第80話 サンプル採取
side 狂信者
テーレさんによれば、コットンさんの種族たる『バロメッツ』は純粋な獣ではなく植物としての性質も持ち合わせた生物であるそうです。
ただの植物と言うより植物型モンスター、あるいは魔法によりエネルギーに自己判断力を与えて遠隔操作する際に仮定する『火の精霊』や『風の精霊』のような自然エネルギーの精霊としての『草木の精霊』が受肉したものに近いとか。
明らかに質量保存を無視した血肉の生産も、無から物質を生成しているのではなく周囲の大地から必要な養分やエネルギーを『転移』させるのに近い方法だそうです。
そうして、使いすぎれば周囲の大地は栄養を失い枯れてしまう。
そこで、コットンさんはこの村でかなりの血肉を生産しているので土地が枯れていないかを心配してアンナさんに尋ねてみたのですが……
『大丈夫だよー。コットンは大人だからねー』
曰く、バロメッツには『大地の力』を吸い上げられる範囲に練度と個体差があるとか。
そして、コットンさんはその中でも特に範囲が広いため、土地の負担を軽減して血肉を生み出せるそうです。
と、そこで気になって聞いてみたのです。
『では、逆に一点に集中して栄養を吸い上げることはできますか?』
「とまあ、答えは見ての通りイエスでしたが。しかし、土地には悪いのでしょうが枯れた土というのは掘りやすくていいですね。人が肩まで埋まる深さの穴がすぐに掘れるとは」
私とアンナさん、コットンさんは土蔵と同じ結界を施した広場を利用して絶賛土木工事中です。
テーレさんには少し反対されましたが、私も貴重な動ける男手ということで手伝っています。
まあ、私が穴を一つ掘る間にアンナさんは五つは掘れますし、コットンさんに至っては十は同時に掘っているのですが。
私もライリーさんの身体強化に頼ればもう少し速くなりはするのですがね。しかし、ライリーさんには索敵と同時にもう一つお仕事をお願いしているのでその余力はないでしょう。
『しかし、索敵の方は芳しくないのですよね。責めるわけではありませんが、相性の問題なのでしょうか?』
『ごめんなさい。頑張ってはいるんだけど、敵意や悪意は感じなくて……』
まあ、そうですよね。
『彼ら』は別に我々を害そうとしているわけではなく、ただ『増えたい』『生きたい』というだけですから。自然が憎くて人類が森を開拓していくわけではないように。
今は周りを高台に居座るテーレさんに見てもらっているので大丈夫だとは思いますが。
「テーレさん! どうですか? 気付かれる気配はありませんか?」
「大丈夫っぽい……っていうか、なんなのこの結界。感染者が自然に避けていくっていうか、わざと見逃されてるみたいで気味悪いんだけど……」
結界を作ったアンナさんの言では『範囲が広いから長持ちしない』とのことですが、効果が薄まっているわけではない様子。
自然に人を迷わせる、人払いの結界……というのは、少し違うのですかね。感染者はもっと本能的に動いているようですし。
「アンナさん、掘りながらでいいのですが質問をさせてください。この結界は具体的には『何』を指定して遠ざけるものなのでしょうか?」
「ん? なにって……『どこかへ行くひと』だよ?」
「……結界に弾かれて目的地を変えるのではなく?」
「うん、『どこかへ行きたいひと』」
……なるほど。
説明が最小限に圧縮されていて理解に少し時間がかかりましたが、おそらく理解できました。
つまりは子供が森を探検している時のように『偶然に足を踏み入れる』などをしない限り、なかなか入ることができない、気付くことができない結界だということですか。
だからこそ、『何か』を探して歩き回っていても見つけることができない。
周りに『流石にここにはないだろう』『こんな所で道草を食う暇はない』というようなミームを振りまく結界なのでしょうね。
テレビのリモコンや携帯電話などがまるで何者かに隠されたかのように見つからなくなるように。
それを入口が一つしかない土蔵の扉に施せば、自然と『建物の入口』を探そうとする心理によって結界が働くわけです。合理的な使い方です。
『妖精界の鍵』といい、アンナさんの得意分野はそういった認識系の魔法なのかもしれませんね。
ともかく、『探せば探すほど見つからない結界』というのなら……
「少なくとも彼らは『何か』を探すだけの知性を持っているのでしょうね」
