第63話 『ママの娘』
side 狂信者
目的地『治療院』の最寄りの街レグザルから乗合馬車に乗り半日。
レグザルは別名『観光都市』と呼ばれる街だということなので滞在する手もあったのですが、今回は滞在せず直進。
丁度タイミングよく目的地へ向かう乗合馬車に間に合うように到着できたので(ちなみに次は七日後だとか)、レグザルはほとんど見ることなく素通りとなりましたが、おかげで日が沈む前に到着できるとか。
入り組んだ山道ではありましたが途中にアクシデントなどはありませんでしたし、既に大分日が傾いているので、到着までの時間はそうかからないでしょう。
さて、時間はそうかからないのですが……馬車に揺られての移動というのは時間を持て余すもの。
本を読んで時間を消費していたのですが、目的地を目の前にした今はテーレさんに頂いた本を読了してしまったが故にできた余韻の時間。
することもなく馬車に揺られながらふと、思ったことなのですが……
「そういえばテーレさん、質問をしても?」
「ん? なに?」
ちなみにテーレさんはスライム・ライリーさんと戯れていました。
可愛らしい手乗りインキュバスと戯れる天使のテーレさん。お可愛いことです。
「この世界の『馬』とは『モンスター』の一種なのですか? 私の知る『馬』より強靭に見えますし、魔力の影響を受けているようですが」
この乗合馬車は連結式でいくつかの客室車両があるのですが、地球の馬ならこんな連結馬車など引けないでしょう。
おかげで二人きり(+ライリーさん)で客室車両を占領してゆったりと過ごせているわけですが。
乗り込む前に見た感じでは二頭立ての馬車で客室は三つはありました。
そして、とても無理をして引いているとは思えない快適で安定した速度。これは私が地球のものと外見上は大きな差がないと認識している『馬』と身体能力が違うことの証左でしょう。
魔力によって進化が歪んだ生物が『魔獣』と定義されているというのなら、人間に有益であろうとモンスターとして定義されている方が自然に思えたので。
『モンスターの中にも有益で無害なものはいる』と割りきっているのか単純に『家畜は野生の猛獣とは違う』ということなのか。
「ああ、それ? 確かに『馬』は魔力で強くなってるけど、モンスターとは呼ばないわ。外来種で、元々飼い慣らされたやつが比較的最近魔力の影響を受け始めただけだし。もちろん、野生化して暴れたなら立派な『モンスター』として討伐されるだろうけど」
「『外来種』とは? 今の話では魔力の影響を受けずに長年馬の原種が進化してきた土地があるように聞こえましたが」
「家庭教師やってるときにそのくらいは情報収集してるかと思ったんだけど……『異教大陸』と『無神領域』って言葉は出てこなかった?」
言葉のニュアンスからして信仰の違う土地のようですね。主に神々に関連する情報を優先していたので抜けていました。
しかし、後者はわかりませんが、前者は僅かに記憶しています。かつて、神々と王達が同一視されていた時代の末期に大戦争を繰り広げた相手だとか。
「都市が一つ海に沈んだという『女神イディアルの厄災』の原因が『異教大陸』との戦争でしたかね」
「そうそう。でも、馬はそっちじゃなくて『無神領域』の方。簡単に言えば、この『ガロム中央会議連盟』って国の東側に広がる魔力がすごく薄い砂漠地帯とその向こう側のこと。馬はそっちから来た異民族が持ち込んだ家畜だから、最初から人が扱いやすい動物として『モンスター』とは区別されてるの。わかった?」
魔力を前提としなければこの星の生物は地球と同じ進化を辿っている、そういうことですね。
思わぬ所で『人間』の形状や構造が地球と同一であることの理由も大凡見当が付きましたね。
しかし、そうなるとこの地域の先住民であった『人類』の現在の生態は……いえ、これはまだ推測邪推妄想の類ですね。口にすべき段階ではありません。
「なるほど、納得しました。馬が力を得ても人間に従うのは、先祖代々人間と共に生きるのに慣れているから……ジルさんとライルさんもアーク嬢に親しみの目を向けていましたが、彼らは種として人間を好んでいるのですね」
