第62話 『不壊の書』
side 狂信者
はてさて、何はともあれ『読むと石化する魔導書』こと『不壊の書』に関する一連の事件は無事終了しましたので、その過程をダイジェスト的に。
まず、私は魔導書との『契約』に同意することで無事石化状態を解除し、また自由に動けるようになりました。
ちなみに、光に包まれたのは現実時間ではほんの一瞬だったようで、テーレさんはまたぞろ『測定結晶』の時のように爆発でも起こったのではないかと若干慌てたようですが、光が消えれば肌色を取り戻した私がいたので安心したといった様子でした。
ちなみに、『強制的な石化』自体が解除される代償として『契約魔法』が発動。
私は今後別な手段であっても『不老不死』を得る機会を喪失したそうですが、まあそれは些末事でしょう。
命はただ流転するもの。
これまでにこの『私』を維持するために数多の命を喰らっておいて自身だけは還りたくないなどと言うつもりはありません。
私の解呪後、私が安全性を立証した正規手順を行商さん親子にも説明し、クルトさんにも契約に同意していただき解呪と相成りました。
『血清聖水を使う』という当初の予定とは異なりましたが、正攻法で解決するのならそれが一番です。
クルトさんは無事、久方振りの柔軟な身体に驚きながらも感動し、行商さんと涙の抱擁を交わし合い……その後、お預けとなっていた『魔導書を勝手に読んだ件』についてキツく叱りつけられていました。
呪いを受けている間の精神不安定化は危険なのでと後回しにされていた件でしたが、その憂いもなくなったからということです。
クルトさんも呪いの恐怖は身を以て知ったばかりなので泣きそうになりながらも甘んじて説教を受けていました。
ちなみに、私は私でお手柔らかにと言う前にテーレさんからお説教を受けていたので仲良く怒られ仲間となりましたね。
しかし、解呪までは混乱があったものの、解決を見てから情報を整理し直せば実の所それほど危機的状況ではなかったというのが私の個人的な見解です。
「テーレさん、お怒りはわかります。私が不要な危険を経験するのを避けるべきだというのも重々承知です。しかし、私は後悔はしていません。そもそもとして……今回の事件は、手を誤らなければ運の要素すら必要なく解決するべきものだったのですから」
私は解呪に万全を期して魔導書を読み直し、クルトさんが感じ取り、慌てて本を閉じてしまった私がタイミングを逃した『質問』を改めて受け、契約を結ぶ意向を言葉にて示しました。
しかし、おそらくはそこまでしなかったとしても……ちゃんと本を読了し、心の底から真剣に『不老不死など御免被ります』『他人にもこんな苦しみを与えようとは思いません』と誓えば契約は完了し、石化は解除されるようになっていたと思います。
そのための自動強制読了機能です。
今は混乱し、そういった思考ができずとも全身が石化し考えることしかできなくなれば……いつかは、それを真剣に思ったでしょう。
その思考がいつになるかはわかりませんが、時間が無限にあればいつかは。そうならないのは、その不老不死の形に満足した者か悪用の考えを捨てられない者くらいでしょう。
「……はぁ、ま、それに関しては私の判断ミスを認めるわ。いつか自動で解呪される望みがあったとすると『安楽死の提案』は最悪手だった。結果論だけど、関わろうとしたあんたが正しかった」
魔導書を天界へ送るための魔法陣を地面に描きながら、拗ねるように顔を背けるテーレさん。
テーレさんの選択は、私の確実な安全を確保するという点では間違いではなかったと思います。それに……
「いえいえテーレさん。テーレさんがあの提案をしたことも結果的には正しかったのですよ。他の方でも、最終的には全身が石化する前に安楽死させるという選択を提示し、どこかでそれは実行されたでしょう。私のように『自ら魔導書を読んでみる』という選択をする物好きはなかなかいないでしょうし。クルトさんが助かるルートはおそらくこの過程しかありませんでした」
テーレさんが安楽死を提案し、私が彼らの処分を防ぐためにクルトさんに選択を迫り、クルトさんがそれに真剣に答えた。
その三つの分岐点を通るこの結果しか彼の解呪という結果はあり得なかった。おそらくは、ですがね。
私たちが彼らを放置していても、彼らが同程度に変わり者な方と巡り会っていた可能性もないとは言えないので。
「『善意に従った者が幸運を得る』。ディーレ様の司る法則の通りになったわね……確かに、あんたは正しかった。転生者としてはともかく、ディーレ教徒としては。あんたが善意に従った結果、私に寄ってきた『不幸』の引っかけ問題みたいな選択肢で失敗せずに済んだ。危険に見合った利益があったとは言えないけど、後に響く大失敗だけは防げたわ」
ちなみに、テーレさんは行商さんからいくらか冒険者としての解呪依頼として(といっても一般的な解呪が確立された呪いの相場としてですが)正当な依頼料を、そしてそれに加えて謝礼として商品のいくらかを消費したアイテムの材料に加えて調合素材などを受け取ったようですが、あまり金銭的な報酬としては釣り合っていないようです。
