番外編:特異点が生まれた日②
side アーリン
私は一度、『怪獣』を単独で倒したことがある。
その時に得た称号が『生還者』。凄腕の冒険者でも単独撃破はほぼ不可能と言われる『怪獣』にたった一人で挑みかかり、生き残ったという称号。
けど、それは偶然みたいな奇跡だったというだけで、何度でも倒せるというわけじゃない。あの時だって何度も死にかけたし、相性もあった。
今回は……相性が悪い。
「もうっ! 殴れる高さまで降りてきなさいっての! 上から一方的に攻撃なんてズルいわよ!」
馬車の木造の屋根に上って、怪鳥から羽ばたきと共に放たれる青銅の槍のような羽根弾を打ち払い続ける。
私の得意分野は自分に強化魔法をかけての接近戦だ。こういうタイプの相手は向いていない。いつもなら、そこらへんの槍なり石なりを掴んで投げるんだけど、走る馬車の上ではそうもいかない。
「お嬢さん! やっぱりそいつ叩き落して逃げない? ここなら街に被害もないわ!」
「おい! ここまで連れて来てそれはねえだろ! チッ、俺がそっち側ならとっくにそうしてるけどな!」
ドレイクとかいう変装男は馬車の中から『電撃』の魔法で牽制してるけど、金属製の身体に対しての相性は悪くないはずなのに相手が大きすぎてほとんど効いていない。
この男の魔法が未熟ってわけじゃない。
むしろ、体付きからして接近戦に特化した鍛え方をしているのを考えれば、補助としての遠距離攻撃魔法として普通の魔術師の攻撃魔法に引けを取らない一撃を放てるというのは大したものだろう。
けど、問題は相手が『怪獣』だということ。人間相手では一撃必殺を狙える攻撃だとしても、それは『怪獣』にとっては何百分の一のスケールだ。
『怪獣』の強みは途轍もない質量と生命力、さらにそこから生み出される破壊力と、桁外れのパワーを振り回しながら昼夜動き続けるスタミナ。
単独撃破なんてやらかした身で言うのもどうかと思うけど、本来は人間が数人単位で戦うような相手じゃない。
弱るのを待てる相手じゃないし、こっちからの攻撃は針の一刺し、あっちの動きは掠っただけでも致命的。
毎度軍で大規模作戦が行われるのが当たり前という災害みたいな生物だ。
そのスタミナとパワーの差がもろに出始めている。
交戦開始から二十分……地下道に逃げ込む前に馬車ごと捕まりかねない。
「ジル! ライル! お願い、もっと急いで!」
あのジャネットって娘は必死に馬を操ってる。馬はすごくいい馬だし、この馬車自体もかなりしっかりした作りのいい馬車だ。
普通ならここまで飛ばせばどこかの軽い障害物で転倒してもおかしくないのに、よく走っている。
だけど、逃げ切れない。
あの憎悪に燃える瞳を直視した私にはわかる。あれは……
「……っ! 離れた! 警戒しなさい!」
あれは……本能だけで暴れまわる『怪物』じゃない。
知性を持った、戦術を考えられる『人間』だ。
真上からの攻撃を防がれ続けて、とうとう戦法を変えてきた。
一度離れてどこから来る? どこを狙う? そんなの、決まり切っている。
将を狙うなら、まず馬を狙う。
「ドレイク! あんたは自力で何とかしなさい!」
馬車の側面から角度を付けた羽根弾が襲来する。真上からの攻撃よりも面積が広い。私が守れる場所は限られている……だから、ジャネットと馬の横へ飛び込んで、杖で羽根弾を弾き飛ばした。
でも、馬車の後ろへの羽根弾は防ぎきれない。
一発が車輪に直撃して、高速で走っていた馬車のバランスを崩壊させる。
「きゃっ!」
「舌噛まないでよ!」
私は護衛依頼者を抱えて横転する馬車から逃げ出すので精一杯だった。
side ドレイク
俺の父親は二人いる……いや、一人は父親だなんて呼びたくもない。ただ血が繋がっているだけの屑野郎だ。
