


『性同一性障害……という表現は嫌いなので、性別違和感としましょうか。ルビアさんなら知っているかもしれませんが、肉体と精神の性別が一致しない先天的な個性です。私の極めて近い位置に、それを持つ方が在りました。ええ、とても近くに。


『私の父が、女性的な内面を隠し続けて生きてきたということが発覚したのは私がそれなりに成長した後でした。育児というものが過ぎ、気が抜けたせいかもしれませんが。そのきっかけは伸ばした髪を切るか切らないかという、取るに足らない日常会話だったのですがね……発覚した事実を知った母は、父を激しく否定しました。私も、その場面に立ち会いました


『私はショックでした。父の内面が女性だったことが、ではありません。父は能力的にも人格的にも立派な人でしたし、女性であっても尊敬できる人物であったことには変わりありません。隠し事をして母と結ばれたことについても、父方の祖父は早逝していたので祖母を安心させたかったであろうというのは想像に難くありませんでしたし。


『私がショックを受けたのは、「その程度のこと」で父を否定した母親の精神性でした。


『その程度のことで否定される愛ならば、その程度のことで亀裂が入るのなら……私はなんの結晶なのでしょう。私の定義していた性愛や家族愛とは、なんだったのでしょう。


『それが本物だというのなら……「愛」というものは、時間が経とうと劣化しないものなのに。私の心は……一度でも愛しいと思ったものを、否定したことなどありません。たとえそれに対して新たに湧きだす感情が「嫌悪」になったとしても、一度感じた「愛おしい」という感情は消えないものです。


『私は自分の認識の誤りに気付き、「愛」の再定義を行いました。間違った定義のまま他人を「愛して」しまったら、その誰かには迷惑をかけてしまいますからね。しかし、「性愛」に関しては私自身に主観的経験がなかったものである故、未だに定義ができていないのです


『私はテーレさんを愛しています。しかし、私はテーレさんの性別が男性でもきっと変わらずに同じように愛しています。これはきっと、性愛ではないのでしょう。


『まあ、テーレさんからしても私を異性として愛するというのは無理な話でしょうし。テーレさんは私個人への感情以前に人間嫌いですから。


『それに、私自身も両親共に内面が男性ではないというのなら自身の内面が本当はどちらなのか自信がありませんしね。もしかしたら、性転換でもしてみれば案外すぐに馴染んでしまうのかもしれません。まあ、男性体の方が身体能力は上げやすいので特別なことでもない限り基本このままのつもりですが。


『この通り、私は一般的な恋愛関係を望む場合の相手としてはあまり相応しくありません。そして、私自身が現状でそのような関係性を持つ意欲を持ちません……子供を作ってまで同じような苦悩を与えるのは善い行いではないと思いますしね。いえ、流石にこれは正しく愛せる自信がないことの言い訳ですかね。しかし、そうだとしても私はそういった意味合いでの愛を持つことを、他ならぬ私自身に認めていないのです。


『ですので、かなり身勝手な物言いになってしまい、申し訳ありませんが……私は嘘が嫌いです。どんなに求められ、望まれたところで、ちゃんとした愛し方で応えているように偽ることはできません。ですので……欲しいのならば、是非とも奪ってみてください。テーレさんから、そして私自身から、私の心を』


 彼は最後に、こう付け加えた。


『それがあなたの幸福論であれば……私はどのようなアプローチであったとしても、私はそれを正面から受けて立つ所存ですので』







「奪う……この手で」


 いつしか、朝になっていた。

 空を登り始めた朝日に手を翳すと、手袋に透けた私の手が見えてくる。


 この手を使うのは、許されるのだろうか。

 彼は、私のこの手を理解した上で受けて立つと言ったのだろうか。

 それとも……


「おまたせー! 感染対策の準備できたよ! 全員、この白衣とマスク、それと手袋付けて! 絶対、素肌で他人に触ったりしないこと! あと、何かを飲んだりした食器は使い回ししないこと!」


