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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
二章:無価値なる『価値』

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第47話 社会見学④

side テーレ


 単純な基本能力で言えば、かなり不利な戦闘だ。


 機動力は僅かにこちらが上、耐久力は装備込みであちらが上、そして何より筋力で圧倒的にあっちが有利。馬鹿正直に正面から殴り合いでもすればまず勝ち目はない。

 でも、動きの柔軟性、反応速度、視覚や聴覚での探知能力はこちらが上。あっちの動きが単調なこともあって、回避は難しくない。


 つまり、戦闘はヒットアンドアウェイが基本。

 深追いしないように注意しながら攻撃を重ねてダメージを蓄積させて、あっちが攻め込んできたら逃げに徹する。頑丈な敵でも攻撃を受けずに一方的にダメージを与え続ければいつかは倒れる。


「そんな定石が通じればいいんだけど……無理っぽいな……」


 七回ほど短剣で斬りつけてみて、方針の変換を検討し始める。

 相手は全身鎧。こっちの武器は鈍器ではないし、装甲の上から攻撃してもリスクに見合うダメージは与えられないから、あちらが戦闘技術と呼べるようなものを使ってこないのをいいことに鎧の隙間を狙っているけれど、今一効いているように見えない。


 というより、肉を斬っている手ごたえがあるのに、鎧の反応には斬られたっていう気配がない。

 少なくとも、痛みで怯むタイプではない……それどころか、十中八九痛み自体を感じていない。


 死霊魔術で作られた屍人(ゾンビ)に近い反応。

 肉を斬った感触も硬いし、死体の線が濃厚。

 だけど、動きは俊敏で硬直しきった死体をただ操ってできる動きには思えない。


 だとすれば……


「狙うは……そこ!」


 受ければおそらく致命的な拳を顔面スレスレで回避しながら接近しての、カウンター。

 狙いは、赤く輝く単眼。鎧の顔面に当たる場所。


「グゥゥ……ラッァ!」


 だけど、確かに鎧の隙間を通した刃は満足な手ごたえを感じさせることなく、ただの打撃と同様に頭部を揺らし多少身体をぐらつかせるに留まる。


 完全にノーダメージじゃないあたり、おそらく感覚器官にあたるものは顔面に集まっている。

 あるいは頭の位置を基準にしてバランスなんかの情報を統合しているのかもしれないけれど、致命的弱点と呼べるものではない。


 おそらくは、重要な器官は全て胴体の鎧で全方向から守られた部分に集中している。もしも手足や首を引き千切ったところでこの鎧は動きを止めないだろう。


 厄介極まる相手だ。

 定石が通らず、動きも素早い。


「でも……おかげで、正体に確信が持ててきた」


 狂暴性、攻撃性、そして怪物性。

 それなのに、手応えや身体の形状は人間。

 そして、暴走気味ではあるけど人間の命令を守ろうとする忠実さ。


 推測通りなら……趣味が悪い。


「『背徳』は理解できるけど……こういう『冒涜』は嫌い」


 もう一度頭を叩いて作った隙を狙い、これまでより強い力で深く鎧の脇を斬りつける。


関節の可動部分にあたる脇は鎖帷子になっていて他よりも防御が弱い。完全に立ち直る前に、もう一度深く同じところを突き刺す。そして全力で後方離脱。


 人間相手なら、利き手の脇を刃物で突き刺されれば腕が上がらなくなって戦力が半減するけど、この鎧は関係なく動く。

 だからこそ、効果がある。


 跳び下がった私を狙って襲い掛かってくる鎧。

 単調に、純粋に、力と怒りに任せて拳を振りかざす。


 痛みを感じる人間なら庇って見せないはずの脇の傷口を、隠すこともなく見せつけながら。


「神聖系の魔法は苦手なんだけどね。【聖なる光よ 彼の魂を清めたまえ】」


 最小限の詠唱を行いながら体格差を利用して大きく踏み込み、懐に入り込む。

 そして腰から外したポーション瓶を拳に握り込み、魔法と共に鎧の隙間に押し込んだ。


「【浄化(デトックス)】」


 肉体の内部に発生した光が鎧の隙間から漏れ出る。

 それと同時に瓶を握りつぶして、その中に入っていた液体を敵の体内でぶちまけた。


 割れたポーション瓶から飛び散った液体は無理矢理に動いている肉体の中を強引に循環していた体液に混ざりこみ、その全身を一瞬で浸食した。

 人間なら私の手がこれだけ深く胴体に突き刺さった時点で致命傷。そして、この鎧が人間ではないとしても『浄化の光』とこの液体の体内浸入は致命的だ。


「グッ! グォア! ガ? ガ、ガ、ガァァァァアアアア!」


 激しく苦しみ悶える鎧。

 これまで、どれだけ攻撃を受けても苦痛を見せなかったのに、苦痛を感じなかったのに、激しい痛みと苦しみを感じている。苦しみで暴れ始める前に腕を引き抜いたけど、傷口を意識して苦しんではいない。


