第55話 『石化の呪い』①
side 狂信者
今日も今日とて我々は幸運です。
女神ディーレの加護に感謝を。
「いや、確かに馬車を見つけられたのは幸運だろうけどさ。そもそも馬に逃げられなければ普通に進めたけどね」
「しかし、二人で一頭の馬に乗って長旅をするよりも快適なのでは? どちらにしろ馬もどこかで逃がすつもりだったのでしょう? 捜査の撹乱のために」
コインズの街では少々街の有力者の方々に都合の悪い騒動を起こしてしまいましたし。
徒歩で逃げるわけにもいかないので急ぎで馬を確保しましたが、馬は人間と違い変装が難しいですからね。ずっと乗っていくことはできなかったでしょう。
しかしまあ、一日でお別れすることになるとは思いませんでしたが。
一期一会とはこういうことなのでしょう。
「しかし、偶然の遭遇だったというのにすんなり便乗させていただけるとは、親切な行商さんでよかったです」
「いやなに……冒険者さんにただで護衛してもらえるというのならこれくらいどうってことないさ。ただ……すまんね、狭くて。息子の調子が悪くなければこっちに座らせるんだが」
現在、我々は屋根付き馬車の荷台にお邪魔させていただいていますが、そのスペースはテーレさんと二人で過ごすには少々手狭になっています。
まあ、テーレさんと合理的合法的に密着できるので私的には悪くないのですが、テーレさんに不快な思いをさせてしまうのは少々心苦しいです。
しかし、それもまた仕方のないこと。
何せ、我々が密着して空けているスペースには元からこの荷台で寝ていた行商さんの息子さんがいるのですから。
私とテーレさんの行き先はレグザルという都市の近郊にある治療院。
腕利きの『癒し手』がいらっしゃるそうで、息子さんを治療してもらいたいという行商さんも同じ場所を目指していたという大変に面白い偶然でした。
テーレさんの話によれば、この馬車の速度なら目的地まで二週間ほど。
元々は馬の乗り継ぎや補給のために寄り道が必要になったものを最短ルートで辿り着けるのは実に助かるのですが……
「……テーレさん。寝袋はありますね。我々が眠る時は外に出ましょう。起きている間はこうして座っていればいいですが、流石にこのまま眠ると負担がかかります。というか、無意識のうちに体勢を崩して息子さんの上に倒れたりしたら大変です」
荷台には他の荷物もありますからね。我々が乗るために整理はしましたが、限界があるのはしょうがないでしょう。
「まあ、私はそれでいいけど……その子、本当に治療院で診せるつもり? 普通に薬を買うんなら戻ってレグザルで探した方が早いと思うんだけど」
「め、珍しい症状でね。いくつかの大きな街で診てもらったけど治せなかったんだ。だから……」
「『癒し手』の称号を持つ治療院の院長ならってわけね……ま、確かに子供の頃から天才肌だったし、わからない話じゃないけど」
「おいおい、俺は『癒し手』がそれなりの歳だって聞いたんだが……あの子って、別の人と勘違いしてないかい? お嬢さんより絶対年上のはずだろ?」
「何度か会ってるけど、歳食っても全然落ち着きがないのよ。いつまでも子供みたいに……マスター、なにその顔」
「いえいえ、テーレさんにターレさん以外のお友達がいたと知り少し驚いてしまいました。いつもテーレさんがお世話になっているというのなら何か菓子折でも用意すべきでしょうか。プリンくらいなら作れますが」
「そういうのじゃないから! ただの現地協力者! ていうか目的憶えてる!?」
テーレさんは人間がお嫌いだというのは知っていますが、協力者というポジティブな関係を肯定する辺りは悪い関係ではないのでしょうね。
まあ、今回も目的あっての来訪ですしビジネスライクな関係なのかもしれませんが。
「もちろん、私のためにその方にお目にかかる必要があるのは承知しています。私が測定結晶を割ってしまったからでしょう?」
私はラタ市で能力を測定しようとして測定器具である水晶を爆発させてしまいました。
辛うじて得られた新種の称号『狂信者』の詳細は不明なまま。
しかも、どうやらこれは通常の魔法の運用に支障をきたすタイプの常時発動能力らしく、このままではろくに戦力増強もできないようなのです。