 屋内から声がかかって、身体を起こす。

 配られてきたのは、上下セットの白衣……あのコットンというバロメッツの毛皮や羊毛から作られたらしい厚手の即席防護服。

 テーレさんも既に同じものを着ている。


 これを一晩で全員分用意したというのだから、彼女はこの状況でも諦めない狂信者さんのパートナーに相応しいのだろう。

 でも、ここからは私の仕事、私のアピールタイムだ。


「さあ、では行きましょうか。さっさと解決して何事もない笑い話に変えてしまいましょう」


 奪ってみせる……惚れ込ませる。

 この状況を乗り越えて、あるいは利用してでも。




 土蔵の中の空間は少し前と変わっていた。

 元々、赤ん坊を含めて九人も入るには狭い空間だけど、それを上手く仕切りで分けて、最低限の使い分けができるようになっていた。


 研究に必要なものが集められた研究室、リノさんと赤ん坊を寝かせるスペース、椅子代わりの箱や羊毛をシーツで包んだクッションが置かれていて身体を休められるスペース。

 限られた空間をできるだけストレスを感じずに使えるように工夫した痕跡が見て取れた。


 その中で、狂信者さんは他のことには目もくれずテーレさんの方へ歩を進めた。


「テーレさん、リノさんのお産に続き、感染対策までしていただきありがとうございます。私は作戦会議を始められますが、テーレさんの体力次第では……」


「問題ない。昨日一昨日で寝溜めできたから、仮眠が必要になったら言う。心配する暇があるなら外での観察結果を頂戴……どうせ、次に何するかも考えてあるんでしょ?」


「はい、まあ素案だけで細部の設計などはお願いするつもりだったのですが。あと、推測憶測にはなりますが病原体についての考察もいくつか入っていますので、参考程度に」


 互いの心配もそこそこに、この事態を嘆くこともなく示し合わせたように『次』の話を始める二人。

 もはや『不幸』の一つや二つ、文句を言うのも馬鹿らしいというかのように、二人でならどうにでもなるというかのように。


 あれが私の乗り越えるべき……


「ま、待ってください! 私も作戦会議に参加させてください!」




 作戦会議は音もある程度遮れる土蔵の奥で行われることになった。

 会議の参加者は私、狂信者さん、テーレさんの他にティアとアンナ。


 お母さんは体調が少し悪いらしくて、こちらの対策をティアに任せてリノさんの方へ行っている。

 リノさんもなんとか出産はできたけど、元々やつれてて体力が落ちてたせいか出産が終わって気の抜けた今が危険な状態らしい。


 正直に言ってアンナは会議についてこられるとは思えないけれど、コットンの使役と本人の能力で何ができるかの確認のためにここにいる。

 この白衣や土蔵での食糧問題へ対応といった物資面の頼りは『兵糧攻めが無意味になる』とまで言われたバロメッツに頼るしかないし、精神面が心配でも戦闘能力はある。


 その上で、まず出された議題が……


「極論を言えば、暴力で解決するだけなら簡単です。相手はそれほど個々の戦闘能力はありませんし、素早くもありません。コボルトさんの方が遥かに手強いでしょう。一対一なら私でも勝てる程度の相手です。数も高々百人そこらならテーレさんを中心に私とアンナさんが援護していれば『最も安易な方法での解決』は一日で終わります」


 そんな、身も蓋もないというか……問題発言というレベルのものではなかった。

 もちろん、発言者は狂信者さんだ。テーレさんはヤレヤレと首を横に振っている。


 この発言は仮定の話であったとしても、テーレさんに殺戮を強いる選択肢の話だというのに、それよりも『また変なこと言い出して』というような反応。

 これも一つの信頼の形なのだろうか。


「つまり、我々の手元にはこの事態を解決できる戦力があり、あとはその解決をどうやってより上手く、丸く収めるかです。では、それを踏まえた上で、問題となる点を挙げていきましょう」


 『どうやって解決するか』ではなく、『どれだけ上手く解決するか』を議論する。

 『解決できない可能性』なんて、議論する必要もないと。


「じゃあ……この馬鹿がまた馬鹿なことを言い出す前に、私が整理するわ。一応、表にまとめておいたから。アンナ以外は読めると思うけど……」


「ママ! 私もコットンも読めるよ!」


「……みんな読めると思うけど、一応説明するわね。まず、第一に相手が『謎の病気にかかっただけの人間であること』。治療法が後から見つかるかもしれないし、待っていれば自然治癒で治るものかもしれない。そうだった場合、安易な殺傷は後味の悪いことになるわ」