あいつは地方領主の一人、いわゆる悪徳貴族って呼ばれる部類の男だった。
領地の街が中央政府から遠くて、最寄りの街との交流も少ないのをいいことに狭い壁に囲まれた世界で好き勝手振る舞う典型的な小物の悪党。
領民を財産ではなく搾取の対象だと思っているタイプのろくでなし。
そして、恨まれていることを自覚していながらそれを受け止める覚悟もないどうしようもない無責任野郎。
そんな屑の息子として産まれてしまった、不幸な母親が産まされてしまった俺の育ての親は、その実の父親の影武者だった。
俺の変装の師であり、俺が義賊と呼ばれることになった盗賊団の元頭目だった男。
悪徳貴族であった俺の父親の溜め込んだ横領品や脱税金を盗み出し人々に返そうとして、失敗して捕まってしまった敗北者。
そして、仲間を見逃させる代わりの交換条件として影武者になった男。
いつまでも、自分のものではない悪事への怨み言を一方的に聞き続けながら、仲間のため……そして、俺のために演技を続けた男。
彼が優しく笑えるのは、本当のことを知る俺と話している時だけだった。
彼は誰よりも優しく……それなのに、苦しめられる人々からの罵声に、濡れ衣以下の罪に傷つき何もできない自分を責める本当に、気の毒なほど善良な義賊だった。
悪徳領主は奴とお零れを貪る側近しか知らない別荘にいつもいて、俺もその場所は知らなかった。
それは、俺があいつを殺してやりたいと思っていたことを知っていたからだろう。
要するに、俺は家に居ながらにして捨てられていた。
だが……結局、悪は最終的には討たれるものだったらしい。
『転生者』がやってきて、知り合いだか目の付けた女だかを強引に連れていかれたとかそんな理由で、悪徳領主は潰された。
物語でならどこにでもある、ありきたりな顛末だ。
それでも、俺は赦せない。
確かに、悪徳貴族は討たれた。
だが、その前に……俺の父親は、影武者だった義賊は『勘違い』で殺された。力任せで全てを解決しようとして、殺す相手のことをよく調べることもしなかった、短絡的な転生者の手で。
『私が話をしてくる。なに、ちゃんと話せばきっとわかる。だから……この場所へ逃げるんだ。そこに、私の昔の部下達がいるはずだ。彼らを頼れ』
話し合おうとした。
事情を説明しようとしていた。
武器を捨てて、手を上げて、抵抗の意志がないことを見せていた。
なのに……『こういう手合いの話は聞かないのが一番だ』なんて言葉で片付けて、無抵抗な彼を殺した。
命乞いを、真実を、制止の言葉を『テンプレ乙』『典型的な小物だ』なんて言いながら、聞く耳も持たずに断殺した。
そして、挙句の果てに……後から本物の領主が別の場所にいるとわかって、間違いを悔やむかと思ったら……
『別にいいだろ。悪人に味方してたんなら、あいつも悪人だったってことだろ』
……ふざけてやがる。
人の命を……この世界の人間の命を、なんだと思ってやがる。
あの人のことを何も知らずに、何も知ろうとせずに……何を言ってやがる。
殺してやる、殺しつくしてやる。
神の威光も異世界の知識も関係ない……別の世界で死んだ死人共を、元の死人に戻してやる。
転生者は……皆殺しだ。
『絶対に……赦さない』
「起きろこの軟弱男!」
激しい衝撃。
蹴り飛ばされたと認識するのと目覚めるのとどっちが先か、いやそれよりも現状を再認識するのが先だ。
訓練は受けている。すぐに思い出す。
『怪獣』に襲われて馬車が転倒して意識が飛んだ。そして、あのアーリンってドルイドに蹴り飛ばされた。おそらく……
「くっ! リジェネ道の師範代を……嘗めるんじゃ、ないわよ!」
アーリンが、怪獣の鉤爪を杖で受け止めていた。投げ出されて倒れていた俺を狙った攻撃を止めて、邪魔な俺を引き離すために蹴り飛ばしたのだろう。