まあ、新種の呪いの解呪法発見となれば彼らに払える額ではなくなってしまうので仕方ありません。
私は損をしたとは思っていませんがね。二つほど、この事件がなければ得難いものを得られましたし。
「……ごめん。今回はいろいろと怒りすぎた……マスターが無茶をやりすぎたっていうのは変わらないけど、私がマスターを見誤ってたのは否定しようのない事実だわ。成功率九割って聞いて、失敗が一割だけだと軽く見たんじゃないかと思った。ディーレ様の加護を過信して、覚悟もなく賭けをしようとしたんじゃないかと思った。もしも失敗の一割を引いたら後悔したり文句を言うんじゃないかと思ってた。破滅願望かなんかで、意味もなく命を投げ出そうとしてるんじゃないかと疑った……だけどあんたは、想定外のパターンで失敗しても顔色一つ変えずに解呪法を考え始めて、自力で見つけた」
「見直しましたか?」
「…………調子乗んな。私があんたの能力を正確に把握してなかっただけ。これからも、不必要な無茶をしたら怒るから」
ふむふむ、好感度が多少は上がった気がしたのですが、気のせいだったかもしれません。
しかし、『無茶をするな』ではなく『無茶をしたら怒る』というのはある程度私の判断を尊重する方向性を考えてくださっているのでしょうかね。それならば、多少は評価を改めていただけたと思いましょうか。
「善処します。しかし、解呪法の発見は完全に私の独力というわけではありませんよ。テーレさんのおかげでもあります」
「私のおかげ?」
「テーレさんの『魔導書としての体裁を成していない』という発言から最後のページの書式が独立した一枚の『契約書』として読むことが可能なものだと気付いたのです。一応、クルトさんからの話で何らかの『解答』を求められていることまでは考え付いていましたが、それが魔法に関する学術的な問答であったなら手の打ちようがないかもしれないと思っていたのですよ」
「ヒントを出したつもりもないし、私も何もわかってなかったからただの偶然だけどね」
「では日頃の行いが良かったが故の『幸運』だったということで」
「まあ、そう思いたいならそれで……と、術式完成。マスター、ちょっと離れてくれる? この本、天界に送っちゃうから」
テーレさんに言われたとおりに魔方陣から十分に離れ、その様子を見守ります。
本を囲む円を中心とした複雑怪奇な魔方陣……天使にしか発動できないという、天界との直通転移門。
人間が魔法で生み出す現実の歪みとは種類の違う、世界の運営者として調節された天使のみが行使できる天界の共有信仰力を利用するので普段のテーレさんが持つ魔法制限とは関係なく使えるそうです。
しかし、そのためには一時的に私の『従者』として任を外れて『天使』に戻るために私の許可が必要なのだとか。
「【神のものは神の元へ 天のものは天の元へ 境界はいまここに】……マスター、お願い」
「はい、承りました。『従者テーレに命じます。一時、従者の任を離れ、本来の使命を果たしなさい』」
魔方陣が輝き、周囲の空気がどこか清浄なものへと変化します。
そして、テーレさんの姿がぼやけ、かつて一度だけ転生の際に天界で見たことのある姿へと変化しました。人間としての姿よりも少々幼く、神々しく輝く翼を背から生やした『天使』としての姿へ。
「【天門開錠】……神器送還」
光に包まれた魔導書が静かに消失しました。
『天に還った』ということでしょう。
一仕事を終え、息をつくテーレさん。すぐに元に戻るのかと思いきや……私の方を向き、浮遊しながら移動してきます。
そして、真剣な表情で私を見下ろしながら、超常の存在に相応しき威厳のある声音で告げます。
「人間よ。此度はよくぞ現世に散った神器の断片を回収し、惜しげもなく天に捧げました。その貢献、その献身への褒美として……神器回収を担う天使の権限で『奉納者』の称号を与えます」
私の身体にも、翼から待った光が集まり、一瞬ですが同じ種類の燐光を放ちました。
称号を得た……そういうことなのでしょう。
「この称号は今後のあなたの助けになるでしょう……具体的には、神殿への寄付や天使である私への捧げものを繰り返すことでポイントが貯まり、ここぞという時にはそのポイントを消費することで【祝福】と同じ効果が得られ運気が上昇します」
魔方陣の光が終息していきます。それに応じて、テーレさんの威厳ある声音も神々しい翼も消え、私にとって見慣れた姿に戻り、緩やかに高度を下げ地に足を付けました。
そして、悪戯が上手く行ったというように、弾むような口調でいつも通りに気安く声をかけます。
「びっくりした? 称号授与は便利な神器を人間が手放しやすくするためのシステムなんだけど、やるかどうかはその時の担当天使の裁量だからね。今回に関しては偶然とはいえ発見した天使の私が回収送還するのが順当だし、マスターの代わりに報酬の一部としてあの魔導書の権利をもらっておいたから規則違反にはならないよ。裏技だけどね」
『転んでもただじゃ起きない』ということでしょう。