力が強くともわざわざ敵対存在のように扱わなければ争いは起きぬもの。大事な友として扱えば、あちらも応えてくれるというわけです。
今度アーク嬢に会ったらこの話をしてみましょうかね。
「ちなみに、家畜だとしても魔力で強化されてるのは変わりないし、日々酷使されて身体強化の練度も高いから一流冒険者でも馬を怒らせたら死ぬことがあるわ。何気に一般人とは頑丈さが違う冒険者の戦闘以外での死因の上位だし」
「その方々は誰かの恋路でも邪魔したのかもしれませんねえ。まあ、単純に敬意が足らなかったか間が悪かったのだとは思いますが」
地球でも『騎馬』はそれそのものが強力な兵器の一つでしたしね。
『チンギスハン』に『騎馬』のワードを合わせれば誰もが『世界征服』を連想するでしょう。
馬は肉食ではありませんし、攻撃的でもありませんが何より様々な意味で賢い隣人です。だからこそ、油断ならない相手でしょう。
パートナーだと思いながら本当は乗り回しているのか、それとも乗せられているのか。
それが共存共栄というものでしょうが。
「でもまあ……私は馬、わりと好きだけどね」
「そうなのですか?」
正直意外です。
テーレさんはあまり動物好きというタイプではないと思っていたので。
というか……
「テーレさん、結構動物に嫌われますよね? 馬も例外ではなく」
ジルさんとライルさんが避けていましたし。
アーク嬢の手前失礼な態度こそしませんでしたが、私に憐れみの視線を送っているように感じることが何度かありました。
あと、一日で逃げられた新しい馬もテーレさんに少々怯えているような気がしました。
「ま、まあね……動物は本能で私の周りの運気が傾いてることを察するらしくて……それは置いといて。ちゃんと強く頼めば馬くらい乗れるし!」
「それは脅しているだけなのでは?」
「『従わせてる』の! 嫌われるのも最初だけだし!」
まあ、確かにテーレさんの方は動物を嫌っているわけではない……というよりも、むしろ陰湿なことをしない分、人間よりも好ましいと思っているような節もありますし、扱いが丁寧ならばわかってくれるでしょう。少なくとも、逆らって怒らせるよりは従っていた方が安全だということは。
『天使』と動物では元からの強さにも差がありすぎますし……
「……ん? テーレさんが度々地上に降臨ているのは知っていましたが、その時に馬を使っていたんですか? 目的地に直接降臨するのでは?」
「近いところで仕事があれば地上を移動することもあるし、空いた時間にちょっとくらい自由行動することもあるわよ。人間から見えないことをいいことに野垂れ死んだ旅人から宝石とか集めたりもできるし」
「『天使』の姿なら馬より速く移動できるのでは? というか飛べるのでは?」
私の記憶では翼で飛行できる『天使』は『飛べるのが当然』という自己認識があるので現世でも魔法を使って飛べると聞いた覚えがありますが。
「そりゃそうなんだけど……馬に乗って『走る』ってなんか『思い通りに飛ぶ』ってのと違って、スーッと行くだけじゃなくて気持ちいいっていうか。なかなか思い通りに動かないし、揺れるし、風も受けるけど……悪くないっていうか。なんなんだろうね、あの感じ」
……ああ、なるほど。
そういうことですか。
そういえば、ターレさんの発言なので忘れかけていましたが、テーレさんのような『天使』は生まれることのできなかった魂が天界で転生して生まれるものでしたね。
そして、天界は肉体のない魂主体の世界……あの暑くも寒くもなくひたすら快適な世界では『風を受けて走る』ということはなかったと。
それに、天界での飛行が魔法と同じように『イメージ通り』にしかならないものであれば、他者の動きや呼吸に合わせて動く一体感などもそれはそれは新鮮なものでしょうし。
「あと、純粋に大きな荷物とか運ぶ時に便利だしね。力が強くても大きいものを運ぶのは面倒だから馬がいると蔵の中のものとか全部持って行けたりするし」
「テーレさん……お金目的ではないのはわかっていますし、放置しておけば朽ちるだけのものを選んでいるのは知っていますがなかなか大胆なことをしていますね……」
商会で売った文化財相当の物品類もそうですが、それは裏技としても結構ギリギリなのでは?