『怪獣』の物理攻撃を止める人間なんて戦士職でもまずいないが、全身に強化魔法をかけてでもそれができる辺りアーリンも一冒険者の強さとしては異常なのだろう。
だが、それでも足りない。仮に膂力が同等でも、相手は空を飛べる分有利だ。
「チッ! 『サラマンダーエッグ』があれば……」
本来、怪獣退治などというものは正規軍で計画を立ててやるものだ。
その巨体にダメージを与える超高熱爆弾『サラマンダーエッグ』をダメージソースとして、軍でワイヤー拘束や挑発、防御を連携して繰り返しながら爆弾をぶつけて体力を削っていく。
手練れでも、こんな数人で相手をするような生物ではない。
今回の相手は飛べるというのが厄介だが、サイズとしては超級というほどじゃない。
俺のスピードで口の中にでも爆弾を直接ぶち込めれば殺せる可能性もある……その爆弾『サラマンダーエッグ』がないのが問題だが。
「こうなったら……馬を奪って一人で走るか」
俺のスピードは瞬間的には誰にも負ける気はないレベルだが、持久力で言えば馬に乗って走った方が速い。馬も、馬車を引かず人一人を乗せた方がずっと速い。それに……あれの狙いは俺だ。距離を取れば、こっちにおびき寄せられるかもしれない。下手をすれば、ただ俺を助けようとした二人を見捨てて逃げるだけになるが。
「地下道の入り口がどこにあるかわからないが、この道沿いにあるって言うんなら場所はある程度絞れる。それなら……」
「だ、だめ! ドレイクさん待って!」
アーリンに庇われたのか無傷で馬車の陰に座っていた商人の小娘……ジャネットだったか。
あいつも衝撃で多少意識が飛んでいたらしいが、目覚めて俺の意図に気付いたらしい。俺に馬を盗まれることになって嫌だろうが、聞き入れてやる義理はねえ。
わざわざ見捨てられたものに関わった自分を恨みな。
「違う! 違います! あなたが馬に近寄ろうとすると、えっと……転んで死にますよ!」
「は、はあ!?」
わけのわからない言葉に思わず足が止まった。
脅しにしてももっと言い方があるだろう……そう思って、思いとどまったというよりも驚いて足を止めた直後。目の前に大量の羽根弾が突き刺さった。
今、足を止めなかったら……
「私が支援します! アーリンさんと二人で『彼女』を追い払ってください! それ以外だと……いえ、なんでもありません!」
正気か?
たった三人で、空を飛べる厄介な『怪獣』を撃退しろだと?
そんなこと、常識的に考えてできるわけがない。できるとすれば……こいつが『転生者』なら、あり得るか?
だが、それならどちらにしろ従う気はさらさらない。生き延びるために『転生者』の力を借りるなんて、できるわけがない。
「この状況で、てめえに何ができるって言うんだ! 支援つったってよ!」
もしも、『転生者』としての能力を発動するっていうんなら……殺す。
それで俺がこの状況を生き延びる道がなくなるとしても、一人でも確実に殺せる転生者がいるならこの場で殺す。自分可愛さにやつらを生かしておく気はない。
さあ、どうするんだよ。
この状況を……どう変えるって言うんだよ。
「信じてください……あなたが、私を信じられないことはわかってます。でも、それでも信じてください。私には、そう言うことしかできないんです」
信じられない。
こんな、いきなり俺の前に現れて、結果的にこの怪鳥の前に連れてくるような女は信じられない。
言ってること全てが根拠がなくて、信じられない。
俺にはこいつを信じる理由なんてどこにもない。
だが……俺がこいつを信じられないということは、俺に信じられないことをわかってて、その上で無理矢理にでも俺を街から連れ出したこいつに、俺はいつまで『信じられない』と言い続ける?
本当に『転生者』かどうかもわからない相手に?
それは……『話せばわかる』と言った彼を殺したやつらと同じか?
