第65話 『癒し手』の一族
side 狂信者
さて、状況を整理しましょう。
私はテーレさんが長年の交流を持つという『癒し手』が院長兼村長として運営する『レグザル治療院』へと乗合馬車で赴き、到着した途端に現れたのがテーレさんを『ママ』と呼ぶ少女アンナさん。
彼女はテーレさんにおぶさるような形になっています。
そして、馬車から出た私が不注意からぶつかってしまい、それをきっかけとして歩きながらの会話が弾んだ眼鏡の似合う理系女子。
彼女の目的地がどこなのかと疑問に思っていましたが……どうやら、私たちと同じ場所だったようです。
「違うのティア! この人はさっき偶然会っただけで!」
「その割にはすごい打ち解けてたじゃん! コミュ障なお姉ちゃんがさ!」
「コミュ障言うな!」
テーレさんによれば、『癒し手』というのは称号ではありますが、それは才能に対して与えられるものであり、遺伝しやすいタイプの称号であるそうです。
だからこそ、代々治療院の管理が受け継がれているわけですが……なるほど、会話から察するに彼女はテーレさんの知人だという当代の『癒し手』の娘さんだったと。
彼女自身の言葉からすると、おそらく今は学生で中央の寮生学校からの長期休みで帰省したところなのでしょう。
そして……
「ご、ごめんなさい! 妹はその、落ち着きがなくて勘違いを、私なんかと、こ、いや、付き合ってると勘違いされるなんて不快ですよね?」
どうやら、私が荷物運びをしていたせいで少々誤解を生んでしまったようです。
お詫びになるかと思っていましたが、逆効果でしたかね。
「いえいえ、不快などということはありませんが……せっかくの再会をややこしくしてしまったようですね。こちらこそ申し訳ありせん。誤解については後でどうにかするつもりですが……」
ちなみに、妹さんは家の奥に走って行ってしまったご様子。妹さんを止めるか私に釈明するかを迷った眼鏡のお姉さんは見事に遅れましたね。
廊下を走ると危ないですよ。せめて早歩きを推奨します。
「……あなた、ココアの娘だったの。ルビアだっけ? 久しぶり過ぎてわかんなかった」
テーレさんが(アンナさんが頭装備のようになった状態で)問いかけると、眼鏡のお姉さん……ルビアさんが驚きの表情を浮かべました。
というより、初めてテーレさんに意識を向けたよう……いえ、同じルートを歩いているのをあまり気にしていなかったようですが。
「え、どこかでお会いしましたっけ?」
「一度だけ……でも、憶えてないのも無理ないと思う。あの時、まだ赤ん坊だったし」
「えっ……え?」
ルビアさんは混乱しているようですが、テーレさんも『癒し手』の方に会うのが何十年という単位で『久しぶり』だそうですし、おそらく前回が二十年ほど前だったのでしょうね。
それでも名前は憶えているという辺り、テーレさんが『癒し手』の一族を意識に留めていたということなのでしょうが。
そういえば、テーレさんは人間体での容姿や年齢がいつもとは違うそうですが、どうやって本人確認を……おや、妹のティアさんに呼ばれて、目的の『癒し手』の方がいらっしゃったようです。
シスターの修道服に近い清楚な服にエプロンといった荒事とは程遠い印象のファッションは『施設の院長』という前情報と合致するイメージです。見た感じの年齢は……三十代に入ったばかりにも見えますが、娘さんの年齢からすると実年齢はもっと上でしょうね。
この世界では戦士系の適性があると無意識に消費される魔力で肉体が良好に保たれるので若々しい容姿を保つことが多いと言いますが、そのためでしょうか。
「もう、ティアったらお客様の前ではもう少し落ち着いてって言ったのに、いくつになっても……おかえり、ルビア。そちらの方が?」
「はいはい、へんな勘違いはそこまで。ココア、まずこのアンナって子を何とかして。あんたんとこの患者でしょこれ」
テーレさんが自分の頭に胸を乗せて寄りかかるアンナさんをさすがに面倒に思ったのか、ここで世話を見ているはずのココアさんならどうにかなると踏んだのか、彼女を差し出します。
ココアさんはテーレさんの馴れ馴れしいとも言える言葉に少々首を傾げましたが、とりあえず一見してアンナさんが迷惑をかけていることは察したのか、後ろからついてきたティアさんに顔を向けます。
「ティア、アンナさんをお願いね」
そして、アンナさんに顔を近づけ、優しく語りかけます。
その態度は、優しい保母さんか老人ホームなどで働く方を思わせます。
「アンナちゃん、今はお昼ごはんの時間じゃなかったの?」
「だって、ママの匂いがして……」
「コットンちゃん、いきなりアンナちゃんがいなくなってビックリしてるんじゃないかしら? アンナちゃんは羊飼いなんだから、羊さんを一人にしちゃダメよ。ママは私とのお話があるみたいだから、ちょっとコットンちゃんのところで待っててくれる?」
「……あ! コットン!」