その結果として遺失するはずの歴史的品々が現存しているという側面があるのかもしれませんが。
「だって……ほら、うちの部署だと他の天使は『近くにいるだけで幸運を引き寄せる』とかできるけど、私はできないからさ……いろんなところにアジトとか協力者とか作って、仕事で幸運を与えなきゃいけない人間とかいたら『この道を進んで木の根元を掘るといいことがある』とかやらないと仕事にならないのよ」
「これは失礼を。そのような目的を持った合理的手段であったなら私が非難することは何もありませんとも。しかし……」
テーレさんの宝石や美術品の蒐集は趣味の面が強いかと思っていましたが、そういった目的があったとすればそれも立派な仕事の一部ということになります。
仕事熱心なのは大いに結構なのですが……
「テーレさんはもっと現世をエンジョイしていると思っていました。『天使』の力があればそれこそ何でもできそうなものですし。多少身勝手に振る舞っても転生者以上に文句を言われなさそうな立場だと思いますが」
「神々や天使を何だと思ってんの? 世界の運営者がそんな遊び気分で仕事してるわけないじゃない」
「いえいえ、私の故郷で語られていた神話の神々やその遣いというのはなかなかに大胆不敵なことをしていますよ。例えばギリシャ神話のゼウス様などはなかなかはっちゃけてますし」
「一応、意思の疎通のためにそっちの世界の基本知識も読み込んであるけど……うわぁ、これはひどい。こっちにも多少自由な天使はいるけどここまで好き勝手してたらそれこそ主神様か大天使様に怒られるわ」
「残念ながらギリシャではそのゼウス神が主神と呼べる立ち位置なので」
「人間に子供産ませてほったらかしってどんな屑なのって話ね。まともな主神様の治める世界に生まれてよかったわ」
ちなみに、この世界の主神様はかなり身持ちの固い神様なのだとか。
というか、それ以前に一説では『父神である秩序の神が単独で身を分けて産んだ』という出生譚があるそうなので単性生殖が可能なタイプの神族と推測されます。惚れた腫れたの話がないのはおかしなことではありません。
「しかし、あれですね。故郷では天女や神々と人間のラブロマンスがよく神話と共に語られていましたが、この世界ではそういった話はあまりなさそうですね」
「古代の王神たちならともかく、現代はさすがにないね。そもそもとして……」
テーレさんが話を続けようとしたとき、馬車が止まったようで慣性で座席が大きく揺れました。
「おっと、もうついた……ライリー!?」
「おや、ライリーさんが潰れてしまいましたね。テーレさんが座席についた手で」
「うわぁあ!」
「ぴ、ぴゃ……」
すぐに元の形に戻るライリーさん。
まあ、本体は私の中にいるわけですし不定形な寒天培地の身体はすぐに戻るのですが……いきなり潰されたので怯えていますね。
道中の馬車の中でせっかく上がったテーレさんへの好感度がリセットされてしまった様子です。
本体のライリーさんも、まるで巨体に怯えていたものの次第に打ち解けて優しくじゃれあうまでになった怪獣にいきなり踏み潰された悪夢を見たかのように息を乱しています。
虚像ですが酸素缶を処方しておきましょう。
まあ、それはともかくとして……
「ここが『レグザル治療院』ですか。件の『癒し手』の方がいるという」
馬車の窓から外を見てみると……一番に目に入ったのは高い柵。
これまで訪れた高い壁に囲まれた街とは違い、ここら辺は人類領域の『内地』でモンスターの出現が少ないようなので対モンスター用の設備ではないそうですが……閉塞感を防ぎながらも、『檻』のようなイメージを抱かせますね。
まるで何かを閉じ込めておくための設備でもあるような……おや?