完全なランダムで動いているのなら、ここにも入り込んでくるはずです。ここはさすがに屋外ですし。
むしろ、全く入り込んでこないということは……
「……アンナさん、テーレさん。捕獲作戦の前に一つ、用意したいものがあるのですがお願いできますか?」
さて、作戦は基本的に簡単簡潔なものが一番です。
相手との読み合い騙し合い出し抜き合いならば話が別ですが、相手が深読みをして来ないと仮定するのなら失敗するリスクはむしろ複雑な行程の方が大きくなります。
要するに、手順を少なく単純にすることで失敗する可能性のあるタイミングが減るのです。
そして、今回実行するのは捕獲作戦という分類の中で特にシンプルかつ強力で、しかも応用範囲が広い戦法。
ズバリ、『落とし穴』です。
単純に穴を掘るだけのタイプから中に竹槍や泥水のオプション、逆に適度に浅くしておくことにより騎馬などを転倒させることもできる奥の深いトラップ。
その起源は石器時代から続き、銃弾の飛び交う戦場であってもゲリラ戦などで使用され、そしてこの異世界においても重用されるトラップの王様です。
今回のお相手は感染者の皆さん。
接触感染まで警戒し、直接触れることなく動きを封じることができるという点でも落とし穴は合理的な方法でしょう。
作戦自体は至ってシンプル。
十分な深さの穴が掘れれば後は簡単。
コットンさんの羊毛の強度を下げて蓋を作り、その上に土を乗せて人の体重で破れるように調節。
感染者が落ちればコットンさんの羊毛で縛り付けて拘束。さらに土を入れて首元まで埋めてしまえば暴れて自らを傷つけるという心配もありません。
ちなみに、最初から見つけ次第コットンさんに縛り上げてもらうという手も考えはしましたが、アンナさんによると『遠いと力加減が難しいし、あんまり暴れられちゃうとポキッとやっちゃうかも』とのことなので。動きを封じつつ近距離で羊毛を操作できる下準備として落とし穴が必要になりました。
というか、ルビアさん達の前で『テーレさんをメインに据えて強引に解決すれば一日で済む』と言いましたが、アンナさんとコットンさんをメインに据えれば数時間で済むかもしれませんね。羊毛を切り捨てればおそらく血液感染も防げますし。
さて、後はどうやって彼らを落とし穴に落とすかという問題ですが……まあ、これに関しては私の出番です。
「では、始めましょう。アンナさん、結界を解いてください」
「いっくよー……それ!」
結界が意図的に破られ、私が感染者の知覚に引っかかりました。
ドキドキの瞬間です。バーゲンセール開始直後のお値打ち品とはこのような気分なのでしょう。
「さあ、どうぞこちらへ。対話を始めましょう」
いわゆる囮作戦です。
話し合いの結果、私が彼らに敢えて見つかり、落とし穴を大量に作った広場まで誘導し、そのまま落ちてもらうことになりました。
ちなみに、何故私がこの役になったかと言えば最初はこの役をやるはずだったテーレさんが何故か彼らから避けられることが判明したためです。
逆に追い込み漁のように誘導するという作戦も考えてみましたが、それは追い込む側が単体で相手が群では厳しいでしょう。
アンナさんも囮役に立候補してくださったのですが、正直に言ってアンナさんに任せると事故が怖いのでサポートに徹してもらいます。
アンナさんの身体能力では程よく追いつかれないように敵を引きつけるというのが難しい上、万が一のことが起こりそうになればコットンさんが感染者の方を引き千切ってしまいかねないらしいので。
ちなみに、テーレさんは手旗による指示と遠距離攻撃によるサポートです。
さて、残された作戦の肝は私が感染せずに囮役をこなせるかという所ですが……
『ライリーさん、いざとなったら予定通りお願いします』
『うん……頑張る。ちょっと不安だけど』
昨日のままの相手なら、これで大丈夫なはずです。
昨日のままの相手なら……
「ガアッ!」
「ウゴァ!」
昨日のままの……
「昨日より速い気が……」
男子三日会わざれば刮目せん。
ゾンビ映画も一作品リニューアルすれば瞠目せんというもの。
私に気付いた感染者さんが昨日とは打って変わった様子で一斉に走り寄って来るというのも、目の前で起きてしまえばなるほどと思うしかありませんね。
「これは一本取られましたね!」
まさか、一晩の内に歩く死体から走る死体に進化しているとは、やりますね!