アンナさんはテーレさんから離れて跳び上がりました。
ちなみに、テーレさんは重みから解放されたためかほっと息をついています。
「ごめん! ママ! コットンのところ行って来るね!」
「はいはい、アンナ! こっちだからね! 勝手に走らないでね追いつけないから!」
ティアさんがアンナさんと一緒にどこかに走っていきます。
話からすると『コットン』というのはアンナさんが世話をしている羊なのでしょうが……『羊毛』ではなく『綿』とはこれ如何に。翻訳ミスなのでしょうか。
まあ、それについては後で詳しく聞いてみるとして……
「ココア。もっと年取ってるかと思ったけど、まだ結構若いわね」
「あなたは……どなた?」
やはり、テーレさんの容姿が違うためか、首を傾げるココアさん。
テーレさんはそのことに驚きもせず、手を伸ばします。
「『白の癒し手』の末裔、『ココア・ショコラティエ』。記憶を継ぐ者、また会えたわね」
その口上が承認か合言葉だったのか、それは私にはわかりません。
しかし、ココアさんはテーレさんの意図することを理解したように、その手に指先で触れます。
そして……
「テーレ。二十年ぶりかしらね……いらっしゃい。相変わらずみたいね」
旧知の友人と会ったというように微笑むココアさん。
その笑みは、院長としてのものではなく、もっと気安いもの。
「さあ、上がって。丁度料理ができたところよ。大目に作ってあるからあなたたちの分もあるわ」
side ティア・ショコラティエ
姉が男を連れてきた。
あの根暗なお姉ちゃんが、扉の向こうから聞こえるくらいにハッキリした声で、あんな楽しげに男の人に話しかけるなんて……扉が開くまで目にするまでちょっと信じられなかった。
お姉ちゃんはさっきから乗合馬車が一緒だっただけとか会ったばっかりだとか言ってるけど、絶対『だけ』じゃないよあれ。
というか、あの人見知りが初対面の男にそれだけ打ち解けたならそっちの方が問題だ。学院生活で人見知りが治ったって感じじゃないし。
……一目惚れだね、うん。知ってる。
私としては、二十歳越えて未だに色恋沙汰の影も形もないお姉ちゃんのこと心配してたけど、そうやって意識できそうな相手ができたならいいことだ。
でも、問題が一つ。
「ココアさん。食器を運びますが、テーレさん用の食器などありましたら先に指定を」
「あら、悪いわよ。お客さんなのだから座って待ってて」
「いえいえ、テーレさんの機嫌がまだ少し良くないので……」
お母さんの話だと、あのテーレさんって女の人(見た目私より年下だけど、話からするとお母さんより年上らしい)とお姉ちゃんの意中の人は冒険者としてコンビを組んでいるらしい。
時々この村に来る人や引退した冒険者さんから聞いた話だけど……男女組の冒険者っていうのは、大体『ただの仕事仲間』じゃ済まない関係になることが多い。
距離感からして、まだ行くとこまで行ったようには見えないけど、少なくとも『良い関係』であることは間違いない。
つまり、お姉ちゃんはスタートライン遅れの片想い……圧倒的不利だ。
このままでは人見知りで根暗で奥手なお姉ちゃんは、何もできないまま彼を見送ることになるだろう。今はなんか初めてのドキドキで意中の人とそのパートナーの関係に思い至っていないらしいけど。
これはどうにかしないと、ここで躓いたらお姉ちゃんの陰気オーラはますます拗れて変なことになりかねない。
お母さんはテーレさんへの義理かなんかで味方は期待できないし、私が何とかするしかない。
「お母さん! 私、蔵からお酒持ってくるね!」
「あ、ティア! 勝手に……」
お姉ちゃんの制止を無視して離れの蔵にダッシュ。お姉ちゃんのためなんだし、仕方ないよね。
そして、普段は飲まないけどお祝い事とかのために用意してあるお酒を確保して、同時に蔵の床下に隠してある壺を取り出す。私がこれを知ってることは、お母さんは知らないはずだ。
壺の蓋にはちょっとした封印がされてるけど、私なら簡単に開けられる。
「ちょっと使うくらいなら、大丈夫だよね」
バレたら怒られるかもしれないけど。
side テーレ
ココア・ショコラティエ。
『癒し手』の称号を継ぐ修道女であり、私の確保している現世での協力者の一人。もう四十越えてるはずだし、多少衰えてるかと思ったけど……
「それにしてもテーレったら、前にも増して若く見えるわねぇ。女として羨ましわぁ」
「そっちこそ、随分と若々しいままじゃない。経産婦の体型じゃないわ」
「これでも色々と頑張ってるのよ」
料理を並べながらそう言うココアは、思っていたよりも全然元気だった。
まあ、魔法の才能もある方だったし、その気になって肉体維持に努めればこういうことができるのは知ってたけども。冒険者でもないのに『癒し手』として治療院を切り盛りしながら若さを維持してるとは……いや、単なる見栄や美貌への執着なんかじゃないんだろうけど。