「ふざけんな……信じるも信じないも俺の勝手だ! 勝手に信じないだろうとか決めつけんな!」
「じゃあ……」
「やれっ! それで死んだら悪霊になって祟り殺してやらあ!」
「はいっ!」
心底嬉しそうな声で返事をして、指を組んで祈りの姿勢をとるジャネット。
そして、その唇からは、唱うような、定型句としてではなく心から湧き出た言葉を紡いだような自然な詠唱が流れ出た。
「【主神様 彼らに加護を分け与えることを お許しください】……【過剰祝福】」
ジャネットの身体を眩いばかりの白光が包んだ。そして、そこから光の粒が群れとなって俺達へと降り注ぎ、身体に染みこんでいく。
これは……神官系の魔法使いが使う霊能系魔法の基本技【祝福】だ。
信仰する神の力の一部を自らに降ろし、普段から無自覚に受けている加護を一時的に強化する強化魔法。
その強さは適性や熟練度にもよるが……これは異常だ。俺も何度か仲間からの強化で受けたことがあるが、そのどれよりも遙かに強力な能力上昇を感じる。
しかも、俺だけじゃない。アーリンにも同じだけの『祝福』が届いている。
「ばっ、馬鹿野郎! こんなもん、人間が耐えられる神の力を完全に超えてんだろうが! しかもそれを複数人にかけるなんてやめろ! 焼き切れて死ぬぞ!」
これなら確かに勝てるかもしれない。
だが、それで死んだら意味がない。俺の因縁に勝手に関わって、俺を助けようとして、なんでそこまで……
「だ……大丈夫、です……でも、慣れてないので、魔力が……早く、戦って……」
焼き切れてはいない。
信じられないことだが、これだけの主神の力を降ろしながら、人間の限界を超えた力を抱えながら、それ自体は苦にしていない。
だが、力の変換に消費される魔力が尽きればどちらにしろこの支援は維持できない。
つまり……
「チィッ! わかったよこの無茶苦茶女!」
勝手に関わってきて、勝手に助けようとして、勝手に信じられないような力を使って、勝手に魔力を振り絞る。
最初から俺に選ばせる気なんてない……こっちがどうしても思い通りに動くしかないなんて、腹が立つ。
「アーリン! あれの動き止めろ! 避けられないようにな!」
「あいよっ! しっかり決めなさい!」
アーリンが押し合いを続けていた鉤爪を素早く掴み、体重差で持ち上げられるより早く地面に引き落とし、自らの杖を貫通させて地面に縫い止める。
怪鳥は敵の急激な強化に対応しきれず、杖の拘束から逃れようと藻掻くがアーリンの踏みつけがそれを許さない。これで、絶対に外れない状況は整った。
後は、俺のラストアタックだけ。
俺はナイフを二つ持ち歩いている。
一つは魔力をかき乱す希少鉱石を含んだ破魔のナイフ。
そしてもう一つは……魔法を溜め込んで一気に爆発させることができる、蓄積型のマジックアイテム。
本来は転生者を殺すための奥の手だが……特別に見せてやる。
「【響け 轟け 黒く染まれ 雷雲に満ちる稲妻が如き 我が怒りを 知れ】……【荷電雲刃】」
地面に縫い止められ空に逃げられない怪鳥の周囲を高速移動しながら迫る。
嘴と羽根弾で迎撃しようとする怪鳥の反応速度を遙かに超えて、狙いを悟らせずに駆け抜ける。
そして……見えた。硬い羽根を持ちながら大きく動く関節にできる弱点、首の羽毛の隙間。
「ハァアッ!」
切り裂く一閃。
その頸動脈をぶち抜き、致命に至るに十分な……
「キィィエッ!!」
あと半秒で完全な致命傷に至るという瞬間に、信じられない高速機動でナイフの動きに巨躯が同期した。
こいつ……自分の片脚を、引きちぎりやがった!