side テーレ
報告になかった異常事態なのはすぐに理解できた。
「小走りどころか普通に走ってるじゃない! しかも数が多い!」
縄と布で作った投石器で布にくるんだ石をぶつける。
致命傷を与えず昏倒させるための細工だけど、この状況だとその威力低下が悔やまれる。一個でよろけて二個目で倒れるくらいの威力だ。
でも、肉体の耐久力自体が上がっているわけではないらしいから石を剥き出しにすると感染者が死ぬかもしれない。
最悪の場合はその選択肢も取らざるを得ないけど……
「アンナ! まだ回収できない?」
一応、安全策は用意してある。
コットンの羊毛を伸ばしてマスターの身体に巻いておいてから、こういう緊急事態になったらすぐに空中にでも引き上げて危機回避できるようになってる。
旗でマスターにも作戦中止を伝えたし、アンナにも指示を出したから後は回収するだけのはずだ。
なのに……
「だめ。なんかあの人たちから、へんな波が出てる。コットンの波と混ざっちゃって、毛先が上手く動かないみたい」
その安全策は『不幸』にも機能していない。
こうなったら、私が直接助けにいくしかないけど……それまでマスターが保つかどうか。
予想よりずっと動けてはいるけど、数が集まってきたらどうにもならなくなる。
「くっ、作戦が計画通りに行くことなんてほとんどなかったけど、この状況でここまで大外れを引くなんて!」
【失敗率証明】で感染者からの攻撃を防げるのは三回まで。それ以上は私自身の行動に支障が出てくる。
あるいは、魔本の魔力で今日一回分の魔法を使うか……
「とにかくすぐに……あっ!」
感染者の一人が群れと別のルートから回り込んで、マスターと接触した。
マスターは足払いで動きを止めようとするけれど……それをわかっていたように、感染者は身体を宙に浮かせて飛びかかった。
そして……その歯が、ガッツリとマスターの左袖に食い込んだ。
「くっ! アンナ、多少無理矢理でもいい! 完全に貫通する前に!」
「わかったよママ!」
アンナは自らの長い髪の毛から一摘み分を引き抜き、コットンの口元に運ぶ。それをコットンは迷いなく噛みしめ、呑み込む。
アンナの行ったそれは、古い儀式の一種だ。
今では『道具』に血や髪の毛を組み込むことで作られている『法具』の原型となった儀式。使役する動物に日常的に自らの血肉を与えて自身の身体の一部のように操る『守護獣』の魔法。
今では滅多に使われないはずの魔法。
それにより、瞬間的に強化されたコットンの能力によって、マスターの身体は噛み付いていた感染者が引き剥がされるほどの勢いで一本釣りにされて、私の真上へと落ちてきた。
「うわっと! テーレさん!」
「わかってる!」
タイミングを合わせてキャッチ。
地面に下ろす暇も惜しんで、そのまま抱えて走り出す。こっちの方が速いし。アンナも一緒についてくる。
「マスター! 噛まれてたけど大丈夫!? 感染してない?」
「ええ、予想以上に彼らの動きがよかったので焦りました。捕獲作戦は失敗ですね」
「本当にもう! これだから囮役なんて……」
噛み付かれた左袖からは流血の跡が見られ、しかもその出血は既に完全に止まって、傷口が黒く変色しているのがわかる。
「お怒りなのはごもっともですが、お手柔らかにしてほしいものです。捕獲の方は失敗しましたが、こちらは成功したんですから」
マスターが左袖を外す。
よく見れば本来の腕よりずっと太く、『本来の左袖』の上に巻かれた偽物の左腕。コットンの血肉で作った病原体採取用の血を含んだ肉のシートが黒く変色し、戸惑うように揺れていた。
「足払いも学習されていましたし、結界を抜ける異常個体がいないのなら統一意思で動いているかもしれないという懸念は当たっていたようですね。落とし穴も後続は避けていますし。採取目的だと知られたら次は上手く行かなかったかもしれませんが……筋肉も感覚器官もないただの肉塊ならば問題なさそうです」
感染者をまだ人間と見なして殺傷や解体を行わずに生きた病原体を捕まえる。そのために、感染者が走るという本当の危機の中で、本気で感染させるつもりで噛み付かせる。
相手に高い知能があるのなら、餌を転がしておくだけじゃできないであろうサンプル採取。
失敗を失敗で終わらせないセカンドプラン。
こいつは本当に……私の『不幸』を、なんだと思ってるんだか。
「さあ、では研究を始めてもらいましょう。対話の始まりはまず相手を知ろうと努力することですからね」