「旦那さん……もう随分と前からいないのね。食器も椅子も、普段用の男ものがないわ」
「……仕方ないわ。冒険者は短命ですもの」
若々しくあろうとしているのは、まだ衰えるわけにはいかないから。ココアの娘達は私の名前を聞いてもそれほど驚いてなかった。
つまり、まだ一人前と呼べるほど育っていないから、一族の秘密である私との関係を教えていない。
今までのパターンだと、後継者が二十歳になる時に私のことも引き継いでるはずだけど……
「長女のルビアは学院に行くから継承を先送りにしたの? それとも……」
「ええ……あの後悩んで、二番目に生まれたティアに治療院を継いでもらうことにしたわ。だから継承は再来年のつもりだったんだけど……この機にもう伝えておこうかしらね。丁度いいタイミングではあったし。それとも、伝統に従うべきかしら?」
「その伝統、別に私が作ったわけじゃないし。ていうか、引き継ぎ手が拒否するんなら別に今代限りでもいいけど? 無理に頼むつもりはないし」
「そうだったわね……でもきっと、あの子も記憶を継げば勝手にこの立場を護ってくれるでしょうね」
『癒し手』は触れた相手の心を読める。
そして、『癒し手』同士ならやろうと思えば自分の持つ記憶を感情やイメージをそのままに伝えることができる。
人の心の傷や病を癒すという困難極まる役目を担う者として、彼女の一族はそのための技術を引き継ぐと共に、私への感情もそのまま受け継いでいる。
私が昔、気紛れにやったことに対する感謝を律儀に、文字通り直接の縁のない末裔まで大事に持ち続けているというのだから呆れた話だ。
「そういえば確認だけど、ルビアってあの時のルビアよね? 前見たときは赤ん坊だったけど、今は中央の方の学院に行ってるみたいじゃない。すごいわね、確かにここに籠もらせておくにはもったいない才能だわ」
この田舎で中央の学院に行けるようになるというのは、生まれたときから十分な教育を受けられる貴族が学院に行くのとはわけが違う。
仮に教材があったとして、教育者も教育を強いる環境も満足ではないのに知識を蓄えられたというのなら、それは類い稀な知識欲や学習力の結果だ。
その家業を継がすにはもったいない才女は、現在のところうちのマスターと一緒に、長らく放置されていた自分の部屋と客間の掃除をしている所だけど。
なんかライリーのことで話が弾んでいるっぽいし。
「きっかけは、あなたがあの時にお土産で持ってきてくれた古本の山だったんだけどね。あれからあの子、本の虫になっちゃって」
「そりゃ悪かったわね……ほら、食器も並べといたわよ。あと、なんかある?」
「ああ、それじゃあティアがお酒持ってきてくれるらしいから、グラス用意しておいてくれる? 私の分もお願いね」
「全くあんたは、ていうかあんたらは昔から……」
「修道女って言ってもちょっとならいいのよ。酔って過ちを犯さないなら厳密には禁止されてないし。彼も多少は飲むんじゃないの? 彼の分のグラスもあるわよ?」
神官系職業の人間はあまり飲酒を好まない……ということになっている。
精神修養のために安易な快楽と酩酊をもたらすアルコールは修業時代から厳しく排除され、もちろん一人前になったらなったで酔って醜態をさらすようなこともない。
けれど、それは建前というか、神殿や中央教会の厳粛で熱心な信仰を印象付けるイメージ戦略の話で、実の所そこそこ飲む人間は多い。
だから、ココアもうちのマスターが飲むと思ったんだろうけど……
「ご生憎様。あいつは酒飲むと有害になる薬飲んでるから一滴も飲まないわ。ていうか、この後あいつ診てもらいたいんだから酒は我慢しなさいよ」
それこそ多少なら問題ないんだろうけど、マスターの診察には万全を期してもらいたい。
そう思って言ったんだけど……
「お断りするわ。少なくとも今日はね」
あっさり断られた。
感謝を受け継いでいるのは間違いないけど、私の言いなりになるわけじゃない。
記憶を継承しようと性格はそのままだし、ココアは昔から私が天使だと知っていてもこんな感じだ。
「長旅で疲れてる状態で無理やり質問攻めしてもしょうがないでしょ。今日と明日一日、ゆっくりうちで休んでもらってから診るわ。ついでに……」
ココアは私の額に指先を当て、軽く押した。
私の心は『癒し手』でもそうそう読めないはずだけど……
「あなたも、少し休みなさい。疲れてるんでしょ。それに、友達として今のあなたとはゆっくりお話ししたいわ……天使の恋バナなんて、なかなか聞けるもんじゃないしね?」
コイバナ……?
誰の?
「……って、違う! 私たちはそんなんじゃ!」
「うっふっふ、昔から思ってたけど、何百年も生きてる天使って言ってもその間ずっとお子様なら私の方がいろいろと先輩なのよね? あははっ!」
「ずっと子供はそっちでしょ! このお調子者!」
本当に……この一族は。
命の短い人間だなんて信じられないくらい、何も変わらないんだから。




