番外編:特異点が生まれた日①
side ???
惨劇が見える。
青銅の翼を持つ怪鳥が街を襲っている。街を囲う壁は空からの攻撃を想定して造られてはいないために、意味をなさない。
建物が崩れている。それに巻き込まれてたくさんの人が潰されたり怪我をしたりしている。
街の冒険者が怪鳥に挑んでいる。でも、まともに戦えているのは磨かれた灌木のような杖を持った女の人一人だけ。
誰かが『怪獣だ』と叫んだ。
人々は恐れおののき、街の外へと逃げだそうとしている。
怪鳥はその大勢を睨みながら、ただ一人を狙い舞い降りた。意図せずその他の人を何人も踏み潰しながら。
狙われた一人は嘴に咥えられ、もがきながら持っていたナイフで嘴を開かせようとするけど、怪鳥のあまりの力に意味をなさない。
咥えられた人の顔が別人のように変わった。
悔しそうな、でも運命を受け入れたような顔で……
その唇が誰かの名前を唱えた直後……彼の身体はただの血と肉となって爆ぜた。
怪鳥は……我に返ったように目を瞬かせ、自らが滅ぼした街の中心で慟哭を続けた。
「はっ……! ただの夢……じゃない、かな」
馬車の中、毛布に包まりながら眠っていたことを思い出した。
そして、今がいつで、私が誰かをはっきり思い出す。
「あの景色は見たことがないから、あれは過去じゃなくて未来のこと。今までの経験からすると……五日後くらいかな。丁度次の街に到着する予定だったけど……急げば、一日くらい早く着けるかも」
私はジャネット……ジャネット・アーク。
主神様からの神託を受けて旅を始めたしがない商人。時々、『まだ起こっていないこと』を夢に見てしまうというだけの、周りから見るとちょっと変わったことを言う小娘。
こういうことはよくあるけど……今回はさすがに、何もしないというわけには行かない。
「ジル、ライル。もう起きてる? ちょっと街まで急ぐから、頑張ってもらうよ」
私は転生者でも何でもないけれど、目の前で起きる悲劇くらいは何とかしたいから。
side ドレイク
厄介なことになった。
ここもいずれ奴に見つかる……どうにかして、中央の方へと行かなきゃならないが、あいつは空からやってくる。どうやっても隠れたまま移動するのは無理だ。
最初に襲われた時、やつが自分で吐き出した血液を大量に付けられた……自分の身体の一部を相手に付けて位置を察知する、一種の呪いだ。
それに加えて、やつ自身の血の残り香で正確に位置を感知されてるらしい。浄化にはかなり高級な聖水が必要だが……くそっ、こんな地方じゃ高級聖水なんてそう簡単に手に入らないってのに。
「はあ……困りましたわね」
こんな『女の格好』をして、香水と粗製の聖水をかけまくって誤魔化してはいるが、これだっていつまでもつか。
何とかあの死体と一緒に手紙も送ったから、部下が高級聖水を持ってくるまで見つからなければ何とかなるんだが……こんな時、公共の通信回線を使えない機密部隊という立場が苛立たしい。
冒険者ギルドなんかの通信用アイテムは傍受の可能性があるからこういう時には使えない。
「全く、他にもお仕事があるというのにこんなところで……」
「すみません、相席いいですか?」
商人風のそこそこ小綺麗な服装……だが、旅用の丈夫なやつだな。女で行商とは珍しい。
で、一見女に見える今の俺に安心して相席を頼んできたわけか。しかし、そうなると一人旅ってことか? 珍しいもの好きだ。
「はあ、構いませんが……私はもう行きますので」
「あの……じゃあ、その前に一つ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
装飾品の売り付けか? それとも美容の秘訣でも聞きたいのか?
どちらにしろ、まともにとり合ってやるつもりはねえがな。適当にはぐらかしてやろう。
「なんでそんな『女の人みたいな格好』してるんですか?」
……は?
「……何のことだか。よくわかりませんわ」
「スカートの下にナイフを隠してますよね。どうやって顔を変えてるのかはわからないけど……あの『鳥みたいな怪獣』から隠れるためにそんな姿をしてるんですか?」
……こいつ、どこまで知ってやがる。
どんなに洞察力があっても、わかるのは俺の変装と隠し持ったナイフまでだ。あの鳥野郎のことまでは見ただけでわかることじゃない。
だったら、俺が前に襲われた時に見てたってのか?
