第54話 転生したので炎上します➁
side 日暮蓬
どうして、こうなってしまったのか。
石壁で囲まれた衛兵の詰め所で自問するけど、少なくとも私は悪くない気がする。私じゃなくて魔人が悪い、あとこんな能力を押し付けたあの巨乳女神が悪い。
「商会の経営する宿屋を襲撃、放火……偶然にも他の客は部屋にいなかったために死傷者はありませんが、一部衛兵と冒険者が重傷。損害賠償は……最低でもこれくらいかと」
ラタ市を出て一週間くらい。
少女連れとかって特徴とか時期とかから調べて件の転生者らしき人が泊っているという宿を尋ねたら、既にチェックアウト済み。
そして、すぐに追跡を再開しようとしたら、宿を出たところでなんかガラの悪い人たちにあいつの知り合いかと尋ねられて、何か教えてもらえないかと思って宿の裏手について行ったら、いきなり囲まれた。
なんでも、彼らは件の転生者らしき人のせいで社会的経済的に甚大な被害を被ったとか、信用や面子を潰されたとかで報復を画策していたらしい。
転生者は力を見せつける形で影響を与えるし、転生者を攻撃するのは神殿を敵に回すことになるからこういう報復はあんまり起きないはずなんだけど、件の彼は目に見えるような形で転生者として振る舞うことがなかったらしい。
おかげで、何故かとばっちりで私まで襲われたというわけだ。
で、結果は言うまでもなく、自動防御で魔人が出て大惨事。
なんとか殺さないように抑えることはできたけど、魔人の熱で宿が燃えて私は放火犯としてお縄に付いた。
逃げようと思えばできたけど、それをやると追っ手がかかって被害が拡大するのは想像に難くない。私だってむやみやたらと放火する趣味はない。
そして、こうして損害賠償の請求書を見せられて愕然としているのが今の状況だ。
先に攻撃してきたのがあちらというのはすぐにわかったらしいけど、私の過剰防衛はチャラにはならなかった。魔人が勝手にやっただけなのに理不尽だ。
「なるほどなるほど、転生特典で制御不能……と。困りますね、転生者だからと好き勝手されては」
あと、なんで私に請求書を持ってきたのが十歳そこらの女の子なんだろう?
洋服もかなり上等なのを着てるし、もしかして貴族の子供とか?
「まあ、こちらとしても厄介な反対派の手先を文字通り炙り出せた形になるので、感謝したい部分もありますが……それはそれ、これはこれ。商会の受けた損害は大きいものです。転生者なら、神殿に要請すればお金を出してくれると思いますけど」
「いや……それは、やめてほしい、です」
「どうしてですか?」
「その……神殿に関わると、きっと私の魔人は、たくさんの人を殺しちゃうから」
私の魔人は、転生特典の中でも戦闘能力という面では強力な部類らしい。他は役に立たないどころかマイナスに振り切れてるけど。
政治や戦争に関わる神殿に借金なんてしようものなら、その返済のために何をさせられるか……私は、大量殺戮者としてこの世界の歴史に名前を刻みたくない。
「そうですか……となると、困りますねえ。あなた個人で弁償できない損害をどうやって埋め合わせるか……その能力だと、普通に下働きして少しずつ返すなんてこともできませんし」
「うぐっ」
お金はラタ市で全部払ってきてしまってほとんど持ってない。持っていたとしても弁償には足らなかったと思うけど。私は冒険者ギルドにも登録してない(そもそも血の気の多い冒険者の集まる建物なんて危なくて入れない)から、そっちで稼ぐこともできない。
「でも、牢獄に収監する……というのも、できませんよね。その力だと、いつでも檻を壊して出てこれますし。さて、困りましたねー」
「お、お金は……いつか、必ず……この能力を、どうにかしてから……」
「仮に、その能力がなくなったら、どうやってお金を稼ぐおつもりです?」
「うぐう!」
街を出て行ったばかりだという転生者を追いたいのに、それができない。
魔人を出して暴れれば強行突破はできるけど、そんなことをすれば罪のない人もたくさん死ぬだろう。さすがにそれはできない。
私はこの世界に来てから結構な人命を燃やしちゃってる自覚はあるけど、あくまでもあちらが先に手を出してきたときだけだ。
あのなんか勝手に自爆した人にだってまずは安全に試してもらいたかったし。いきなり私ごと丸呑みして勝手に破裂とか自業自得だろう。
「困りましたねえ……そこで、提案です。ヨモギさん、私が今回の賠償金を建て替えます。その代わり、私の所でしばらく働いてもらえませんか?」
「……え?」
「実は私、つい数日前にこの街の市長になったばっかりで……まだ、それに納得してない人が多くて、強い護衛が欲しかったところなんです。今回炙り出した反対派を処分するまで、近くにいてもらえませんか?」
こんな子供が……市長?