 ダメージを全身で感じている。

 光が通り抜け、液体が混ざりこんだ全身でだ。


「やっぱり、推測は当たってたみたいね。依り代とはいえ、体内に直接ぶち込まれるのは堪えるでしょ。私だってヒリヒリするんだから……『聖水』なんて」


 『聖水』。

 触れただけで呪いや霊体にダメージを与えるマジックアイテム。

 高い神官適性を持つ人間が自分の意思で流した血と、いくつかの植物や金属を調合に使った魔法薬。円形に撒くだけで邪悪な存在を退けられるとして儀式や魔除けでも使われる多目的薬品の一種。


 それも、今使ったのは私の肌も触れた部分が少し赤くなっているくらいに高濃度な原液だ。

 『聖水』は持っておくといざという時に便利だから、もしもの時のためにと思ってマスターの法具(トーテム)を作るときに採取しておいた血液から調合しておいたもの。

 けど、やたら効果が強くて私自身も気軽に触れないから薄めて使おうと思ってた、その原液。


 これがここまで効くなら、この鎧の正体なんてわかりきったもの。


「人間に使役されて、魂を食いつぶす純粋なダークスピリット……『悪魔』ね」


 自身にとって毒になる聖水を打ち込まれた肉体から抜け出そうともがく黒いオーラのようなもの。

 鎧の中の肉体は人間のものだけど、そこに縛られて憑りついている悪魔が、苦しんで暴れている。

 鎧は正体を隠すためのものであり、単純な浄化攻撃を防ぐためのものでもあるみたいだけど、同時に悪魔を縛り付けるための拘束具として機能している。


「操られた人間の肉体に憑りついて、本人の意思かどうかもわからない『願い』を叶えるために、憑りついた相手の魂を燃料代わりに消費するような頭の悪い低級悪魔。単純な死霊魔術で作った屍人よりも強力で複雑なこともできるけど、やり方に倫理観の欠片もない。人間にも悪魔にも敬意がない……馬鹿だろうと、憎悪に塗りつぶされていようと、それぞれ一つの魂なのに。こんな狭い鎧に押し込められて、混ざり合って」


 魔法か薬かはわからないけど、心を壊されて他人のいいなりになった人間を悪魔と契約させて、その魂を消耗させて間接的に悪魔を使役して、命令者は何も犠牲を払わない。

 この鎧の中の人間はもう、生物としては死んでいる。既に鎧という檻に閉じ込められた悪霊にすぎない。もう、悪魔との境界も失って、自分が誰かもわからないだろう。


 だから、暴走して私を襲った。

 本能だけになった分、却って天敵に敏感になっていた。天使の魂を持つ私の存在を感じ取って、耐えられなくなった。


「やっぱり、この街の冒険者に任せなくてよかった。別の仕事の途中とはいえ、悪魔を野放しにして人間に押し付けたら天使(プロ)としての沽券に関わる」


 天使と悪魔は不倶戴天の敵対存在。

 天使は悪魔を浄化する。悪魔は、呪いや業で歪み変質してしまった魂の末路。そのまま生まれ変わることができないほどの汚染された魂。

 その浄化には苦痛を伴うから、悪魔は当然天使と敵対する。


 本来は天に還るべき魂を取り込んで、同じ側に引き込んで力を増す『よくない流れ』の渦みたいなもの。

 現世に現れて生者を狙った悪魔を浄化するのは、本来は魂の循環を整備し世界を正しく機能させる神々の役割の一つ。現場においては私たち天使の仕事だ。

 つまり、こんなふうに悪魔を使役して悪事に使う……それも自分自身の魂を払う覚悟もなく、他人の魂を使うなんて、神々への冒涜に他ならない。


 いや……目の前の鎧の悪魔に、そんな意識はない。

 彼はただ……私を憎悪してる。私を妬んで、殺したいと思っている。自分をこんな姿にした誰かでも、自分をこんな身体に押し込めた誰かでもなく、私だけを見て、嫉妬している。


「ガァァ……ドウシテ……オマエ、ダケガ……オナジハズ……ナノニ……」


 もうまともに立つこともできず、怨嗟の声を吐くことしかできない鎧は、その思念と執念だけで私へ疑問を投げかける。

 私の魂を見て、歪さを見て……


「うん……わかってる。わかってるよ……私もあなたも、何も違わなかった。ただ、ディーレ様に見つけてもらえた私は幸運だった。あなたにはそれがなかった……あなたが私より悪い子だったわけじゃない。ただ、運がなかっただけ」