いや、そういうんじゃねえな……俺が鳥野郎に襲われたのを見たことがあったとしても、今も追われ続けてるかどうかはわからない。推測くらいはできるかもしれないが……こいつの目にあるのは『確信』だ。
知りえないことを確信をもって知っている……こいつは……
「そういうあなたは……『転生者』ですか?」
ナイフはいつでも取り出せる。
立ち振る舞いからして、殺すのは難しくない。だが、ここで殺せばこの街に隠れていられなくなる。街の中の混ざり合った匂いが一番姿を隠しやすい。
殺すなら暗殺だが……先に捕捉されたこっちが不利だ。
能力はなんだ。『心を読む能力』か『何かを使役して情報を手に入れることに長けた能力』か……『心を読む』タイプなら、『心を操る能力』とセットになってるタイプだとマズいな。
試すか……このクソ野郎。喉笛裂いてぶっ殺してやる。
「……あの、転生者ではないんですけど……こ、怖いのでそんなに睨まないでもらえませんか?」
……違うな。
心が読めるなら、ナイフのことがわかっててこの間合いで能力を使わずに俺の前に座っているなんてのはできない。転生者の奴らはそういう自分の命を危険に晒すことをやろうとはしない。
『転生者ではない』か……ま、転生者で俺の正体を知ってたら、こんな無防備に座ってることなんてないか。
警戒するなら、こいつが誰かに動かされている場合だ。
ちっ……こんな時に。
「あの……お話を、聞いてもらえますか?」
「どうしてあの『鳥』と私の関係を知っているかについて教えてもらえたら、と」
「それはその……夢で見たといいますか……あ、いえ、やっぱり方法は秘密ということで。私が知ってるのは、『彼女』があなたを殺そうと目を血眼にしていることと、たぶんあと一日でここに来る距離まで来ているだろうってことだけです」
『夢で見た』か嘘くせえ。
だが、一日でここに来るか……いや、さすがにもう少しは隠れていられるはずだ。あと数日あれば、部下が中和剤を持ってくる。街を離れればそれがまた遠ざかる。
「……信じてもらえないんですね。わかってましたけど」
「そうですね……私はあと何日かここに滞在するつもりです。あなたは……私にこの街から離れてほしいんですか?」
「いいえ、そういうわけでは……いえ、間違ってはないんですけど。街の中まで『彼女』が降りてくると大変なことになるので、追いつかれる前に安全な場所まで逃げてもらえればと」
「『安全な場所』なんてないでしょう? あれを本当に知っているなら、それくらいわかるのでは?」
「この街から馬車で数時間の場所に、地図に載っていない地下道があります。そこを通って行けば『彼女』をまたしばらく撒けます。ここに留まりたいのは、待てばどうにかなる算段が付いているからでしょ? 何かが届くとか……それまで、地下道で隠れませんか?」
それはいい話だな。部下にはその地下道まで届けに来るように言づけておけばいい。
本当なら、の話だが。
「信じられません。『地図に載っていない地下道』なんて、あなたは行商人でしょう? この辺の地理に詳しい方というのならまだしも、昨日今日着いたばかりの方がなんでそんなことを知っているんですか?」
こいつの話は胡散臭すぎる。
信じる根拠が何もないのに本人が確信してるところなんて特にそうだ。
信じる奴の方がどうかしている。
「そうですね……うん、信じてもらえないのが普通、なんだよね。でも……私は、あなたと『彼女』を助けたい。あと、この街で巻き込まれる人たちも。だから……信じてもらえないままでもいいから、一緒に来て欲しい」
「では……力づくで、連れて行くとでも?」
「あはは、さすがに私にはそんなことできる力はありませんよ。そこで……」
肩を後ろから叩かれる。
かなり強い力の持ち主だ。それに、俺が背後に立たれたのを気付かないほどの技量がある。
……やられたな。畜生め。
「お嬢さん、この人でいいの? 護衛対象は」
「はい……私と一緒に、地下道までお願いします。アーリンさん」
元から俺に拒否権ねえじゃねえか。
side ジャネット・アーク
コインズの街でのこと。
狂信者さんに相談してみたことがあった。
『予知夢が見える。そして、その内容を絶対に信じてもらえないと? ふむ、ちなみに不干渉時の的中率は……そうですか、現状100%と。それはことが起こった後にも変わらず信じてもらえないというタイプですか? なるほど、では実験してみましょう』
簡単な実験。
まず、私が『以前夢で見たこと』と、『それと同じくらいあり得ない作り話』を並べて、どちらが『夢』だったのかを別の紙に番号で書いて封をしておく。それを二十問用意して、狂信者さんが『可能性を論じるまでもなく一番ありえなさそうなもの』を選んだ番号の紙と比較する。
もちろん、問題を作る時も答える時も狂信者さんは私を見たりせず、表情で読み取ったりもできないようにして。
そして……
『ふむ、二十問中二十問一致ですか。出題傾向はあれ、確率は約百万分の一。これは偶然ではありませんね……明らかに異常な認識歪曲。嘘ミームの付与ですね。カサンドラさんと同じタイプです。強力なミームですが、ここまで浮き彫りだと逆に親切ですね』
あっさりと、直感的な信じられる信じられないという境界を踏み越えて私の悩みを『立証』してみせた。
私が考えたこともない実験をいきなり提案されてびっくりした。