そこで、測定器具がダメなら人の手による匠の技ということで他者の能力や称号の詳細を調べられる『癒し手』の称号を持つ方を尋ねることになったのです。
「一応、推測としては戦士系の称号で有名な『狂戦士』を神官系に置き換えたような感じだと思うけど、そっちは理性を犠牲にする。逆に理性で発動する魔法がどうなったら『狂う』のかわからないとどんな魔法を習得させたらいいかもわからない。それに……マスター、まだ『魔力切れ』を感じたことないんでしょ?」
「おそらくは。火を灯す魔法は発動しようと思えばいつでも使えますし、私自身へのダメージを無視するなら出力も上限を感じませんね」
「それが『魔力効率がいい』って効果なら助かるんだけど、『狂戦士』は痛みや疲労を無視して動ける効果があるからね。魔法での精神疲労を感じてないだけで限界が来たらプッツリ気絶なんてこともあり得る。そうなると尚のこと魔力の最大量は知っておかないと危険だし」
「なるほどなるほど、一応『浄化の光』ならば私自身にダメージなく発動できますが、何時間持続できるか試してみますか? あ、その間暇になるので本を読みたいのですが実験結果に影響が出ますかね?」
「いやそれだと私がダメージ受けそうなんだけど。ていうか『何時間』ってそんなに持続できる自信があるなら本気で怖いんだけど。寿命とかすり減ってたらマズいからやめて」
「了解しました。しかし、そうなると治療院へ行くまでにできることがライリーさんと戯れる程度しかなくなってしまいそうですね。車内で格闘術の練習というわけにもいきませんし」
ちなみに、ライリーさんはコインズから引き続きスライムボディの小動物モードです。
スライムボディを操作して小さな少女のような姿(ような、というのは一応インキュバスなので付けておきますが、私にはどこからどう見ても少女にしか見えません)の分体を操作できるようになりましたが、本体は私の心の中に隠れています。
なお、スライムボディは普段、液体として小瓶に入れて私の首に下げてあります。
徐々に回復しているそうですが今はまだ本調子ではなく、得意の気配探知による警戒だけをお願いしています。
どうやら私の血を受け入れたライリーさんの気配は私とほぼ同化しているのかこの程度ならテーレさんには感知されていないようですし。もしも力を回復しても、テーレさんに見つかりたくないので可能な限りこの状態を維持するつもりです。
ライリーさんとはあの契約がありますしね。
「……テーレさん、魔法の練習ができないのなら戦術のご講義でも……」
「馬走らせて疲れた、寝かせて。ほら、暇ならこれでも読んでればいいでしょ。本買っておいたから」
「了解しました。では、どうぞ私をリクライニングシートだと思って身体をお預けください。あ、これは提案ですがね」
「はいはい、狭いもんね」
さて、本の内容は……ふむ、『本当にあった冒険者のエグい死に方 ベスト100』。暇潰しにもなり勉強にもなる良い本ですね。流石はテーレさんです。
side ローマック・スウェード
夜になった。
冒険者の二人は馬車の外で眠りについた。
これが正しいことかはわからない。
だが、時間がない。もう、薄々間に合わないだろうと思っていたこのタイミングで彼らと出会ったのが運命だったというのなら……
「息子よ……必ず助けてやる。そのために……俺が手を汚しても。だから、強く生きてくれ」
しがない行商の俺が冒険者をどうにかするには、寝込みを狙うくらいしかない。
二人が起きないように、足音を立てずにゆっくりと……
「ストップ。素人が冒険者相手に変な気起こすんじゃないっての」
動けなくなった。
首筋に当たる冷たい感触……声は、あのテーレという少女のもの。そして、その声色から一瞬で理解できた。この少女は、俺が妙な動きをすれば迷わずに首を掻き切るつもりだ。
俺のような素人が恐る恐る震えながら握る刃物なんかとは違う、本物の殺しの刃だ。
「い、いや、私は……彼に少々内密な話がありまして。あなたを起こさないようにと……」
「背中にナイフ隠し持ちながら内密な話ね……生憎と、私は昼間たっぷり寝たから起こされなくても最初から起きてたけど。うちのバカを脅して何をさせたかったの? 目的は金目のもの? それとも命? それか……誰かに頼まれた?」
「わ、私は……」
直感した。