いや、それもそうだけど、私の能力を聞いて、近くにいてほしい?
「えっと……あなたが市長っていうのは……」
「申し遅れました。市長のカーリー・ローリーと申します。正確には、この街の領主家の当主という肩書の方が正しいかもしれませんが」
「領主家の当主……」
こんな小さな子供が……とは思うけど、この世界は貴族制がまだ残ってるし、市長というのは領主の仕事の一つって感じだし、子供でも貴族の家で当主になったら自動的に市長になるというのもあり得ない話じゃない。
けど、反対派がいるっていうのはやっぱり、子供が市長になるのは珍しいんだろう。
でも、そういう珍しいことが起こるってことは、それ相応のことがあったはずだ。たとえば、この子の両親に事故でご不幸があったとか。
しかも、さらっと言ったけど、数日前に市長に就任したってことは、つい最近に前の当主に何かあったってことだし。
「……その、詳しい事情は知らないけど、大変な時期にこんな事件起こしちゃって……ごめんなさい」
「いえいえ、気を使わなくて結構です。お父様はまだ生きていますし。ベッドから起き上がれなくなって言葉も話せませんけど。それに、そのお父様を告発して当主の地位を剥奪したのも私ですし」
…………この子怖い!
え、何それ! この子、この年で親に下剋上したの?
ヤバいよこの子、戦国時代の武将もちょっとびっくりな策略家だよ!
小説とかででてくる才能が突出しすぎて子供の内から実権を握っちゃうタイプの異端な天才キャラみたいな経歴だよ!
てかもしかしてこの子、生まれ直すタイプの転生者じゃない?
「タイミングは他にありませんでしたけど、根回しの類がまるっきりできていなかったので今こうして苦労しているわけです。だからこそ不意を狙えたんですが……あ、護衛の仕事の間、待遇は期待してください。むしろ、仲良しな姿を見せつけるくらいがいいです」
「え、いや、それってどういう……」
「あなたは自覚がないかもしれませんが、『強力な転生者とお友達である』というだけでも、かなりの後ろ盾になるんです。何せ、手を出したらその転生者に報復されるかもしれないんですから。つまり、待遇を最大限に良くして良好な関係を見せつけることで、ヨモギさんが護衛を終えて街を出た後もヨモギさんの存在が私を守ってくれるわけです。だから、『お友達になる』というのも仕事の内と思ってください。それならば、この賠償金の建て替えとも釣り合うと思います」
やだこの子……末恐ろしい。
何がおそろしいって、これを何気ない談笑みたいな顔で言えるあたりが。
「私には、しばらく安全に地盤固めに集中できて、周りを気にしなくていい時間が必要なんです。私は外のことを何も知らなかったから……今は、兵長さんやエレナ達にたくさん助言をもらってなんとかしてるけど、私自身がもっと勉強しなきゃいけないんです。そのための時間を作るのを、手伝って欲しいんです」
まっすぐで誠実さを感じさせる願い。
今まで、この世界に来て、怪物みたいに恐れられたり出て行ってくれと懇願されたりしたことはたくさんあるけど、こうやって『ここにいてほしい』と願われたことはなかった。
「それに……実は私、お友達って今まで誰もいなかったから。ヨモギさんには、初めてのお友達になってほしいなー……なんて、思ったの。ヨモギさんは、どこか先生と同じ感じがするもの」
その少しだけ不安がるような笑顔は、まさしく年相応のそれ。
これは反則だと思う。完全な利害関係の話の後に、そういう態度を取るなんて。
私だって……この世界で、私を遠ざけようとしない友達が欲しいと思わなかったわけがないんだから。前世でだって、友達なんてそう多くなかったし。
「わかった……じゃあ、友達として、カーリーって呼ぶね。私のことも、蓬でいいから」
カーリーが手を伸ばしてくる。
私の手は火焔蜥蜴のグローブで覆われているから触るだけなら問題ないはずだけど、少しだけ躊躇って……その手を、カーリーは両手を伸ばしてしっかりと握ってきた。
「やったわ! 初めてのお友達! よろしくね、ヨモギ!」
その喜ぶ姿は、本当に無邪気な子供そのものだった。
きっと、カーリーの素の顔はさっきのビジネスや政治の話をしている時の顔よりこちらの年相応の子供としての顔の方なのだろう。
「それじゃあ、さっそく友達の契約書を作りましょ! 私初めてだからどんなことを約定すればいいのかしら?」
「いやいやいや、友達って最初に契約書作るものだっけ?」
ただ、この子がどこかずれているのは元かららしい。
一体、どんな教育を受けたらこうなるんだか。
side ???
