第78話 ルビアと狂信者①
side ルビア
私の父親は冒険者だった。
私が幼い頃、妹のティアが物心つく前に死んでしまったけれど、それなりに腕のいい冒険者で、偉業の称号を二つ目まで持っていた。
偉業の称号は一つあればベテラン冒険者、二つあれば公的な大規模作戦で小隊のパーティーリーダーを任せられることもあるくらいに重要なものだ。
才能はあった。人柄も悪くなかった。
そんな父の冒険者としての欠点を敢えて挙げるなら、情に厚すぎたということらしい。
そもそもお母さんとの出会いのきっかけが、仲間の死で受けた精神的なダメージの治療だ。
冒険者とは死にやすい仕事、そして同僚を失いやすい仕事だ。心を病むとまでは行かなかったけれど、喪失を重ねることで父は相当参ってしまったらしい。
そんな父と、『癒し手』である母から特によく教え込まれたことが『動揺や混乱は危険だ』ということ。
冒険者が土壇場で冷静さを欠けば死亡率は跳ね上がるし、『癒し手』が手元を狂わせれば相手の心に傷を付けてしまう。どちらも場合によっては取り返しの付かない事態に繋がる。
実際に……というのもなんだけど、父が冒険者としての仕事で命を落としたのも、多くの仲間が死んだ大規模作戦の撤退中だったらしい。
情に厚すぎ、仲間を見捨てて生きることに耐えられなかった父は自ら殿を務めたと。そういう意味でも、心の強さというのは生存力に繋がるのだろう。
それを考えれば、この状況で平静を保てる狂信者さんはきっと冒険者として正しい在り方を見せていることになるのだろう。
「内部の医療担当者との話し合いが完了しました! 感染対策のための準備に時間がかかるため、屋上組の我々は今日だけこのまま屋外待機となります! 食糧や毛布は土蔵内部のものが支給されますので、他にも必要なものがあればご相談を!」
きっと室外待機の理由には『発症者が出るかどうかの様子見』というのもあるだろう。
もしも内部に入った後でいきなり誰かが発症して暴れ出せば全滅もあり得る。それに、こうして外側にいる人間がしばらく待機して変調があるかどうかで空気感染の可能性も調べられるというわけだ。
そして、それは私たちの感染リスクを多少なりとも上げるという選択。
先々のこと、全体の生存率を考えれば合理的な判断ではあるのだろうけど当事者としてそれを受け入れるのは結構抵抗感があるものだ。
実際、最後に避難してきたロックさんはかなり不満げな顔をしている。けど、逆らったら現状では安全な屋上よりも危険な地上へと落とされるかもしれないと言葉を飲み込んだらしい。
明日まで我慢すれば室内に入れる。そうすれば、囲まれた空間に逃げられるというだけでも精神的にはかなりの安心が得られる。
逆に、高さと謎の結界に守られているとしても感染者の呻き声が聞こえる中で時間を過ごすのはかなりのストレスのはずだ。
それなのに……
「あと、申し訳ありませんが最低二人ずつ、見張りを置いて異常事態に備えたいと思います。夜になったら各々は数時間程度とは思いますが起きていてもらうことになるので、そのつもりで休憩を取ってください」
狂信者さんは、それを感じさせない。
むしろ、リーダーのように、安全が保証されているかのように堂々と声を上げ、有無を言わせず方針を伝える。
私はこんな状況なのに、彼に見とれてしまっている自分に気付いた。
そして……
「では、私は早めに仮眠を取り、真夜中の見張りを担当するつもりですが……誰か、一緒に真夜中を担当してもいいという方は居られますか? 見張りの時間としては最も厳しい時間帯かと思いますが……ルビアさん、ありがとうございます」
気付けば手を挙げてしまっていた自分自身に気付いたけど、あまり驚くことはなかった。
この時期、風は少し冷たい。
お産のためにと土蔵の中に運び込まれていた清潔な毛布が配られて、それに包まっていると意外にもすぐに眠気に襲われた。無意識下で緊張状態のストレスを溜め込んでいたのかもしれない。