『いえいえ、実はこの実験はここで考えたわけではないのですよ。実を言えば、最初にアーク嬢が主神様の神託を口にした時、私もそれを嘘だと感じたのです。しかし、私にはそれを否定するような知識も常識もなく自身の直感的認識を不自然に感じた。私は嘘だと断じる要素がなければ最初はまず信じる、少なくともその情報が成り立つ世界観を構築すると決めていますしね。しかしその一例だけでは嘘ミームの実証ができなかったので困っていたのです』
直感的に信じられないものを、先に決めつけていた『まずは信じてみる』というルールに反するという理由で直感を否定した。それは、彼が普段から自分で決めた『ルール』に対してそれだけ厳格に振る舞っているからこそできたことなのだろう。
そして……
『であれば……「現実は小説より奇なり。であれば最も奇な事象こそが最も現実に相応しい」といったところですか。アーク嬢、何か予知夢を一つ言ってもらっても?』
『えっと、じゃあ……狂信者さん、多分明日のブラッシングでライルに構い過ぎて前足で軽く蹴られるから程々にね』
『うむ……了解しました。ライルさんが怒らない内に終わらせるとしましょう』
『え、信じてくれるの?』
『はい、アンチミーム……アーク嬢の言葉に付与される嘘ミームを打ち消すためのミームを作ってみました。具体的にはアーク嬢の言葉の中で「可能性を論じる必要もないほどあり得ない」と思ってしまうことを逆に「だからこそ妙に現実味がある」と思うように認識を改めてみました。元の言葉を知っている私にしかおそらく効果がありませんがね』
私の言葉が信じてもらえないのはきっと、私が主神様の加護を特別に受けているのを多くの人に知られないようにするための祝福の一部。
もちろん、それが主神様の本気ってわけじゃないだろうけど……それを、正面から人間の知恵で突破してみせるあの人は転生者とか関係のないところで特別なんだろうと思う。
けど、そんな彼に出遭えたことは……きっと、私にとってすごく幸運なことだった。
『アーク嬢がその言葉を信じてもらえないというのは、アーク嬢自身が悪いわけでも相手が悪いわけでもありません。ただ、誰が文句を言おうとも穴の開いた樽に水が溜められないように、そういうことになっているのでしょう。であれば、穴そのものが塞げないのならその樽の内側に革袋をはめ込むなり別の樽を使うなりしなければなりません。私は嘘は嫌いですが……あなたが誰かを救うために真実を信じてもらえないというのなら、多少強引な手段も仕方がないでしょうね』
今までは言葉を尽くして、私の見た夢を信じてもらうために努力してみて、たくさん失敗した。
わかってた悲劇を防げなかったり、追い出されたりした。
だけど、信じてもらえないのが私の伝え方が悪かったわけじゃないって言ってもらえたから……そこは仕方がないって認めてもらえたから、こういうやり方もできる。
「へー、すごいわね。変装で肌の色まで変わるなんて」
「こんちくしょうめ……てかこれ、普通に考えて誘拐だろ。冒険者なら依頼くらい考えて受けやがれ」
「あんな必死な顔で『この街で一番強い冒険者のあなただからこそお願いしたいんです!』とか言われたら、細かい事情はともかく協力したくなるわよ。それに……あんた、あんなに殺気立っててカタギに見えなかったし」
ドレイクさんを無理やり馬車に連れ込んでくれたアーリンさんと、強制連行されて不服そうに変装を解いたドレイクさん。
うん、夢の中で見た時には最初の女装……いや、変装のまま死んじゃってたからそういう私服の人かと少し思ってたけど、普通に男物着る人だったんだね。
「それに、依頼料もちゃんと払ってくれたし。悪戯にしては本気すぎるでしょ」
「チッ、まあいい。本当に地下道があるって言うんならこっちも助かるしな。だが……街を出て匂いの誤魔化しができなくなった。近くにいたら見つかるかもしれないってのに」
「そこまで近くにいたらどちらにしろ街にいちゃマズいでしょ。その匂いが途切れてれば街を襲うだろうし」
飄々としたアーリンさんと、苛立ちながらもある程度納得してくれたらしいドレイクさん。
一応、念のために夢の中で唯一あの怪鳥と戦えていたアーリンさんに一緒に来てもらったけど……うーん、困ったな……
「あのー……ドレイクさん、アーリンさん。ちょっと誤算があって……ごめんなさい」
『五日後』だと思ったんだけど……起こること自体は何もしなければ百発百中だけど、タイミングとかは必ずしもそうだとは限らないんだよね。
解釈違いとかもないわけじゃないし。
急ぎで街まで来たつもりだけど、天気も良くて道のりが順調だったし……私が夢を見なくても、特に理由がなくても少し急ぎ目になって早く着いてたのかもしれない。それか、単に街の外に出たら位置を確信したあっちの速度が上がったのか。今更そんなことを考えても仕方ないけど。
「お、おい、なんだその深刻な表情は。まさか……」
「そう……みたいね。森の生き物が静かすぎる。来るわよ」
ジルとライルに鞭を打って馬車を加速させる。
まだ、地下道までは一時間くらいかかる場所だ。逃げ切れるかどうか……
「来ます、落ちないように気を付けて!」
馬車を影が覆った。
嵐のような暴風が馬車をひっくり返さんとばかりに揺する。
真上にいる……あの、青銅の翼を持つ『怪獣』が。
「キィェェェェェエ!」
まるで愛する者を目の前で惨殺されたかのような悲壮な怨嗟の籠った鳴き声が、大気を震撼させた。