あり得なかったはずの態勢、死角だったはずの位置に迫る嘴の先端。
ヤバイ、攻撃に身体を傾けすぎていて、退避できな……
「ジル! ライル! 突撃!」
死を覚悟した直後に、予想していた方向と別の方向からの衝撃。
攻撃してきたのは……馬車に繋がれていたはずの馬だ。
俺とアーリンだけじゃなく、二頭の馬にまで同じだけの【祝福】を与えていやがったのか。それで、俺と怪鳥の横っ面を同時に……
「ぐおぁっ!?」
「キェッ!?」
致命傷は免れたが吹っ飛ばされた。
それに、ナイフも飛ばされてやつを仕留め切れていない。あと、ほんの僅かでとどめが刺せたものを……何で俺まで……
「何しやが……」
「ダメ! もう戦っちゃダメ……どっちも、今日はもうやめて……お願いだから、ね? アーリンさんも……お願い」
アーリンは……引きちぎられた怪鳥の脚を貫いている杖を引き抜き、戦利品のように鉤爪を手に取る。もはや、勝負はついたというように。
「私はいいわよ。これ使えそうだし、別に殺しがしたいわけじゃないからね。手負いの怪獣なんて下手に深追いする気もないし……その怪我なら、さすがにその子も帰るでしょ。飛んでかれたらどうしようもないわ」
「なっ、てめっ」
「勘違いしないの。私が依頼されたのは『護衛』。怪獣退治がしたいなら軍にでも頼みなさい。それに……見ててわかったわ。あんたがなんか怒らせたんでしょ。地下道までは連れていくけど、それ以上肩入れする義理はないわ」
アーリンがそう言って睨むと、怪鳥は血を撒き散らしながらも自分の力で飛び去っていく。回復してまた襲ってくるまではそれなりの期間が稼げるだろうが……今は、どうしようもない。既に【祝福】は消えた。ナイフを投擲しようが魔法を撃とうが殺せない。
「くっそ! てめぇらは……いや、何でもねえ」
ああ……そうだったな。
こいつらは最初から、俺を助けようとはすれ、あいつを追い払おうとはすれ……俺の味方をするなどとは一言も言っていない。街で襲われれば被害が拡大する。俺を街の外に放り出せばそれでよかったのを、ここまで護っただけでもいいお節介だ。
それに……あれが俺を恨んでる理由も、何となく察しはついてる。
「ごめんなさい……でも、地下道まで行きましょう。アーリンさん、馬車を直すの手伝ってもらえますか?」
side ジャネット
人類のためを思うなら、厄介な飛行型の怪獣は倒せるなら倒しておくのが最善だってわかってるし、そうしなかった理由を説明できないせいでドレイクさんが怒ったのもわかってる。
でも……言っても信じてもらえないはずだから、しょうがない。
夢の中で見た、恨みを晴らしてしまった直後の、完全に獣の破壊衝動を忘れて周りを見回した彼女の……街を壊し、多くの人を傷付けてしまったことを理解した瞬間の哀しい瞳と慟哭を伝える術を持たないんだから、仕方ない。
そして……
「あんた……ジャネット、だったな。あんな【祝福】、人間にできる魔法の域を軽く超えてる……何者だよ」
あの魔法を使っちゃった以上、そう問いかけられるのも仕方ない。テーレ様から魔法の基礎を習って、ある日ふと『できる』ってわかっちゃっただけなんだから。
でも、さっきの局面を抜けるにはあれしかなかった。
最悪、研究材料として拘束されたりする可能性があっても。
「……私は『□□□□』というものを探しながら旅をするただの行商人の小娘。それだけです」
「……俺は『転生者』に恨みがある。あの糞野郎共は、機会があれば殺してやろうと決めているくらいだ。それを知ってて助けたのか?」
「いえ……ただ、あなたが襲われるって知って、その争いをどうにかしたかった。それだけです」
「そのために……『普通の人間』には使えないような魔法を使ったのか?」
御者台まで殺気が伝わってくる。
アーリンさんは……動かない。護衛対象同士のいざこざには不干渉ってことかな。
『本当のこと』を言っても信じてもらえないっていうのはこういう時困るかな……いや、ミーム付与とかなくても信じてもらえないかもしれないけど。
そうだよね……言葉にするべきは、私自身の本当の言葉。事実じゃなくて真実だけ。
下手したら首が飛ぶかもしれないけど……主神様、もしもうっかり死してしまった時には死ぬほど謝るのでどうか御赦しを。