そして……体感としてはすぐ、狂信者さんとの夜番の時間が訪れた。
「何をしているんですか?」
一つ違ったのは、先に仮眠を始めたはずの狂信者さんは短い時間ですぐに起きていたらしいこと。
手元にはメモ書きがいくつか置かれていて、暗くなってからも指先に魔法の火を灯して書き続けていたらしい。
ちょっと見ただけだけど、それは整った文章じゃなくて箇条書きみたいで、遺書とかそういう感じじゃなかった。
「はい、明るい内は彼らの観察を。それから今後の行動方針を思案していました。まあ、本当に思いついたことを書き留めただけなので他人様に見せるようなものではないのですが」
その言葉だけでわかる。
彼がこの状況に対して考えていることが『どう逃げるか』ではなく、『どう解決するか』だということが。
ロックさんは狂信者さんが仮眠を取ったと見るや悪態を吐いて俯くばかりだったのに。
「行動方針って……どうしたら、いいんでしょうね。狂信者さんはすごいですよ。私なんて、何を目指して動けばいいのか全然わからなくて……」
「そうですか? まあ、私も目指す終着点は六つほど思いつきましたが、そこまでの手順はまだまだ穴あきですしね。考え焦ってもいいアイデアは浮かばないものです」
「六つも……ますます、すごいですね。どうやったら思いつけるのか、コツとかはありますか?」
「コツと言われましても……単純にまずバッドエンドから希望的観測まで『様々なパターンでの終わり方』を並べてみて、その中で『妥協許容容認が可能な結末』を選んで残すだけです。推理小説でもまず『自分が犯人なら被害者をどう殺害するか』を考え、その中から最終的に『残ってしまう痕跡が起きた事件の状況と一致する殺害方法』を選ぶでしょう? それと同じことです」
「推理小説……ああ、『不死の魔導師密室殺人事件』とか有名ですね! 狂信者さんってああいうのも読むんですね!」
「その作品は知りませんが、不死身なのに殺害されてませんかその魔導師さん」
「毎回自分が今回はどうして死んでしまったかを推理する不死魔導師様が格好いいんですよー」
「まさかの被害者による推理シリーズでしたか。流石は魔法の普及した世界。斬新な切り口ですねえ」
おっと、読んでないならこれ以上はネタバレしちゃいそうだからやめておこう。
でも、そっか……この人、そういうのも読むんだな……
「この状況も、なんだか物語みたいですよね。敵軍に囲まれた人たちが狭い隠れ家に身を寄せ合って……」
「……こちらには、ゾンビパニックというジャンルのフィクションは娯楽としてないのですね。まあ、実際に『ゾンビ』が存在し、かつそれが感染性をあまり持たないというのを考えれば現実味に欠けるものになりますし、不謹慎になりますかね」
「『ゾンビパニック』、ですか?」
「はい、私の故郷で人気だった物語の一つなのですが、この状況によく似ています。簡単に説明すれば、謎の病原体により人間がゾンビ……いえ、ゾンビのようなものになり、周りの人々に攻撃を始め、さらに攻撃を受けた人間にも同様に……と、被害が拡大していく状況とそれに対するパニックを模写するというものです。もちろん、あくまで創作上の話であり、娯楽目的ではありますが、それでも学ぶべきことは多い。特に、『未知の感染病』『人間が敵に回る可能性のある場合の対策』という意味では」
『私が比較的動揺が少ないというのなら、運よくそういった仮定の知識があるからですかね』と、狂信者さんは笑う。
比較的動揺が少ない、というのは本当は違う。
私もティアも見た目よりは精神的に疲弊している。
『癒し手』はその面を表に出さないように訓練されているだけだ。
元冒険者のシロヤナギさんはともかく、この状況なら本来はロックさんの反応が普通なはずだ。
素で動じず対策を考えられるのはこの人の強さだ。