今回、状況に振り回されるばかりだったテーレさんが事件の締めくくりにと最後に打った、リスクに見合う利益を出すための一手。いつでもテーレさんに『捧げもの』ができるという私の転生特典のメリットを最大限に活かす称号の授与。
これは……してやられましたね。
「テーレさん……そのドヤっと勝ち誇った笑顔、想像以上に最高です」
「え……!」
朗らかな優しい笑みは苦手だとのことですが……私はその企みが上手く行った悪戯っ子のような笑みの方がテーレさんらしくて、似合っていると思います。いやはや、最後にこんなものを見せてもらえるなんて、本当にしてやられましたよ。
ちなみに、後日談のような話でもありますが、行商さんとクルトさんは治療院へ行く目的もなくなってしまったので、私たちは治療院の最寄りの街で彼らと別れることになりました。
街はかなり大きく、治療院行きの乗合馬車も定期的に出ているとのことで行商さんたちは解呪法を探すために消費した資産を回復するために商売に、私たちは予定通りに治療院にということです。
それまでの間、テーレさんに頼んでクルトさんに魔法の基礎理論をご教授していただいたり。
乗馬はアーク嬢に習ったものの御者という位置からの馬の制御をしたことのなかった私は道中行商さんに手本を見せてもらいながら自身もやってみたりと。
そんなような、互いに利益のある交流をしましたがそれはまた別のお話ということにしておきましょう。
そうそう、これはそんな時間の中で、テーレさんがふと思い出したように口にしたことですが……
「そういえばマスター、あの時の質問何だったの? 『流れ星が見えるか』ってやつ」
「ああ、あれはですね……」
あの夜。
ディーレ様が夢の中に語りかけてくださった、魔導書との決戦前夜。
『ところでディーレ様。私に何かを与えてくださる準備があるというのなら……一つ、リクエストがあります』
『な、なんでしょうか? 一応、現世に干渉するにも限りがありますしあまり無茶なリクエストは……』
『ディーレ様が私が死ぬべきだと判断された時、星を一つ賜りたいのです』
『ほ、星? えっと……新発見の星に名前をつけるとか、そういう話ですか? それはちょっと……』
『いえいえ、名もない小さな石ころで構いません。ディーレ様のシンボルの一つである流星を一つ、そうですね……真っ赤な星を、一条だけでいいのです』
『流れ星……確かに、一応シンボルではありますし、確率的な要素のとても強いものなので可能ではありますが……それは、文字通りの意味ですか?』
『はい、もしも私の目論見が失敗し完全に石化してしまったとしても……テーレさんは従者としての制限で私をいつまでも砕けないかもしれません。もしかしたら、事故で志半ばで天に還ってしまうかもしれません。その時……私だけ、永遠に石として生き続けるというのはさすがにごめんなので』
『……意外に、欲張りな信者さんですね。神様の手で死ぬ権利を欲するなんて』
『仮にも狂信者などと呼ばれているので、悪しからず。誰にも否定しようのないただの偶然による死、隕石に射抜かれて生を終えるというのは私の考える中で理想の死に方の一つと言えます。保険……というより、保証が欲しいのです。女神ディーレがいつでも私を射抜くことができる権利を持っていると思えばこそ、生きているということを肯定されていると思えるのです』
『心臓を私に預けたいと……いいでしょう。しかし、使うかどうかはそれこそわたしの裁量です。願わくば、いつまでも使わずに済むことを願いますが』
『私もそう祈りましょう。赤い星の墜ちぬ限り、私は諦めずに戦い続けられますから』
などという話は……さすがに、欲張りすぎてテーレさんには言えませんね。
わざわざディーレ様のお手を煩わせようなどと願ったと知れれば、きっと怒られてしまいます。
「『流星』はディーレ様のシンボルですから。勝負を前に神の御心が読み取れないかと期待しただけですよ」
永遠の命を得る権利を放棄し、信仰する神に命を奪われる権利を欲する。
ただずっと生きていたいわけでも、無闇に命を捧げたいわけでもないのです。
ただ、納得できる因果の帰結として生き延び、そしてその果てに終わりたい。
今度こそはそうやって生き、そうやって滅びたいのです。
そんな身勝手な私の強欲を……どうか、御許しください。
そうそう、これは余談ではありますが。
しばらく後、商会で正式採用された『割れない薬瓶』というアイテムが魔法薬輸送の業界にちょっとした革命を起こし、冒険者の生存率向上、魔法医療や僻地医療の発展などに大きく貢献しました。
そして、その量産された瓶の側面には流星のシンボルが刻まれていたというのは、また別のお話ということで。
唐突に命を捧げることになること自体には抵抗はなくとも、信仰する女神の手を煩わせてしまうことには抵抗を感じるちゃんとした節度ある狂信者。
アポイントメントも入れずに命を捧げたり、相手のスケジュールも確認せずに勝手に降臨の儀式をしたりする無作法者とは違うのですよ()。