狂信者さん、バーベキューの時は幽霊になってるかもしれません。お肉と炭の仕入れは他の人にお願いします。
「……ドレイクさん。私は自分を、確かに少し珍しいところもあるけど、『普通の人間』だと思っています。この世界で生まれて、神様に見守られながら生き、最後には天に還る。そんないくらでもいる人間の一人……命の一つです。魔法だって最近になって憶えたばっかりで……それはきっと、特別だって言うんならドレイクさんの特別ですよ。あの魔法が使えるからドレイクさんを助けようと思ったわけじゃないし、ドレイクさんは日頃の行いが……まあ、最悪ではなかったんですね」
詳しい事情は知らないから、飛び去って行った『彼女』に恨まれる原因になる何かもあったんだろうけども。
善い人が人生の中ですること全てが善行じゃないし、悪い人がすること全てが悪行じゃない。
一つの行為にだって、表と裏があって誰かにとっての善で誰かにとっての悪になることもある。
女神ディーレ様の教えだと『善意』の有無が重要らしいけど、主神様の教えだと一つの行動は無限の結果に繋がる『混沌』の一部、考え方も立場も違う人間が数多いる世界で善悪を一括りになんてできない。
「それに……私は一人、『転生者』と会ったことがあります。彼は多分……少なくとも、あなたの想像してるような人間とは違うタイプの人間です」
「…………それは、俺の決めることだ」
「そうですね。ちゃんと、『転生者』ではなく『個人』を見て決めてあげてください。その上でなら……多分、あなたの怒りや憎しみにだって、彼は彼なりの誠実さで応えてくれますから。他の転生者の人たちだって……知ろうとすることをやめたら、あなたの方が歪んでしまうから。あなた自身が本当はどうしたいのかを、ちゃんと思い出してください」
「……ふん。どうせ、その『転生者』のことを詳しく教える気はないんだろ。どこの誰かも知らないやつと仲良くしろだなんてよく言うぜ」
「ええ、まあ。今のあなたに教えたらあっさり殺しちゃいそうなので、もうちょっと落ち着いてからということで……それに、別に仲良くしろとは言いませんよ。彼ならきっと、『こんなやつ利用し尽くしてやるぜ!』みたいな姿勢でも大歓迎で接してくれます。その分利用し返されちゃうかもしれませんけど」
「ふん。まあ、いいだろう。やつらは一応『神の御使い』ってことになってる部分もある。そうやって匿われるのもよくあることだ」
殺気が引いた。
どうやら、私はまた一つ峠を越したらしい。主神様の御加護に感謝します。
ドレイクさんは警戒を解いたのか、寝っ転がったような音がした。
「そもそも【祝福】は加護の厚い神によって強化の種類が変わる魔法だが、あれは全能力強化……【主神の祝福】だ。主神は転生者を寄こしたことないしな。ただの異常体質だか才能だかってことにしておいてやる。転生者じゃなくてもざらにいるしな、そういう突然変異みたいなのは。それこそ、そこの怪獣と力比べしてやがった怪力女とかな。一々そんなん連れて帰って調べてられるほど暇じゃねえ」
「ありがとうございます。私も旅を続けたいので、殺されちゃったり拘束されたりするのはちょっと嫌なので」
「怪力女、後で受け取った依頼料教えろ。こっちの経費で落とすから、そいつに返しておけ」
「はいはーい。じゃあジャネットちゃんには加減してあったけど、ちゃんと正規の依頼料でもらうわよ。いいでしょ?」
「やれやれ、どいつもこいつも自分勝手でいやがるな」
「命の恩人になんて口振りよ。あと、『怪力女』はやめて。単純な押し合いとか引き合いに見えて、ちゃんと技術も使ってるんだから」
「技術だけであんなんができるなら教えてもらいたいところだがな」
「はは、二人とも仲良くしてくださいね」
二頭に引かれ、三人を乗せて、馬車は進む。
同じ世界に生きる者同士、同じ祝福を受けた者同士。
仲間とも友達同士とも言えないけど、赤の他人でもない関係のまま、共存する。
いつもの旅とは違うし、ずっと一緒にいられるわけでもないけど、目的地に辿り着くまでのほんの短い間なら、こういう騒がしい旅路もいいだろう。
人だろうと場所だろうと同じこと。出会いと別れの繰り返しが『旅をする』ということなんだから。
ちなみに、この日の出会いが後に国を揺るがす一連の騒動の発端になってしまうというのは、まだまだ先のお話。