 私も、その解決法だけはやめてほしい。

 自然治癒は希望的観測だとしても、彼らは死んだわけじゃない。たとえ、言葉が通じない状態であっても彼らはこの村の住人だ。


「第二に、感染経路の不明さ。空気感染、液感染、接触感染。種類はあるけど、今まで確認されてるのは噛み付きによって血液に体液を送り込んで行う方法だけ。でも、それ以外の感染も否定できない。一応、水は蒸留してるし道具とかも粗方熱湯消毒した。けど、この設備じゃ完全な空気循環なんてできないから空気感染があり得るなら防げていないかもしれない。一応、通風口にはフィルターとルーンで対策をしてるけど、手許の素材でできる範囲。ことによっては、ここにいる私たちも潜伏期間なだけで既に感染済みの可能性もある。血液感染の危険もあるし、『暴力的な解決』は感染リスクを高める可能性もある」


 これは、医療知識を持つ者としての適切な思考。

 この土蔵の中に立て籠もっていれば安全だなんて保証はどこにもない。


「第三……最後に、そもそもこの事態の根本的原因が『未知』であること。今、私たちはこれを病気の一種と仮定して話してるけど、もしかしたら呪いの類かもしれない。もしかしたら、これからさらに感染者の『症状』が変化していくかもしれない。そういう可能性を考えると、一度上手く行った対策も次は悪手になるかもしれない。少なくとも、ここに籠もっているだけじゃわからないことよ」


 そう……問題は『未知』だ。

 知識は力であるというのは、逆に無知が人を無力にするということを意味している。

 この状況に、ひとまず安全が確保されているように見える現状に対して、リスクを負わなければ前には進めない。


 それができるか、それが重要な問題だ。

 けど……彼は、事も無げに身を乗り出した。


「はい、そこで考えてみた対策の第一案なのですが……とりあえず、『感染者』の皆さんを生け捕りにして無力化するというのはどうでしょう? 罠を張り、無傷で捕らえ、病原体のサンプルを得ることができれば三つの懸念の全てが解決できるかもしれません」







side ロック・ウェイトマン


 もうすぐだった。

 もうすぐ、こんな場所からは帰れるはずだった。


「クソ……何でだよ……」


 俺はここに『患者』として入れられたが、精神を病んでなんていない。

 俺の家は地方領主の家系で、こんな所にいる他の奴らとはそもそもの人間としての格が違う。

 だが、俺を産んだ母親は政治や駆け引きの才能がなかった。

 俺は、家の跡目争いのために事件をでっち上げられて、精神を病んでいるからという名目でここへ押し込められた。


 命を奪われなかっただけで温情と思え?

 政治的な理由でここに来たからと言って追い出しはしない?

 上から目線でどいつもこいつも……


「俺は、不幸だ……」


 もうすぐ、俺の乳母だった女から連絡が来るはずだった。

 直接家に戻ることはできなくても、ここから抜け出すことはできる。ろくに金すら使えないここを抜け出して、街へ行って、家の奴らから居場所を奪い返すための力を付ける。そのはずだった。

 なのに……それが、ある日突然これだ。


「どうして、俺がこんな目に……」


 今まで、長く耐えてきた。

 こんな精神異常者とその面倒を見ることしか能のないやつらの中で、抜け出す機会を窺って、ずっと聞き分けのいい村の一員を装ってきた。

 それが……


「頭がおかしいのは……やつらの方だ」


 どうしてこの状況で、『解決できる』なんて言える?

 どうしてこの不幸を前に希望なんて持てる?


 今、会議なんてしていられるあいつらは異常者だ。

 現実を正しく認識できていない異常者だ。希望があると妄言を吐く異常者だ。俺を屋上から突き落とそうとした異常者だ。自分がまともだと思い込んでいる異常者だ。この状況で絶望しない異常者だ。


 俺は……正常なんだ。

 こんな状況なら、膝を抱えて動けなくなる、これが普通なんだ。

 そうだ、そうに決まってる。

 だから……


「やつらが、悪いんだ」


 やつらよりずっと優れているはずの俺が、こんな惨めな気分になるのも……全部、やつらが悪いんだ。


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