彼らの会話から、何者かから逃げているようなことは察していた。冒険者は分け前や仕事上の衝突でそういう敵を作りやすい職業でもある。彼らは敵対した誰かが刺客として俺を雇ったと思っている。
誤解だが、彼らの視点からしてみれば疑わないわけにはいかないくらいに狙われる何かがあるのだろう。
寝込みを襲うなんて、できるわけがなかった……『襲われる可能性がある』と考えている冒険者が、お気楽に二人同時に眠っているわけがないのだから。
「……答えられないっていうんなら、少し痛くしてみても……」
「提案ですが、お待ち下さいテーレさん。内密な話、というのはテーレさんを除け者にしたくないので承諾できませんが、それでよければ聞いてみたいので」
今度は男の方の声。
テーレという少女も驚いたようにモゾモゾと動く寝袋を見る。
寝袋で深く寝入っていたはずの男は、ガッツリと目を見開いてこちらを見ていた。
「失礼、ライリーさんが騒がしくて起きてしまいました。しかし、いけませんねテーレさん。いきなり短剣を突きつけたりして」
「だ、だって! ナイフ隠し持ってあんたに近付いてたから……」
「まあ、テーレさんが私を真剣に護ってくださるのは至極感激なのですが、彼は最終手段としてナイフを用意していただけであって、まずは話し合いから始めたかったというのは本当だと思いますよ。でなければ、もっと合理的な攻撃方法は他にもいくらでもありますから。つまりは、まだ話し合いの段階だということです。殺し合いは後でいくらでもできますから。安全のためにナイフを一時没収、それで十分でしょう。いえ、テーレさんの強さなら彼がナイフを使おうとおそらく素手で勝てますし、構わないでしょう?」
数秒後。
俺の背中からナイフが消え、首筋の冷たい感触もなくなる。
少しだけホッとしたが、まだ少女の気配は背後にある。その気になれば、俺をどうにでもできるからこその余裕か。
「……寝込みを狙った件については?」
「特には何も。快眠を妨害されるのは嫌ですが、話せるタイミングというのは限られていることもあります。例えば……荷台の彼が完全に寝付いている真夜中にするのが一番都合のいい話ということも」
ドキリと心臓が大きく鳴った気がした。
俺の浅知恵なんて、全てお見通しだったのか……寝袋から出てきて伸びをした男は、律儀に会釈しながら俺の横を通り、馬車へと歩いて行く。
「ま、待ってくれ! 息子は何も知らなくて……」
「別に人質にしようというつもりではありませんよ。しかし、気になるではないですか。お父上にこのような行動をさせた息子さんの容態がどのような状態か……我々が昼間馬車の中で世間話していても反応が全くなく、病人だとしても不思議なほど静かだったのですから。ライリーさんも、異常を感じてはいたようですし。テーレさんも来て下さい。もちろん行商さんもです」
気配が離れる。
少しだけ首を動かして振り返ってもいいと判断して、すぐに荷車の方へ駆ける。説明しなければならない。彼らが驚き距離を取るだけならいい。だが、判断を早まって息子に何かをしようとする可能性もある。
何故なら、息子は……
「では失礼して……ほほう、なるほど。何らかの反応が鈍くなる『病気』かと思っていましたが、これは……」
息子を覆っていた毛布が捲られて、その下に隠していた部位が見えている。
手足の末端から身体の中央へ向かって侵食し、息子を蝕む異常に既に呑み込まれた部位。これまで、何度もいろいろな冒険者や医者に診て治療を頼みながら断られてきた、息子の身体。
「た、頼む! あんたが神官系だって聞いてもしかしたらって思ったんだ! もしかしたらって……息子の『呪い』を解呪してもらえないかって、思っただけなんだ」
灰色の手足、関節どころか押した皮膚が弾力を見せることもなく、ただひたすら硬く、人間の身体とは思えないほど重い。
まだ無事なのは胸から上の頭だけだが、その部分ですら日に日に反応が鈍く、動きが遅くなっている……日に日に自由を失って『物』に近付いていく呪い。
「『石化の呪い』……というわけですか」
『犬も歩けば棒に当たる』感覚で『他人の不幸』を呼び寄せるテーレと『幸運』にも手遅れになる前に気付く狂信者コンボ(最終的には幸か不幸かはその時々の頑張り次第)。