「テーレさん。お出迎えを頼んだのですか?」
「え? 頼んでないけど。別の客室の人にじゃない?」
「いえ、真っ直ぐにこちらへ向かってきています。この車両に……柵を跳び越えて」
「…………柵を跳び越えて?」
ライリーさんを心配して姿形が潰れる前と変わっていないかを確認しているテーレさんでしたが、さすがに窓の外を見ました。
しかし、反応するには少々遅かったようです。
「ママッ!?」
「ぐぅっ!?」
幸運にも、窓はガラスや格子のない枠とカーテンだけのタイプだったので『外見上テーレさんよりも年上な少女』が窓から直接飛び込んできても破片の飛散や格子の破壊といったことは起きませんでした。女神ディーレの加護に感謝を。
……いえ、飛びつかれたテーレさんがわりとダメージを受けているようにも見えますが……この世界に来てからテーレさんが受けた中で一番の物理的ダメージでは?
ライリーさんも反応しなかったので悪意や敵意があったわけではなかったようですが……
「この匂い、やっぱりママだ! 会いたかった!」
「ぐ、ぐふ……ちょ、離して、苦しい、こきゅ、でき」
テーレさん、タップで降参を宣言するも謎の少女は締め付けを続行。本気で引き剥がそうとしているのに離れないようです。
小さな子供が母親に抱きつくのを肉体的に成熟した少女がやっている感じで、手加減なしの圧迫がテーレさんの胴体を襲っていますね。
というか……『ママ』?
「もしもし、申し訳ありません。力を緩めていただきたい。そして、事情を聞かせてもらえませんか?」
「いやっ! ママと離れたくなーいっ!」
「このままでは本気で天に還ってしまいそうなので。ほら、ちょっとだけ、呼吸ができる程度に緩めるだけでいいので。むぎゅーとするだけでなく、お話もしたいでしょう? その体勢だとお顔を見て話せませんよ?」
誠心誠意お願いして、ようやくテーレさんを窮地から救い出すことができました。
しかし、非常に気になる発言があったのですが……
「うっく、げほっ、て、天に還るかと思った……」
「テーレさん。確認したいことがあるのですが……今は呼吸を整えられていないようなので後にします。それでなのですが……はじめまして、健脚の方。お名前とテーレさんとの関係を教えていただいても?」
まるでナチュラルカールヘアと振る舞いが相まって、まるで大型犬のような少女。服装は……シンプルな一枚布のスカートですが、どこか病院服のような印象も受けます。
そして、髪に隠れて見えにくいのですが……テーレさんに飛びついて乱れた前髪、その下の額に見えるの大きな古疵。
テーレさんにいきなり飛びついた彼女はまるで思春期を越したはずの少女が幼い頃に帰ったかのような、その大きな身体とアンバランスとも思えるような輝く笑顔で答えました。
「アンナ! ママの娘だよ!」
…………ワッツ?
ちなみに、狂信者が神の名を呼ぶときには『人格神』として意識するときには基本的に『○○様』、司る概念や役割、権能や伝承などに意識する時には様を付けずに『女神○○』と呼びます。
地球の神々も基本様付けで、神話上の人間でもさん付けです。
小柳宗太のように内心でと声に出した呼び方が違う人は、尊敬するべきポイントをまだ見つけられていないけれど一応は表面的に敬意を払っている相手です。
また、コインズでのグラード・カーリー氏への『御当主様』という呼び方は個人ではなく立場は敬意を払うべきものと認めているから様付けです。(個人には価値を見出していなかったのでああなったのですが)
狂信者だからといって他の神々を悪く言うタイプではないので、あのゼウス神ですがちゃんと心からの尊敬を込めた様付けです(女癖とかは普通にどうかと思っていますが)。