ローリー家で起きた事件は予想外のものだった。
最初は『商会』の情報から、偽金を本物に変えるための資金洗浄に関わっていたグラードが裏切ったかと思ったが、直接この街に来て詳しい事情を調べてみると、どうやら事情は全く違うものだったらしい。
というか、11歳の娘に家を乗っ取られてんじゃねえよ。
貴族社会では継承権の低い子供が当主になるために肉親を陥れるということは珍しくないが、いくらなんでもこれはひどい。偽金は単純に失脚の口実として使われたと見てもいいだろう。
『研究施設』との関係を知らずに偽金の存在を暴露したとしても、報復するべき対象となるかもしれないが……
「豊穣神の気配のする転生者……手を出すには大きすぎる獲物か」
新たな当主となった娘の傍らには、転生者がいた。
おそらく、今回の告発もあれの入れ知恵……少なくとも、転生者が関わったことで起きた異変であると見て間違いないだろう。そうだとすれば、安易に手を出すわけにはいかない。
もちろん、また偽金に関わらせるように勧誘するわけにもいかない。
転生者のことを差し引いても、告発で当主になったあの娘は地盤を固めるまでは潔癖でなければならない。それを売りにして支持を得ているのだから。
正義の貴族として名を売り出しているあの娘に手を出せば、むしろ『研究施設』の存在を露見させる危険がある。それは悪手だ。
グラード・ローリーは所詮数ある協力者の一人、その中でも末端だ。
しかも、毒を盛られたか知らないが、口がきけないというのは本当らしいし、わざわざ危険を冒して口封じをする必要もないだろう。中央の商会にも『研究施設』の息のかかった支部はある。グラードが取り引きしていた相手を適当な裏組織に差し換えることは難しくない。
『研究施設』は単なる戦闘型の転生者が刃向かったところで攻略はできない、戦力、権力、財力において巨大な組織。
この程度の敵対者は適当に泳がせておけばいい。
『擬人型悪魔兵06。帰還する』
わざわざ戦闘に臨んで、この新型の試作品を破壊される危険を冒す必要はどこにもない。
side ディーレ
信仰が増えたのを感じました。
これは、あの転生者の彼の活動が、現世の人間の心に影響を与えた結果ですね。
でも、その信仰には少し『畏れ』が混じっているようです。
ここ最近はあまりなかった形での信仰だけれど、初めてのことではありません。百年以上前、戦乱の時代によく届いた信仰の形に似ているけど、彼が神威を示すために転生者として大量破壊を引き起こしたというわけではありません。
それどころか彼は、今回のことに関して……
『ディーレ様。私の主観としては賽を振ることになりますが、今回の結末には運の要素はありません。グラード氏とカーリーお嬢様が意図して目を決めるべきです。なので、しばしの不干渉を願います』
そう言って、意図的に私の加護を断ったのだから。
『これは私用です』と……私のための行動ではないと、言ったのだから。
「今回の件で起きる悲劇が私のせいではないと、予防線を張るのはいいんですけどね」
ターレの一件の後から始めた、テーレからの定期連絡の内容は客観的な報告だけでしたが、報告の中でテーレは感情を抑えているように感じました。
きっと、違うのでしょう。
彼とテーレの見ている側面は、少し違うのでしょう。
でも、それを私が指摘すればテーレは納得できなくても受け入れるしかなくなってしまう……それはきっと、彼も望んでないでしょう。
「担当した転生者は私たちの神々の子供みたいなもの……なんて教えてくれたのは、誰でしたっけね」
それこそ、彼に親のように思ってほしいなんて言えば困らせてしまいそうですけどね。
生まれ変わらせた転生者が子供なら、小さいときからずっと仕えてくれる天使もまた子供のようなもの。便利な手駒でいてくれるより、不器用に右往左往しながら大きくなってほしいと思ってしまうのは、悪いことですかね。
「手のかかる子供ですけど、戦乱の頃の信者さんたちに比べればこれくらい……あれ? 珍しい、アルファさんから神託が……」
『幸運の神ディーレへ通告します。当方の転生者が其方の信者から執拗な勧誘を受けています。速やかに信者カーリー・ローリーに勧誘を諦めるように通達してください』
「……う、うーん……あの頃も今も、私の信者さんはみんな、真面目ないい子、ですからね……」
※蓬さんの次の出番はまだまだ先です。