「私なんて、どうしたらいいかわからなくて……逃げるので精一杯で、隠れてたら、狂信者さんとティアさんの声が聞こえて……」
「『逃げる』というのも、立派な対処法の一つですよ。というか……なんなら、それをそのまま解決法にすることもできます」
「……え?」
「単純な話です。彼らは走れば逃げ切れる程度の速度ですし、柵を越えられるほど軽やかには動けません。ならば、走って逃げて、外からこの村を封印してしまってもいい。それも解決法の一つです。犠牲は多くなりますが、ルビアさんが望むならば、希望者だけで避難するという方策も相談しましょう。リノさんはまだ動かせませんし、感染法が確定しなければ安全が保障できませんので私たちは残りますが……柵の門を開けるのが難しければ、アンナさんに運んでもらうという手もありますし」
それは……それこそ、この人とテーレさんなら『逃げる』なんて簡単な方法なのだろう。
テーレさんは強いらしいし、狂信者さんだって外科先生を普通に倒して逃げ切ってたし。
でも……
「それは……やめてほしい、ですね。無理矢理出ようとすると、村の結界が壊れちゃうので」
「村の結界、ですか?」
「はい、モンスター避けと患者さんの脱走防止のために村の周りには結界があって……ほとんど警報の機能だけなんですけど、呪いや疫病への防御機能もあるので、もしかしたら……」
「なるほど。この村は今、防疫的にも封鎖状態にあるということですか。そして、無理に突破しようとすれば封じられている病原体や感染者が村の外に出る可能性があると。内側から開けることはできますか?」
「一応、定期の乗合馬車が来る時とかには普通に開きますけど、操作権を持つ人の操作なしでは基本は閉まりっぱなしです。今も、結界は閉じてますし……」
「つまり、感染が外に出ている可能性はまずないと。それは僥倖、内側を解決して外に出たら既に外でもパンデミックというのは嫌でしたので、運に任せるしかないと思っていた部分ですが安心しました。ですが……それを『破られると困る』ということは、ルビアさんはやはりこの村の中で解決するべき案件だと考えているのですか?」
「それは……まあ、はい。何ができるかわからないけど」
「それはよかった。怖い思いをしたルビアさんにはどうやって協力要請をしようかと思っていましたが、解決に向けて行動をしようという意気があるというのなら助かります。ルビアさんのご協力があれば、事態はすぐに収束できそうですし。というか、ルビアさんが解決することが一番収まりのいい結末になりそうですし」
「え、それってどういう……」
私がそう問いかけると狂信者さんは軽く考えた後、悪戯っぽく私に笑いかけた。
笑顔の奥に、どこか申し訳なさそうな表情を隠しながら。
「アピールチャンス。ということですよ、ルビアさん。この事件をどうやって解決するかが、私たちの未来を左右することになるかもしれない、という意味ですがね」
昨日。
私の『自分を選んでほしい』という言葉に対して、狂信者さんは困ったような顔を見せた。
そして……でも、彼が誤魔化すことなく、真っ直ぐに私に応えて見せた。
『返答の前に、言っておかなければならないことがあります。まず第一にですが……ルビアさん、あなたが私に向けている感情は、おそらく私には理解のできないもの……いえ、共感の難しいものかもしれません。間違っていたら、自意識過剰だと笑ってもらいたいのですがね……私は、性愛というものを人間に感じた経験がありません。その意味では、私も精神異常者と呼ばれるものかもしれませんね』
私が笑わないのを見ると、彼は推測が当たって安堵したように言葉を続けた。
『これはテーレさんにも言っていないことです。いえ、彼女は私の経歴を知っているので言わずとも知っているのかもしれませんが……私の内心を含めて他人に語ったことのない、私の主観的な、ちょっとしたトラウマの話です』