 私は本来、彼らと同じになるはずだった。

 呪いにまみれて、業を背負って、悪魔になるはずだった。ただ、物心がつかないままに私は善いものになりたいと願って……それが、ディーレ様の目に留まった。

 違いはそれだけしかなかった。


 だから、悪魔たちは私を憎悪する。私の本質を感じ取った悪魔は他の天使よりも深く、裏切り者へ向けるような怒りを私に向ける。


 幸運とは、限られた当たりを引くこと。

 他人が引くかもしれない数少ない『価値あるもの』を、意図せず奪い取ってしまうこと。

 本当は、私の場所にいたのは彼だったかもしれないのに。


「でも、譲ってあげるわけにはいかない。私は決めたから……私が誰よりも身の丈に合わない幸運を手に入れたっていうんなら、私は誰よりもこの場所にふさわしい存在になる」


 苦しむ鎧。

 もう、浄化の力は十分に奥まで届いている。

 もう、余計に苦しむ必要なんてどこにもない。


「あなたの罪は十分に清算された。天に還りなさい」


 酷使されて壊れ切った肉体で動くこともできず膝を折る鎧の頭を掴み、胴体から引き抜く。

 黒いオーラは空中に霧散して、鎧の中に残った肉体はそのまま崩れ落ちて砂のようになって消える。


 これが、肉体の筋力や耐久力を強化するわけでなく、ただ単純に悪魔の物理干渉の手段として魂に合わせて無理やりに動かされた物体の末路。

 顔も名前も知らない、知ることのできない哀れな誰かの成れの果て。


「さて……カーリーを迎えに行こっと」







side カーリー・ローリー


「テーレ! やったのね!」


 テーレが、あの怖い鎧を倒した。でも、街が壊れていた。

 あの鎧の首がなくなって、空っぽの中身が見えていた。


 終わった……ケガをした人もたくさんいるみたいだけど、テーレが鎧をやっつけてくれて、酷いことには……


「いたぞ! 市長の娘だ!」

「あの鎧は市長の家の警備ゴーレムだぞ……つまりあれは……」

「あの市長、街の安全だけはちゃんと守ってくれると思っていたから我慢していたのに……」

「ひどい……私達の家が、兵隊さんが……」


 みんなが、私を見ている。

 すごく怖い目つきで、取り囲むように距離を取って、私を見ている。


「み、みんな……どうしたの? 怖い鎧は、テーレが倒してくれたんだよ? もう、怖いものなんてなにもないんだよ? それなのにどうして……」

「黙れ! 元凶が!」

「お嬢様、危ない」


 テーレが私の身体を抱きしめるようにしたと同時に、軽い震動を感じた。

 そして、ほとんど隠れた視界の端には、石が転がり出た。


「テーレ……これ、どういうこと? 今、誰か石を……」


「娘を帰して!」

「市長の娘を庇うのか!」

「どうせそのゴーレムもそいつが持ってきたんだろ!」

「いつも屋敷から出てこない臆病者のくせに!」


 次々に飛んでくる石やガラクタは、テーレの身体に当たって地面に落ちる。

 痛くないはずないのに、テーレはどこうとしない。


「いたっ、『軽微な損傷なら身を盾にしても守れ』って、こういうこと……確かに起こり得る事態ではあったけど……カーリー?」


「テ、テーレ……どうして? 私、何か悪いことを……?」


「ううん、なんにも。カーリーは……あなたは何にも悪くないよ……ただ……」


 声が増える。

 石は当たっていないのに、その声が耳に届くだけで胸がすごく痛い。感情が……怒りや悲しみが、痛い。


「市長の娘だ!」

「屋敷からいつも出てこない市長の弱みだ!」

「捕まえて女たちを助ける人質にしろ!」


 恨まれてるのは私じゃない。

 私が市長の娘……お父様の、娘だから。


「お父様が……悪いことを? そんな、ちがう、だってお父様は立派な貴族で、街で一番偉くて、みんなをまもってて……」


「そうだね……うん、きっとそれも、噓じゃない。けど、この人たちも噓は言ってない。これも……一つの真実だよ。一つのものにいいことと悪いことが一緒に入ってる」


 飛んでくる石は増えていく。

 私はテーレの身体に守られて傷一つついていない。

 それなのに……石を投げてくるみんなの言葉に、石に打たれて揺れるテーレの身体に、胸が苦しくてたまらない。


「みんな……あんなに優しくて……お買い物の時だって、あんな笑顔で……それなのに……なんで……」


 ポロポロと涙が溢れてくる。

 痛くないはずなのに、さっきまであんなに楽しかったのに、鎧に追われてたときは怖かったけど、あの時はこんなに辛くはなかったのに。


 ああ、そっか……これが『外』なんだ。私が何も知らなかった、お父様の街だったんだ。


「うぐっ、ひぐっ……ぅぁあ! テーレ! テーレ!」


「……『社会見学』。実りのありすぎる授業だったみたいね」


 兵士さんたちが来るまで、テーレは石を背中に受けながら、庇うための最初の抱きしめ方と違って、優しく慰めるように、そっと私を抱きしめていた。





 時に悪魔よりも悪質に突き刺さる人間の悪意。

(※鎧悪魔の暴走はテーレとの予期せぬ化学反応のせいであり、グラードさんの想定外です)

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― 新着の感想 ―
[一言] 恨まれてるのは私じゃない。 私が市長の娘……お父様の、娘だから。 奴隷の子供だから奴隷 犯罪者の子供だから犯罪者 酷い市長の子供だから酷い娘 ちゃんと知られていたから犯罪者の子供どころか…
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